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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第12回 三つの幹線乗り比べ
久し振りに遠出、それもJRに乗る事が出来る。これまでの間に私鉄に乗れただけで、それも関東のものだから外出自体は嬉しいが、思った程楽しく無かった。
乗車券は、勤め先の最寄り駅の「ビュープラザ」にて発行して貰う。係員が経路の確認の為に時刻表の路線図を見ながら、
「なるほど、こうやって遠回りをするのですね」
と感心した口調で、マルス券(機械発券)の水色で横長の切符を作ってくれた。かろうじて経由地も書き切る事が出来た。これで運賃が一万三〇〇円かと思うと、意外に安くて感心をした。このほか指定券と、目的の列車は満席だったから自由席となったが、料金券を用意した。
平成二一年五月三日、連休に伴い混雑して居る東京から上越新幹線に乗って、越後湯沢へ向かったところで、「市川から名古屋市内ゆき」の旅は開幕した。
新幹線と交差する高速道路は、どの路線も大渋滞して居て、その車列を一気に吹き飛ばす様に走り去って行く。
越後湯沢で、特急「はくたか」に乗り継ぐ。車内に持ち主が不明の荷物があるとして、駅員も含めた騒動となったが結局指定座席を間違えた人のものと判明し、ようやく発車出来た。これが原因か、直江津では三分の遅れがあったのに、富山は定刻だった。幾ら北越急行では、一六〇キロ走行しても単線だから回復出来ず、一二〇キロでも複線である北陸本線で元に戻すとは、痛快な事である。
今日は富山に用事がある。と言っても、残念な事に、街に行く訳では無く、あくまで乗りつぶしの目的である。
1番線に行くと、すでに気動車ながらお洒落な意匠の特急列車が停車して居る。これから乗る予定の、特急「ひだ」18号である。7号の折り返しで、三三分も停まって居る事になる。
キハ85と言うJR東海自慢の気動車である。窓を大きくして眺望を良くし、ハイデッカー仕様になって居て、座席が通路より高くしてある。だから、同型導入後は昔から運転されて居る「ひだ」を、「(ワイドビュー)ひだ」と改称したのだが、便宜上「ひだ」と省略して記す事をお許しいただきたい。
残念な事に自由席だ。しかし、却って良いかも知れない。第一に、私自身が自由席で満足出来るし、この車は充分に豪華である事。第二に、本来は反対方向の列車を計画して居たのに、そちらも満員だったが、それでは乗り終えた後、時間を持て余すと言うかやりたい事の選択肢が少ない事。特に「第二」の理由は重大で、折角旅行に出掛けて、これから乗る高山本線二二五・八キロだけで帰るのは味気無い。名古屋へ行ったなら、あれも乗りたい、これも乗りたい、と目移りをさせる線区が官民問わず手ぐすねをひいて待ち構えて居る。
車内にJR東海のマークが付いた飲料の自販機が設置されてあり、試しにお茶を買ってみたら普通の品物だった。
富山15時11分発車。神通川を渡り進路を南に変えると、車内放送が入り、車内販売は高山から乗って来る由の説明があった。
西富山を通過した15時15分から車内検札が行われたが、自由席なので特急券を持って居ない客が多くて、小型の機械を使って発券して、お金のやり取りをするから、ちっともこちらへ来てくれない。新幹線も「はくたか」も検札が来ず、今日最初の車掌との応対なので、妙にそわそわして落ち着かないのだ。JR西日本、富山運転派出所の車掌であった。
速星に日産化学の事業所があるから、右手に貨車の姿があった。高山本線は、地方交通線すなわちローカル線に指定されて、割高な運賃が適用される。しかし、路線網を俯瞰してみれば、地元の人の大事な足だし、矢張り幹線である。沿線では頼られて居るのだ。
この速星から速度を上げた。
千里と言う女性の名前みたいな駅で、普通列車と交換をした。本来、この路線は普通列車が似合うと思って居るが、全線を一本で結ぶ列車が無いので、一見ゼイタクだが特急を利用せざるを得ないのだ。
