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作品名:星を道標に ]Z 奇跡 作者:ナナセ

第3回 可憐な疫病神
          

             〜 可憐な疫病神 〜



 俺は今、眼下で起きている不可思議な光景を目撃して、途方に暮れていた。
 リフトに乗って数秒したところで、目の端に動く物を捕らえてそっちを凝視すれば、山の斜面を結構なスピードで流されて? いく物体。
それが自分の物と同じ、レンタルされたスキー板だと気付くのに時間は掛からなかった。

「なっ! 何であんなモノが?!」

 自身のスキー人生において、板だけが滑っていく光景なんか未だかつてお目にかかったことがない。
 生憎このコースは端に向かって緩やかな傾斜になっているようで、地上目線のスキーヤーは誰も気付かない。
 それに初級のコースだ。気付けても追いつくのは端から無理。っていうか危険だから万が一目に留まってもスルーした方がマシか。
 あの分だとかなり下方まで行きそうだけど、常緑樹―杉や桧の植樹してある木立ちの中にでも突っ込んだら止まる。
 上半身ごと振り返り、上からの視界で行き先を見定めれば、その程度の確認はできた。
 ただ俺も見えたのは一瞬で、他の生徒が気付いたとはとても思えないから、上で先生に報告して回収してもらえば問題ないだろう。
 それにしても、と呆れ半分呟いた。
「誰だよ、持ち主は」
 板を失くした後の惨状を思えば同情しなくもないけど、普通やらないだろう。
 恐らく…いや、絶対『女』だ。
 靴の中に雪が入ったのを嫌がったか、ビンディング―固定具―とスキーブーツが噛み合ってなかったか。
 直そうとして誤って流された?
 う〜ん、有り得ない!
 第一、今のスキー板にはストッパーが付いてる。ブーツが外れたらストッパーが出て板が滑るのを止めてくれるはず。
 ならそれの調子が悪かったんだろうか?
 だとしたら不運としか言いようがない。


 今日は合宿……もとい、修学旅行の三日目。
 そろそろ皆スキーやスノボに慣れてきて、午後から予定通り自由に滑る許可も下りて、意気揚々と外周の一番難易度の高いコースに挑んでいたところだった。
 それは毎年決まっているわけではなく、その年の生徒の上達如何では終日グループ行動になる事もあると、初日に引率の丸山先生からお達しがあった。
 全ては今日の昼に行われたミーティンの結果。各グループを担当したインストラクターの方々の判断に委ねられているわけだ。
 今年の生徒が優秀でホントよかった。
 さすがに俺の選んだJコースを滑る西城生はほとんどいないけど、リフトは初級コースを掠めて通っているから、初心者の生徒で初級コースの中でも難易度の高いルートに敢えてチャレンジしている奴は結構見かけた。

 そういえば初級のロングコースを全部転ばず滑り切る、と意気込んでいた藤木にも何回か遭遇した。
 グループが違えば練習場所も変わる為、前半の二日間はゲレンデで全く見かけなかった。
 ホテル内で会う度体調を聞けば、「そっちこそ羽目外しすぎて怪我するなよ」と合言葉のような掛け合いをしていたんだけど、今朝はとうとう煩がられた。
 真夏の試合観戦で相当鍛えられたらしく、この冬は風邪もひいてないそうだ。元気で何より。
「僕は自分のペースで楽しむから、吉野は行きたい所で思う存分滑れよ!」
 と怒られた。但し、あまり無茶はするなと付け足され噴き出してしまった。
 その後押しもあって少しだけ同級生の目も気にしながら、念願だった北海道の雪山を満喫させてもらっている。
 もしかしたら夕べ、食堂で数人の女子に明日、つまり今日の自由時間に一緒に滑ろうと誘われていたのを見たのかもしれない。もしくはその話が彼の耳に入ったか。
 その場で断ったけど、せっかく誘ってくれたのに悪いことしたかなと、夕べは何となくモヤモヤしていた。
 朝会った時もそんな気持ちが顔に出ていたんだろうか。
 そういうのは気にしなくていいから、との意味も含まれていたのかも。
 それにしても、声を掛けてきた女子の中に話のわかる子がいて助かった。


