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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第11回 久留里のタブレット交換
茨城と福島を巡った翌日、また出掛けた。自宅を宿の代用にしたからで、フリー切符の元を取る為に、一キロでも多く乗る方便である。二日間有効だから、何処かへ行かないと損である。平成二〇年一一月二日、地元の市川から下り電車を利用した。
千葉には8時少し前に着いた。この時間帯に旅行を開始するとは、久し振りで珍しい事であり、余裕を用いて、駅そばの朝食まで済まして来たから、万葉軒の駅弁を見てもがまんが出来た。
今日は、房総に残る二つの線区を片付けたいが、本数の多いところだから、予定を立てずに来た。だから停まって居る電車の行き先を比較して、まず南へ行く事に決め、内房線君津行のロングシートに座った。
木更津で乗り換え、狸が描かれた気動車に出会えて嬉しくなる。
木更津9時14分発久留里線927Dの姿は、国鉄型の古めの車(私と同い年だから年寄り扱いをするのが忍びないのだ)で、通勤用に製造されたのでロングシートであり、それは覚悟をして居たから、ぐずぐずとせずに着席をした。
車体の狸の正体は、童謡「証城寺の狸囃子」の題材となった證誠寺が、この木更津にあるからであり、発車ベルの代わりに流れる音楽も、その曲である。楽しい旋律に見送られて、定刻の出発である。
座席は全て埋まり、扉横の棒さえふさがって居る。車掌も乗って居る。
祇園と言っても華やかでは無く、乗降も無い。駅員は配置されて居ない。
運転席を覗き、速度計を見ると、四〇キロから六〇キロの間で走って居る。
木造駅舎に風格を覚える横田で交換をする。この路線に優等列車や貨物は走って居ないので、全て普通列車である。
その対向列車から駅員が走って来て、私の乗った列車の運転士に、自転車のチェーンの様な物を手渡した。これぞ、今日の楽しみだった「タブレット交換」である。チェーンに「通票」と呼ぶメダル状の物が格納してあって、この通票がその区間の通行許可証となる信号の方式で、これを授受しないまま進入すれば信号無視となり、正面衝突すれば責任を問われる。当然単線で用いられ、かつては全国で見られたのだが、信号機の自動化で姿を消し、一部のローカル線に残るのみとなった。単線の行き違いの事を交換と言うのは、タブレット時代の名残りだが、久留里線では現役だから、本来の意味通りの言葉として使用されて居る。
一つ一つの道具、所作、鉄道員の表情やあいさつと喚呼、全てが格好良く、年輪を感じる。無責任な旅人だから、ローカル線の見本とか証人とか、生きた化石と言うのは簡単な事だが、地方鉄道の極致をまざまざと思わせてくれる、素晴らしい光景と思った。
興奮も冷め切れぬうちに、次の東横田へ。
路線名にもなって居て、沿線の中心でもある久留里は、八犬伝の里見家ゆかりの城下町である。停車中の対向列車は当駅始発だが、タブレット交換をきっちり行った。乗客のほとんどが降りてしまい、車内がすっかり静かになった。
久留里線は、元々ここが終点でその後延伸され現在の姿となった。だからと言う訳では無いが、これより先は本数も減らされ閑散区間となる。
中間地点を9時45分頃に通過した。
房総半島にだって山はある。標高は低いのに、生活の上では矢張り高山に匹敵する。今までの田園風景が、突然山岳区間に変化する。丘陵程度の山々が連なる中を、坂道が登ったり下ったりする。しかも、その坂が急勾配に見える。ほとんど自転車位の速度で、よたよたと、時間をかけて挑む姿が、何とも無邪気で可愛らしい事か。線路沿いに、黄色の菜の花の代わりにセイタカアワダチソウが咲きほこって居るが、線路の右側に一列となって並んで居るのが不思議だ。環境がそうさせるのだろうか。
短いトンネルを二つくぐる。この辺りで国道四一〇号と「からみ合う」のだが、それは別の話題である。それよりも、流石の久留里線も音をあげて、トンネルを要する位に山が深くなったのだ。
上総亀山に10時15分、たどり着いた。
静かな駅である。路線バスもあるが、接続など眼中に無いのか、姿が見つからない。少し歩いて車止めに行ってみる。ここが本当の終点なのだと思うと、目頭が熱くなって来る。だから、向こうに小さく見える二両の気動車が、牧歌的と言うよりも、悲しげな物語に思える。
駅に戻りホームを観察すると、国鉄時代の駅名標は残って居ない様子である。道中、何ヶ所かで、白地に黒色の、国鉄丸ゴチックと呼ばれる独特の丸みを帯びた文字で、大書きされた平仮名が、ローカル線と言う舞台を彩るいわば名脇役の風格さえ感じさせた。
