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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第2回 すれ違う心 2

               〜 すれ違う心 2 〜



「なん……で?」

 一番大切で、誰よりも頼りにしていた奴から投げ付けられた言葉。
 何度も俺を励まし力付けてくれた、その口から放たれた激昂が、必死に頑張ってきた三日間の全てを否定したようで、何も考えられなくなった。
 監督に「負けた方がましだった」と言われた時とは比較にならないほどのショックが、俺を襲う。
 そんな自分に戸惑いながらも、懸命に言葉を紡いだ。
「俺、北斗の試合見に行けなくても……全力尽くすって…決めて、必死に頑張ってきたのに。…優勝はできなかったけど、準優勝でも、北斗は……喜んでくれるかな…って、それだけ……楽しみに――」
 言い募る内、どうしようもなく悲しくなって鼻の奥がツンと痛くなる。涙より先に鼻水が出そうになって、グスッと啜り上げただけで、
「泣くなッ」
 容赦ない言葉が、低く、鋭く、脱衣室に響いた。
 バンッ! と、戸口の引き戸に平手を叩き付けられて、ビクッと身体が竦む。
「泣きたいのはこっちだ。山崎に事情を知らされた時の情けなさ」
 チッと、苛立たしげな舌打ちが届き、涙で滲んだ視界のまま北斗を見返すと、叩き付けた手の平を固く握り締めている。
 その拳が微かに震えていて、わけがわからないなりにも憤りの深さを直に感じて、何も言えなくなった。

「――大した熱でもないのに、病院のベッドでのんきに寝てたんだぞ」

 絞り出すように告げられたのは、慰労会を欠席していた間の、北斗の状況。
 恐らく西城高での混乱を避けるため、生徒会と連携した水面下での根回し、だった。

「その間、瑞希に会うのだけを楽しみにしてたんだ。それが、ようやく会えると思った学校で、お前の怪我を本人以外の奴から聞かされて、しかも慰労会に出たその足で病院に向かったと教えられて、俺が――」
 ふつっと途切れた言葉。
 いぶかしむより先に、北斗が再び口を開いた。「俺がどれだけショック受けたか、お前に見せてやりたい」
 悔しげに唇を噛み締められても、自分の事で一杯で掛ける言葉が見つからない。
 浮かんだ涙を手の甲で擦り、「そんなの……」と、口ごもった。

 なら、昨日の内に、怪我した事を教えておけばよかったのか?
 あんなに……脱水症状起こすほど頑張って、疲労困憊してた奴に、追い討ちを掛けるような真似。
 例え北斗がそれを望んだとしても、できるわけない。
 俺は怪我した事に後悔がなくても、北斗はきっと自分の事以上に落ち込むだろう。
 それがわかっていたから余計言い辛かった、……言えなかったんだ。

 口を閉ざしたままの俺を一瞥した北斗が、遣り切れない想いを吐き出すかのように、大きく息をついた。
「――俺は、千藤先生みたいに大人じゃない。だから、お前の努力を思いやって言葉を選んだりできないし、する気もない。第一、俺の憤りはもっと単純なものだ」
「………」
 そう言われ、黙って耳を傾けた。
 北斗の怒る理由、それは……
「一番大切にしてるものを傷付けられて、それを笑って許せるほど俺の許容範囲は広くない。ましてその対象がお前なら……瑞希を傷付ける奴は、誰だろうと許さない」
「違う! 俺を傷付けてるのは戦った相手じゃない、北斗じゃないかッ!」
 相馬君はもう十分すぎるほど傷ついていた、しかも実の父親のせいで。そんな彼を北斗まで責めて欲しくない。
 そう思い、堪らず涙声で言い返して―― 
 怒りを隠そうともしない眼差しに射抜かれ、言葉を失ってしまった。
 初めて見せた北斗の、凄まじいまでの怒気に気圧され、流されそうになる。
 それを目にしてようやく気が付いた。これは『憎しみ』だ。俺を傷付けた相手――相馬君に対する激しい憎悪。

 理解した瞬間、これまでの態度の全てに合点がいった。
 俺が少しも気に留めなかったせいで、余計相手への憎悪を煽ったという事実も。
 もしかしたら、夕べ怪我した事を北斗に伝え、文句なり愚痴なり言っていれば、それなりの対応をして済んでいたのかもしれない。
 その機会すら与えられず、憤りだけが膨らんでしまったらしい。
 意外だったのは、落ち込むとばかり思っていた北斗の、正反対のこの反応。
 こんなに怒気を露わにするなんて本当に初めての事で、加納君に会いに行った帰り道、揉めた事すら、些細なものに思えてしまう。
 それほど今の北斗には、殺気に近い感情が漲っていた。

 その引き金になったのが俺の怪我だというなら、北斗が、俺を想ってくれる気持ちは痛いほど伝わってるし、大切にされていると十分過ぎるほど実感できる。
 その事は、正直嬉しい。
 それでも、ここで俺が折れたり、引いたりするわけにはいかない。

