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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第4回 静岡県東部めぐり
平成二〇年になり、土曜日を充てて未乗線区を片付ける事にした。どこかへ乗りに行きたくてウズウズして居たので、時間が作れた時は嬉しかった。
今日は、近場にある二つの路線に乗ろうと思う。
一月二六日、路線バスと快速電車を使って東京駅に立った。予定の電車まで三〇分以上時間があるので、カツサンドの駅弁を買っておいた。
入線と同時に523Mに乗り込む。車掌がマイクで、
「お寒い中お待たせいたしました」
とあいさつをする。この東海道本線の電車が、第一の目的地である伊東線に直通する。ボックス席に座れたので、あとはじっとして居れば自動的に連れて行ってくれる。9時21分発車。
小田原を出てから相模灘が大きく見えて来る。私は東海道本線が余り好きでは無いのだが、車両や混雑具合と言うよりも、景色の乏しさに原因がある。今日は天候が悪くて灰色に見えるが、わずかに見える海が白眉と言うのも情けないと思う。
熱海では2番線に停まった。
車掌曰く、この先が単線の為、対向列車が遅れた場合は手前の駅で時間調整をし、本来の駅で交換する事もある由の断りがあった。
伊東線一六・九キロの小さな旅が始まった。
分岐器を渡り、東海道本線の複線と並行する一本の線路上を211系電車が走って行く。車内で弁当を食べる。
早速一つ目の来宮で特急列車と交換をした。
JRの駅名として唯一「伊豆」が付く伊豆多賀は、桜の名所として知られ、季節になると花と列車の組み合わせを撮影する人で賑わうが、寒さが身に沁みる冬の間は物静かなところである。
網代に廃トンネルらしき、ぽっかりと黒い口を開けた穴があった。昔の複線化計画の名残りだそうで、掘るだけ掘ったが使って居ないだけ、つまり書類上は「休止線」なのだそうだ。わが電車も長い暗闇に吸い込まれて行く。「小山トンネル」と言う。
トンネルを抜けると、闇からの解放だけでは無い、明るい景色と言うか、輝きが増して来た。伊東の街が近付いて来たのだ。南国伊豆の玄関口にふさわしい華やかさを感じた。
伊東には11時35分到着。
温泉客にとっては適度な時間だが、私は改札を出て足踏みをした。
まだ駅弁を食べたばかりだが、目にとび込んだ立ちぐいそば屋に近寄り、月見そばを注文してしまった。東京で食べるそれよりも旨かった。
喫茶店に入りコーヒーを飲みつつ時刻表をめくる。今日は近場と言う事もあって、詳しい予定表を作らず外出をして居るのだ。適当な列車を見つけ、それに乗るなら今すぐ出発すれば間に合う事が判明し、コーヒーを一気に飲み干した。
伊東から伊豆急行の車両に乗り、国鉄型なので得をした気分を味わいつつ、熱海まで戻る。左手に観音様が見えた。そして右手に女神様、いややめておこう。
熱海から沼津まで二〇分。長い長い丹那トンネル(七・八キロ)をくぐるのにも関わらず、案外速いと思う。このトンネルこそ、次に乗る御殿場線の運命を変えた大原因である。元々東海道本線は御殿場を通って居た。熱海にそびえる熱海火山にトンネルを掘るのが大事業となり、数多の困難と殉職者をうんだすえ、一九三四年に開通し、こちらを東海道本線とし、既存の区間をローカル線扱いとする事になった。このローカル線に乗りに行く訳である。
沼津でまた駅弁を買った。今度はオヤツとして、ホームで食べてしまう。もっとも時間には早いけれども。
沼津14時05分、313系二両編成の軽快ないでたちの2564Gは動き出した。ボックス席を確保出来た。
下戸狩で交換をした。元々複線だったのに、戦時中の金属供出で片方の線路をはいでしまったのだ。栄光の路線も台無しの単線で、わびしく対向電車とすれ違う。明治の頃はここが三島駅と呼ばれて居ただけあって、大きな駅である。
岩波と富士岡の間に、線路付け替えでもあったのだろうか、分岐して行く線路を目にする。正体を思い出せぬうちに、今度は先程述べた線路を外した跡が、砂利道として残って居るのに気付き痛々しい。その富士岡で二回目の交換。御殿場線は三〇分おきと結構な数の電車が運転されて居る。
第二東名高速が見えて来ると、線路名の由来であり、沿線の中心となる御殿場駅である。この街自体一二年振りで、その時は車でキャンプに来て、この駅に寄り撮影をしたのである。被写体であった湘南色の115系も思い出の中に走るのみとなってしまったが、駅の様子は何も変わらぬ。一分停車、満席となった。
この御殿場は一種の峠の頂上に当たる。これより下り坂となる。最大勾配二五パーミルと言う急勾配で、蒸気機関車の時代はなるべく停まらない様にして居た名残りで、駅間を長くとられて居るせいか、電車はかなり高速で走って行く。おかげで勾配を感じず、時代の変化に驚くほかは無い。
足柄でまた交換の為に小休止する。金太郎の物語の発祥地と言う事で、彼の像が飾ってある。
次の駿河小山にも金太郎が居る。桜の木が植えられて居る。私事だが、祖父の故郷なのだが、初めて来たのでわずかな時間だが、風景を目に焼き付けようとキョロキョロしてしまう。駅の周りは民家や店舗のおかげで人の気配を感じるが、のどかな街に映った。
ここまでが静岡県で、神奈川県へ戻って来た。ただし風景は相変わらず山また山であり、トンネルもくぐる。酒匂川の上流がちょっとした渓谷になって居て、一幅の絵画の様であり、もしも今の海沿いでは無く、こちらを経由したままならば東海道本線の悪口は言わなかったに違いない。
谷峨には、複線だった頃の片側のトンネルが今も口を開けて居て気味が悪い。桜の名所の山北で、小田急から直通して来た特急「あさぎり」と交換をする。この列車が走る限り、御殿場線の自尊心を保って居られるのだと思う。
松田でも普通電車と交換をする。この駅を出ると右へ、つまり南へ進路を変える。この時、山と言うか木立の合間を走って居たところから、ぽんと突きとばされた様に市街地と言うか人里のある明るいところへ、視界が急転換される。この刹那の面白味は、このあと別の機会に乗車した時にも感じたが、今日の印象が残って居るのかも知れない。
地図を見ればわかるが、あとは終点の国府津まで一直線である。実際には、分岐器やら何やらによるカーブはあるのだが、気持ちの良い区間である。
神奈川県と言う関東の地を走るJR東海の電車、と言う趣味的要素は差し置いて、もっと単純に楽しい路線であった。国府津が近付いて、現在の東海道本線のフィーダー電車として混雑し始めた。
旅の終わりに感じるさみしさや疲労をぐっとガマンし、あるいは思い出をかみしめて居るので黙ってしまうだけなのだが、不機嫌さが顔を覗かせつつあった。
国府津15時29分着。家に直行しても中途半端な時間だ。降りた電車を眺めつつ、どうしたものかと途方に暮れたが、電車は何も答えてくれない。


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