『ごめん。俺、明日は上級者コースに行くつもりなんだ。多分一緒には滑れないと思う』
 そう言って頭を下げると、何故か悲鳴が上がった。
『ウッソォ! 吉野君、剣道だけじゃなくてスキーも出来たの?』
『どの辺に行く予定?』
『そこって、近くに中級者用ないかなぁ?』
 等々口々に質問してくるのを、できるだけ穏便に排除する為、一番難易度の高い、隔絶されたルートを口にしてみた。
『えっと、最終的には「Jコース」をクリアしたい』
 あくまで願望だけど。
 そんなのあった? と訊き合う女子達の中で一人、目を瞠った子がいた。
『マジ?! 「J」ってモーグル競技も出来そうな感じじゃなかった? ここで一番難しいコースでしょ?』
 下調べしていたのか、クラスの違う―名前も顔も知らない子が心配そうな目で俺を見上げる。
 それには苦笑して緩く首を振った。
『エアーができるわけじゃないから、大丈夫だよ』
 俺がやりたいのはコブでのターン練習、その習得だから。
『「エアー」って?』
 スキー自体馴染みがないんだろう。モーグルで使用する言葉を使って問題ないと言えば、それ自体の意味を訊き返された。
 これは……本気で一緒に滑るとか、勘弁してほしいレベルだ。
 ちょっと呆れた表情になってしまったのに気付いたのか、さすがにその説明まで求められることはなかった。
『滑ってる途中で入れる空中技だよ』
 Jコースを知っていた子が他の子達に教えてやる。『見たことない? 高くジャンプして横回転したり、宙返りしてるの』
『うーん、どうだろ?』
 首を捻る面々へ俺と同様の目を向けた彼女が、盛大な溜息を吐き出した。
『は〜、もういいわ。どっちにしろ私達のレベルじゃ吉野君の邪魔にしかならないようだから、他をあたろう?』
『えーっ?! せっかく勇気出して声掛けたのにそれはないよぉ』
『泣き落としもダメ!』
 きつい口調で、自分の肩にしな垂れかかってきた子を押しのけて、俺にはぺこりと頭を下げた。
『ごめんね吉野君。明日楽しんで。でも怪我とかしないでよ』
『あ、ありがとう。うん、気をつける。藤木にも散々言われてるし』
 するとまた変な悲鳴が上がった。
 何なんだ、一体。キャアキャア煩いんだけど。
 
 体育祭での二人三脚―『大切な人』=『藤木』の図式が彼女達の中で今だ健在だと知る由もない俺は、今の内にと勝手に盛り上がり始めた女子トークの場からそっと逃げ出したのだった。


 前日の事を思い出している内に、リフトが初級者コースの半ば辺りに差し掛かる。
 そこからこのコースを大きく逸れ、一気に急な斜面を登り、尾根まで運ばれる。
 その直前、今度は上方向からスキー『靴』で歩いて下りてくる人物に目が点になった。
 あれはまさか、
「西沢さん?!」
 俺の声が聞こえたらしい。
 きょろきょろと辺りを見渡した子が、それでも俺の姿を捉え切れずに首を傾げながら下りてきて、その距離が一気に縮まる。
「こっちこっち! 上だよ上!」
 言われて見上げたその貌は、紛れもなく俺達二年E組男子生徒の憧れ的存在だった。
「え?! 吉野君?! どうしたの?」
 って、それは俺の台詞だろ!
 というか一瞬で理解した。スキー板を流したのが誰か。
 そしてそれを『歩いて』追っている彼女の現状に!
 知りたくなかった。いや、遭遇したくなかったと切実に思う。
「スキー板は先生に任せて、西沢さんは戻れ! 危ないだろ!」
 言い当てられ、驚いた顔で見上げている西沢は案の定、自分の行動がどれほど無謀か気付いてない。
「でも、私のミスだから。大丈夫、回収したらすぐに戻るから」
 責任感だけで突き進む彼女の行動が、数ヶ月前の自分に重なった。
「馬鹿! 雪山舐めんな! 板は駐車場の外れの山の中にでも突っ込んだら止まる! 靴でそんなとこまで往復できないだろっ」
「え、ホント? ありがと吉野君! 方向は大体わかったんだけどすぐ見えなくなっちゃって、後は勘で探すしかないと思ってたんだ。じゃあね」
 バイバイと手を振る西沢に本気で怒鳴りつけた。
「何でそうなるっ! 人の話聞けよ! 戻れって言ってんだろっ! 西沢ぁ」 
 怒鳴っている間にも今度はどんどん離れて行く俺達の距離。
 場所を教えたわけじゃないよっ! 
 覚束ない足取りで雪山を下っていく彼女の後姿はもうかなり遠く、声も届かない。
 いや、今の彼女に何を言っても受け入れる余裕はなさそうだ。
 きっと彼女の友人達も、さっきの俺以上に真剣に止めたはずだし、それを押し切って一人『板』を取りに行く西沢さんには、悪意の欠片もない。
 皆が楽しみにしていたフリータイム。その貴重な体験を自分の失態で放棄させるのが嫌なんだろう。
 それが悪いとは言わない。ただ――
 北西の空に目を遣って、重い溜息が出た。

