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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第17回 光明 2


               〜 光明 2 〜



「ところで話、戻すけど」
「うん? 何?」
「さっき出て行く時、『男なのに男の身体って今一理解できない』って、言ったよな」

 心に突き刺さった瑞希の本心。
 それは同時に、瑞希に対する俺の気持ちでもあった。

「あれ、俺も一緒だから」
 もちろん、俺が言いたいのは、大人の男の身体についてではない。
 だが、瑞希にとっては意外な一言だったんだろう。先を促すように首を傾げられ、今の正直な気持ちを明かした。
「瑞希の事、よくわかってるつもりだったけど、本当は少しも見えてなかった気がする」
「そんな事」
 と、口を挟みかけた瑞希の言葉に、俺の独り言が重なった。
「いや、違うか。…お前が『みーちゃん』だったとわかった時点で、いつの間にか『吉野瑞希』に、俺の思い描いてた『みーちゃん』のイメージを重ねていたのかもしれない」

 言葉では、上手く伝えられないこの気持ち。
『吉野瑞希』という、初めて会った人間に対して接した半年と、『みーちゃん』だったと知ってから一緒に過ごした十ヶ月余り。
 振り返って比べれば、前者は間違いなく無の状態で、後者は、無意識の内にみーちゃんならこうするだろうという仮定の上で、接してきたのかもしれない。

「はあ? …なんかよくわからないんだけど」
 瑞希の眉間にしわが寄る。
 それもそうだろう。俺自身、『瑞希』と『みーちゃん』の違いを見極められないでいるのだから。
 ただ、あの頃のまま離れ離れにならず季節(とき)を過ごしたなら、きっと怪我した事、俺に一番に報告していた気がする。
 そして――

「ああ、俺もわからなくなってきた。けど、もしお前がみーちゃんとして、ずっと俺の傍で一緒に成長していたら、こんな真似、絶対しなかった」
 それは、ほぼ確信に近い憶測。
 その時、みーちゃんは俺の中で確実に、孔太郎や西沢達と同列になっていた。
 もしかしたら、三人揃って野球浸けの日々を送っていたかもしれない。
「だから、実は今、お前を誘ってみたものの、それがこれから先の瑞希にとっていいのか悪いのか、さっぱりわからないんだ」
 そこのところを、伝えておきたかった。

 問題は俺の気持ちではなく、瑞希の未来。
 何も知らない方がいい時だってある。
 自ら望んだとしても、後で瑞希が後悔するような事になれば、悔やんでも悔み切れない。
 田舎の友達、和彦の一件を思えば、教えてやりたい反面、この後、俺達の間が多少なりと気まずくなるのは明白で、実はそれが一番気がかりだった。

 窓からの淡い明りが、瑞希の横顔をぼんやり照らし出す。
 表情を読み取ろうと至近で見詰める俺の目の前で、その頬から恥じらいが消え、瞳に少なからず落胆の翳りを映した。

「……それ…って、声掛けた事、やっぱり後悔してる、って…こと?」
 そう訊く声が、余りにもしょぼくれていて……お預けを食ったランディーみたいで、そんなつもりじゃないと逆に言い切って、自分で自分に首を捻りたくなった。
 俺自身、こんなに迷っているというのに。
 それなのに、こんなにも優柔不断な俺を信用し切っているんだろう、否定の言葉を聞いた瑞希が、あからさまに安堵の息を吐いたりするから、あれこれ悩むのが急に馬鹿らしく思えてきた。

 本当に、好奇心の塊だ。
 ……いや、何年も蓄積されてきた苦しみが、こんな行動に駆り立たせているのか。
 いずれにしても、煮え切らないのはどうやら俺の方だ。瑞希は完全に腹を括っている。
 その相手が俺でいいなら、もう何も迷う事はない。

「――もし途中で気持ち悪くなったり、嫌だと感じたら、気遣ったりせず出て行けって、言っときたかったんだ」
 万が一にでもそんな事になったら、俺の方がトラウマになりそうだ。
 けど、無理は絶対させられないから、そこのところだけはしっかり釘を刺しておく。
「え? 気分悪くなったりするの? 俺」

 真剣な顔で、不安そうに聞き返すところが、可愛い。なんて口にしたら、きっと即行で小突かれるだろう。

「感じ方は人それぞれだ。けど、お前の事だ。変に意地張ったり我慢したり、そういうのなしだからな」
 そう言ってやると、瑞希もこくんと頷いた。
「――ん、わかった。嫌だと思ったらすぐ出て行く。けど俺、ほんとにここに居ていいの?」
 さすがに遠慮する気持ちも多少はあったのか、念を押す瑞希にちょっと意地悪をしたくなった。
「ああ。その代り、お前にも手伝ってもらうから」
「え? あの、何を?」
 戸惑いも露わに首を傾げる瑞希の、右手首をためらいなく掴んだ。
 導いた先は、今度こそ『息子』のところで。

