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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第14回 それぞれの事情 1

           〜 それぞれの事情 1 〜



「北斗、熱い」
 
 背中に張り付いたままボソッと呟かれ、重ねていた手を離し溜息を吐いた。
「お前がしがみ付くからだろ」
 冬ならともかく、この時期にこれだけ密着したら暑いに決まってる。まして好きな奴に力一杯締め付けられれば、ない熱だって上昇するだろう。
 戒めを解き、心配そうな眼差しを向ける瑞希は、俺が熱中症になりかけたのを知っていたようだが、言い合いの直後にも係わらず、これほど至近から覗き込める精神構造は、やはり理解できない。
 それ以上に、今の瑞希に俺の身体の心配なんかされたくなくて、夕飯の事を訊かれたのを幸い、話を逸らせるつもりで、「お前は?」と返してやった。
 ところが、その返事は想像の域を超えていて、実はかなり驚いた。
 ただ、言い難そうにしながらも、俺の母親と一緒だったと明かした様子から、お袋達との食事を楽しんできたのは明白で、内心胸を撫で下ろした。

「瑞希君の母親役なんて、ちょっと図々しかったかしら」
 とは、二ヵ月前、『オアシス』での祝勝会の帰り際、お袋が俺にこっそり洩らした本音だ。
 幼い頃の瑞希を知っているからか、容姿には怯まなかったお袋も、県大会で個人優勝するほどの剣道の実力には、戸惑いを隠せなかったようだ。

 あの時は何と返事していいものか迷い、結局苦笑いで誤魔化したが、瑞希にはそんな気兼ねや遠慮など、全く必要ないものだった。
 怪我した事をお袋に伝えるなんて、俺にはとてもできない。
 中一の時の接触事故で、看護師である母親の職権乱用を目の当たりにして、もう二度と親の勤めている病院には行かない……行って堪るかと、心に誓った。
 だから、少々怪我をしても、お袋にはひたすら隠し通した。
 本人ならまだしも、息子の怪我―それもたかが捻挫と切り傷―で、入院までさせた人だ。瑞希も相当弱ったに違いない。
 それでも、あいつは必死にお袋の肩を持った。

「おばさんまで巻き込んで心配掛けたのは悪かったけど、すごく楽しかったよ? 途中で仁科さんも来てくれたし、それに――」
 一生懸命言い訳する瑞希が何だか健気で、本当に百合おばさんと同等に思っていると知り、それが妙に照れ臭く、そして嬉しかった。
 だが、お袋を相手にするには、瑞希には親子関係の経験値が足りなすぎる。きっと病院では言いなりになっていたんだろう。そしてお袋は、口ごたえもしない瑞希をいい様に振り回したに違いない。
 そう決め付けて、少しだけ同情した。
 ……まあ、診察自体はあの病院の方が信用できるが。
 そこだけはちょっと思い直し、総合病院でよかったと、正直な気持ちを添えてやった。

 その一言で、安心したように笑顔を見せた瑞希だが、俺の体調を気遣ってか、やたら早く休ませようとするから、意地でも寝たくなくなった。
 気まずい再会ではあったけど、やはりこんな風に顔を見て、直接話が出来れば嬉しい。
 瑞希は?
 どうだろう。
 今は、同じようには思ってくれない、か。
 あんなに当り散らしてしまったんだ、自業自得と言うしかないが。
 それでも久しぶりに会えたんだ。今までずっと寝ていたし、瑞希との言い合いで感情が活性化しまくったせいか、落ち着いて眠れるような精神状態でもなくなっていた。