『山の天気は変わりやすい。特に冬山はな』

 昔、じいさんにこんこんと言われていた台詞を思い出す。
 自由時間は四時半までだけど、空模様がどうも怪しくなっているんだ。
 ぎりぎり滑れるか、それとも早めに上がるように放送が入るか、それだけはずっと気にしていた。
 今はまだ大丈夫だけど、リフト待ちしてる時から風の質が変わったし、気温も下がっていると感じる。
 あと三十分もしたら雪が舞い始め、すぐ本格的に降り出す。
 多分長くはない、一時間程度のにわか雪だと思うけど、その頃になれば視界はあっと言う間に閉ざされてしまう。
 それは予感ではなく確信。
 山深い田舎で十一年も過ごしてきたのは伊達じゃないし、期間限定とはいえスキーも剣道とは全く違う方向で入れ込んでいた。
 冬に、誰の家の迷惑にもならず同級生と遊ぶには、スキーが一番手っ取り早かったんだ。

 西沢がリフトを降りた地点が遠くに見える。
 そこに人影がないのを確認して、このリフトの到着点を思い、再び溜息が出た。
 先生には彼女の友達が知らせているはずだけど、さっきの西沢の様子を見た後じゃ、実は自信がない。
 自分だけで解決できると本気で説得していたら。
 みんなが彼女の言葉に納得したら。
 こんな時、事をできるだけ穏便に済ませたいと思うのは多分みんな一緒で、彼女達の思惑通りに進めば後で笑い話になる程度のハプニングだ。
 西沢の立場に立てば、事を荒立てようとする俺の行為は甚だ迷惑かも。
 但し、ここが俺の田舎のスキー場レベルなら。
「……けど、ここは北海道なんだよな」

 だから念の為…というか絶対、もう少し確かな彼女の位置と状況を知らせた方がいい。
 それには上で誰か西城高の生徒を探さないと。
 そう決心した俺は、西沢を追うことを自分に課していた。
 このまま黙って行けば西城祭の二の舞になる。それだけは避けたい。
 雪慣れしていない彼女がスキー板の所に辿り着くのに、スムーズに行けたとしてもまだ二、三十分は掛かる。
 それまでに雪が降り始めたら厄介だし、姿を見つけるのも困難になる。
 いくらスキー場の限られた、その上整備された所でも『絶対安全』という保証はないんだ。


 数分後、頂上に着いた俺は次に来るリフトに西城の生徒を探すより、上級コースの中で一番多く滑っていそうなGコースに向かった。
 使用するリフトは違っても同じ山頂。尾根伝いに移動すればさほど時間も必要としない。
 比較的平坦な道を五分ほど移動すると、俺と同じウェアを着た人が数人、順に滑って行くのが見えた。
 教師もインストラクターの人も見当たらない。
 今の天候を考慮して、どの辺りで止めるか相談する為、下に集まっているんだろう。
 リフト降り場まで行って、次に運ばれて来た二人組が男だったことにホッとしつつ声を掛ける。
 が、残念な事に仲良く話すそいつらは、どちらも俺の知らない生徒だった。

