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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第14回 西関東へ行く
平成二一年九月一九日、土曜日。「ホリデーパス」と言う、従前の「土・日きっぷ」の代替として発売されたフリーきっぷを片手に自転車を漕いで、市川駅から総武線と中央線特別快速を乗り継いで、八王子にやって来た。
今日は一人で日帰りの予定で、乗りつぶしをやるつもりだ。その前に便所に入ったら混雑しており、次の電車まで時間が無いのにと思ったが何とか間に合った。
八高線の小柄な女性車掌が担当する電車に乗って、拝島で一回乗り換えた。接続が良すぎて、土曜なのに高校生で一杯であった。
高麗川までは以前乗った事があるが、今日の目的がこれより北の非電化区間である。
一旦改札の外へ出て時間を潰して、高崎行の気動車に乗り込むと、あらかじめ待って居た客と、川越行からの乗り換え客と、沢山の人が扉を開けるのを待って居て、ボックス席を目指して一目散に走って行く。そして、ボックスに二人ずつ、つまり一つの区域にたすき掛けに座って居るから二人分の空席があるのに、先客の足を跨がなくてはいけないから、誰も居ない席を探して右往左往して居る。
三両編成のおかげか、苦労の割に乗車率は低い。最後尾に乗ったせいだろうか。
おやおや、写真機の電池が無くなりかけて居る。折角の初乗車区間なのに、自制しないといけない。
高麗川を233Dは9時06分に定刻の発車をした。ブルルンと気動車らしい音を発して走り出すと、すぐ川越線と分岐し、あちらがカーブで別れて行く。お寺の様な建物から煙突が出て居る。酒蔵との事で、歴史を感じさせる木造建築であり、知らなかったとはいえ別のものと誤認をした。
一駅目の毛呂は小さい駅だが駅員が居て、交換の為に四分停まる。「埼玉医科大学・下車駅」との表札が掲げられてある。
曇って来た。別にこのまま雨が降る分には鉄道旅行者として困る事は無く、むしろこのあと山奥に行くから土砂くずれの方が心配である。
越生は東武鉄道との接続駅である。しかし階段の前に停まったにも係わらず、乗る人より降りる人の方が多い。
何だか僧侶の名前の様な明覚は、釈道忠開基の慈光寺につながるお坊さんが造った集落らしいが、詳しい事はわかって居ないと言う。その駅名標に「標高七五米」と書いてある。対向式ホームとY字分岐器がある、典型的なローカル線の駅で、埼玉にもこの様な路線が走って居るのだ。
雑木林や丘の様な山が広がって居る。八高線にも多少なりとも勾配があるとは知らなかった。非常にゆっくりとした速度で走って居る。
沿線の花と言えば、ヒガンバナかコスモスである。バラストのすき間や畑があれば、もれなくいずれかの花の陣地にされて居る。どちらも奇麗な花だから別に構わないが、その繁殖能力は強大だと思った。
小川町で再び東武の香りに触れると、国道と共に三者が並走し、カーブで別れて行く。
竹沢で交換の為に四分停まる。標高一一〇米とある。次の折原は無人駅で、一一八米と確実に登って来て居る。
9時52分、渓谷を赤い鉄橋で渡る。荒川だ。寄居まですぐの近さで、秩父鉄道と三回目の東武と接続しており、構内も駅前広場も大きい。ここでも交換の為に二分停車する。
用土は八九米、ついに低いところへ下って来た。窓の外を見ても、山が遠くに行ってしまい走行音も軽く聞こえる。
丹荘は埼玉県内最後の駅で、次の駅は群馬藤岡、名前でわかるが群馬県である。初めて乗る事もあるが、高崎線で群馬入りをする時と雰囲気が異なるので戸惑う。屋敷の裏木戸をこっそり開けて忍び込んだ気分だ。10時18分、県境である神流川を渡り、右へ急カーブを曲がって行く。
上越新幹線をくぐり、上信越自動車道の藤岡出口の標識が立つあたりの足元を通り、と言う事は既に高崎市内に居るのかと気付く。
高崎線の線路際にポツンと北藤岡駅がある。カーブの途中にあるので、ホームも曲がって居る。
八高線の「高」は高崎だが、書類上は手前の倉賀野が終点とされて居るので、目出度く完乗となった。列車はそのまま高崎まで連れて行ってくれるので、電化区間を走る気動車の取り合わせを暫く楽しみ、10時38分に高崎3番線到着。
次は吾妻線に乗る。正式には上越線の渋川が始点だが、電車には高崎から乗せてくれる。但し、途中の駅までしか行かない場合が多く、終点まできちんと足を伸ばす電車は非常に少なく、適当な時間帯に乗ろうとして行程に苦心をした路線である。そう言う訳で、わずか一二分で、湘南色の115系国鉄型電車に乗る機会を得て、嬉々として10時50分発の531Mが旅立った。
渋川まで立って乗る事を覚悟して居たのに座る事が出来たし、全体的に八割方の客しか乗って居ない。本数の少ない行き先の列車だからもっと集中するかと思って居たが、地元の人にとって特別な列車では無いのだ。
下校する高校生たちを含めて、半数の人が渋川で降りた。そう思うと、上越線は幹線の地位を保って居るのだ。これは、あくせくしないで地域の人の足として走る八高線に乗ったあとだから、余計に都会的な風景に映ったらしい。