 あれこれ心配して口を出す瑞希に、「疲れてたんだ」とだけ答え、お互い様だろ? と目で問えば、
「ランディーの散歩はできても?」
 と、思い切り的外れな事を真剣に聞いてくる。
 瑞希とのアイコンタクトは永遠に取れそうにないな、などとくだらない事を思いつつ、瑞希が戻って来た時の自分の状況を説明してやった。それと共に、あの出会い頭での怯え切った顔が脳裏に蘇る。
 そこでようやく、『可笑しい』という感情が生まれた。
 瑞希の怪我を知らされてから、笑う事を忘れていた俺は、おかげでまた一つ、いつもの自分を取り戻せた。
 なのに、笑みを漏らした途端、「うるさい!」と、怒られてしまった。 
「お前はさっさと二階に上がって寝てろ!」
 何が気に障ったのか、どうあっても俺と居たくないらしい。
 それならそれで構わない。諍いの理由には納得できずとも、「我慢する」と、譲歩してくれた瑞希の為に、風呂上りに何か冷たい飲み物でも用意しといてやろう、そう思いついた。が、わざわざ口にするほど野暮じゃない。
 それに、二階での様子を話していて、クーラーなしで寝ていたのも思い出し、それを口実にする事にした。
「いや、汗かいたし、俺も寝るより風呂入ってさっぱりしたい気分だ」
 浴室に目を向け、瑞希の寝ろ寝ろ攻撃をさりげなくかわす。これで、風呂が空くのを待つ間、俺の行動は自由だ。着替えを取りに二階に上がろうが、ダイニングで待とうが、あれこれ詮索される事はないだろう。
 実際、読みは完璧だった。
 なのに、その一言に瑞希がちゃっかり乗っかった。
「あ、なら一緒に入る?」
「は?」
 言葉は耳に入っても、その意味を理解するのに数秒要した。
 そして――
 何度忠告しても懲りない奴に、呆れた気分で一瞥を投げた。 
 すると、俺の言わんとする事が、珍しく瑞希に伝わった。
「なに、その目。また子供っぽいとか言いたいんだろ」
 敏感に反応され、
「よくわかってるじゃないか」
 とか何とか適当に返しながら、脳細胞を総動員して断る口実を考えていると、思いがけない方向性でもってゴリ押ししてきた。
「違うって! ほら、俺 怪我してるだろ?」
 真顔で言いながら、襟元からのぞく包帯を指で示され、言いたい事を瞬時に理解した。と同時に、いつもはあまり出番のない表情筋が、忙しなく動き始めた。

 瑞希は、間違いなく吉野のおじいさんの直系の孫だ。
 頼み事の持ち掛け方がそっくりなのは、血筋としか言いようがない。
 俺をこれほど困らせるのも、承諾せざるを得ないよう仕向けるのも、吉野の血がそうさせるのか?
 いつもいつも、性欲には淡白な方だという自己分析を、試すような頼み事ばかりする。
 俺をここまで翻弄し慌てさせるのは、後にも先にもこの一家しかないんじゃないだろうか。
 それが――承諾した後の結果が、自分にとって決して嫌なものではないから……それどころか、おくびにも出せない『願望』だったりするから、尚更厄介なんだ。

 あの時もそうだった。
 吉野のおじいさんとはほんの数回顔を合わせただけなのに、「ここで、瑞希と一緒に暮らしてくれんか」と、頼まれた。これ以上ないほどの真剣な眼差しでもって。
 そう言えば、あの時も暫し固まっていた気がする。
 忘れもしない、これまで生きてきた中で、間違いなく最高に幸せだと感じた、あの日。
 締め括りに落とされた爆弾発言の威力は、それはとても凄まじいものだった。
 おかげで俺は今もその威力に抗いながら、問題が勃発する度、その処理に頭を悩ませている。
 こんな風に、自分の本心と戦いながら。