「――怪我なんか…関係ない。時間が経てば治るんだ。けど、心の傷は違うだろ?」

 深く息を吸い込んで、それまでの感情を必死に抑え、どうにか言葉を紡いだ。
「俺は北斗の……野球部の為に頑張ったんだ。それをお前は全部否定するのか?」
「それとこれとは」
「同じだよ!」
 言いかけた北斗を遮り、思いの丈をぶつけていた。「怪我したってなんだって、俺は勝ちたかった。それをそこまで拒絶されたら――」
 口にして、改めて思い知らされた、拒絶。
 北斗は、俺が怪我した時点で、その後の結果を受け入れてない。それが悔しい。
 なら、俺がこれまで必死に戦ってきたのは、一体何の為だったんだ。まるで意味のないものだったのか?
 そんなはずない。俺の選んだ道は、そんな甘い世界じゃない。

「俺が…今日まで支えにしてきたものは、怪我したら危ないとか、危険だからさせられないとかいう中途半端なものじゃないんだ。危険なのは十分知ってる。それを承知で剣道を選んだ」

 北斗が、何か言う前に―――そんな焦燥に駆られ、口早にまくし立てていた。

「それでも許せないって言うなら、もういい。北斗なんか知るか! 俺はお前の人形でもペットでもない、意思を持った生身の人間だ。半人前でも俺の身体だ。どうなろうと俺の勝手だッ」
 言ってから、ハッとしてすぐにきつく目を瞑った。北斗の手が、ヒュッと振り上げられたからだ。
 また感情に任せてバカな事言った。
 自分の勝手だなんて思ってない、大切にしようって決めたばかりだったのに。
 
 ぶたれて当然。
 そう思い覚悟した俺は、いつまで経っても感じない痛みに、閉じていた目をそろそろと開けてみた。
 目の前で、右拳を固く握った北斗が、顔を背け俯いている。
 そこに、さっきまで纏っていた激しい怒気は、感じられない。ただ――その横顔が言いようもないほど哀しそうで……
 北斗の、俺を気遣う優しさまで踏みにじった気がして、川土手でぶたれた時以上の後悔が、どっと押し寄せてきた。

 むきになって言い返したのは、俺が怪我を負ったせいで、『剣道』そのものを否定されるかもしれないと、不安になったから。
 以前にも訊いた事がある。白井先輩と稽古していて、打ち身を負った時。
『もしかして、剣道…嫌いになった?』と。
 相手を直接怪我させるかもしれない。その不安は常に付きまとう。
 北斗に対してだけじゃない、田舎のじいさんはともかく、ばあちゃんは特にそうだ。
 自分の大切な人に、剣道の危険性を指摘される事が、俺は一番恐い。
 生き甲斐を否定されるみたいで、それは俺にとって半身をもぎ取られるようなものだ。

 あの時北斗は、『嫌いになんかならない』そう否定してくれた。
 だけど、その表情には自己嫌悪みたいなのが浮かんでいて、それがなんだか無性に気になっていた。

 北斗に、剣道を悪く言ってほしくなかった。
 北斗も剣道も、俺にとって何よりも大切な、かけがえのないものだから――。
 その想いからの焦り、だったんだ。

「北斗、ごめん、俺……」
「――なんで謝る。謝るのは俺の方だ」
 それまでの激情を消し去ってしまった、淡々とした物言いに、堪らなく不安になる。
「だって、心配してくれたのに、酷い事……言った」
「悪いのは俺だ。お前の言うとおり、瑞希の人生は瑞希のものだ。怪我しようが病気になろうが、それを第三者が偉そうにとやかく言う権利なんか、初めからなかった」
 冷ややかに告げられたのは、俺の放った言葉への応(いら)え。当然の結論だった。

 言わせたのは、俺。
 こんなに寒々と聞こえるなんて、思いもしなかった。
 まるで俺と北斗の間に、目に見えないバリヤが張られたみたいだ。
 テレビ画面を通して見ていた、あの画面の向こう側にいるような感覚。
 手を伸ばせばそこにいるのに、目の前の北斗が言いようもなく遠くに感じて……どうしようもなくもどかしくて、胸が……苦しい。

「北斗……」
「けど、悪い。今は……頑張ってきたお前を祝う気に、どうしてもなれない」
 ぽつりと零し、脱衣室から出て行きかける。その後を追って、羽交い絞めするみたいに抱き付いた。
 北斗が一瞬息を止める。構わずに、力一杯抱き締めた。
「――いい。我慢する」
 肩口に頬を押し付けて、離れて行きそうなその身体を必死に繋ぎ留めた。
「誰よりも北斗に祝って欲しかったけど、…欲しいけど」

 その代わり、背中を見せるなよ。
 後姿は飽きるほど見てきた。
 グラウンドで、マウンドで、躍動する北斗のユニフォーム姿。
 それは俺の知ってる奴とは思えないほど凄くて……眩しくて。
 いつか置いていかれる事を、予感せずにいられない。
 だからせめて今、この家でだけは傍にいて、俺だけの北斗でいて欲しい。
 目を逸らさずに、俺を見て欲しい。

 自分勝手で我侭な願い。
 十分承知しているから口には出せないけど……。
 心に願うだけなら、許されるだろうか。

 北斗は? 
 今、なに考えてる?

 逃げるでもなく、黙って佇む北斗が、途方もなく遠い。
 こんなに近くにいるのに、お前の気持ち、俺にはわからない。
 それが不安で、一層強く、抱き締める腕に力を込めた。

 北斗の硬くなった手の平が、俺の手に重なる。
 上からそっと包まれて、たったそれだけの事なのに、言葉にできないほどの安堵が心を満たしていった。



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