猪谷に着く。木造駅舎が黒ずんで見える。神岡鉱山へ行く「神岡鉄道」との分岐駅だったが廃線となったが、「神岡方面のりかえ」の案内板が立って居る。この駅の名は「イノタニ」だが、車掌は「イノダニ」と発音した。地元の人に間違えられる位だから、この土地の価値もずいぶん舐められて居る様に感じさせる。
発電所があり、そこへ引き込み線が敷かれてあるのを発見した。かなりの急勾配で斜面の下に消えるので、作業用トロッコの線路らしい。
16時00分、打保で富山行特急「ひだ」11号と交換をした。すでに岐阜県の土地を走って居る。長短のトンネルをくぐって行く。山との付き合いは、この先も長く続く。新緑の季節で、若い緑色が鮮やかである。
「坂上」を通り過ぎたあたりで、線路脇で作業をして居るおばあさんに、まるであいさつをする様な優しい音量の警笛を鳴らした。実に山間らしい平和な生活だと思った。持参の日本酒を呑んで居る。二本の鉄道旅行は楽しい。普通列車で酒を呑んではいけぬと言う決まりは無いが、矢張り周囲が気になり優等列車の座席で呑むのが落ち着く。これも平和な事だ。
小京都と呼ばれる飛騨古川で普通列車と交換をする。
一緒に手をつないだ様に流れる川は、少し緩やかになった気がするが、河原を見るとゴロゴロとした岩の様な石が沢山敷きつめられてあり、その石と石の間をチョロチョロとかき分けて、とにかく下流を目指すのだと言う使命に駆られた志士を思わせる。自然の世界に同情と言う単語は無い。
高山で、観光客を乗せて待つ本編成と連結すると言って、長く停まる。背伸びをする。駅名標をしかと眺める。構内を見渡して良い駅だと思った。
姿も速度も丁度良くなった。この線に特急は不要だ。急行列車で充分だが、特急料金と言う旨味を知ったら、もう「値下げ」は出来ないのだろう。快速にせよ、とまでは言わぬが急行なら車両も簡素で済んで良いと思う。しかし、割引切符もあるとはいえ高い料金を払って乗ってくれる客が居るのも事実で、この人々には感謝をするしか無い。
久々野で三分停まって、臨時便の「ひだ」と交換をする。仲間に会えて嬉しそうだ。
17時を過ぎて居るが、外は充分な明るさだ。高山近郊に居るせいか、列車本数が増えて、普通列車を追い越したり交換したりと忙しくするうち、名湯・下呂に着く。温泉に入りたいが、今日は乗りつぶしが優先だ。そうこうするうち扉が閉まり、動き出した。しかし数分もしないで、広場の様なところで停車をした。少ヶ野信号場である。特急「ひだ」35号と交換をする。
さて、いよいよ交通の難所だった中山七里である。夕暮れで車窓が灰色を帯びて見えるが、渓谷は美しかった。断崖絶壁を造る川の力は、人智を超えており、昔の人が神様の仕事だと思ったのも無理は無い。
案外速度があるな、と思うのは車両の性能と下り坂だから、と言う毎度同じ図式の原因があるものと思われる。交換をした下油井まで、二五分で進んだ。表定速度はおよそ三〇キロであった。
飛騨川は第二の見せ場を用意してくれる。今度は飛水峡で、一二キロに及ぶ渓谷である。駅で言うと中麻生までである。茶畑があるとは知らなかったので、新鮮な気分になり、平行する国道に対する「道の駅」が現れると、山道もおしまいである。
18時12分に下麻生で交換をすると、猛スピードを出し始めた。
すっかり暗くなったが、岐阜の市街地を走って居る事はわかる。ついに長くもあり短くも感じた高山本線を乗り終えて、高架になって居る岐阜駅にすべり込んだ。
すでにほろ酔い気分になって居る。駅弁と信じて求めた、下呂の「笹すし」が単なる土地の名物だったと言っては怒られるが、飛騨の温もりで酒を呑んだあとでも美味しく食べる事が嬉しかった。花より団子か、と思われるかも知れないが、旅に出ると腹が減ってもガマンをしてしまい、駅そばすらない地域をさまよう事も多く、今日は体重の増加を気にせず、食べ物を見つけたら構わず手に入れようと思ったのだ。勿論、ガマンしようと思えば、好きな鉄道に乗って居れば忘れる事が出来るが、身体に良くないので、どんどん口に入れてしまった。