「あの! ちょっといいかな」
 ゴーグルを上げて呼び掛けると、リフトから降りた二人が揃ってこっちを向き、「あれ?!」と声を上げた。
「珍しい、吉野君じゃないか。どうしたんだ? 緊急事態か?」
 背の高い、体格の良さそうな人が訊いてくる。
 なぜ声を掛けただけでそこまで読み取れるのか。そんな勘の良い奴、北斗くらいしかいないと思ってた。しかも俺のこと知ってるみたいだし。
「そうだけど、ごめん。俺、君達の名前知らない」
 ぺこりと頭を下げて謝ると、「そんなの気にするなよ」と爽やかに笑われた。
 人好きのする笑顔に内心ホッとする。
 この人なら、頼まれ事も嫌な顔せず引き受けてくれそう、そう思えた。
「で、何があった?」
 先を促され、呼び止めた訳を早速口にした。

 聞き終えた彼らが唖然とする。
「マドンナならやりかねないね」
「だな」
 顔を見合わせて頷き合うのに、首を傾げた。
「『マドンナ』って、西沢さんのことだよな?」
「そうだよ。同じクラスになりたい奴ら大勢いるの、知らない?」
 もう一人の小柄な…と言っても俺より少し低いくらいの、愛想のよさそうな子が顔を向ける。
「へえ、人気あるんだ」
 なんて感心した風を装ったものの、心境は複雑だ。
 北斗目線での西沢を多少なりと語られても、俺自身は彼女に同情的だった。
 けど一月も経たずしてこの状況に遭遇すれば、さすがに同意し辛い。
「極度の人見知りだから、僕達には『高嶺の花』だけどね」
「あ〜、小動物を相手にしてる気になるな」
「そんな抜けてるとこも可愛いよね。見てて癒される、っていうか」
「そうかぁ。でも北……」
 言いかけて慌てて口を噤めば、「ん?」と、二人に訝しそうな目を向けられる。
「いや、なんでも」
 顔の前で手を振って、続けかけた言葉を飲み込んだ。
 西沢が絡んだせいか、危うく北斗の名前を出しそうになった。
 彼女は大人しそうに見えて意外と大胆だと、俺は思っている。
 ということは、名前は知ってても彼女自身を知ってるわけじゃないんだろう。
 この事態を『可愛い』と評価できるのは外野だけだ。

「それより俺、これから彼女追いかけるから、さっきの話を先生に伝えてくれる? 丸山先生が担任だから、そっちにもできたら直接話しといて欲しい」
 そう言って頭を下げると、「任せとけ」ってあっさり請け負ってくれた。
「それにしても『追いかける』って、どうやって? ここからだとマドンナの後を追うのは無理だろう?」
 視界の先に迫る急な傾斜と、その下に広がる緩やかなコースを見下ろして言う。
「あとは超難関のコブだらけのコースしかないよ?」
 どうするんだ? と二人に視線で問われ、手にしていたストックを目の前に掲げた。
「そこを下りる」
「はあっ?!」
「マジかっ」
「本気、って言うか追いつくにはそれしかない」
「いや! いやいや、それは誰がどう考えても無謀だよ?」
 小柄な子の慌て振りにもう一人も即同意する。
「危険な真似は看過できない」
 言うなり、下りると伝えたルートと俺との間にスキー板を割り込ませ、真剣な眼差しを向けてきた。
「万が一吉野の身に何かあったら、俺は一生、自分を許せない」
「えー、そんな大袈裟な」
 言いながら、さっきは頼りになりそうな彼らに安堵したくせに、今度は自分の行動を身体を張ってでも止めようとする正義感に苛立ちを覚えた。
 こんな体格のいい男に立ち塞がれたら、その壁を崩すことは非常に困難だ。

 ゴォーッと、さっきからひっきりなしに山の木々が不気味に煽られ始める中。
 ビュウッと、一際強い突風が俺達の身体を打って行った。

「雪だ」
 風に煽られるように舞い始めたのを見て呟いたのは、小柄な子だったか。
 見上げれば、北の空から頭上へ広がる重く垂れ込める雪雲を捉え、「クソッ」と悪態が出た。
 雲の流れが予測より早い。
 これが視界を埋め尽くすまで、あと何分だ?

