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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第9回 元凶 2

               〜 元凶 2 〜



「瑞希? 終わったぞ、寝てんのか?」
 いつの間にか包帯を巻き終えたらしく、北斗が横から覗き込んだ。
「違う。ちょっと考え事してただけだよ」
『そういつもいつも寝てたまるか』
 という突っ込みは、敢えて口にしない。
 いそいそとパジャマを羽織り、ボタンを止めていて、急に駿を思い出した。
 思いがけない諍いですっかり忘れてたけど、こんなボタンを留める、なんていう何でもない事でも、今の駿には大変だろう。
 ましてあいつは今、間違いなく一人暮らしだ。

「あのさあ北斗、駿、一人で大丈夫かな?」
 いきなり湧き出した不安をそのまま口にしたら、使ったついでに薬箱の中身を整理し始めた北斗から、予期しない返事が返ってきた。
「あ、忘れてた」
「え、何を? 駿の事?」
「そう。あいつ今、左肩ガチガチに固められてて、上半身満足に動かせないんだ」
「ええっ?」 
 多岐に渡る薬―頭痛止め、腹痛、風邪薬等―を、仕切りごとに広げながら教えてくれた症状は、俺以上に深刻だった。
「大事じゃないか」
「ああ。で、不自由だからしばらくここに来るかって誘ったんだ」
「何っ!? そんな大切な事忘れてたのかっ?」
 大変だ! と、慌てて立ち上がる。それを北斗がやんわり制した。
「大丈夫。その申し出は断られたから」
「はあ?」
 勢いよく振り向けば、薬の小瓶をチェスの駒のように優雅に動かしている。
パクパクと口を開けては閉じて、ようやくからかわれた事に気付き、腹立ち紛れに人様のベッドにドサッと座り込んだ。
「もうっ、紛らわしい言い方するなよ! どっかで待ってるのかって焦ったじゃないか」
 じろっと睨み付けても部屋の主は涼しい顔のまま、並べた備品をてきぱきと元通り箱に納めていく。それに加え、
「人の話は最後まで聞け、って、いつも言ってるだろ」
 などと偉そうに意見され、ムカッとするものの、今は駿の方が気がかりだった。
「それで? 誘いを断ってどうしたんだ? おばさん来てるのか?」
「いや、今回は呼ばなかったらしい。けど久住が世話役で泊まるって言うから、あいつに任せた」
「なんだ、そうなんだ」
 それを聞いてほっとしつつ、「でも」と続けた。「久住も家に帰りたいだろ。もう二週間近く空けてるんだから」
「取りあえず直帰して、荷物だけ入れ替えてそのままアパートに行くって言ってたから、そうするだろ」
 その口調がやけに素っ気無くて、自分の誘いを断って久住を頼ったのが内心面白くないんだと、鈍い俺でもどうにか察した。
 拗ねたような北斗も、滅多に見られるもんじゃない。
 そんな一面を覗かせるのも見物ではあるけど、野球部の後輩の中で一番信頼できそうな久住が行ってくれるなら、こんなに心強い事はない。
 それは願ったり叶ったりだけど、
「親から文句とか、言われたりしないかな」
 そこはやっぱり気になった。
 両親のいない俺には、久しぶりの親子の対面は何よりも大切なもののように思える。だけど北斗が返してきたのは、意外にも久住のプライベートな情報だった。
「久住の親は甲子園に応援に行ってたんだ。だから駿が怪我を負った事も知ってる。それに久住がキャッチャー志望なのも、高校卒業したら野球辞めるのも、全部あいつが決めて親はそれを黙認している。だから心配いらない」
「ふーん、そうなんだ。なら未来のバッテリーの為に、目を瞑ってくれたのか」
「いや、後押ししたのはその親達らしい。会食の時、駿に話し掛けてたから。もしかしたら駿、久住の家にも行き来があったのかもな」
 そう言われ、
「え、もう!?」
 と、声を上げると、
「なんだ? その『もう!?』ってのは」
 即、聞き返された。
「だって駿、田舎で同級生の態度の豹変に傷ついてから、友達とか付き合いとか人一倍慎重になってるし、警戒心も半端なく強いんだよ。なのにそんな簡単に家に行ったりするかなって思って」
「ああ、そういう事。さあ、どうかな」
 のんびり口調で答えた北斗が、薬を箱の中に全て戻して蓋を閉め、棚に仕舞った。
 しきりに首を捻る俺には目もくれず、部屋の真ん中に放置されていたイスを所定の位置―机のある場所―に戻し、ついでに部屋の明かりを消す。
 慌てて手を伸ばし枕元の淡い間接照明を点すと、北斗が隣に腰を下ろした。
「そんなに気になるんなら、明日直接訊いてみればいい」
 できもしない事を言われ、眉間にしわが寄る。
「はあ? なんで直接訊けるんだよ。明日は学校も部活も休みだろ」
「だから、二人をここに招待したんだ」
「えっ? あ、言い忘れてたって、それ?」
「そ。瑞希も会いたいんじゃないかと思って」
「そりゃ会いたいよ、会いたいに決まってるだろ。けど怪我人だよ? 病院は? それに休養も必要――」
 言いかけて、ものすごい矛盾に気が付いた。
「なのは、瑞希も一緒だろ?」
 先を越され、苦笑いで頷く。
「ん、うん、そうだった。でも、いいのか?」
「ああ、駿は喜んでた。けど久住も一緒にって俺が言ってしまったから、それは瑞希に謝らないと」
「いいよ。だって後輩の中で一番信頼してるんだろ?」
 首を傾げて見せたら、俺にまで見抜かれていたのが意外だったのか、それとも元々隠す気なんかなかったのか、今一掴みかねるけど、
「わかるか?」
 と、案外あっさり認めた。
「当然。だから全然構わない。それに駿が今、一番気が合ってるのも久住みたいだし」
「よかった。ありがとな瑞希」
「白々しい。どうせ反対するわけないって、初めから読んでたんだろ?」
 非難の眼差しで隣を見遣ると、目の合った北斗が決まり悪そうに頭を掻いた。
「まあな。けど来るのは昼過ぎになるらしい。朝は久しぶりにゆっくりしよ」
 ……珍しい、北斗がそんな事を言うなんて。
「ランディーの散歩は?」
「ま、目が覚めてからという事で。俺も明日はちょっと……いつ起きれるか自信ない」
「俺も〜〜」
 寝慣れた布団にごろんと転がって、久しぶりの感触に思い切り浸る。
「あー、この感じ。やっぱこのベッド、最高に寝心地いい!」
 ゴロゴロと肌掛けと戯れる俺を見て、北斗が何か思い出したようにクスリと笑った。
「慰労会でもそんな事、言ったらしいな」
「え!? 何で知って…あ、山崎か」
「当り。けどそんなに信用して大丈夫か? 組み立てたの俺達だぞ、忘れてないだろうな」
「そうだった。同居後初、二人の共同作業、第一…号……」
 言いながら、また風呂場での一件が蘇る。
 あれも、共同作業?
 ……まずい。
 思い出したら絶対赤くなる。北斗が変に思うよ。
 そう意識すればするほど頬の赤みが増していく。鏡なんか見なくてもはっきりわかるくらい、紅潮してる。