「背中とか洗ってくれたら包帯濡れなくて済むし、傷にも障らないだろ。だから助かるなって」
 はっきり口にされ、よろけるように入り口の壁にもたれ掛かった。
「やっぱりか」
 心で思った事が口を突いて出たのに、「うん」と頷いた瑞希は、俺の胸中なんか気付きもしないんだろう。
 ホテルのバスタブが思いがけず狭かった事を引き合いに出し、
「あれに比べたらここなら二人で入っても十分広いし」
 などと、にこやかに言う。
「あのな、風呂の広さはこの際関係ないんだよ」
 無駄だと知りつつ一応反発して見せて、それでも盛大な溜息が零れたのは仕方ないと思う。
 ただ、ホテルの風呂では一人四苦八苦していたと明かされ、千藤先生には頼まなかったと察すれば、やはり嬉しさは隠せない。
「確かに背中は洗い辛いか」
 独り言のように呟いて、期待に満ち満ちた瞳を向ける瑞希を見遣れば――
 お預け状態で待っている奴が、その呟きを聞き逃すわけもなく、
「そうと決まれば着替え取ってくる」
 満面の笑みで決め付けられた。「北斗のも持ってくるから、お湯頼む。そろそろ一杯になってるはずだから」
 浴室を指差し、口早に告げて俺の横をすり抜けて行く。その反応の素早さに唖然としつつ、
「俺に拒否権はないのか!」
 と、後姿に喚いてみたが、それも後の祭りだった。

 複雑な想いはあるものの、これ以上あいつを落胆させることなどできず、ささやか過ぎるその願いを聞いてやろうと、渋々ながら腹を決めた。
 


 浴室に入ると、蛇口からの水量が妙に少なくしてある。
 それでも普段より大目に溜まっているのを見て湯を止め、さっさと服を脱いだ。
 瑞希が下りてくるまでに洗髪だけでも済ませておこうと思ったからだ。
 傍で洗えば、飛沫(しぶき)が包帯にかかるかもしれない。この暑い夏場、傷口からばい菌でも入ったりしたら、それこそ大事になりかねない。
 そう思い、急いで浴室に入り、シャワーの取っ手をフックから外しかけて、等身大の鏡に映る自分に、ふと目がいった。

(―――大丈夫か? 俺)

 ……わかるわけない、か。
 だが、思わず自問自答したくなるくらいには、動揺していた。
 
 瑞希と一緒に風呂に入ったのは、田舎の温泉。
 あれ以来、何度か行きはしたが、吉野の家の風呂に二人で入るのは初めてで、胸の動悸が治まらない。
 それでも、と一縷の望みに賭けた。
 体力を消耗している今なら、どうにか乗り切れる気がする。実際、瑞希に抱きつかれても平気だったし。
 シャワーの湯を頭から被りながらそんな事を考えて、思わず一人赤面した。
 …ったく、何で俺が一々そこまで気を回さなければならないんだ。
 思えば思うほど馬鹿馬鹿しくなってくる。
 辺り一面にシャンプーの泡が飛び散るのも構わず、短髪をガシガシ洗いながら、いつまで経っても慣れないどころか、振り回されている自分を自覚していた。


 吉野が『みーちゃん』だとわかった時点で、生きていた事はもとより、誰にもない繋がりがあったのが嬉しかった。
 反面、何も知らない他人を知っていく面白みや、新鮮さはなくなってしまったと思い、少し落胆した自分が恥ずかしい。
 みーちゃんと繋がった後も、あいつは変わらず俺を……俺の心を揺さぶり続けている。
『何をしでかすかわからない、予測不可能な奴』という印象は、二年目の付き合いになる今でも、十分すぎるほど健在だった。


「おーい北斗、お前の着替え、Tシャツと短パンでいいだろ」
 ドア越しに声を掛けられ、もう下りて来たのかと、心臓が跳ねた。
「ああ、サンキュ。先に頭洗ってるぞ、しぶき飛ぶから」
 自分の素直な反応に呆れつつも、平静を装い返事を返し、髪をすすぎかけて、浴室の床に散った泡に気付いた。
 あいつの事だ、この泡に足を滑らせて転倒……なんてオチがないとも言い切れない。
 そう思い、瑞希が替えのボディーソープを出している間に、床の隅々、果ては壁に点在する泡まで綺麗に消していった。