渋川を出るとすぐに単線になり、市街地の住宅街を走って行く。ローカル線らしく、車体が大きく揺れる。線路の状態まで変わってしまった。国鉄型車両がよく似合い線区である。ボックス席に座って居るから、殊更そう思う。
本日最初のトンネルは吾妻線にとっても第一のもので、これをくぐるとすぐに金島駅の対向式ホームに停まる。水田の中にポツンと置かれた駅である。
上越新幹線と交差をし、ぼんやりと車窓を眺めて居ると、隣の駅に停まるまでの時間が短く感じる。
吾妻川を渡りカーブに差しかかると、進路に黒い半円が見え、小野子トンネルの銘板が読めた。ゆっくり走って居るから、そこまでの到達と暗闇から抜け出すまでに時間がかかる。
小野上に11時28分着。特急列車と交換をする。砂利採石場があり、黒いホッパー車が七両もつないで停めてある。小野上村に温泉があるが、それは一つ隣の無人駅が最寄りだ。
沿線随一の町とはいえ、中之条は大したところで、半分以上の客が改札を出て行く。
群馬原町の駅前に巨大で立派な建物があって、何かと目をこらしたら赤十字病院であった。
郷原で普通列車と交換をしたが、こちらがあとから来て直ちに発車をした。
この先、八ッ場ダムの建設にまつわるところを走って行くから、しっかり光景を覚えておきたい。11時59分、付け替えの新線が真っ白い高架橋になって分岐して行く。
つまり、将来この区間は水没するのである。
12時02分、個人的に楽しみにして居た日本の鉄道用として最短の樽沢トンネルをくぐった。視界が一秒位暗くなったな、程度であるが、きちんと体験が出来て良かった。
ほとんどの普通列車が折り返してしまう長野原草津口に停まる際、車掌のアナウンスを入れ、
「草津温泉に行かれるお客様は、バスまたはタクシーにお乗り換えです」
と案内したが、バスに乗って名湯に行きたくなる。恋の病以外の病気は何でも治せるとして湯治客が多い。この電車にも急ぐ必要が無く、ローカル線の風情を楽しんでから入浴を試みようと言う人が乗って居て、つい自分の事の様に喜んでしまう。
羽根尾に回送の特急電車が留置されて居る。このあと、上野行「草津」に化けるのかも知れない。
袋倉に「ようこそ嬬恋村へ」と言う掲示がされてあり、私のカン違いが修正された。この村は長野県とばかり思って居たが、正しくは群馬県の敷地だ。勿論、レタスやキャベツの一大産地である事を忘れては居ない。
万座・鹿沢口と言う珍しい「中黒」が付く駅は、特急のやって来る限界となって居る。ここでまとまった人数の客が降りると、車内には私と同じ趣味の人々しか残って居ない。
短いトンネルをくぐると、片面しか無い簡素な駅の気配がして来る。大前である。12時31分、定時であった。無人駅なのに、車掌は切符の確認も回収もしない。
駅前にかかる「おおまえばし」の上に立つと川風が心地良い。標高八四〇メートルだそうで、道理で空気がひんやりとして居る。
山奥のどん詰まりで、坂道に弱い鉄道ではもう先に進めそうにない。列車の正面に里山がたちはだかっており、その手前までは線路が続いて居る。もしトンネルを掘ったとしても、向こう側には、湯ノ丸山・角間山・四阿山等が作る一五〇〇メートル以上の山脈が待って居る。
こんな事を考えつつ、橋の上に立って居る。下を流れるのは、吾妻川である。大きな岩がゴロゴロしており、樽沢トンネル前後にある渓谷とずいぶん形相が違う。それ程川を遡って来た訳だ。
ゼイタクにも駅名標が二枚あり、そのうちの一枚の足元に「道中安全」と彫られた石像が安置されてあった。
同じ客と同じ乗務員を乗せて、12時53分大前を出て、高崎行534Mは同じ道を走行して行く。
長野原草津口で三分停まり、もう一度樽沢トンネルや趣のある木造の川原湯温泉駅等水没が決まって居る区間を改めて観察し、群馬原町から女子高校生の集団が乗って来て、二ヶ所で交換をする。同じ線路を引き返して居る事と、流石に腹が減って来て、折角のローカル線に乗る一方でやや面倒になりつつあった。
渋川に戻って来て、ほっと一息をつくと共にまだこの先が長い事を思い知らされる。
高崎14時39分着。今日乗りつぶしを目指した区間は完走出来たので、あとは自由である。
駅弁を買い、ホームのベンチに座って味わって居ると、普通列車グリーン車の客室係のお姉さんが歩いて来た。今日使って居る切符は、料金については全部別払い(土・日きっぷ時代は新幹線・特急の自由席が乗り放題、指定券も四回まで無料)だから、彼女等のお世話になる事は無く、ただキレイな人だなと見送っただけである。
素直に上野行電車のボックスに着席した。うとうとして居る間に、私のボックスの空席で、制服姿の女子高校生三人に囲まれて居た。おしゃべりに夢中でずいぶん金切り声を出して居た様だが、全く気が付かなかった程よく寝た訳だ。
外は夕暮れである。上野・秋葉原と乗り換えて、市川に帰って来たのは17時50分である。
八高線非電化区間と吾妻線に乗って、合計一一六・五キロとなった。
自転車の回収も忘れず行った事は、言うまでも無い。


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