小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:星を道標に ]Z 奇跡 作者:ナナセ

第4回 吹雪の中で 1
            〜 吹雪の中で 1 〜



 初級のロングコースに入り、西沢の歩いていた辺りを通り過ぎる。
 あれから二十分近く経っていることを思えば、彼女もそれなりに移動しただろう。
 大体の予想を立てて後を追う間にも吹雪は激しさを増し、わずかにのぞく素肌をも容赦なくなぶる。
 焦る気持ちを宥めつつ滑っていくと、単調に思えた斜面が緩くカーブしているのに気付いた。
 そう言えばこのコースは、もう少し先で俺の滑っていたJコースの終着点と合流する。
 そこから大きく弧を描き、ホテル裏へと続いているんだ。
 その緩やかなカーブの所で一旦止まり、辺りの様子を伺った。
 これだとコースの傾斜に沿って行ったか、真っ直ぐ突っ切って流れて行ったか、ものすごく微妙だ。
 西沢が何も考えず、コースに沿って下っていれば一安心なんだけど、自分の投げた言葉が今、心底悔やまれる。

『――板は駐車場の外れの山の中にでも突っ込んだら止まる!』

 あの台詞に忠実に従えば、彼女は確実にコースから逸脱しているだろう。
 岐路に立ち、ゴーグルを上げて視界の悪くなった周辺に目を凝らし――
 余計厄介になった現実を前に、がっくりと肩を落とした。
 コースの外の雪があまりプレスされてないから、
「足跡が辛うじて残ってるんだよなぁ」
 見失わずに済んだ痕跡より、すでに半分ほど新雪に埋れているそれに不安が募る。
 これからの積雪を思えば帰路の目印になるはずもなく。
 取り合えず今は目視の利く内に身柄を確保するのが最優先事項だと気持ちを切り替え、彼女の突き進んだ方向に板を向けた。


 薄れていく足跡を追って五分程滑った頃、一面灰色に染まる薄暗い景色の中にやっとその姿を捉えた。
 距離にして二十メートル程。視力の良さを自負する俺でも、それくらい近付かなければ気付けなかった。
「西沢さん!」
 風の音に抵抗して大声で叫んだ途端、ビクッと大袈裟なほど身体を跳ねさせた西沢が恐る恐る振り向いたのがわかった。
 近付いて行くと、相当不安になっていたのか表情にさっきの能天気な明るさはない。
 その顔を見ただけで、少しは無茶をした甲斐もあったと自分に言い訳してみた。
 後で先生に大目玉を食らうとわかっていても、今は彼女を見つけられたことが何より嬉しい。
 同時に、俺は重大な決断を余儀なくされた。

