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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第3回 仲直り、そして・・・ 1

              〜 仲直り、そして…… 1 〜


「北斗、熱い」
 
 少しして気付いたのは、北斗の身体の熱さだった。
 そういえば熱中症で病院に行ってたんだ。無理矢理病院に行かされたみたいな事言うから、半分仮病かと思ってた。
「お前がしがみ付くからだろ」
 回された腕を外しもせず溜息を零す。けどその声は普段と同じ、言い合いの気まずさなんか少しも感じさせないもので、つられるようにいつも通り返していた。
「じゃなくて、熱が出たのほんとだったんだ、熱中症だって?」
 身体を離し、顔色を見ようと正面に回れば、
「大したことない」
 するりとかわされ、ムッとするより心配になる。こんな時の北斗は、たいてい無理してる。
「ダメだよ、早く上がって寝てろよ。夕食は? 食べれたのか?」
 それには「軽くな」とだけ答え、「お前は?」と返された。
「え、…っと」
 言ってもいいものだろうか。
 あんなに心配させてたなんて知らなかったから、おばさん達と呑気に食事してたと知ったら、また気まずくなりそうだ。
 だけど八時がこようとしている今、健康な男子高生が夕食もまだというのは考え難い。それに誤魔化す為の上手い言い訳なんか、瞬時に思いつくはずもない。
 諦めて、渋々本当の事を白状した。
「あの、…食べてきた。おばさんにご馳走してもらったんだ」
「え、ああそうか、お袋の病院だったのか」
 意外そうに呟いて、何故か言いようもなく複雑な顔をする。その様子で、北斗達は違う病院に行っていたと容易に察しがついた。
 それはともかく、また気まずくなる前に「でも」と、急いで付け足した。
「おばさんまで巻き込んで心配掛けたのは悪かったけど、すごく楽しかったよ。途中で仁科さんも来てくれたし、それに――」
 ムキになって弁解しかけたのを、北斗がやんわり制した。
「いや、いいんだ。総合病院は信頼できるし、その事はよかった」
「うん、すごく丁寧に見てくれた」
 おばさんが涙ながら、横で先生に睨みを利かせていた事は黙ってよう。
「それより休めって、試合の疲れもまだ取れてないだろ」
 怪我について深く追究されないよう休養を勧めてみたけれど、北斗のスタミナ、というか回復力は相当のものらしい。
「もう寝飽きた。瑞希からの連絡待ってるうちにうとうとしたし」
 それを聞いて、ガクッと頭が垂れた。
「なんだ、二階にいたのか」
 恨みがましい口調になるのは仕方ない。
 俺の男心なんかこれっぽっちも頓着せず軽く頷いた北斗が、
「六時に解散したんだ」
 慰労会の後に行われた会食について、簡単に教えてくれた。「会長の権限で五時過ぎにお開き」
 手振りで示され、「えっ」と驚いた。
「五時で? 随分早いな」
「まあな。で、その後部でちょっと話して、六時には学校出た」
「そうだったんだ」
 相槌を打って頷いたら、さっきまでとは明らかに違う険の取れた眼差しで俺を見た北斗が、短く息を吐いた。
「お前と連絡取れないし、仕方ないから久しぶりにランディーを散歩させてたら――」
 そこで言葉が途切れ、「ん?」と見返すと、「何でもない」と小さく首を振る。
 小首を傾げる俺をあっさり無視して、北斗が続けた。
「その後ちょっと横になるつもりで、いつの間にか寝てた」
「あれ、もしかしてランディーの飲み水入れたの、北斗?」
「ああ。気付いたのか」
「うん。けど隣のおばさんだと思ってた」
 先に帰宅してたなんて、思いもしなかったから。
「疲れてたのはみんな一緒だ。だから会食だけで早々に解放してくれた」
「さすが小野寺会長、ホント手際いいよな、あの人」
 今日の司会進行を思い返し、羨望の溜息が洩れる。
「そうだな。今年は生徒会も大忙しだ。聡(さとし)も大変な人に目を付けられたもんだ」
 藤木の持病の事はよく知っているんだろう。生徒会の激務に耐えられるのか、友人の身を気遣う北斗に、「大丈夫だよ」と言ってやった。
「藤木要領いいし、案外楽しんでるみたいだ。喘息の発作も最近起きなくなったって」
 意気込んで口にして、目の前の半病人を思い出す。
「それより今はお前。西日が入らないだけましだけど、あの部屋でよく寝れたよな。暑かっただろ」
 だって、物音なんか全然しなかった。
 ランディーの小屋の上が北斗の部屋だ。冷房入れてたら室外機の音くらい俺でも気付く。
「蒸せかえってた。けどクーラー入れる前にベッドに座ったのがまずかった。そのまま力尽きたらしい」
「バカだなぁ、熱中症なのに無茶すんなよ。脱水症状起こすよ」
 言いながら、昨日の養護の先生の話を思い出す。あの時の北斗の辛そうな様子も。
「疲れてたんだ」
 素っ気無く返すけど、それも当然だと思う。それなのに愛犬(ランディー)の事はほかさないんだ。
「ランディーの散歩はできても?」
「あいつは別格。俺の大事な相棒だから」
「それはそうだろうけど……」
 言い淀み、相変わらずランディー第一主義の北斗に、溜息が零れる。
 自分の身体よりも愛犬の方が大事だなんて、らしいと言うか何と言うか。
「そのランディーの鳴き声に起こされたんだ、文句言うなよ」
 そう言われ、帰ってきた時の灯の灯っていなかった吉野家の様子に、ようやく合点がいった。
「あー、だから電気点いてなかったのか」
「みたいだな。目が覚めたら真っ暗で、何時だろうって思いながら……ちょっとボーッとしてた」
『そのまま上にいればよかったのに』
 心の中で毒づいて、会いたくて堪らなかった奴に向けての台詞がこれか、と、密かに落ち込む。
「そしたら下で人の気配がして、下りてみたら」
「風呂から水音?」
「そ」
「納得。で、あの対面に戻るのか」
 それに鷹揚に頷いた北斗が、「それにしても」と、余計な一言を付け足した。
「凄い顔、してたな」
 ククッと笑いを噛み殺され、頬が染まる。

