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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第7回 大人への入り口 3


               〜 大人への入り口 3 〜



「………瑞希の…馬鹿」
 
 大きく息を吐き、どうにか呼吸を整えた北斗が、恨めしげな目で俺を睨んだ。
「あのタイミングで『いやだ』はないだろ」
「ご、ごめん、つい……」
 真っ赤になって謝るのは、北斗の心情を思えばこそだ。
「『つい』、じゃないッ、いきなり抱きついたりするから……」
 後の言葉を飲み込んだ北斗が、俺の腹部に目を遣り、再び大きな溜息を吐いた。
 視線の先を追って俯くと、暗闇の中でも自分の腹部が濡れたように光ってる。
 その、滴る液体を指先で掬い取ってみた。
 なんか、ちょっとだけネバネバしていて変な感じ。
「触るなっ! 頼むから動かないでくれ。すぐ洗い流すから」
 言うより先に立ち上がり、壁に掛けてあったシャワーを外す。
「何で? これって汚くなんかないんだろ?」
 それが何かという認識は、俺にだってある。その仕組みに関しての知識だけは、人並み以上に仕入れたんだ。
「いいや、十分汚い」
 即座に返され、否定の意味を込めて小さく首を振った。
「それでも、俺には一生縁のないものかもしれない。それに北斗が付き合わせてくれるのは、これが最初で最後、なんだろ?」
「……ああ、そうだ」
 勢いよく流れ出す水音に混じって、北斗の返事がはっきりと聞こえた。
 その事を残念に思いながらも、薄々感じ取っていた俺は今夜限りの我侭を口にする。
「なら、もう少しこのままでいさせて」
 湯の温度を加減していた北斗は、もう何も言わない。
 黙って視線を外し、レバーを『止水』に合わせた。
 再びシンとなった浴室の中、ポタッ、ポタッと雫の落ちるシャワーを持ったまま、俺の横に背を向けて座った。

「ったく、よりにもよってお前にぶっ掛けるなんて、最悪……」
 自己嫌悪丸出しで呟かれ、そんな心境に駆られる北斗に、焦って言い訳した。
「でも、行為が嫌だったんじゃないんだ」
「……わかってるよ、そんな事。本当に嫌だったら、俺、とっくに突き飛ばされてる」
 俯いたままぼそっと告げられ、こいつの事は放置する事にした。
 今の俺に、北斗を立ち直らせる力なんか、ない。

「なんか変な匂い。精液ってこんな匂いするんだ」
 言った途端、北斗がばっと顔を上げて振り向いた。
「一々口に出すな。それに匂いも嗅ぐんじゃない!」
「だって、どんなものか興味あるよ、やっぱり」
「それは……そうかもしれないけどなっ、……」
 大きく口を開けた北斗が、今度は頭を抱え込んでしまった。
「――北斗? …あの、自分の…って、そんなに嫌なもの?」
「……じゃなくて、お前が触るのが嫌なの。そんなのさっさと洗い流してしまいたい」
 真剣に訴えられ、笑みが込み上げてきた。
「まだ駄目、もうちょっと味わいたい」
 すると、北斗の頬にはっきりと朱が走った。
「バッ……お前〜、変態モード入ってるぞ」
「あ、やっぱり? 俺もそうじゃないかなぁとは思ってるんだけど、止まんない」
「……なあ、その好奇心、どこまで続くんだ?」
 諦めにも似た眼差しで訊ねられ、わざとゆっくり首を傾げてみせた。
「ん? う〜ん、…視覚に触覚、それから嗅覚で、あと、味覚?」
「駄目っ! もう流すッ!! こっちまでおかしくなる」
「あっ、ウソ、冗談だよ冗談」
「うるさいっ」
 言うが早いかシャワーのホースを投げ捨てて、足元にあった洗面器で浴槽の湯を掬い、俺の身体にぶっ掛けた。
「うわっ! ひどっ北斗! 人がせっかく満喫してるのに」
「知るか! 自分のでしろ」
「できないから頼んだんだろ」
「できるッ!」
 叫ぶように言い切った北斗を、はっとして見返した。
「――俺は、そう信じてる。だから、…自分を汚すなよ、瑞希。頼むから」 