上総亀山ののどかさの中に、そこはかとない淋しさを湛えた構内と、一五分の滞在ののち別れ行く。木更津には、11時31分に戻る予定だ。
久留里で対向列車が遅れたが、三分で済む。折しも繁華街へ遊びに行くのに適度な時間帯なので、若者、特に女の子の姿が多い。もう一度、タブレット交換の様子を目に焼き付けて、狸の街へ帰って来た。
ここから、一旦千葉へ引き返す事になって居るから、内房線の上り電車に乗り換える。世代交代が進む青と白の113系電車で、千葉12時22分着。昼食に駅弁を買っておく。
次は、成田線の残余を処理したい。時刻表によると、総武本線の電車が先発すると言う。千葉から銚子へ行くのだが、途中の佐倉で別れて、八日市場を経由する総武本線と、成田を回る成田線と、二つの電車が利用出来る。その八日市場廻りの電車で先へ行き、成田線で引き返す事にした。また113系であった。愛着のある電車だ。引退も近付いて居るから、機会があれば何度でも乗っておきたい。何よりボックス席があるから、車内が空いたら弁当を食べる事が出来る。私は、ロングシート車でも、列車が設定され、定時で、無事故で運転してくれるなら問題にして居ない。後継として導入された、同じく国鉄型の211系はロングシートであり、着席保障と言う点では少々心配をした。
成東から銚子まで、普通列車に乗るのは初めてである。初乗車の時は、特急「しおさい」を利用したからだ。明るい水田の広がるところを、気持ち良く走る。成田線と合流をして銚子に14時43分着。
銚子電鉄の小さい赤い電車が、ポツンと日向ぼっこをしながら乗客を待って居る。乗りたくなる。
次の千葉行の成田線電車は、今乗って来た列車が、そのまま変身すると言い、これでまた好きな車に乗る栄誉を得られた。
日差しに黄色の色調が増して来た。夕焼けも近くなって来たが、乗りつぶしの標的区間は近いので、充分に持ちこたえてくれるものと思われた。
今日二本目の完乗を目指して、銚子15時19分発454Mの旅出を迎えた。この電車で香取まで行けば用事は済み、あとは帰宅に向けた余興みたいなものだ。
たったひと駅目の松岸で、総武本線と分岐した途端に俄かにひなびた空気を感じる。単線だし、水田と小高い丘と、高圧電線の鉄柱が遠望されるからだろう。
カタンカタンと小気味の良い音を聞いて居る。先頭車でモーターが付いて居ないので、静かな車内は、客車列車の座席に腰かけて居る錯覚をさせる。勿論、本物では無いから、色々な相違点はあると思われるが、113系電車と遊んでみただけである。
暫くの間は利根川に沿って走る。土手に遮られて、川面を拝む事は出来ない。
利根川は、大河として認めない訳にはいかぬ。全長は勿論、川幅も然り、上流を中心とした景色の良さ、どれをとっても「坂東太郎」の名に恥じない素晴らしさがある。これは地元を流れる江戸川を比較の基準とした上で、多少故郷へのひいきを含んでも、利根川には参ってしまう。
笹川で交換をする。急行停車駅だった小見川とはどんな駅かと思って居たら、対向式ホームが長いだけの片田舎の駅であった。
電車は七〇キロ位のゆっくりとした足取りで、東京からそう離れて居ないところに、こうした時間を忘れてぼんやりするのに適当な電車があるとは、盲点だと思う。
右側から線路が近付いて来た。鹿島線である。と言う事は、今回の最終目標である、香取に無事やって来たと言う証しである。三一・八キロを消化して、一日の合計は六四・〇キロとなった。距離は短いが、千葉県内のJRを乗り終えた事になる。16時00分着。
対向列車と交換をして、このまま千葉まで乗り通す事にして、次の佐原へ進むとまた交換をする。もうあとは帰宅するだけだから、のろのろと走ってくれて構わぬ、と思ってボックス席で寛いで居た。勝手である。
感動は無かった。まだ、と言うかようやく千葉を乗り終えただけで、次は何処へ行こうかと言う思案をして居た。
成田に着く。京成に乗り換えようかとも考えたが、結局113系に乗って居たくて、降りる事が出来ず、佐倉まで来た。総武本線の姿を見ると、帰宅への進歩が早くなった気がする。すっかり暗くなって、車内だけが明るい。物井の内照式駅名標を見たら、何とも言えない、虚脱感に襲われたが、単なる疲労と思いたい。
千葉は定時。特急「成田エクスプレス」が遅れて通過したので、快速も四分遅れた。
市川の3番線に降り立ったのは17時44分。この時間に帰って来る乗りつぶし旅は、かなり珍しい。


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