 すぐ傍まで滑っていってゴーグルを上げ、ネックウォーマーを下げて顔を見せたら、怯えを含んでいた西沢から警戒の色が一瞬で消えた。
「よ…吉野君?!」
 動きを止め、震える声で俺を呼ぶ。
 返事するより現状の確認を優先した。
「板は? 見つかっ…てないか」
 手ぶらの様子を見れば言わずと知れる。
「うん。軽いから跡もついてないし、もう少し下りるか一旦戻るか、迷ってたんだ」
 西沢も必要最低限の言葉で返す。「どうして?」とかの無意味な質問も泣き言も、一切なかった。
 こんなところはすごく助かる。
 余計な時間を取られなくて済むならと、普段通りに話しかけた。
「どうせならコースアウトする時に思い止まってくれよ。よくこんな所まで歩いて来たな」
 呆れを通り越して感心してしまう。
 状況が状況だ。小言っぽくなってしまうのは仕方ない。
「ごめんなさい。迷惑かけたくなくて……」
 尻窄みになっていく言葉にぞんざいに頷いてみせた。
「わかってるよ。けど西城でならまだしも、慣れない土地で責任感を発揮するのはどうかと思うよ」
 自分の事は棚に上げ、一応苦言を呈する。
「うん。段々心細くなっちゃって、早まったかなって思った」
 今は、地の底まで反省しているような彼女にこれ以上追い討ちをかける必要を感じず、ホッと息を吐いた。
「とにかく無事に会えてよかった。但し、すぐには帰れない。この雪をやり過ごさないと」
 容赦なく吹き付ける風雪を背中で受けて、諭すように言った。
「え、どうして?」
「これはもっと酷くなる。ここからホテルまで普通に歩いても二十分は掛かる。途中で方向すらわからなくなる可能性が高いし、西沢さんの体力を考えたらそんな中進むのは危険すぎる」
 恐らく学校の方もすでに待機になっているだろう。天気の崩れが早すぎたんだ。それに彼女の移動距離もなめてた。
 山崎達が大袈裟に伝えてないといいんだけど。
 そこで大田君の正義感に溢れた行動を思い出してしまった。
 きっと必要以上に責任を感じて悔やんでる気がする。それを思うと陰鬱な溜息が出そうだ。
 それでも下りる時に『西沢を頼む』って言ってたから、そこはこっちも信じるしかないか。
 向こうのことを一瞬考えてしまったのが西沢にも伝わったのか、「そう」と項垂れポツリと呟いた。
「でも、皆心配してると思う」
「だろうな」
 消えてしまいそうな小さな声でも、言いたい事はしっかり伝わる。「けど、どうしようもないよ。ここで強引にホテルに向かって二人して遭難なんてなったら、それこそ今後の修学旅行自体に悪影響を及ぼすだろ」
「それは、そうかもだけど」
 こうなった責任を一番感じている西沢は、一刻も早くホテルに帰りたいんだろう。
 気持ちはよくわかる。それでも流されるわけにはいかない。
 本人は無自覚でも、山を歩いて下りてきたことで相当疲労している。
 強風に煽られる雪に目を凝らせば、さっきまでいた頂はもちろん、滑ってきた初級のコースすらほとんど見えない。
 ここもすぐ同じ状況になる。そんな中、雪に不慣れな彼女を歩かせたらどうなるか。
 想像しただけでゾクッと背筋が寒くなる。
「今は、自分達の身の安全を第一に考える。皆に会うのは吹雪が止んでからだ」
 俺の切羽詰った感が伝播したのか、ほんの少し逡巡した西沢が、口元をキュッと引き締めた。
「――ん、わかった」
 内心はどうあれ素直に頷いてくれた事に「ありがと」と一応礼を言って、諸悪の根源に触れた。
「その前に、ここまで来たんだ。雪が板を隠してしまう前に探そう」
 そこに一人待たせておくわけにもいかず――っていうか、ついて行くと言い出すに決まってるし、この状況の中、少しでも目を離すのがすでに不安で仕方ない。
 里香ならまだしも悠太を相手にしてる気分はきっとあれだ、僅かしかない俺の庇護欲が掻き立てられてるんだ。

 促してそのまま少し下れば案の定、桧の葉に積もった雪が落ちて山になった手前が、不自然に盛り上がっている。 
「あそこ! 板じゃないか?」
「え、どこ?」
 指差した先に顔を向けた西沢が小首を傾げる。
「こっち」
 そこまで滑っていき、手袋を嵌めた手で小山の中から目的の物を掴み上げ、積もった雪を払い落とすと、
「あっ、それ! 私の板!」
 後ろから弾んだ声が上がった。
「なら、問題の一つは解決できたな」
 振り向いて笑ってやると、落ち込んでいた西沢も満面笑顔で大きく頷いた。
 完全に埋もれる前に見つかってよかった。
 勢いのままに突っ込んだらしく、板が斜めになっていたおかげでどうにか気付けたけど、タイミング的にはぎりぎりだった。
 早々にスキー板を回収し、辺りに目を凝らしてみる。
 眼前に林立する何十本もの桧。その奥にこれまでの積雪と風の影響を受け、少し凹んでいる箇所を見つけた。
 さほど手入れされてないのか、周囲の木々はどれも立派なのに枝が下まで茂り、中でも一際目を引く一本を見上げれば、幾重にも葉が重なり合って完全に空を隠している。
 あれなら――
「西沢さん! あそこの窪地になってる所で吹雪がおさまるのを待とう」
 横殴りに吹き付けてくる雪の粒に背を向けて喚いた。
「……大丈夫?」
 風雪に煽られながら立つ大木を見上げ、薄暗いその奥を不安そうに覗く彼女を放置して、風の当たる反対側から窪地までスキー板を駆使してできるだけ雪を踏み均した。
 ある程度歩ける状態にしたところで、これ以上の作業は無理だと判断する。
 木立の際に立ち、俺をじっと見守る西沢が雪だるまになりかけてる。
「この山を越えて窪地に入ったら風除けになるし、枝が雪を防いでくれる」
 言いながら手を伸ばせば、はっとしたように慌てて頭や肩に積もった雪を払った西沢が、おずおずとその手を掴んで来た。
「スキー板がないとかなり沈むから、気を付けて」
「うん。キャッ」
「西沢っ!」
 言った先からズボッと膝近くまで雪に足を獲られ、俺の方にしなだれかかってくる。
 抱き止めて、一緒に引っくり返るのをかろうじて阻止した。けど、ち…近い。それに想像したこともなかったけど、女の子ってふわりと軽い。
「ごっごめんね吉野君」
 彼女も相当焦ったようで、どもりながら謝罪の言葉を口にするけど、身動きはとれないらしい。
 それは支えている俺も同様で、ここは西沢に頑張ってもらうしかない。
「だ…大丈夫。まずは右足を救出しようか」
「は…はい。って、できるかな?」
「あのな」
 疑問形で返す呑気さに危機的状況も忘れて脱力した。「そこは頑張ろうよ。俺も気合入れて支えるから」
 気を取り直し、態勢を立て直して、今度は自分の体幹もしっかり意識して上半身を支えてやると、西沢も雪にはまった? ブーツをなんとか引き抜いた。
「ハァ、抜けた〜」
「よし! じゃあさ、今度はできるだけ靴底全体に体重をかけるイメージで、ゆっくり歩いて」
 こっちの要求通り、へっぴり腰になりつつ十メートル程進み、ようやく木の根元―避難場所まで辿り着いた。
 二人共たまたま低姿勢だったおかげで、雪をのせた枝に当たらず下を通り抜けられたのは僥倖だった。