 ……クッソー、またしても。
 何であのタイミングで下りてきたんだ、こいつは。
 上でボケーッとしてたら……いや、それはそれで恐かったかもしれない。けど、いつもいつもやられっ放しで腹が立つ。
 どうにかして一泡吹かせてやりたい!

「うるさい! お前はさっさと二階に上がって寝てろッ」
 結局、何の報復も思い浮かばず、腹立ち紛れに喚くだけのいつものパターン。で、収まるはずだったのに、
「いや、汗かいたし、俺も寝るより風呂入ってさっぱりしたい気分だ」
 浴室を振り返る北斗の一言で、ものすごい名案が閃いた。
「あ、なら一緒に入る?」
「は?」
 提案した俺を、北斗が呆れた眼差しで見返した。
「なに、その目。また子供っぽいとか言いたいんだろ」
「よくわかってるじゃないか」
 少しも取り合わない北斗を、意地でも風呂に付き合わせたい。そんな衝動に駆られる。
「違うって! ほら、俺 怪我してるだろ」
 言いながら襟元からのぞく包帯を指で示すと、言わんとする事を瞬時に理解したらしく、北斗がさっきとは違う表情を見せた。
 動揺? みたいな。
 ちょっと違うか。けど、怒ってる様子ではなくて……。
 ひょっとして、困ってる!?
 うわ、北斗の困った顔なんて初めて見たんじゃないだろうか。
 いいや、前にもあったような。
 いつだったか、以前にも一回見てる気がする。
 あれは……いつだったか、どこでだったのか――

 あー、思い出せない。容量の少ない記憶力が情けない!
 その事にいらつきながらも、ちょっと仕返しできたみたいで悪い気はしない。
 それどころか、珍しいものを見たせいで気分も一気に浮上する。
 押しの一手で、畳み掛けるようにお願いしてみた。
「背中とか洗ってくれたら包帯濡れなくて済むし、傷にも障らないだろ。だから助かるなって」
 言った途端、よろけるように入り口の柱にもたれ掛かった北斗が、額に手を当てた。
「やっぱりか」
「うん。夕べもホテルではまだ痛くて、ゆっくり入れなかったんだ」
「お前、怪我した晩も風呂入ったのか?」
 驚きも露わに訊かれ、「当然」と頷いた。
「道着はまだいいけど、剣道の防具ってすっごく臭いんだよ」
「まあ、だろうな」
 答えた北斗の口元に苦笑が浮かぶ。
 少しずつ表情を和らげていく様子に、内心ほっとして続けた。
「それにしてもホテルのユニットバスって狭いよな。俺、初めてだったからびっくりしたよ。あれに比べたらここなら二人で入っても十分広いし」
「あのな、風呂の広さはこの際関係ないんだよ」
 ハァ〜と、盛大な溜息を吐いた北斗が、「…けど、確かに背中は洗い辛いか」
 一人ごち、諦めたような目で俺を見た。

