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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第5回 大人への入り口 1
   

               〜 大人への入り口 1 〜



 アクリルのドアを背に、自分の軽率な言動を後悔して、遣り切れなさで一杯になる。
 北斗の心情と現状を思えば、一刻も早くこの場から立ち去るべきなのに、そこから中々動けずにいた。

 普段の俺なら、さっさと服を着て出て行く。だけど、今夜に限って―――
 再会直後の激しい言い合いが、まだ尾を引いていた。

 多分北斗は、俺が眠りにつくまで二階には上がって来ない。
 このまま……気まずいままでこの日を終えるのが、堪らなく嫌だった。




「瑞希」

 いきなり呼ばれ、ドキッと心臓が跳ねた。
「まだ…そこにいるんだろ」
 俺の様子を窺っていたのか、責めるでもなく静かに訊かれ、慌てて謝った。
「あ、ご、ごめん。そ…だよな、いつまでもこんなとこにいられたら落ち着かないよな」
 アハハと、乾いた作り笑いで誤魔化して、何とかこの場を取り繕おうと必死になる。
「すぐ出るから」と言い訳しつつ、目の前の棚に手を伸ばす。
 指先がバスタオルに触れるより先に、「待てよ」と、言われた。

「え?」
「電気、消して」
「あ、うん」
 言われるまま、浴室の電気のスイッチをOFFにする。
 暗くなったドアの向こうから、北斗が再び声を掛けた。
「そっちも」

 …え、『そっち』って、こっち?

「あの、脱衣室…も?」
「ああ」
「だって俺、見えなくなるよ。服着るまで待てない?」
 って、またバカな質問した!?
 ぱっと口を押さえて恥じ入るのと同時に、ククッと押し殺した笑いが聞こえた。
「着なくていい。来いよ、こっちに」
「えっ?」
「お前が来たいなら、…いいよ、こっち来て」

 そんな風に誘われて、顔が一気に紅潮する。

「けど……」
「……知りたいんだろ、瑞希」

 本心をあっさり暴かれて、うろたえながら答えた。

「そ……れは、そう……だけど」

 蚊の鳴くような小さな声。だけど、北斗には聞こえているだろう。

「ただし、来るならそっちの電気も消して」
「……本気?」
「本気。――二十秒待ってやる、その間に決めろ」
「二十秒?」

 何でそんな中途半端?
 そう思いつつ、やっぱり返事できずにいると、
「二十秒あれば夏服脱げるんだろ。なら、シャツくらい着れるよな」
 ふざけるでもなく、真面目な声でそんな事を口にする。
 さっき俺の言った台詞、覚えてたんだ。言った本人さえ忘れかけていたのに。

 そこでようやく、俺の気持ちを尊重していると気付いた。
 この誘いに乗らない、もしくは断る場合の逃げ道。

『無理強いじゃない、その気がないならそのまま出て行って構わない。お前の望む方を選べばいい』

 半分冗談にも聞こえる言葉の裏側に、俺への気遣いが見える。
 未熟な俺の為に用意された逃げ道は、北斗の優しさだ。

 軽く誘ってるように見せかけても、未だ大人になれない現実が俺の心の奥深く、侵食し続けているのを、誰よりも理解してくれている。
 理解しようと努力してくれてる。

 ――『デリケートな事』

 悩みを打ち明けた時、北斗自身が口にした言葉。
 その悩みに、遊び半分でも興味本位でもなく、真剣に向き合っているのがはっきりと伝わる、これ以上ないほどの真摯さでもって。
 だって、一度は締め出された。
 あれが間違いなく北斗の本心。

 本当は入って欲しくなんかないんだろう。
 それがわかるから、今、何を思って誘うのか、俺にあいつの心の内は読めない。
 だけど、何よりもはっきりしている事がある。
 俺は、北斗のこんな一面も堪らなく好きだってこと。
 そんな風に接してくれる男(やつ)だから、一年前、勇気を振り絞って告白したんだ。

 その選択は間違ってなかった。
 離れている時間が長くても、喧嘩して気まずくなっても、北斗の本質は出会ってから全然変わらない。
 そう思ったら、二十秒という俺の為の猶予が、言いようもなく愛おしい時間に変わっていた。

 このドアの向こうで、北斗が待ってる。
 成長途中の、中途半端な俺を、迎えてもいいと言ってくれてる。


 聞こえるんじゃないかと心配になるほど昂ぶる心音を宥め、大きく息を吐いて、脱衣室の明かりを――消した。







 暗くなった浴室は雰囲気がまるで変わってしまっていて、胸の動悸が治まらない。
 けど、窓から入る薄明かりで、中の様子はぼんやり見えた。

 北斗は――さっきまで座っていた丸イスじゃなく、浴槽の縁に腰掛けて、闇と同化するように無言のまま俺を見ている。

 ドアを閉めて向き合った刹那、言い様のない…というか、逃げ出したくなるような羞恥に駆られた。

 ……俺、もしかしてとんでもない事、しようとしてる?

 そんな後悔が、早くも押し寄せてくる。

「北斗、俺……」

 どうしていいかわからず、心細さ丸出しで呼び掛けると、
「瑞希、足元……見える?」

 問われたのは、俺の身を案ずるもので――
 静かに話し掛ける声は、いつもと少しも変わらない。

 心臓が破裂するんじゃないかと思うほどドキドキしていた俺は、ちょっと拍子抜けしつつ、どうにか返事を返した。

「う…うん」
「なら、ここに来て。俺の横に」

 手振りの一つもなく誘(いざな)われ、まるで夢遊病者のようにその言葉に吸い寄せられた。

 傍まで行くと、北斗の表情が少しずつ見えてくる。
 暗闇に目が慣れてきたせいもあるんだろう、口元が優しく笑んでいて、秘め事に誘ったにしてはまとう空気がやわらかで、その心地よさに身も心も包み込まれたような気がした。
 顔の火照りは治まらないけど、壊れそうなほど激しく打っていた脈が、ドクドクくらいに落ち着いてくる。

 招かれるまま、少しだけ隙間を空けて隣に腰を下ろした。

 だけど、今度は北斗の顔をまともに見れない。
 恥ずかしくて、こんな誘いに安易に乗る俺をどう思うのか、心配にもなる。

 黙ったままの北斗の隣で、俺もピクリとも動けず、固まっていた。



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