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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第19回 光明 4

              〜 光明 4 〜



 浴室の明かりを点けると、眩しさに目が眩む。
 その明るさにようやく落ち着きを取り戻し、いつもの自分を自覚して、瑞希の傍に戻った。

 バーに直していたタオルを外し、新しいボディーソープの液を染み込ませる。
 空気を含ませながら瑞希の正面に膝立ちでしゃがみ、十分に泡立ったそれを、真っ先に腹部に当てた。

 その間、一言も口を利かない瑞希が、何を思っているのか、すごく気になっていた。
 もしかしたら、後悔……しているのかもしれない。
 それとも、湯を掛けた事を怒っているのか。

 諸々の憶測が浮かんでくるが、さすがに良い方向に向かえそうな要素は少なかった。


「――なあ瑞希」
 身体を洗いながら呼び掛けてみると、
「うん、何?」
 いつもと変わらない調子で返してくる。
 少しほっとして、切り出した。
「もしも……これから先、お前に誰か好きな女(こ)ができて――」

 それが話題になると、以前なら即反発していたのに、「うん」と大人しく相槌を打たれ、瑞希の中で確かに何かが変わったと、感じた。

 瑞希が、俺から離れて行く。
 そう感じただけで、形容しがたいほどの寂寥感が、俺を襲った。

「――セックスする時は、コンドーム忘れるなよ」
 当たり前の一般常識。
 女性を……相手を大切に思うなら、当然の配慮だ。すると、
「それくらいの知識、俺にだってあるよ」
 口にした途端、軽やかに笑われた。

 やっぱり、今までなら「子供扱いするな」と怒るところを余裕でかわす。というか、正面から受け止めている。
 いつの間にか、この手の話にも強くなった。

 言い様のない淋しさを胸に秘めつつ、これなら大丈夫かと、男としてのもう一つの常識を口にした。

「それと、自分の残滓は自分で始末する事」
「『ざんし』って、何?」
 そこは変わらず、即 訊いてくる。
 こんなところは以前のままで、少し安心しつつ、
「これ」
 と、瑞希の腹部を指差した。
「……それも、常識?」
 そう訊かれ、「一般」ではなく、「俺の常識」だと、教えてやる。
 その意味をどう受け取ったのか、瑞希が驚きの声を上げた。
「え!? 北斗、やっぱり経験あったのか」

 ……『やっぱり』ってのは、何だろう?
 俺は経験者だと思われていたのか。
 そうと知り、複雑な笑みが浮かんだ。
 否定する必要はないが、俺が誰とも付き合ってこなかったのは知っていたはずなのに、それでどうして経験があると誤解できるのか、不思議だ。
 もしかして、誰彼構わず、大人の付き合いをしてきたと思われているんだろうか?
 だとしたら非常に心外だが、まあ今更だ。そこは敢えて誤解させておいた方がいい。
 そう結論付けて、話をうやむやに逸らした。

「だから瑞希の身体も、こうやって俺が洗ってる」
 言葉通り、先に洗った背中以外の全てを、泡立ったタオルで丁寧に撫でていく。
「背中ならともかく、前は……かなり恥ずかしいよ」
「だろうな。まあ今回だけ大目に見て。瑞希を巻き込んだお詫び」
 自分の為に瑞希を呼び戻した風を装い、そう告げた。

 頬を微かに染めて、恥ずかしげに俯く瑞希を、もっと…ずっと見ていたい。
 このタオルの代わりに、身体の隅々まで口付けを落としたら、どんな反応を見せるだろう。
 そんな事を考えかけて、我に返る。
 たった今達したばかりなのに、またやばくなるところだった。

 こんな機会ももうないだろうが、もし傷が治るまで付き合って欲しいと言われても、二度とごめんだ。
 ……その前に、瑞希が頼まない、か。
 そう考えて、安堵する自分と、淋しさを拭えない本心に、自分が一番戸惑っている。

 次は、絶対自分を抑えられない。
 それは予感ではなく、確信。
 燃え上がるような、全身を貫く快感を知ってしまったせいだ。

 瑞希が男の性を知ったように、俺にとってもあの感覚は、それと同じほどの衝撃だった。

 
「あのさ、北斗」
 物思いに沈んでいたら、今度は瑞希が遠慮がちに俺を呼んだ。
「ん?」
「その、……」
 話しかけてきたくせに、中々用件を言い出さない。
 まさか、また妙な頼み事、するんじゃないだろうな。そう思い、身構えて先手を打つ。
「……どうした? 傷が疼き出したのか?」
 身体を洗う手を止め覗き込んで、すっかり色の変わってしまった首の包帯にようやく気付いた。
 ……これは、俺のせいだよな。と、少なからず反省していると、「違う」と首を振った瑞希が、視線を俺に向けた。
「今夜の事……だけど、もしかして同情、だったりした?」
 その声音が、どういうわけかこれまでになく辛そうで、面と向かって返事出来なかった。

「――『同情』? …そうなのか?」
 そっくり返してみたものの、『同情』とは違う気がする。
 ただの『同情』なら、あんな真似(こと)までしない。
 だが、そう訊いてくるという事は、俺が自分を満足させる為に瑞希を呼び戻した、という口実は、見破られているのかもしれない。

「わからないから聞いてるんだよ」
 呆れたように言われ、止めていた手を再び動かしながら、ちょっとだけ考えた。

「さあな、俺にもよくわからない。けど、瑞希が大人の身体に興味を持って、知りたくなったなら、最初に教えてやるのは俺でありたい、そう思った。それだけ」

 その相手に、他の誰でもなく俺を選んでくれたなら、どんなに……。
 そんな事を思いかけて、はっとした。
 瑞希は、自分の意思で戻って来た。
 選択を強いたのは俺だが、選んだのは確かに瑞希の意思だった。
 それ以上、何を望むと言うんだ。

「そう。…なら、いい。ありがと北斗。俺、今晩の事一生忘れない。北斗の……優しさも」

 終始優柔不断だった俺を、そんな風に言える瑞希は、俺よりもずっと強く、潔い。

「大袈裟な奴」

 素直な感謝の言葉に、今の俺は不似合いすぎる。
 礼なんか、言う必要はないんだ。

 それを伝える為に、タオルを浴槽の縁に置いて、腰掛けた瑞希に目線を合わせた。

「気にしなくていい。――気持ちよかったよ、俺は」

 口にして、知らず笑みが零れた。

 ……本当に。
 自分でも驚くほど感じて、反応した。
 それも、疑いようのない事実。

 俯いたまま、中々顔を上げようとしない奴の頬を、わざとつついてやる。

「瑞希、顔真っ赤」

 その表情も、態度にも、後悔の翳は見当たらない。
 それにはほっとしつつも、一歩前進した瑞希に、俺の想いは伝えない。




 瑞希の全てを受け入れて、ありのままを愛せる女性は、必ずいる。

 いつか……その女性(ひと)が教えてくれる。


 何も知らない無垢な身体が――

 その女性(ひと)の手によって、彼女の色に染まっていく。


 俺は、それを黙って見守り続ける。

 耐え難い想いを、心の奥底に封印して。


 それは、みーちゃんとの死別を悟った時より、遥かにましな痛みに違いないのだから。


 それでいいんだと、自分自身を納得させながらも、瑞希を過去に変えるのはまだまだ先になりそうだと、高鳴る心音が告げていた。



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