「時間がないんだ。ここはすぐ吹雪になる。そしたら西沢さんを見つけるのも困難になる。君達だって下まで降りないと連絡しようもないだろ?」
「だからと言って……」
「言い合いしてる時間も惜しいんだよ! 俺は大丈夫だから心配するな! それより雪に不慣れな西沢さんをこのまま野放しに出来るかよっ!」
「っ!!」
 後半は本音が飛び出していた。

 ごめん、西沢に夢を見ているきみ。
 これまでに北斗が彼女から被った諸々を身をもって知った今、俺にはあいつが『可憐な疫病神』に思えてならないんだ。

「こんな事に巻き込んでごめん。俺、行くから、あとの事頼む」
 元々の目的をもう一度念押しし、俺の恫喝にだろう動きを止めたままの二人の間を抜けかけたところで、
「おーい! そこでたむろってる奴らぁ」
 と、新たな声が加わった。
 出鼻を挫かれ、上って来るリフトに恨みがましい目を向けて、「あっ」と声が出た。
 相手がすでにゴーグルを上げていたから、三十メートル程の距離でも識別できる。
 乗っているのは松谷と山崎―もっとも頼りになる友人だった。

「大田ぁ、徳永ーっ! もう一人も、ちょっと待ってくれぇ」
 これまで同じようなコースを滑っていたのか、俺以外の生徒を名指しで呼ぶ山崎の声が辺りにはっきり響く。
 聞き違えようもない苗字を、つい最近聞いた。
「大田、君? 君が?」
 振り返り、思わずガン見した俺だけど、居心地悪そうに視線を彷徨わせた彼が「ああ」と、確かに頷いた。
 同姓の別人かも。なんてこと、端から疑わなかった。
 だって受けた印象が、北斗の語った人物像と変わらない。
 同じ高校に通ってたんだ。
「そっか、君が。――うん、納得した」

 一人何度も頷いて、何故か万感の想いが胸を過ぎる。
 彼なら大丈夫だ。
 なんせ北斗のお墨付きだ。

 そう確信した瞬間、リフトの二人に呼び掛けた。
「山崎! 松谷も」
「は?! 吉野?! 何でここにいるんだ? Jコース制覇する! とか息巻いてなかったっけ?」
 途端に至近で聞こえた「ウェッ?!」という変な声。
 それは無視して端的に答えた。
「アクシデント発生だ。詳しい事は大田と徳永? に訊いてくれ。じゃあ」
「って、おい! 無視すんじゃねぇ! 西城高生は撤収だとよ」
 背を向けた俺にも聞こえるように、リフトから大声で喚く。
「わかった! お前らも早く降りろよ。すぐ吹雪きだすから」
 それだけ答えてゴーグルを付け直し、目的の場所に向かった。

 傾斜角度は……考えても仕方ない。
 これ以上時間を取られたくないし、あの二人に本気で止められたら、太田君以上に厄介だ。

「おわっ?! 吉野っ! おま……何をっ」
 想定外の動きを捉えて焦る山崎の声をバックに、眼前の急な斜面に身を投じた。
「なっ?! 吉野ォ! 自殺行為だぞーッ」
 松谷が悲鳴に近い声を上げてる。そんな中、

「ッ、西沢を、頼んだぞーッ!」

 最後にかろうじて聞こえた声が、経験した事のない急斜面を滑走する俺を奮い立たせた。


『任せろ』
 なんて偉そうなこと、普段だったら言えないけど、ここは雪山。
 俺にとっては庭も等しい。


 崖の中盤までなんとか下り、気持ちに余裕が出てきた。
 やっぱり、この雪質!!
 ふわっふわで最ッ高!
 出だしはさすがにちょっと怖かったけど、こんなことでもないとこの醍醐味は一生味わえなかった。
 それに人がいないのもいい!  
 五指にも入る有名どころで、周りを気にせず自由に滑れるなんて!
 テンションマックスなんだけどッ!

 叫び出したいのを堪え、人気の無くなったゲレンデまで華麗……かどうかは置いといて、それなりのシュプールを描きながら下っていった。



 一方、同時刻、山頂では。

 飛び出して行った斜面ギリギリまで近付いた四人が、迷い無く滑り降りる姿を呆然と見下ろし、無事下のコースまで辿り着いたのを確認して、へなへなとその場に座り込み、互いに安堵の溜息を吐いたのだった。


 そんなこんなで先生への報告が遅くなってしまい、吹雪きだす前に西沢の元へ行けなかったのは、やっぱり俺のせい……なのか?



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