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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

最終回 終章 〜 葛藤 〜
    

          終章  〜 葛藤 〜 



 成り行きとはいえ、一線を越えてしまった……(のか?)
 よくわからないが、安らかに眠る瑞希の隣でシーツに突っ伏して、やり場のない想いと、やばい方向に向かいそうな記憶を、懸命に別のものにすり替えた。

 ここに邪な想いを持ち込めば、俺達の同居生活はそこで終わる。
 それがわかっているから、この部屋ではその手の話も俺からした事はない。

 そんな日頃の努力の甲斐あってか、そういえばと、欠席していた慰労会での話を山崎にあれこれ聞かされたのを思い出した。

 今一番したい事を訊かれた瑞希が、いつも寝ているベッドで眠りたいと答えて、あの切れ者の小野寺会長をうろたえさせたのが、最高に見物だったと言っていた。
 楽しげに話す孔太郎とは裏腹に、その場にいなかった俺としては全然面白くないし、正直悔しかった。が、一旦耳にすれば、本人のそんなささやかな願いくらい叶えてやりたい。
 中学進学に合わせ、このセミダブルのベッドを買ってから、ほとんどの睡眠をここで取ってきた。
 俺にとっても一番安眠できる場所だった。
 なのに、吉野の家に引っ越して、瑞希がちょくちょく泊まりに来るようになって以来、その時間は随分減った。
 六月に入り一緒に寝だしてからは、快適な部屋にも拘わらず、以前よりもっと寝付けなくなっている。
 だからといって、この関係を自分から止める気はないが。
 瑞希が出て行かない限り、いつでも隣は空けておく。
 夏が過ぎ、エアコンも必要なくなれば、瑞希は自分の部屋に戻る。
 三ヶ月か、長くても四ヶ月の事だ。それに合宿や大会で、その間のひと月余りは家にすらいない。
 それを思えば、睡眠不足など問題にもならない。
 瑞希の明るさに隠れ見失いそうになるが、心に巣食う闇の深さを垣間見て、自分にはどうしてやる事もできないと痛感した。

 風呂場での行為が、後々の同居生活に及ぼす影響。
 それを一番に心配していたのに、抱き締められた時の醜態と、その後の瑞希の態度に慌て過ぎたせいか、部屋に戻ってからは逆にすごく落ち着けた。
 それに瑞希の感情が手に取るように伝わって、百面相を見せる瑞希がやはり愛おしい……というか面白かった。
 こんな純情な反応、今時女でもしないんじゃないだろうか? と、そんな事を考えていた。
 首の傷の治療している間も、あの一件を後悔する事は全くなかった。
 それよりも、部屋で放った瑞希の一言が、言い争いの時以上に俺の心を暗たんとさせていた。
                                         
『――「イク時」って、どんな感じなのか知りたい』

 あまりにもストレートで、素朴な質問。

 俺達には、あんなにあっけなく得られる快感が、瑞希には優勝旗を手にして初めて、それに近い感覚をその身に感じる事ができる。そう、信じている。
 それが堪らなくいじらしくて……胸が痛くて、苦しい。

 県大会で自分が表彰されるのを見て、興奮したかと問われ、「した」と答えた。
 それは正直な感想だったが、俺の為に来年全国大会で優勝して、あの時以上の感動を味あわせてやりたいと澄んだ瞳で告げられ、抑え切れない感情が込み上げてきた。

 そんな事言われて、熱くならない奴がいるだろうか。
 瑞希を剣道にのめり込ませる要因に、また一つ余計なものが増える。

 俺の事はどうだっていいんだ。
「祝えない」と、突き放した奴の事なんか、放っておけよ。
 それでなくとも、もう十分色々なものを背負わされているんだ。

『人の事より、自分をもっと大切にしろ』

 幾度、口にしそうになっただろう。

 言いたくても、伝えられない言葉。
 それを言えば、瑞希が瑞希でなくなってしまいそうで。

 俺や、周りの心配を、必要以上に瑞希の中に植え付けてしまったら、あの冴えた剣技は二度と見られなくなるだろう。
 何物にも囚われることなく、全身全霊で立ち向かって行くから、瑞希の剣は見る者の心を強く惹き付ける。
 そんな稀有な宝石の輝きを、俺の勝手な保護欲で曇らせるべきじゃない。