 直径六十センチメートルはありそうな桧の下は周囲に比べて雪の量も極端に少なく、深く沈み込む心配もない。
 それを確認して俺もスキー板を外し、木の幹を背に西沢の板と三枚並べて裏返し、座れる場所を確保した。
「一時間もしたら弱まるから、それまで少しでも身体を休めよう」
 先に腰を下ろし、隣に座るよう促すと、「うん」と頷いた西沢が少しだけスペースを空けて体育座りで膝を抱えた。
「さっき、足を取られた時、ブーツに雪は入らなかったか?」
 尋ねると「大丈夫」と答える。
 足元に目を遣ると、先生の指導通りにきちんと履けてる。
 さすが成績上位者、教えられた事は完璧にこなす。
 ただ、それ以外が壊滅的なのはどうしてだろう?
「そう? ならいいけど、もし少しでも入ってたら凍傷を起こす可能性があるから、そんな時はすぐに掻き出すか振るっとけよ」
「そうなんだ。じゃあ一応確認しといた方がいい?」
「いや。自覚ないならさっきのは大丈夫だろ。逆に靴を脱いで外気に晒す方がヤバイ」
 葉の隙間からこれまで以上に激しく吹雪き出した外に目を遣って言えば、西沢も確かめるメリットとデメリットを考えたんだろう。
「そうだね。……うん、濡れた感じはないと思う」
 ブーツの中の感触を伝えられ、そこは彼女の感覚を信用することにした。
「よかった。あ、帽子の上からフード被っとけ」
 言いながら自分もレンタルウェアの襟に手を伸ばし、ファスナーを開けて折り畳まれたフードを被る。
「え!? そんなの付いてたんだ」
 気付いてなかったのか、手探りで首元に触れ、ファスナーの存在を確認する。
 カチカチとプラスチックの当たる音はするけど、摘めてないよ。
 よく見れば修学旅行の為に買ったんだろう、ビニール製の手袋が全然馴染んでなくて、手先の細かな動きを更に難易度の高いものに変えている。
「………」
 手を出すべきか、迷う。
 暫く格闘したものの、腕の方が早々と限界を迎えたようだ。
「駄目だー、上手く掴めない。あー腕だるい」
 諦めて手袋を外しかけるのを慌てて止めた。
「馬鹿! 体温一気に持ってかれるだろ。ちょっとこっち向いてみろ」
「うん?」
 言われるまま俺の方に顔を向ける。襟元に見えるファスナーを引っ張り、出てきたフードを被せてやった。
「お世話かけます」
 ぺこりと頭を下げる西沢は本当にとことん不器用だけど、何でか嫌えない。
 山崎や北斗もきっとこれに掴まったんだろうなぁ。なんて思うと、今のこの状況がものすごく不思議な感じがした。