 敷布団に突っ伏して、北斗に背を向けた。
「瑞希? どうかした?」
「な…何でもない。もう寝よ、北斗も疲れただろ」
 薄い肌掛けを頭まで被り、顔の熱をひた隠す。けど、すぐに遮られた。
「この暑いのになんで布団被るんだ? 汗は傷に障るし、それに蒸れるから止めとけ」
 言いながら肌掛けを引き剥がそうとする。必死になってそれを阻止した。
「いいだろ別に。クーラー効いてるし、汗なんかかかないよ」
 布団の中、篭った声で答えたら、一瞬の間を置いて、肌掛けを引っ張る力が緩んだ。
「……そんなに俺の顔、見たくない?」
 ぽつりと零されて、布団の中で固まった。
「――だよな。…成り行きとは言え、瑞希にとんでもない事したし、させたし……」
「違うっ!」
 ガバッと起き上がり、淡い明かりの中、俺を見つめる眼差しを正面から受け止めた。
「望んだのは俺だ、北斗は付き合わせてくれただけ。だから、顔を見たくないんじゃなくて、合わせる顔がないんだよ。だって……」
「――『だって』? 何?」 
「……北斗には大した事じゃなくても、思い出したら赤くなるんだよ! 仕方ないだろっ、経験なんかないんだから」
 ぶちまけた途端、北斗がプッと噴き出した。
「なんだよっ、笑うとこじゃないだろ」
 睨み付けてもこの暗がりじゃよく見えない。だから赤い顔は気付かれてないかもしれない。
 それはわかってるけど、顔の火照りだけじゃなくて、過剰な反応をしてしまう幼い自分を知られるのが、何だか癪だった。
「悪い。けど瑞希、それ逆切れ」
 言いながら、まだ笑ってる。
 俺が一人悶々としてたのなんか、とっくにお見通しだったんだ。
「もうっ、だから知られたくなかったのに……」
 ぶつぶつと文句を言ってみても、逆効果なだけ。
 無駄なあがきは止め、本当に寝てしまおうと背を向けて、一つ、思いついた事があった。

「そうだ」
 被りかけた肌掛けを跳ね除け、勢いよく起き上がると、ベッドの上に正座して北斗に向き合った。
「この際だから訊きたいんだけど」
「んー? 何だ? 改まって」
 伸びをして、眠そうに欠伸をする北斗に思い切って切り出した。

 孝史にも明かしてない、田舎の友達が大人へと変化し始めてから、ずっと聞きたくて聞けなかった事。
 今夜なら……北斗になら、訊けそう。

「俺、ずっと知りたかった事があるんだ」
「へえ? 何を?」
 身体を捻って、俺に視線を向ける。
 淡い明かりを映して、吸い込まれそうに穏やかな、優しい色合いの瞳。
 その目に面と向かって言えるような内容では無く、避けるように咄嗟に俯いた。
「えっ…と、その、…どう言えばいいか……だから……ほら、あれ?…の時……」
 上手く言えず、それ以上に恥ずかしさも加わって、段々声が小さくなる。
 歯切れの悪さにも、尻窄みの声量にも焦れたらしく、「おい」と声を掛けられた。
「全然聞こえない。もっとはっきり言ってくれ」
 そう言われ、グッと言葉に詰まる。
「だから、さっきの……」
 言いながら、ためらいが生まれる。

 ……やっぱ無理、かな。
 いや、こんなチャンス二度とない。

 短い葛藤。
 仕切り直すように大きく息を吸い込んで、一息に言い切った。

「だから、『イク時』ってどんな感じなのか知りたい!」

「――――」

 


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