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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第6回 大人への入り口 2
          〜 大人への入り口 2 〜



 どのくらいそうしていただろう。
 数秒かもしれないし、一分以上だったかもしれない。
 時間の感覚もわからないほど緊張していた俺に、北斗が世間話でもするように呼び掛けた。

「なあ、瑞希」
「は、はい?」
 答えた声が裏返りそうなほど高くなり、フッと空気が震えた。
「……そんな緊張するなよ。俺にまで伝染(うつ)る」
 微かに笑いながら言うけど、この身体の強張りを解く方法なんて知らない。
『そんな事言われても……』と密かに思い、黙り込んだ。

 気まずくなるのは嫌だけど、俺から話しかける余裕なんかないし、第一、こんな時何を言えばいいのかも全く思いつかない。

 口を閉ざしたままの俺をどう思ったのか、細く息を吐き出した北斗が、おもむろに俺の右手を取った。
 川土手での出来事が頭を過り、「あっ」と声が出る。
 北斗も思い出したらしく、否定の意味を込めるようにゆっくりと首を振った。
「怯えなくていい、ほら」
 そう言うと、掴んだ俺の手の平を自分の胸に押し付けた。

 これ…って、マウンドで北斗が駿にしてやってたのと同じ?

 戸惑いつつほんの少し顔を上げると、北斗の口元に苦笑が浮かんでいた。
「瑞希にもわかる? 俺の心音。すごいドキドキしてるだろ」
「え、うん。駿にも、これを伝えてたのか?」
「ああ。あそこじゃこれが一番手っ取り早く、みんな一緒だって伝わるからな」

 大観衆の歓声が、耳に鮮明に蘇る。
 確かに、嘘や偽りのない事実を、確実に伝えられる一番の方法ではある。
 ただし、伝える方も相当勇気がいる行為だ。

「そうか、…そうなんだ。なら、今は北斗、俺と同じ?」
「そう。いや、多分お前以上に緊張してる」
 そんな風に言われ、まさか、と首を振って見せた。
「それはないよ」
 否定して、「でも」と付け加える。「うん、ほんのちょっとだけど落ち着いた」
 そう言って、顔を強張らせながらも少しだけ笑った。
 
 ぎこちない反応ではあったものの、北斗には十分だったらしい。
「さっき――」
 と、元々言おうとしていた内容に話を戻した。
「出て行く時、『男なのに男の身体って今一理解できない』って、言ったよな」
 そう訊かれ、返事の代わりにこくりと頷いた。すると、
「あれ、俺も一緒だから」
 思いがけない事を言われた。
「え?」
「瑞希の事、よくわかってるつもりだったけど、本当は少しも見えてなかった気がする」
「そんな事」
 ない、と否定するより先に、北斗が呟いた。
「いや、違うか。お前が『みーちゃん』だったとわかった時点で、いつの間にか『吉野瑞希』に、俺の思い描いてた『みーちゃん』のイメージを重ねていたのかもしれない」
「はあ? …なんかよくわからないんだけど」
「ああ、俺もわからなくなってきた。けど、もしお前がみーちゃんとしてずっと俺の傍で一緒に成長していたら、こんな真似、絶対しなかったと思う」
「それは、うん。わかる」

 こんな風に誘うのは、俺がそれを望んだから。
 俺にしても、本当の幼馴染だったら、たとえ今と同じ身体だったとして、それを北斗に打ち明けただろうか。
 もしかしたら、一番知られたくない相手になっていたかもしれない。