『北斗のを触ったって、俺の身体は汚れたりしない』

 そう言いたかったけど、北斗があんまり切なそうな表情で訴えるから、何も言えなくなった。

「……わかった。じゃあ…流す」
 思いっきり不本意な声音になってしまったのは仕方ない。
 だって、まだまだ味わい足りなかった。
 そんな俺の不満げな顔を上から見下ろした北斗が、どんな表情をしていたのか……
 俯いていた俺に知る術はなく、
「――馬鹿だな」
 という呟きも、しっかりとは聞き取れなかった。
「え? 何て?」
「――いや。俺が洗うから、お前はじっとしてろ」
 そう言い置いて、ドアに向かった。




 明かりの点いた浴室はいつも通りで、鏡には何事もなかったように、少しだけ頬を紅潮させた自分の姿が映っている。
 戻って来た北斗がバーに直してあったタオルを再び手に取り、新しいボディーソープのストッパーを外す。
 言われるまま浴槽の縁に腰掛けて、北斗の手元を見詰めていた。


「――なあ瑞希」
「うん、何?」

 さっきまでの、熱く、妖艶だった姿から一変、いつもの、どこか掴みどころのない奴に戻ってしまった北斗に、俺もいつも通り返事を返した。

「もしも……これから先、お前に誰か好きな女(こ)ができて――」
 そんな風に切り出した北斗に、否定する必要を感じず、「…うん」と、軽く相槌を打った。
「――セックスする時は、コンドーム忘れるなよ」
 真面目に言われ、プッと噴き出した。
「それくらいの知識、俺にだってあるよ」
「それと、自分の残滓は自分で始末する事」
「『ざんし』って、何?」
「これ」
 言いながら、北斗が俺の腹部を指で示した。
「……それも、常識?」
「そう、俺の常識」
「え!? 北斗、やっぱり経験あったのか」
 その驚きの問い掛けに答えはなく、曖昧に微笑んだだけだった。
「だから瑞希の身体も、こうやって洗ってる」
 言葉通り、胸から腹、腕の先まで、泡立ったタオルで丁寧に撫でていく。

『こんな事を他の誰かとも、した?』
『その相手は、やっぱりどこかの可愛い女の子?』

 軽く訊けばいいのに、どうしてか、それを口にするのが無性に恐かった。

「背中ならともかく、前は……かなり恥ずかしいよ」
 自分の感情を無理矢理押し込めて、平然と振舞う。それに、タオル越しとは言え、身体に這わされる手の平がどうにも落ち着かない。
「だろうな。まあ今回だけ大目に見て。瑞希を巻き込んだお詫び」
 そう言われ、北斗の本心がわからなくなる。
 本当に自分の性的欲求の為だけに俺を迎え入れたのか、それとも―――
 
「あのさ、北斗」
「ん?」
 話しかけてみたものの、どうやって確かめればいいのかわからない。
「……どうした? 傷が疼き出したのか?」
 身体を洗う手が止まり、心配そうに覗き込まれ、慌てて「違う」と首を振った。
「今夜の事……だけど、もしかして同情、だったりした?」
「同情? …そうなのか?」
 逆に聞き返された。
「わからないから聞いてるんだよ」
 すると、止めていた手を再び動かしながら、北斗がおもむろに口を開いた。
「……さあな、俺にもよくわからない。けど瑞希が大人の身体に興味を持って、知りたくなったなら、最初に教えてやるのは俺でありたい、そう思った。それだけ」

 その返事は、俺の望みとは違っていたかもしれない。
 それなのに、不思議と何の抵抗もなく心に沁み入ってきた。

「そう。…なら、いい。ありがと北斗。俺、今晩の事一生忘れない。北斗の……優しさも」
「大袈裟な奴」
 膝立ちになっていた北斗が、タオルを浴槽の縁に置いて顔を上げた。

「気にしなくていい。――気持ちよかったよ、俺は」
 間近でふわりと笑われ、思わず目を伏せた。

 面と向かってそんな事言われるなんて、思いもしてなかった。

 経験のない俺をからかったんじゃない。
 俺を招いた事に後悔なんかないと、ストレートに伝えているだけ。
 そういう事が平然とできる男なんだ、『成瀬北斗』という奴は。

 それがわかっていて、中々顔を上げられない。
 さっきの出来事を思い返して、頬が一気に紅潮したせいだ。

「瑞希、顔真っ赤」
 そう言い、俺の頬をつついていった北斗の瞳に宿るもの。

 その真意を汲み取る事は、俺にはとてもできそうになかった。





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