東海道本線に乗り入れると、今までとは打って変って、高速で走って行く。軽快な走りっぷりが、ことわざで言う「能ある鷹は爪をかくす」の体現をして居る様だ。
名古屋19時01分定刻。乗車券に「無効印」を押してもらい記念に持ち帰った。コンビニエンスストアの弁当を買って、予約して居たホテルまで歩く。

五月四日。くもって居る。
名古屋の人が損をして居るのは、大都市近郊区間や電車特定区間の設定が無い点である。だから、本数や運賃の面で名古屋鉄道(名鉄)に大差を付けられたのでは無いか。要するに、普通運賃を支払うのが馬鹿らしくて、土休日発売の「青空フリーパス」を券売機で購入をした。元を取るつもりは無いが、通常より一円でも安くなればそれで良い。
名古屋9時40分発東海道本線の特別快速に乗り、大垣で降りたら1番線に移動をする。これから乗車するのは、東海道本線の支線で、正式名称が無いので一般的には「赤坂線」とか「赤坂支線」と呼ばれる短い路線で、次の電車は10時28分発4213Fである。
ホームに立つと同時に、白地に橙色の帯をまとった電車が入線して来た。新型の313系かと思ったら、近付くにつれて大好物の国鉄型117系電車とわかり嬉しくなった。この形式は、見た事はあったが乗るのは初めてである。
教習中の運転士と、後部には車掌が乗務して居る。五・六人の客が居る。
電車はものすごい速度で走って居る。営業距離は五・〇キロしか無いが、そのほとんどは東海道本線上を走る。左に車両基地を見ながら、国鉄型らしい重々しい音を聞くうちに、信号場で線路を車線変更して、荒尾に着く。片面しか無い小さな無人駅だった。乗降はなし。
車掌が検札に来た。橙色の大きな地図式乗車券を、ちらっとでも見たかどうかの確認であった。
大垣からわずか七分で、東海道本線二つ目の終点である美濃赤坂に、そろそろと進入をする。
木造駅舎が終着駅としてよく似合って居る。無人駅なので改札口に駅員が立って居ないので、玄関を額縁として改札の向こうに電車の顔が見える。これもおだやかな光景だと思う。
路線自体はこの先まだ続いて居るが、これは貨物線で、今日は休みだからか赤坂駅の構内は広さのみが目立つ。
たった一〇分の停車で、大垣行となった電車で引き返す。
大垣発11時12分発米原行の乗り場を確認する為、車内放送に耳を傾けると、この電車がそのまま米原まで足を伸ばすそうだ。従って乗り通して、下車したのは関ヶ原である。あの天下分け目の戦が行われた関ヶ原である。これで東海道本線は完乗である。
東軍・西軍の代表的武将の名を記した看板があるが、これを見て居ると野球の打順を想起してしまう。一番・センター・平塚、二番・ショート・小早川、三番……。改札こそ自動化されて居るが、駅舎は思って居たよりも大きかった。知名度の高さに比べて規模が小さいと言う点では、釜飯の横川に似て居ると思った。
伊吹おろしであろうか、風が心地良い。それにしてもよくぞ駅を造ったなと思う。勾配があるから、東海道本線の線路は何本もあるから、今日で残りを乗ってしまった訳だ。
駅前の全日食で菓子パンとコロッケを買って、駅の中で食べる。朝はきちんと食べたが、昨日も述べたが見つけた時に入手だけでもしないと食いはぐれる可能性もある。
12時21分の電車に乗り、大垣から新快速を利用して、名古屋に戻ったのは13時10分の事である。
今度は、中央本線の特急に乗る予定で、それまで少し時間を作ったのだ。駅の立ちぐいだが、名物のきしめんを食べようと思う。チャーシューも入ったものを注文し五三〇円だった。
中央本線、或いは我々は中央西線と呼ぶ名古屋と長野県の塩尻までの区間に乗るのだが、乗車券は昨日買い求めた。指定も無事取れたので、安心してふらふらして居られる。
振り子式と言う急カーブでも速度を落とさずに走る事が出来る仕組みを持つ、特急「(ワイドビュー)しなの」号で一気に中央本線を片付ける事にしたのだ。味気無い東海道新幹線を使うより楽しい。
座席で、あっ、と思った。単なる個人的な勘違いだが、乗車券は木曽平沢からで良かった……いや、その時点で青空フリーパスは手元に無かったのだから、重複するけれどパスを放棄した事にするしか無い。この経路は名案と思って居たが、つめが甘かったけれど、良き思い出になる事を願う。