「だから、実は今、お前を誘ってみたものの、それがこれから先の瑞希にとっていいのか悪いのか、さっぱりわからないんだ」
 そう言われ、熱く火照っていた身体が急速に熱を奪われていくような気がした。
「それ…って、声掛けた事、やっぱり後悔してる、って…こと?」
「違う」
 きっぱり言い切った北斗が、あからさまに安堵の息を吐いた俺に気付いたのか、小さく笑った。
「俺も、正直なとこ瑞希の身体の事、それに対するお前の気持ちも、完全に理解してるわけじゃない。どころか、未知の部分の方が遥かに多いと思う」
「それは――お互い様だよ」
「かもしれない。だから、もし途中で気持ち悪くなったり、嫌だと感じたら、気遣ったりせず出て行けって、言っときたかったんだ」
「え? 気分悪くなったりするの? 俺」
 北斗の目を見て聞き返すと、
「……わからないから言ってるんだろ」
 溜息混じりに零された。「感じ方は人それぞれだ。けど、お前の事だ。変に意地張ったり我慢したり、そういうのなしだからな」
 事前にしっかり釘を刺す。
 俺の性格、十分把握してるじゃないか、と返したい衝動を抑え、素直に頷いた。
「――ん、わかった。嫌だと思ったらすぐ出て行く。けど俺、ほんとにここに居ていいの?」
「ああ。その代り、お前にも手伝ってもらうから」
「え?」
 何で? だって俺、達った事も…勃った事すらないのに、何を手伝えるって言うんだ?
「あの、何を?」
 聞き返したら、北斗がまた俺の右手首を掴んだ。

 導かれた先は――今度は当然ながら『息子』のところで……。
 タオルの上からとは言え、他人のに触れたのは後にも先にも一年以上前のあの一度きり。
 それだけでまた心臓がおかしくなりそうだ。だけど――

「どう? 大丈夫か?」
 少しだけ不安そうに俺を見つめる北斗に気付き、真っ赤になってるだろう顔で、小さく頷いた。
 けど、さっき目にした時よりも幾分か小さくなっているような?
「あれ? 何で? さっきと違……」
 言いかけて、はっと口を噤んだ。
 俺のバカッ。どうしてそう言わなくていい事を口走ってしまうんだ。
 すると、さすがに言わんとした事を察したのか、密やかに笑われた。
「気にするな。お前が出て行ったら急に淋しくなって、こっちも元気なくなった」
 などと、適当な言い訳をもっともらしく口にする。
「……また、いい加減な事を……」
 じろっと睨みつけたら、「いいや」と、首を横に振られた。
「嘘じゃない。だから呼び戻したんだ」

 そんな風に言われても、抵抗がないのは何故だろう。
 俺は女じゃない。女じゃないのに、『出て行って淋しくなった』と言われ、ちょっと喜んでいる自分の思考に、戸惑いは大きい。

「……ほんとに?」
「ああ。その証拠にほら」
 目で示された先には、再び元気を取り戻したような息子が。
 やや強引に触らされているとは言え、少しも気持ち悪くなんかない。
 それどころか、手の中の質量が気になって仕方ない。おまけにタオルの存在も。

「あの、さ、北斗、これって、その……直に触ったら…駄目?」
 しどろもどろで訊いてみた。
 自分でもどうかしてると思う。けど、何故だか無性に直接触れてみたかった。
 北斗はどう言うだろう。また呆れるだろうか?

「……いいけど、無理するなよ」
 暫しの逡巡の後に返されたのは、意外にも俺を気遣う一言で、俺の手を嫌がってないとわかったせいか、自然な気持ちが口から零れた。
「無理なんかしてない。ただ、知りたいだけ」
 言い切った刹那、北斗の右腕が俺の肩に回され、ぎゅっと強く抱き締められた。
 素肌が密着して、直接触れ合う左半身が急速に熱を持つ。
 俺の心音が聴かれそうで、もっとドキドキしてしまう。

「――瑞希が知りたいなら、いいよ」
 耳元で低く囁かれ、ゾクッと、背筋に電流みたいなのが走った。

 相馬君に突きを食らう前に感じた恐怖と似ているようで、全く異なもの。
 それが何なのかわからない。だから知りたい。

 手首を掴んでいた北斗の手が、ゆっくりと外される。
 今度は自分の意思で、タオルの下に右手をそっと忍ばせた。


「んっ、……」
 指先がそこに触れただけで、北斗の口から声が零れ、身体がビクッと震えた。
 聞いた事のない、甘く蕩けるような息遣いに、俺の鼓動が益々大きくなる。
 その声に煽られるように、張り詰めかけた北斗自身を手の平に包み込むと、
「瑞希!」
 声を上げた北斗が、タオルの上から俺の手を押さえ付けた。
「あっ、ごめん、痛かった?」
 今一…どころか全然加減がわからないから、苦しそうに眉間にしわを寄せる北斗の表情を目に、急に心配になった。
「大……丈夫。痛いんじゃなくて、そんな大胆に触られたら……感じすぎて…やばい」
 言葉の合間に漏れる荒くなった息遣いが、すでにいつもの北斗じゃない。