 実は瑞希以外、触れさせるのはもちろん、風呂以外で誰かに見せた事もない。
 当然、セックスの経験なんか皆無だ。けど、それがどうだって言うんだ。
 朝から晩まで部活漬け、彼女を作る暇もない。そんな男子高生なんか、その辺にごろごろしている。
 そいつらより、半歩ほど踏み出すだけだ。
 それが正しい方向に向かえているかは甚だ疑問であるが、俺の横でドギマギしてる奴を思えば、まあ、踏み外すのもたまにはいいか、と、鷹揚な気分になるから不思議だ。

 川土手での時と同じ、半ば強引に押しつけて、自身を少しだけ高めてやる。
 瑞希には迷惑だろうが、このまま俺が自分で触ってイクなんて、真っ平ごめんだ。
 ましてや、そんな痴態を瑞希に見せるだけなんて、変態とさほど変わらない。
 そこだけは譲れない、俺のささやかなプライドだった。
 とは言え、ついさっき「気分悪くなったら出て行け」と言った手前、様子は気になる。
「どう? 大丈夫か?」
 黙ったままの瑞希に視線を送ると、案の定、頬を朱に染めながらも小さく頷いた。
 その姿は、突然の俺の行動と反応に怯え、ただ驚くばかりだった、一年前の川土手での時とは、明らかに違っていた。
 だけでなく、
「あれ? 何で? さっきと違……」
 実況中継されかけた。
 言いかけた瑞希もさすがにまずいと察したらしく、すぐに口を噤む。
 おろおろと視線を泳がす狼狽振りは面白いが、それをからかうほど悪趣味でもない。
「気にするな。お前が出て行ったら急に淋しくなって、こっちも元気なくなった」
 本当の事を、その場限りの出まかせのようにコーティングして誤魔化す。
 信じる信じないは、瑞希の心一つ。
 例えそれが事実でも、重荷になりたくはない。
 ただ――

「またいい加減な事を……」
 予想通り睨みつけられ、「いいや」と、首を振ってみせた。
「嘘じゃない。だから呼び戻したんだ」

 一度は反応を見せたのに萎えてしまい、また瑞希を必要としている。
 こんな風に扱われるのは、彼の自尊心が許さないだろう。
 そうと知っていてわざと言葉にするのは、精神的負担を少しでも軽くしたいから。
 呼び戻したのは瑞希の為ではなく、俺の勝手な都合だと思ってくれればいい。
 そんな風に考えていた。
 なのに今夜の瑞希は、ことごとく俺の読みの一歩先を行っていた。

「……ほんとに?」
 胡散臭そうに見返されても、目の前で主張している事実が、俺の言葉を容易く信じさせるだろう。
「ああ。その証拠にほら」
 タオルの上からでもそうと分かる昂ぶりに、触らされている本人が気付かないはずがない。
 瑞希の手に感じていると言っていいこの状況にしかし、当人が想定外の反応を見せた。
「あの、さ、北斗、これって、その……直に触ったら駄目?」
「は!? ………」
 言い難そうに口篭りながら頼まれ、文字通り言葉を失くした。
 戸惑いと焦りがないまぜになり、複雑な心境……には違いない。が、相手が好きな奴なら、どんな顔をして言っているのか見てみたい、という興味も普通に沸いてくるだろう。
 そう思い、自分の願望を忠実に実行して――

 薄闇の中でも伝わる、眼差しに込められた真剣な想いを、見た。

 それは、俺にとって衝撃だった。
 直に触れたいと言う瑞希が、どんな気持ちでそれを口にしたのか、わかったから。

 快楽を得るためだけに性交に耽る人間の方が圧倒的に多いというのに、その瞳には、『好奇心』という安易な言葉では片付けられない、もっと神聖で不可侵な感情が、はっきりと映し出されていた。
 おそらく、本当の大人になれば大部分の人間が忘れてしまう、大切なもの。

 瑞希に直接触られたりしたら、きっと平静でいられなくなる。
 そんな事を望んでいるわけじゃないと思い知らされた今、余計に切なくて。
 それでも、瑞希のこの瞳を一度でも見れば、拒絶などできない。

「……いいけど、無理するなよ」

 そう答えた俺は、間違っているのかもしれない。
 手探り状態の闇の中で、あれこれ思い悩む俺に、静謐(せいひつ)な声が届いた。

「無理なんかしてない。ただ、知りたいだけ」

 微塵の迷いもなく言われ、瑞希に顔を向けた。

『光明』とは、こういう気分の時にも言うのか。

 こんな風に、こっちがたじろぐほど一途に、真っ直ぐ向かってくるから、俺も覚悟を決めたんだ。

 瑞希の肩に腕を回し、ぎゅっと強く抱き締めた。

 たとえ瑞希の望んでいるのが、俺に快楽を与える事でなくても。
 ……化学反応を見る為の実験みたいな気分(もの)でも。
 俺は瑞希になら、自分の全てを曝け出せる。

 そう、確信した瞬間だった。




「瑞希が知りたいなら、いいよ」

 自分以外の誰にも、触らせる気はなかった。
 それが女性でも、想像した事はないし、両親の事もあって受け付けないような気がしていた。
 まして男なんか、有り得ない。
 そう思っていたのに。