名古屋14時00分発特急「(ワイドビュー)しなの」15号長野行が走り出した。
千種に停車した。結構な数の乗車があったが、土地勘が無いのでわかりにくいが、東京で言えば、新橋や品川に停まる様なものか。
大曽根で貨物列車を追い抜く。
車内検札が来る。指定席は、満席では無いがまずまずの人数が乗って居る。
さっききしめんを食べたのに、今度は駅弁に手を出す。車内販売の売り子のお姐さんが持って居た「栗おこわ弁当」(中津川駅・梅信亭弁当部・現在は撤退により消滅)を買う。これも美味しく食べる。特急を利用した豪遊なので説得力に欠けるが、列車の中で食べるのが一番であり、せめて駅のホームや線路沿いの公園等、鉄道のある風景の中で食事が出来れば何でも旨いのだ。体重を量って居ないが、確実に増加して居るだろう。
車窓は、多治見までは郊外の住宅街と言う印象である。恵那が近付くにつれて、田園風景となって行く。
崖の上に中央自動車道が見えた。中央東線に乗ると、こちらが敵視をして居るから余計に高速道路の存在が目立つ。これは西線でも経験するとは意外に思った。
中津川の駅は、名古屋からでも松本でも電車の終点になるだけあって、高い山に囲まれた盆地に街並があって、交流や文化の面で境目に位置をして居るのだろう。
左手後方に恵那山がそびえて居る。標高二一九一メートル。
ここから本格的な山登りとなる。
一時間で岐阜県を通過して、南木曽まで来てしまい、すでに長野県である。長野駅まで二時間かかるとは、矢張り信濃国は大きい。また、岐阜と愛知を行ったり来たりしたが、とうとう美濃国ともお別れだ。
沿線の森林に背の高い杉が目立ち始める。これが木曽杉かと思った。これを伐って運び出す手段として、森林鉄道が活躍をした。趣味的な部分だが、森林鉄道とは法律上「道路」なのだそうで、正式には路線名に林道の文字が付与されると言う。要は木材の運搬方法が、自動車か線路(トロッコ類も含む)かの違いに過ぎないと言う。
奇麗な渓谷が見えるが、ショベルカーが居て台無しだ。勿論飾り物では無い事は頭の中で理解しつつ、無責任な旅行者の利己主義である。
平行する国道一九号に、野麦峠の文字が標識に現れた。
十二兼の先に吊橋が架けられて居るのを見た。
木曽路を旅して居る証拠になりそうな物件が次々に姿を見せ、目を楽しませてくれる。エメラルドが美しい川、新緑、全てが緑だ。
野尻で普通列車を追い抜く。
15時18分、名勝である「寝覚の床」を通過する予告放送があったが、二・三秒で見えなくなる。振り子式の長所が短所にもなる一例で、曲線があっても高速で進んでしまい、見た様なそうでもない様な気分のまま上松に至る。
蒸気機関車が保存されて居るのを認めた。今日は電車特急で楽をして居るが、かつてはあれで時間をかけて走って居た時代があったのだ。
一年三ヶ月ぶりの塩尻だ。乗り換え列車として、大八まわりの辰野行も案内されて妙に嬉しい。そして、これを以って中央本線は全ての区間を乗車した事になり、これも嬉しい。
塩尻から中央東線に乗るのが近道だけれど、久し振りに篠ノ井線に乗りたくなって、長野まで行く事にして居る。
一度乗車済の路線を再訪してはならぬと言う規則は無いが、どうもこの路線では速達列車ばかり利用するので、スイッチバックを体験出来ずに居る。だからもう一度乗る機会を作らないとまずいと思う。
聖高原で対向の「しなの」20号と交換をする。善光寺平の景観を眺めるうちに、16時55分長野駅に入線をし、「しなの」号の旅も終りだ。
東京まで新幹線を利用する。ホームではテレビ局の人がウロウロして居るのは、混雑状況を取材して居るらしい。それ程人の多い中、自由席に座れた。
三つの幹線に乗って、赤坂線も含めると今回の成果は、四一九・四キロとなった。
あとは、「あさま」が東京に19時16分到着をするのを待って居れば良い。楽しい二日間だった。


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