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作品名:線路がある限り 作者:烏山鉄夫

第10回 紅葉と二つのローカル線
今日も日帰りの一人旅である。特段ことわり書きをする事では無いが、どの様な性質の旅行であったかを示すのも、一つの責任だと思い、念の為に書きそえておく。
平成二〇年一一月一日、以前にも乗った上野発7時30分の特急で、今日は水戸まで行く。
水戸から、早速乗りつぶしの旅が始まる。
まずは、茨城県を斜めに走る水郡線に乗りたい。この線には支線があって、当然そちらも未経験なので寄り道をする事になる。水戸発9時06分発は、支線に直通する列車なので有難く乗り、JRが導入した最新型の気動車で、定刻になり動き出すとすぐに軽快な音を響かせる。エンジンを中立に切り替えた時、静かになった車内の雰囲気が好きだ。
下菅谷で対向列車と交換をする。
次の上菅谷が支線との分岐点である。ここで二一分も停まり、その間に上り列車と交換をし、本線を直進する列車を見送る。ホームに立って眺めて居ると、三本の気動車が並んで居て良い光景に見えた。
支線に向かって、そろそろと走って行く。ここから九・五キロと案外長い道の先に待つ常陸太田を目指す。
午前の柔らかい日差しに照らされた、田園と住宅を見ながら、坦々と走って行く。久慈川を渡ると、明らかにこの川が由緒とわかる河合に停まる。車内は空いて居るから、わずかな停車時間でも長く感じる。
常陸太田9時59分着。二〇分の停留だが、水戸光圀ゆかりの西山荘が近所にあるけれど、流石に遊びに行く事は出来ない。仕方が無いから、駅舎を眺めてホームに入って煙草を吸って、発車時刻を迎え上菅谷へ戻ると、下り列車の次の発車は11時32分となって居て、一時間待たねばならない。
今度は時間があるからここでも改札を出てみた。駅舎を見ると、青い瓦の乗った郊外の駅の標準的な建物で、快晴の空と相俟って、気持ちの良いのどかさが気に入った。
825Dがやって来て、混んで居るので運転台のそばに立ち、前方の景色を楽しむ事にした。
一つ目の常陸鴻巣では、時間調整が行われ暫時停まったが、原因がわからない。水郡線は単線なので、上りが遅れたのかと推測をした。
「静」と言う気になる駅を発車し、常陸大宮から車内検札が行われた。私の切符を見て、
「あれ?」
と言う顔をし、券面に書かれた地図を見て居るらしく、両手で切符を持ち何か思案をして居る。ようやく納得したらしい、若い車掌は切符を返しながら、
「水戸から郡山まで、土日きっぷですね」
と言った。
無事切符の事から解放され、前方の注視を再開する。
玉川村で交換をする。Y字の分岐器があって、駅のはずれに左カーブがあり、その向こうに農家らしき建物が見える。車両こそ新型の多彩色なものに交代はしたけれど、昔から変わらぬ脈々とした光景だと思えて、何故だか感激をしてしまった。
別の駅から女子高校生三人組が乗って来て、座席が空いて居ない事に悪態をつき、本人は小声のつもりらしいが、若き特有の元気な声なので、はっきりと聞えてしまう。普段は空いて居て、地元客専用の趣なのに今日は行楽客でふさがってしまったのだ。
野上原の前後から久慈川が近付いて来て、行楽客の歓声があがる。短いトンネルをくぐってようやく山が深くなって来た事に驚く。明るい直射日光を浴びて白く輝く水面が、ゆったりと左へ向いたり右を向いたりする。
何となく気になる山、と言うものと旅に出掛けると出会う事がある。名前がわかれば良いが、そうでなくてもその容姿にとりつかれた様な気分になったり、或いは印象を忘れる事が出来なかったりして、いずれにしても山に恋愛めいた心を持つ事が多い。今日は、何処かの山の頂上だけが、別の山と山の間にちらりと見え、そのトンガリ頭が私の脳裏に暫く焼き付いた。この山は八溝山地の一員である。
ところで、水郡線はこれ程山間地を走って居るのに、勾配こそあるもののトンネルが無く、横を流れる久慈川が余程上手に地形を造ったのかと、思う。景色が良いのに、トンネルで視界を遮られると興醒めをする人もあると思われ、文句や難癖をつけられそうだが、この路線は合格するだろう。
袋田の滝へ行く人がどっと降りて空く。やっと座る事が出来た。と言っても、立って居た方が、車窓を写真撮影するには都合が良かったが。
常陸大子で長めに停まる。三両編成のうち一両を切り離す。ホームに降りると、国鉄時代のままの、紺色のホーロー製駅名標が残って居た。この駅は「奥久慈しゃも弁当」が有名だが予約が必要で、連絡をして居なかった為、そのご馳走を目にする事は無かった。背伸びをして身体をほぐすうちに時間となり、車内に戻ると、ますます閑散として居た。
山がどんどん深くなり、急カーブが多くて新型車両なのに、特有の「キイキイ」とか「キンキン」と言う音を発しながら曲がって行く。また、元来ゆっくり走って居たのに、一回当り五〇〇メートルから六〇〇メートルと細かい速度制限区間があって、簡単には走らせてもらえない。
下野宮を出て、川が離れてもう一度近付いたところが県境で、東北地方最南端の矢祭山と言う駅に着く。ここも名所が多いが、ほとんど乗降も無く、車内検札専門の「特改」さんと、私達が呼ぶ車掌が乗っただけで、束の間の停車だった。