「……えっと、他には――あ、そうだ」
 暫しの逃避から我に返り、ポケットに突っ込んでいた簡易の雨具―ビニールのうっすいやつ―を思い出して手早く広げた。
 今日は午後から天気が崩れるとの予報を見て、念の為入れておいたんだ。
 100%ナイロンだから、水気は完璧に防げる。
「西沢、悪い。ちょっと立ってくれるか?」
 手にした雨具の用途に思い至ったらしい。
 もたつきつつも立ち上がった西沢が、風に煽られる裾を捕まえた。
「サンキュ。それを板の上に敷いて座ろう。薄いけど無いよりマシだろ」
 ラージサイズの雨具にしていてよかった。
 二人で羽織り、四苦八苦しながらも今度はくっついてもう一度座る。
 これで下からの水気も染み込んでは来ないだろう。それにお互い触れている方が、少しでも暖が取れる。
 この至近距離に西沢からの拒絶反応はない。それどころか目付きが尊敬の眼差しに変わっていた?

 ようやく人心地ついたところで…っても、寒くて全く寛げないけど! 西沢がポツリと零した。
「凄いねぇ吉野君。サバイバル慣れしてる?」
「いや。けど俺田舎育ちだから、スキーにはしょっちゅう行ってたんだ。当然、冬山のハプニングにも何度も出くわした。そのせいで用心深くはなったかな」
 透き通った雨具に目を落として笑みが浮かぶ。
 これも雅也達、田舎の同級生のおかげだ。
「そっか。吉野君が田舎育ち、ってイメージがないから、なんか変な感じ」
 可笑しそうにクスクス笑う横顔にほっとした。
 こんな吹雪の中に俺と二人で不安だろうに、おくびにも出さない。もしくは『怖い物知らず』か?
 まあそれならそれで助かる。
 ここで泣かれても、これ以上どうしてやることもできないもんな。 
「あのさぁ西沢……さん」
「フフ、呼び捨てでいいよ。これだけ迷惑かけちゃったら、呆れられて当然だもん」
 忍び笑いで言われ、少し赤面してしまう。
 そんなつもりなかったと言い切れない自覚がある。「それで? 何?」
 言い辛くなった俺に気を回してか先を促され、改めて口を開いた。
「さっきの事、西沢は板を追って歩いて下りてたけど、あれは一番最悪の選択な」
「っ、はい」
 自分でもさすがに気付いたんだろう、指摘に背筋が伸びた。
「すぐ追いたいのは誰でも一緒だ。けど当然捉まえられるわけないし、あんな時は無事な板を持ってリフトを利用した方が賢明だ」
 俺も初めて遭遇したけど、板を失くして滑れないなら怪我した時と同じ対処でいいはずだと思い、忠告しておく。
「あ、なるほど! その発想はなかった!」
 本当に思いもしなかったんだろう、新鮮な反応を見せる彼女の額に、脳内で若葉マークを貼り付けた。
「まあそれもリフトの近くでトラブった場合、だけどな」
「うん」
「向かうのはまずインストラクターの人か先生の所。で、謝罪して任せる。それだけでいいんだよ。わざとじゃないんだから」
「うん。わかった」
 神妙に答える優等生を前に、ちょっとしたいたずら心が湧いてくる。
「っても、これから先、スキーするような事はないんだろうな」
 笑いを含んだ眼差しを向ければ、返事に詰まった西沢が微かに頬を染めた。
「た…楽しかったよ?」
「そうかぁ?」
 胡乱な目になるのは、この現状に身を置く立場なら致し方ないわけで。「ま、卒業文集でも書く頃には心から思えるかもな」
 話しながらも、女の子を普通にからかっている自分にかなり驚いた。
 この非常事態に精神が昂ぶっているせいか、西沢の持つ雰囲気のせいか、謎だ。
「もう! 本当だってば。迷惑掛けて悪いとは思ってるけど、初めてスキーした私でも、リフト乗って、転ばずに滑れたら楽しいよ。第一、寒ささえ我慢したら全然体力使わないし」
 これもれっきとしたスポーツの一種でしょ? と言われれば否定はできない。
「確かに」
 今回のはレクリエーションの要素の方が強い気もするけど。
「それに、吉野君がいるから妙に安心してるんだ。どうしてだろ」
 不思議そうに小首を傾げられても、俺に女心が理解できるはずもない。
 それにしても、『安心』か。それは男としてどうなんだろう?
 ただこの非常時だ。怯えられるのは辛いし、身柄を確保しても迷惑そうにされたらもっと立つ瀬が無い。
「まあ、そう思ってくれるだけで追いかけた甲斐があったよ」
 繊細な男心を抱えつつも、本音が零れた。