 その瞳の色に、さっきの困惑は少しも感じられない。

 こいつって、怒った時は別にして、ほんとに一瞬しか素顔見せないんだよな。
 こんなに表情の読みにくい人間って、俺の周りでもそういないような気がする。だから逆に『単細胞』って言われるのか。

「ま、いいや。そうと決まれば着替え取ってくる。北斗のも持ってくるから、お湯頼む。そろそろ一杯になってるはずだから」
 浴室を指差し、それだけ告げて二階への階段に急いで向かう。「嫌だ」と、言わせない為に。
「ああッ!? 俺に拒否権はないのか!」

 案の定、背後で喚くその心中を想い、クスッと笑みを漏らした。

 彼の中でどんな心の動きがあったのか、俺にはわからない。だけど、「祝えない」と言った言葉だけは、恐らく変わらない。
 それならそれでいい。
 その代りだ。これくらい甘えたって罰は当たらないだろう。

 階段を駆け上がる俺の後ろには、誰にも見えない黒く尖った尻尾が生えていた。






「おーい北斗、お前の着替え、Tシャツと短パンでいいだろ」
 半透明のドア越しに声を掛け、着替えをかごに放り込んで、さっさと制服を脱いでいく。
「ああ、サンキュ。先に頭洗ってるぞ、しぶき飛ぶから」
 そう返されて、完璧いつもの俺達に戻っていると実感しつつ、ここを発つ前の事を思い出した。
「あ、シャンプー! 切れてない?」
「まだある。けどボディソープが少ない」
「りょうかーい。ちょっと待ってて」
 天袋の扉を開け、中からストックしてあるプッシュ式のボトルを取り出す。
 もちろんこんな細々した気配りは全部、北斗と同居を始めてから。あいつがし始めた事だ。
 俺はと言うと、押してみてなくなってるのに気付き、その日は中身をさらえて使い、翌日買う(忘れなければ)という、何事においてもかなり行き当たりばったりな生活をしていた、ように思う。