 耳元に低く囁いて、掴んでいた手首を離し、自由にしてやる。
 少しは躊躇するかと思ったのに、そんな素振りも見せず、瑞希が右手をタオルの下に滑り込ませた。
 意外な一面に、本質はれっきとした男なんだと感心する間もなく、指先が微かに直に触れ、たったそれだけで、痺れるような甘美な快感が、背筋を走り抜けた。
 初めて知る他人の指の感触に、身体中が歓喜に震え、堪える間もなく声が零れた。


 ……やばい。

 何だ、これ。

 気持ちよすぎる。


 抑えようとしても、自分の息遣いがすでにいつもの行為の比じゃない。
 こんな自分、これまで体験した事もない。

 抗いようもなく、あっけなく変化していく俺を煽るように、瑞希がもっと大胆に、再び主張を始めた自身を、手の平にしっかりと包み込んだ。
「瑞希!」
 堪らず制止を掛けて、タオルの上から瑞希の手を押さえた。
 これ以上積極的に触られたら、即イってしまいそうだ。
「あっ、ごめん、痛かった?」
 俺をそんな目に遭わせている張本人は、遮った意味が全然わかってないらしく、嫌がって止めさせたと、勘違いした。
「大……丈夫。痛いんじゃなくて、そんな大胆に触られたら……感じすぎて…やばい」
 心配そうに俺を覗き込む瑞希に、どうにか言い訳しようとしたが、隠し切れず荒くなった息が、感じている事を何よりも雄弁に語っていて、そんな自分を見られていると思うだけで、一層熱が引き上げられる。
 なのに、俺以上に頬を染めた瑞希が、
「…俺も、なんか北斗の触ってると……気持ちいい」
 などと臆面もなく口にするから、身体中の力が抜けてしまいそうになった。

「も、…なんでそういう事言うかな」

 一瞬息を止め、…泣きたくなる。

 必死に堪え、詰めていた息を大きく吐いて、瑞希の頭に額をコツンと当てた。
 俺に触れて、「気持ちいい」だなんて、反則もいいところだ。

 瑞希の危険すぎる指を封じたまま詰れば、
「だって、本当の事だよ。すごく――」
 真剣に訴えかけられて、堪らずその口を塞いだ。
 押さえつけていた瑞希の右手が自由になる。
 それでも、これ以上その口から何か言われたら、俺がもたない。

 それでなくても、俺には全てが夢のようで……いや、何度も夢見てきた以上で。
 幸せすぎて恐くなる。
 先のない未来が見えるから、今このひと時が愛しくて……胸の奥が堪らなく熱くなる。
 こんな自分は見せたくないのに、洗いざらい曝け出してもいいと思えてしまう、思考回路がわからない。

 分析不可能なこの気持ちを汲み取ったかのように、瑞希が自由になった手で腰に巻いていたタオルの結び目に、指を掛けた。

 俺の引いた境界線が――瑞希の手によってあっさり解かれる。

 浴槽の縁に落ちたタオルを、拾う事もできない。
 隠しようもない素の自分が、あの涼しげな眼差しに映されていると思うだけで、外気に触れ萎えるよりも、益々煽られる。
 予想もしなかった大胆な行動に動けずいると、薄明かりの中、瑞希が俺の目を捉えた。

「見たい。見せて、北斗の全部」
 
 いつもと同じ、凛とした声音は、迷いも戸惑いもない、純粋な願望。
 言葉もなく見返して、その強さに、改めて気付かされる。

 ……ああ、そうだ。このしなやかな強さに、惹かれたんだ。

 そう意識した刹那、俺の左手が、瑞希の右手に重なった。


「感じて瑞希、一緒に。これが俺だよ」
 


 瑞希に、伝えたい。

 俺という人間を。

 言葉にはできなくとも、俺の心は瑞希のものだ。

 瑞希一人の。



 もう、何も思い悩む事はない。迷う事も。

 一度だけの行為で、これほど満たされた気持ちになるとは思いもしなかったけど、目の前で、俺の動きに合わせ、頬を紅潮させている瑞希を、たまらなく愛しく思う。
 
 その頬に口付けたい衝動も、貪るように味わいたい唇も、この行為の下に全て隠して、蓋をする。


 そして――限界を感じ、寄り添っていた瑞希の身体を離すべく、距離を取った。
 つもりが、
「北斗っ、いやだッ」
 急に大声で叫ばれて、ぎゅっと強く抱き締められた。

 何が起きたのか、理解できなかった。

 聞き違えようのない、拒絶の言葉。
 なのに突きとばす事はおろか、殴りもしない。
 素肌の触れ合う感触が直に伝わり、ほんのり色付いたきめ細かな白い肌が吸い付くように重なって、たったそれだけで一気に高みに連れて行かれた。

「ばっ……離せ瑞希、汚れるッ!」

 言いながら瑞希の身体を強引に引き離した時には、もう……手遅れの状態になっていた。




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