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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第4回 仲直り、そして・・・ 2

               〜 仲直り、そして…… 2 〜




「そういえば、北斗がマウンドに立ってるの見て、俺だってひどく驚いたよ」

 ゴシゴシと無言で背中を洗っていて、ふと出た話題。
 今、このタイミングで口にするのも変だけど、ある程度予測していたのか、その反応はかなり薄かった。
「……やっぱり見てたか」
「うん。監督が手配してくれたんだ。閉会式終わって即、テレビのある部屋に走ったよ」
 そう言うと、その時の様子を想像したらしく微かに笑い、すぐにそれを消し去った。
「――ごめんな、瑞希」
 ぽつりと零された謝罪の言葉。
 その意味がわからず、背中を擦りながら首を傾げた。
「え? 何が?」
「甲子園、呼んでやれなくて。お前の怪我を怒るより先に、謝るべきだった」
 沈んだ声で頭を下げられて、急に胸が熱くなる。
 球場のグラウンドで、誰よりも頼もしく見えた背中なのに、俺に見せるのは気落ちした、らしくない姿。
 
『北斗の精一杯のプレーも、空高く飛んでいったホームランも、しっかり見てた。
 慣れないポジションでどれだけ頑張ったか、俺は知ってるよ』

 そう言ってやりたいのに、なんでか言葉が出てこなくて……喉の奥が、締め付けられるように苦しくなって……。
 代わりに、泡だらけの北斗の背中を力一杯抱き締めた。

「いいんだ」

 拒絶――されてもいい。
 困らせたって、気にしない。
 あんなに遠かった北斗を今、この両腕で抱き締める事ができるなら、俺はやっぱり迷わずそうする。


「――瑞希、包帯濡れる」
 しばらくして溜息と共に呟かれた台詞は俺の怪我を気遣うもので、押し付けた額を小さく横に振った。

 嫌がられると覚悟していたのに、俺の抱擁を黙って受け入れた北斗の本心が知りたい。
 本当は、こんなの濡れたって平気だ。
 それより少しでも長く北斗といたい。北斗にも、そう思っていて欲しい。
 俺の本音も望みも、ただそれだけなんだ。

 この夏は大会に継ぐ大会ですれ違いばかり、まともに話もしてないし、ましてや二人で出かけたのなんて、加納君を訪ねたあの一度きりだった。
 もっともっと一緒に過ごす時間が欲しい。
 じゃれ合い、声を上げて笑った幼い日々を……突然奪われたあの頃の幸せな日常を、少しでも取り戻したい。

 そんな想いが出たせいか、回した腕を外せないでいると、いきなり持っていたタオルが奪われた。

「交代。お前に任せといたら、朝までここに居座りそうだ」
 両手がやんわりと退けられ、丸イスを譲られた。
「そんなに経ってない」
 照れ臭さも加わって、わざとふくれっ面で答えたら、両腕を捉まれ強引に座らされた。
「そういうことにしといてやる。それよりこのきわのところは包帯が取れてからでいいだろ?」
 確認の為、指先が首筋に触れ、その下に泡立ったタオルが押し当てられた。
「ん、…うん、仕方ないよな」
 あからさまに肩を落として答えたら、北斗までふっと息を吐いた。
「すぐ外せるさ。今は大判の目立たない絆創膏もあるし」
「そう? ならいいけど」

 返事して、泡だらけになっていく自分の足元を見つめる。
 他人に洗ってもらうのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。それに腕を動かさなくて済むから傷にも響かないし、痛みも全くない。昨日の苦戦が嘘のよう。
 すごく楽で『極楽』。うん? そう、そんな感じ。
 一人のんきに言葉遊びをしていて、これは、と思いつき、遠まわしに頼んでみた。

「あのさ北斗、実は……あと一つお願いがあるんだけど、駄目かな」
「駄目も何も、言ってみないとわからないだろ」
「うん。あの、頭、ついでに洗ってくれないか?」
 タオルを滑らせるように背中を優しく撫でていた手が、ピタリと止まった。
「……面、今日は被ってないだろ」
「昨日は被りまくってたよ。けどさすがに頭までは洗えなかったから」
「当り前だ!」
 怒鳴りかけた北斗が、今度は背中を力一杯ゴシゴシと擦り出した。
「イタッ、痛いよ北斗。さっきと今の中間にしてくれ」
「あ、悪い。つい」
 なんでそう極端なんだとぼやく俺に構わず、無言のままきっちり背中だけ洗い終えた北斗が、洗面器を掴んで湯をすくい、身体の泡を綺麗に流した。もちろん自分の背中を流すのも忘れない。
 最後に、固く絞ったタオルで包帯の近くの水気を丁寧に拭き取っていく。
 けど、俺の頼み事、どうなった? 泡と一緒に流されたんだろうか?