「お待たせ〜、って北斗、益々日に焼けたんじゃないか?」
 風呂用のイスに座り頭を洗うその背中が、逞しさを増したのは知っている。
 けど素肌を見たのも久しぶりで、鍛え抜かれ一層引き締まった身体に嫉妬するより、惚れ惚れと見入ってしまう。
「なんか…ウエルダン? 美味しそう」
 こんがり焼けた肌を強調して冗談半分ふざけてみても、北斗はにこりともしない。
「海水浴ならともかく、そんなに焼けるわけないだろ」
 短い頭髪をすすぎながら無反応に答え、シャワーを止めて、入り口に立つ俺を見上げた。
「そういうお前 ワッ!」
「助詞デカッ」
 クスクス笑いながらボトルを差し出してやると、何故か受け取ろうとせず、顔を背けて叫ばれた。
「いつの間に服脱いだッ!?」
 狼狽しまくりの声を上げられ、「はあ?」と首を捻る。
「今に決まってるだろ」
 一応答えて入り口のドアを閉め、北斗の目の前に渡し損ねたボトルを置いた。 
「夏服なんか二十秒もあれば脱げるよ」
 言いながら北斗の背後に回り、浴槽に手を浸けてみる。
 うん、予定通り。いい感じの湯加減だ。
 上機嫌で身を乗り出して湯をかき混ぜていると、北斗の悲愴な声が届いた。
「――頼む、前くらい隠せ」
 呻くように言われ、きょとんと北斗の背中を見遣った。
「何で? 北斗だって見られても平気だって言ってただろ」
「え?」
 一瞬、不思議顔で振り返りかけたけど、すぐにいつの事か思い出したらしい。
「あ、…ああ、あれは……」
 何か言いかけて口篭ってしまった北斗に、正直な気持ちを明かした。
「俺、北斗のそんな何事にも動じない大らかなとこ、すごい憧れてるし、できることは見習いたいって思ってるんだ」
 洗面器を取り、浴槽の縁に屈んで湯掛けをしながら答えたら、
「あのなぁ……」
 溜息混じりの声がかろうじて聞こえ、バーに掛けてあったウォッシュタオルが力任せに引き抜かれた。
「あの時は、瑞希しかいなかったからだ。俺は他の奴の前で裸を晒したりしない」
「え、ほんとに? 合宿中や甲子園の宿舎でも?」
「当たり前だ。そんなの常識だろうが」
 今度は物に八つ当たりしているのか、出の悪くなったボディーソープの頭をバンバン叩く。
 北斗に不似合いな、乱暴な仕草を唖然と見遣った。
「ったく、人を露出狂扱いしやがって」
 ぶつぶつと文句を言われても、じゃあ何であの時、あんなに堂々と浴室から出て、平然としていたのか、新たな疑問も沸いてくる。
 だけどそれ以上に、俺にしか裸を晒さないと聞いて、ほっとしたのは何故だろう。
「へえ、そうなんだ。なら俺も他の奴の前では止めとく」
 すると、あからさまに肩を落とし、ぼそっと零された。
「……是非そうしてくれ」
「なんてね、冗談だよ。俺だって自宅(ここ)以外では絶対無理。北斗もよく知ってるだろ」
「――ああ、そうだったな」
 どうでもいいような口調。だけど、タオルを泡立てていた手が一瞬止まったのは見逃さなかった。
「それよりさ、それ貸して」
 言いながら、背後から北斗に手を出した。「背中、これからだろ? 俺も洗ってやる」
「いい、自分で洗える」
「わかってるよそんな事。けど一方的にしてもらうのは――」
「あーもーッ」
 言いかけた言葉が喚き声で遮られた。「『吉野家の家訓に反する』、って言いたいんだろッ」
「うん? そう。だいぶわかってきたじゃないか。お前も立派な吉野家の孫だよ」
「……全っ然、嬉しくないぞ」
「そんな事言って、結構気にしてるくせに」
「はあ? 何を」
 振り向いた北斗からシャンプーの香りが微かに漂い、なぜかドキッとする。そんな自分に戸惑いつつも、誤魔化すように言葉を紡いだ。
「『吉野家の家訓』」
「まさか。瑞希の思い過ごしだろ」
「違う。孝史ですら、あれだけは受け入れなかったんだよ。うちにもしょっちゅう遊びに来てたけど、覚えようともしなかった」
 言った途端、北斗が笑った。しかも声を上げて。
 それがすごく嬉しくて、再会してからやっと聞けた北斗の笑い声に、俺の心まで軽くなっていく。
「ほら、早く貸せって」
 肩を揺すりタオルの所有権を主張すると、その手を払い除けた北斗が、丸イスごと離れた。
「わかった、わかったからひっつくな」
「ひどっ。なんで? いいだろ久しぶりなんだし」
「だからやばいんだ、…って言っても、どうせわからないんだろうなぁ、こいつは」

 盛大な溜息と共に吐き出された言葉。だけど後の方は何を言ってるのか、よく聞き取れなかった。
 肩越しにしぶしぶと出されたタオルを手に、そんな事よりも、目の前の小麦色に焼けた肌が水を弾いて、その瑞々しさが言いようもなく綺麗で――
 その方に気を取られてしまう。
 目が、離せなくなる。

 会議室の小さなテレビに映っていた北斗の、頬を伝い落ちる汗を……鋭く冴えた眼差しを、鮮明に思い出す。

 あの時は、どんなに望んでも届かなかった。
 それが今、目の前にある。
 手を伸ばせば触れられる距離。

 触りたい。

 触れてみたい、その肌に。
 けど、肩に手を掛けただけで距離を置かれた俺だ。
 そんな事したら、やっぱりキスマークを付けた時みたいにひどく怒るんだろう。


 普段なら有り得ない、いきなり湧き出した妙な感情を振り払い、タオルを背中に押し付けた。

 あの時のように手酷く拒絶されるのはもちろん、誰より優しいこいつを困らせるのも嫌だった。



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