 そう、頭ではわかっている。
 わかっているつもりだった。

 瑞希が、俺の祝福を欲していたのは、十分承知している。
 だが、現実にあの酷い怪我を目の当たりにしてしまったら、望む言葉を掛ける気には、どうしてもなれない。

「よく頑張った」
 とはもちろん、初の甲子園に臨む俺達に、弾みをつけてくれた事への感謝すら言えない俺は、まだまだ未熟な人間なんだ。



 
 ふっと嘆息して瑞希を見ると――眦がキラッと光った?
 みるみる溢れ出したそれが、一筋の雫になり、こめかみを伝い落ちていく。
 その光景を、息を止めて見詰めた。

 まさか――

「―――瑞…希? 起きてるのか?」

 そんなはずないと思いつつも、声を掛けてみる。

「………」

 当然ながら、返事は返ってこない。
 もし起きているなら、瑞希は涙を隠そうと背を向けるだろう。

 何が哀しいのかわからない。
 けど、流す涙の中にある悲しみは真実だ。

 受けた傷の痛みのせいで、俺と同じ事故の時の夢でも見たのか。
 それとも――

「……俺の代わりに、泣いてるのか」

 囁くように呟いてみる。
 まるでその囁きが聞こえたかのように、次々と新たな涙が溢れ出した。

 そうならばいいと、思う。

 お前が気にしないなら仕方ない。
 その代り俺の為に泣いてくれるなら、俺は瑞希の為に、行き場のなくなった憤りも傷付けられた悔しさも、自分の中で昇華するよ。

 目覚めるかもしれないと思いつつ、零れる涙をそっと拭ってやる。

「――ごめんな、瑞希」

 起き上がり、額にかかる前髪を梳くように掻き上げてやると、十二年前の事故の名残りが……微かに残る傷跡が露わになる。

 瑞希に、俺の恋情を気付かれず口付けできる、唯一の場所。

 そこに想いの全てを託し、そっと口付けた。

 初めて口付けた時と同じ、触れるだけのキス。

 親愛の情に見せるそれが、今の俺の気持ちだと、気付かせるわけにはいかない。

 離れがたい想いを胸に、距離を取るべく身体を起こす。それより一瞬早く、瑞希の腕が俺の頭に回された。

「瑞……」
 驚いて名前を呼びかける、その言葉が途中で切れた。
 強く引き寄せられ、唇を重ねられたからだ。

 駄目だ、と思う反面、甘い口付けから逃れられない自分が――いた。


 寝ぼけ半分の拙いキスが、抑え込んだばかりの恋心をあっさりと解放する。

 どう……すればいい? 
 だけど、抗えるわけがない。
 たとえ寝ぼけているとしても、突き放す事などできない。

 半年前の、田舎の温泉での出来事を……あの後の苦い後悔を、まざまざと思い出す。
 なのに―――

 まずいと知りつつ瑞希のキスを受け入れてしまう俺は、意志の弱い、欲望に忠実な、ただの男に成り下がっていた。


 柔らかな感触。
 久しぶりに感じる温もりが、早々と自制心を溶かしていく。
 浴室では必死に我慢していたのに、ここまで来てその努力も全部泡となってしまった。

 腕の中に瑞希を抱くと、首に回されていた腕が背中に滑り降りてきた。

 止まらない。

 離れ……られない。


 重ねた唇から、次第に交合を深くする。
 深く、浅く、幾度となく角度を変えて味わう。

 完全に寝ぼけているんだろう、瑞希が俺の下手くそなキスを受け入れて、初めて返してきた。

 互いの舌が絡み合い、一層熱を上げる。
 熱く、身体の芯まで痺れるような口付け。
 気持ちいいと感じるのは、唯一 俺の望む奴だから。

 息継ぎもままならないほど深く絡み合い――
 唾液を飲み込んだ瑞希にはっとして、身体を起した。

 横たわる瑞希の、濡れた唇が怪しく光り、新たな欲望が沸き起こる。
 そんな感情を追い払おうと、勢いよく頭を振った。


 寝入っている相手にこんな真似して、どこまで卑劣で貪欲なんだ、俺は。

 酷くなる自己嫌悪を抱え、流された痕跡を消し去る代わりに、濡れた唇を指先で拭う。

 頭を冷やそうと距離を取ると、腕の下で眠る無防備なその顔から、いつの間にか悲しみの色が消え、満ち足りているようにも思えて――。

 幸せそうな寝顔を見ながら、急に胸が熱くなる。


 止める間もなく零れ落ちた雫が、一粒、瑞希の頬を濡らしていった。









  『星を道標に ]U 〜 転換点/ターニングポイント』 終りです。


    今後の予定を掲示板に載せていますので、そちらにもアクセスいただければ嬉しいです。

    


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