 分厚いウェアは元々着ている。それなのに身体を寄せ合い他愛無い話をしている間にも、少しずつ体温が下がっていくのがわかる。
 外は猛烈な吹雪に見舞われているに違いなく、積雪も二十センチを軽く超す勢いだ。
 木々の隙間から吹き込んだ雪が、ビニールの上にもサラサラと当たる。
 雪が止んだ後、無事ここから出られるだろうか?
 ちらりと隣に目を遣り、考える。
 同じように外を眺める横顔は不安そうで、心なしか青ざめているようにも感じる。
 暗すぎてはっきりした表情までは読み取れないけど、俺より数倍心細いに決まってる。
 そんなどうにもならない事を考えていると、唐突に声をかけられた。

「ねえ、何か話して」
「話?」
 いきなり振られて、いつの間にか無言になっていたのにようやく気付いた。
「黙ってたら空気が重くて居たたまれない。さっきみたいに私への文句でも、学校の話でも、何でもいいから」
「はぁ、そうだなぁ……」
 それもそうかと頭を捻って話題を探すけど、こんな時、気の利いたものが全く浮かばないのが俺だ。
 暫し考えて――諦めた。
「俺は聞き役でいい。西沢が話せよ」
「え〜!? 私の話なんて家と学校の往復だけだよ。そんな人様に語るような体験、してるわけないでしょ」
「いや、俺もそれに部活を足した生活だから、もっと話す事ないよ」
 と逃げながら、内心焦った。
 中学時代の田舎での生活は……あれだったし、西城に帰ってからは北斗との同居が前提にあるから迂闊にしゃべれない。絶対ぼろが出る。

 そんなこんなで貝になりかけたところで、そう言えば彼女に対して心に誓った事があったと思い出した。
 あれは一昨年の秋、北斗と同居を始めた翌日に山崎を家に招待して、子供の頃の関係を打ち明けた日だった。
 帰って行く山崎の後姿を見送りながら強く思ったんだ。いつか西沢にも、俺達の事を話したいって。
 この状況って、すごくチャンスなんじゃないだろうか?

「そっか。もしかして私達、似た者同士?」
「いや、それはない」
 と思いたい。
 言った途端、ドンッと身体に衝撃がきた。西沢に体当たりを食らわされたんだ。
「もう! 今のは生活のサイクルがって意味。私だって吉野君と性格や行動が似てるなんて、全然思ってないから!」
 むきになって言い返され、「ああ」と納得した。
「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて……俺も去年、体育祭の時にちょっとトラブルになりかけたのを思い出して、つい否定してしまった」 
「どうだか」
「………」
 あの日の事を西沢が知っているかわからないけど、追及してこないところを見ると聞いているんだろう。
 それにしても、僅か数秒で信用を失くしてしまった。
 こんな時、迂闊な事は口にすべきじゃないと痛感する。
 益々無言になった俺の隣で、西沢がブルッと大きく身震いした。
 気付かない振りをしてるけど、さっきからずっと西沢の身体が小刻みに震えている。
 多分下りる時に汗をかいたのが冷えてきてる。

「寒い…よな」
 言わずもがな、な台詞が零れる。
 案の定、こくりと頷いた西沢が薄暗い外に目を遣って白い息を吐いた。
「雪、いつ止むのかな?」
「さあ。短くてもあと三十分は降るだろ」
「そんなに?」
「うん。北の空、黒い雲が出てたからな。けど朝の天気予報でもにわか雪があるって程度だったから、日暮れまでには止む」
『はず』
 地元じゃないから確信が持てない。けどそんな事、横で震える西沢には言えない。
「ごめんね、吉野君。変な事に巻き込んじゃって」
 今更な事を謝罪されて、フッと笑みが浮かんだ。
「気にするな。こんな悪天候の中、一人彷徨う西沢を心配するより遥かにマシだ」
「っ、…ありがと」
 消え入りそうな声で礼を言われ、黙って頷いた。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 199