東館で、男性が特改さんに何やら話しかけて、橙色の整理券発行機のフタをいじくって居る。どうやら故障で整理券を貰えなかったらしい。特改さんは、磐城石井に着くまで対応に追われて居た。
磐城塙で交換の為に少し停まる。ホームに降りてみると、ダリアが有名で二〇〇種五〇〇〇株が七月から一〇月にかけて咲く由の案内板が立って居た。対向列車がやって来て、タブレット時代の名残を想像させるずれた位置にあるホームに停車したのを見てから、私の乗った気動車も郡山を目指して、この駅と別れる。
川東で最後の交換をして、阿武隈川を渡るとこの線の終点である安積永盛に着き、四分停車をする。水郡線の「ぐん」は郡山の「こおり」なのに、ここが終点で、とにかく一三七・五キロを乗り終え、おまけの様に、しかし東北本線のしっかりとした線路の上を軽やかに進んで、郡山14時41分。
幾ら鉄道が好きで、ローカル線を堪能したからと言っても腹は減る。次に乗る予定の列車は入線して居ないので、駅弁を買って待合室で食べた。その間に郡山行としてやって来て、乗客を降ろして折り返しの準備をして居る。
つい目と鼻の先に停まって居るのに、食事をしたせいと、本数が少ないから「人気が集まる」せいとで、すでに車内は九割程の乗車率となって居る。何とか、三人先客の座るボックスに相席させてもらう。
この列車は福島県を横断する線の東側を担う、磐越東線と言うローカル線で、非電化で八五・六キロとなって居る。発車時刻は15時10分で、736Dを名乗る二両編成の普通列車である。
ブルルンと言って、郡山駅を離れ暫く北へ進み、プイと東を向くと舞木で、「もうき」と読む事を駅名標で知る。
次の三春は、良い駅名だと思って居る。三春駒と桜が有名な、のどかな良い町である。
船引で、快速「あぶくま」と交換をした。気分と言うか、その日の行程にもよるが、今日は速い列車には、東京との連絡以外に使いたくなかったのに、「快速」と言う種別の誘惑に負けそうになった。折角、普通列車が奏でるのんびりとした線路の継ぎ目の通過音に身を任せて居ると言うのに、乱心させる憎い列車に思えた。ローカル線は、普通列車が好ましいが、快速なら乗りたくなるのだ。尤もあれは対向列車だが。
大越で普通列車と交換。この線が地味と評されるのは、優等列車の運転がされて居ないせいだとしたら、却ってほほえましい事に思える。車窓も、遠くに阿武隈山地が横たわるほかは、とりたてて面白い訳では無いけれども、しかし嫌いでも無く、何と言うか愛着とか親近感が急に芽生え、平凡さが楽しくなって来た。酒はまだ呑んで居ないが、ローカル線に乗って興奮したのだろうか。
この線の折り返し地点が近付く。その一歩手前の神俣で何かを見たらしいのだが、手帳には暗号の様な、「東(うしろ方 進方左)」と言う記述があるのみで、かつて貨物の専用線が発着して居た痕跡を見つけたのだろうと思うが、すっきりとしない中間点になってしまい、磐越東線に申し訳なかった。
小野新町で美人を探したが、わずかな停車時間で見つかる筈も無く、投げ遣りな気分を味わった。
この路線最大の見所が近付いて来た。夏井川渓谷と言って、国鉄時代から行楽用臨時列車が向かったところである。周囲は俄かに深山が近寄り、木々は茶色になった葉を従えて、ほかの色はわずかしか見えない。茶色と思ったのは、実は赤や橙で、夕暮れがせまり暗くなりかけて居る事もあって、視界にフィルターが取り付けられて誤解したのだ。列車がゆっくり走って居るから、景色が変わるのも同じ進み具合である。期間限定の徐行サービスで、本数が多いとなかなか出来ない事である。知らなかったので、思わぬ贈り物を貰った気分だが、かつては信号場として使用されて居た江田を過ぎると、また気持ちが冷めて行く。旅の終わりの不機嫌は仕方が無いとしても、江田で降りた若い恋人同士の姿を見て、悋気を起こした事も大原因である。夏井川でも青戸峨廊でも、落ちて太平洋まで流されれば良かろう。
それは置いておくが、ここはすでに「いわき市」と知って驚いたが、いわきの市域はものすごく広い事に肌で接し、浜通り地方を旅して居ると思う。
川前で最後の交換をする。
保存展示されて居る蒸気機関車に気が付かないまま、いわきに16時41分到着、これで磐越東線は完乗となる。お世話になったキハ一一二は、すでに折り返しの小川郷行を表示して居る。この車両も、ずいぶん風格が出て来たな、と思う。また何処かで乗りたい。
特急で帰ろうと思う。自由席の窓側を確保すると、仙台から来た編成との連結の為に車体が揺れ、17時22分発「スーパーひたち」54号は上野へ向けて、荘重に走り出した。
酒を呑んで、少し寝る。
阿武隈山地の、飾らぬ山容なのに、十ヶ所位トンネルをくぐったのが意外だった。勾配のあるところを気動車が走るローカル線に無事乗れて、心地良い疲れで夢も見ず、気が付けば土浦だった。
次は上野で、起き抜けも手伝って、不機嫌さが強くなった。


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