 これが『感じてる』ってことなら、俺の手でそんな風に思ってくれるのが、なんだかすごく嬉しい。
 そんな北斗を、この目で見られる事も。
 そういう風に感じる自分も、すごく不思議だった。

「そ…なんだ? よかった。…俺も、なんか北斗の触ってると……気持ちいい」
 熱く火照る頬を自覚しつつ、感じたままを伝えると、目を瞬いた北斗がなぜか息を詰めた。
「も、…なんでそういう事言うかな」
 フウッと大きく息を吐いて、俺の頭に額をコツンと当てる。
「え?」
「人の台詞、取るなよ」
「だって、本当の事だよ。すごく――」
 言いかけた言葉は、俺の右手の自由を奪っていたはずの、北斗の手の平で塞がれた。
「瑞希、日頃の仕返しじゃないだろうな?」
 胡散臭そうな口調で話しかける北斗の瞳が、少しだけ潤んで見えるのは、気のせいだろうか。
 そんな顔を見ると、おかしな気分になる。
 それをもっと見たいと思ってしまうのはどうしてだろう。

 もっと北斗を見ていたい。
 今まで見せたことのない、素の北斗を。
 この感情を何と言うのか、そんなのも知らない。
 とにかく強い思いに駆られ、腰に巻かれたタオルの結び目に、指を――掛けた。

 あっさり解けた結び目は、形を変え浴槽の縁に落ちていく。
「瑞……」
「見たい。見せて、北斗の全部」
 迷いも戸惑いもなく望みを口にして、薄明かりの中 北斗の顔を見詰める。
 無言で見返した北斗の左手が、ゆっくりと俺の右手に重なった。

「感じて瑞希、一緒に。これが俺だよ」
 

 指と指が絡み合い、北斗に導かれ強い刺激を与えられた中心が、硬さを増す。
 思わず手を引きかけた俺を封じるように、動きが一層激しくなった。
 何も考えられず、自分の身体も再び熱を帯びて熱くなる。

 北斗に合わせるので精一杯だった俺は、手元に釘付けだった目を、ふと北斗に向けた。
 そして―――

 思わず、息を呑んだ。

 どう言えばいいんだろう。
 北斗が……普段、色気とは完璧無縁の奴が、言いようもなく官能的に見えて――
 大人の色香を身に纏い上りつめる様は、夕闇の中、二人で見上げた『夜桜』にも似て、その妖しい美しさに言葉を失っていた。
 
 グラウンドで輝いていた汗とは全然違う。
 違うけど、洩れ入ってくる淡い明かりに照らし出され、鈍く光る汗は妖艶で……
 北斗が、知らない男に見えて、堪らずその身体に抱き付いた。

「北斗っ、いやだッ」


 行為が嫌だったんじゃなくて、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして――

 そうじゃない。
 本当に手の届かない、大人の世界にいる事実をまざまざと見せ付けられて、それが嫌で必死にしがみ付いたんだ。

 二人とも何も身に付けてなかったとか、限界を感じた北斗が俺から離れようとした瞬間だったとか、そんなの知らない。

 きつく抱き締めた素肌は初めての感触で、泡だらけの背中に抱き付いた時とも、まして離れて行きかけた北斗を後ろから羽交い絞めした時とも、全然違っていた。

「ばっ……離せ瑞希、汚れるッ!」
 北斗の滑らかな肌が吸い付くように俺の肌に重なって、言い様のない安心感が生まれ、すぐに消えた。
 北斗が、俺の身体を引き離したせいだ。

 吐く息も荒く叫ばれたのと同時に、熱い迸りをこの身に確かに感じていた。




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