 聞くに聞けず、されるがままになっていると、ウォッシュタオルをすすいでバーに戻した北斗が、
「で、どうすればいいんだ?」
 いきなり切り出した。
「え、何を?」
「頭、洗うんだろ。どの体勢で洗えばいいか訊いてんの」
「ホントに!? いいの?」
「ああ。気の変わらない内に決めてくれ」
「じゃあさ、中に入って頭出すから、イスに座って洗える?」
「――ま、何とかなるだろ。それが一番楽そうだし」
 言いながら適当な位置にイスを置いた北斗が、乾いたタオルを取りに一旦浴室を出る。
 その間に一足先に浴槽を跨いだ。


「は〜、この絶妙な湯加減、もう最っ高!」
 久しぶりに一杯に張った湯の中をぐるっと回って――但し、上半身は胸までしか浸かれないのが残念だけど――浴槽の縁に腕を組んだ。
「んじゃ、よろしくお願いします」
 頭を外に出して、準備万端北斗を待つ。
「はいはい。ったく、床屋にでも行けっての」
 文句を言いながらも向かい側に腰を下ろし、俯く俺の頭髪に湯を掛けてシャンプーを手際よく泡立てる。
 耳元でシャワシャワと泡の弾ける音が聞こえ、それが妙にくすぐったくて、笑いたいのを必死に堪えた。
 北斗の指が頭皮をマッサージするみたいに動く。それを追っていて、監督にしてもらったスポーツマッサージを思い出した。
 北斗にしてやるつもりだったのに、色々あってすっかり忘れてた。
 明日は書店に行けるかな? なんて考えていたら、
「お客様、どこか痒いところはありませんか?」
 理容店さながらに訊かれ、プッと噴き出した。
「北斗ってほんと客商売向いてるよ。思わず答えそうになった」
 クスクス笑って言うと、意外にも真面目な声が返って来た。
「俺は苦手だ。相手が瑞希だから遊んでるだけ」
 何だ、それは。おれは人形でもペットでもないってさっき言ったばかりなのに。
 でも、北斗に髪の毛触られるの嫌いじゃないんだよな、っていうか好きかも。だってすごく、
「気持ちいい〜」
 思ったままが口を衝いて出た。
「ああ? 何だって?」
 北斗が動きを止める。それが惜しくて、俯きながら訴えた。
「その指、すごい気持ちいい。もうちょっと強くしてもいいよ」
「…………」
 聞こえなかったのか、黙ったままの北斗を怪訝に思い、
「北斗? 聞こえた?」
 と、頭を上げかける。それを拒むかのように、上からぐっと押さえ付けられた。
「なっ!? 何す……」
「いいからっ、お前はもう黙ってろ」
 言い捨てて、俺の望み通りの強さで再び頭を洗い出す。
 ……何なんだ、一体。
 腑に落ちず、一人俯いて心で首を捻っていると、ふと、目の前の北斗の……あれだ、息子の変化が目に止まった。

 べ…別に、見ようとして見たんじゃなくて、たまたま、だ。
 けど、さっきまで何とも思ってなかった、存在自体気にも留めてなかったのに、それが今、微かに主張しているのを目にして、いつもなら密かに落ち込む俺なのに、今晩に限って、好奇心がムクムクと頭をもたげてきた。
 まるで北斗の変化に反応するように、俺の興味も徐々に膨らんでくる。
 タオルに隠されて見えないそれが、すごく気になる。

 そんな事を考えていると、「瑞希」と、声を掛けられた。
「もういいだろ、流すぞ」
「ん、うん」
 返事するのと同時に、シャワーから水が勢いよく出る。
 温度が安定するのを待って、北斗がうなじに手を添え、そこから上を丁寧にすすいだ。

 シャワーを止め、用意していたタオルで俯いたままの俺の頭をゴシゴシ擦る。
 至れり尽くせりで大人しくしていたら、本当に理容院にいるみたいな気分になる。
 それほど長髪でもないし髪の量も多くない。乾いたタオルで拭くだけで、水気もほとんどなくなった。

