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作品名:名前はまだない。 作者:

第2回 2
彼との思い出は、雨の降る日の方が強い印象が残っている。

その日、彼は突然ふらりと、どこへともなく、外へと歩き出した。傘も差さずに。だから、私は彼も傘の中に入れて歩いた。
こういう場合、普通なら男の方が傘を持つのだろうが、私たちの場合はまるきり逆だった。自分より背の高い男を傘の中に入れて歩くというのは結構きつかった。私は彼の左隣を突かず離れず歩いていた。傘を持つ右腕が痛い。

彼は雨宿りできそうな木の下に入っていった。私はそこで傘を閉じ、雨に濡れないように彼の横に立った。
「海……見たかったの?」
「……」
 当然、彼は何も答えない。そんなことはいつものことだ。私は気を取り直して、雨に濡れた左肩や左腕を、ポケットの中のハンカチで拭こうとして、右手をせわしなく動かした。その時、私の右手の甲が彼の甲にちょん、と当たった。私は、すぐに自分の方へ手を避けた。しかし、彼の手はぴくりとも動かない。ちら、と彼の顔を窺うと、そんなことは全く意にも介さないというように、濁った空の色と同化している海を眺めていた。
 私はあらためて、視線を地面へと移した。そして、自分の右手をゆっくりと動かし、そっと包み込むようにして彼の手に、自分のそれを絡めた。
 男特有の骨ばった大きい手。自分のそれとは違った、頼りがいのある掌。私はその手を、出来るだけ優しく握った。

いつか、この手が握り返してくれることを願って――。


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