「っし、終了。満足したか?」
「うん、ありがと。気持ちよかった。それにさっぱりした。北斗に頼んで正解だったな」
「そうか? ならもう上がれ。これ以上浸かってたらまた逆上せるぞ」
「けど、まだ身体半分洗ってないし」
「あ、……」
 忘れていたのか、気まずそうにポリポリと頭を掻く北斗に、思い切って訊いてみた。
「俺を早く上がらせたいのって、そのせい?」
 浴槽の中から目で先を促すと、言わんとする事を察した北斗が、ハッとしたように動きを止めた。
「気付いてたのか」
 さも嫌そうに舌打ちをして、ぼそっと零す。
「うん。……あの、ごめん」
「別に、お前が謝る事じゃないだろ。俺の鍛え方が足りなかっただけだ」
 クスリと笑いを漏らすのは、数日前の遣り取りを引き合いに出したせい?
「けど……」
 北斗の瞳は笑ってなんかない。自嘲的にさえ見えて、それがなんでかすごく嫌だった。

 別に悪い事じゃない。自然な事、なんだろ?

 なのにその口から出たのは、やっぱり俺を遠ざけるもので……

「気付かれたならちょうどいい。ちょっと外してくれるか? 俺もこのままじゃ辛いし」
 そう言われ、反抗心が沸いてきた。
「あの、出ないとだめ?」
 いつもの自分なら有り得ない台詞が飛び出した。
「……お前、また『見たい!』とか言い出すんじゃないだろうな?」
 剣呑な眼差し…じゃなく、得体の知れないエイリアンでも相手にしているかのような、北斗の恐る恐るの反応が何だか可愛く見えて、つい調子に乗っていた。
「え、いいの?」
「まさかっ!! いいわけないだろッ」
 ブンブンと首を振られ、予想していたとはいえ、ちょっとがっかりした。

 え? がっかり? って、何でがっかりしてるんだ、俺。
 変化するのは自然現象でも、そういう行為を隠すのは当然で、見たがる方が変だろう。

「――だよなぁ。うん、冗談。言ってみただけ」
 自分の気持ちが理解できず、密かに困惑する。
「お前な……」
 言葉もなく、睨むような眼差しを向けた北斗が、戸惑いを誤魔化そうと浴槽の中で勢いよく立ち上がった俺を見て、パッと顔を逸らした。
 その横顔が微かに色付いていて、それが妙に色っぽく見えるのは、やっぱり俺が変だからだろうか。
 それとも、もしかしてまた怒らせてしまった?
 もしそうなら、早々に出て行くべきだよな。
 そう思い、縁を跨いで――
 その前に、からかったわけじゃないと言っておきたくて、ドアを開けたところで振り向いた。
「ごめん、北斗」
 言うのと同時に、溜息を吐かれた。
「またか。もういいから」

『早く出て行ってくれ』

 声にならない言葉が、聞こえた。

「――俺さ、ホントにそういうの全然わかんないから、……男なのに、男の身体って今一理解できなくて……」
 言い訳している内に声が詰まってしまった。
「瑞希?」
「……好奇心、旺盛過ぎた」
「………」
 肯定とも取れる沈黙が、胸に新たな痛みを植え付ける。

 バカな事、した。
 北斗のスランプがストレスによるものじゃなかったとしても、誰もが持っていて当たり前の秘密の部屋に、ずかずか入り込むような真似して、気分いいはずない。

「北斗のプライバシー、侵害する気なんか更々ないから、許して」 
 それだけ告げるのが、正直精一杯だった。

 足早に脱衣室に出て、後ろ手にドアを閉めると、俺達の間が半透明の壁に遮られる。

 自分だけ知らない惨めさも、人並みになれない悔しさも、これまでに数え切れないほど味わった。
 どうにか解決策を見出したくて、時間を見つけては書店に通った。
 その都度、現実を突き付けられ、自分の身体を呪うしかできなかった。
 未来を悲観して、絶望しそうになった事も。
 居たたまれなくなるような衝動を、幾度押し殺してきただろう。

 そして今も、大人になりきれてない俺は、締め出されても仕方なくて……
 喉元に苦い塊が込み上げてくるのを、無理矢理飲み込んだ。

 ―――大丈夫。
 今は…さすがにちょっと落ち込むけど、俺だって以前の俺じゃない。

 それよりも、また北斗を追い詰めてしまったみたいで、その事が心に重く圧し掛かっていた。



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