「お待たせ〜、って北斗、益々日に焼けたんじゃないか?」
 壁も床も元通りになり、再び自分の頭をすすぎ始めたところで、背後から声が掛かった。
「なんか…ウエルダン? 美味しそう」
 すっかり日に焼けた俺の素肌を下手な冗句でからかうが、真夏のきつい日差しに毎日身を晒していれば、誰でもこのくらいの色にはなる。
「海水浴ならともかく、そんなに焼けるわけないだろ」
 適当にあしらいながら、浴室に入ってきた瑞希が濡れないようにシャワーを止めて、後ろを振り向いた。 
「そういうお前 ワッ!」
 話しかけた声が叫び声に変わるのに、時間は必要なかった。
 すぐ目の前に、自身の身体を隠しもしない、生まれたままの姿があった。
「助詞デカッ」
 クスクス笑ってボトルを差し出されても、受け取る事なんか出来るかっ。
「いつの間に服脱いだッ!?」
 顔を背けて叫んだら、「はあ?」と変な声を出す。
「今に決まってるだろ」
 平然と答え、入り口のドアを閉めて俺の目の前にボトルを置いた。 
「夏服なんか二十秒もあれば脱げるよ」
 自慢げに言いながら後ろにまわり、浴槽に手を入れて温度を確かめる。が、湯加減よりも気にして欲しいモノがあるぞ!
 背後で鼻歌混じりに湯をかき混ぜる瑞希に、絞り出すように告げ……いや、懇願した。
「――頼む、前くらい隠せ」
 と。
 それなのに、瑞希の大胆な格好の原因が、数日前の俺自身にあったと知り、一糸纏わぬ姿で浴室から脱衣室に出た、あの日の行動を激しく後悔した。
 瑞希を遠ざける為に蒔いた種が、こんな形で発芽するとは。
 だが、その芽を育てさせるわけにはいかない。
 早々に引き抜いておかないと、その内とんでもない実が付きかねない。そう思い、はっきりと言い切った。
「あの時は、瑞希しかいなかったからだ。俺は他の奴の前で裸を晒したりしない」
「え、ほんとに? 合宿中や甲子園の宿舎でも?」
「当たり前だ。そんなの常識だろうが」
 驚きもあらわに訊き返され、『お前は、俺をどんな人間だと思ってるんだ』と、言いたくなる。
 出の悪くなったボディーソープの頭を身代わりにバシバシ叩いて、情けない気分をどうにかやり過した。
「ったく、人を露出狂扱いしやがって」
 力任せに洗剤を泡立てながら、出てくる泡のごとくぶつぶつ言ってると、
「へえ、そうなんだ。なら俺も他の奴の前では止めとく」
 後ろから、俺の危惧を肯定するような、危険な台詞が飛び出した。
「……是非そうしてくれ」
 力なく頷いた俺だったが、その後で瑞希が告げた本心に、キリッと胸が痛んだ。

「なんてね、冗談だよ。俺だって自宅(ここ)以外では絶対無理。北斗もよく知ってるだろ」

 さらりと言われ、それまでのやり取りが精一杯の虚勢だった事に、やっと気付いた。

「――ああ、そうだったな」

 答える口元が、歪む。

 紛らわしい冗談なんか言うな、馬鹿。
 お前のその手の冗句は、一々胸に響いて痛い。
 口にするお前は、もっと辛く、苦しい想いをしてるっていうのに、笑い飛ばしてやる事もできないだろ。

 そんな事を考えていたら、後ろから腕が伸びてきた。
「それよりさ、それ貸して」
 その声で我に返ったものの、何を言ったのか瞬時に理解できなかった。
「背中、これからだろ? 俺も洗ってやる」
 こちらの戸惑いを察したのか、念押しするように言われ、事態を飲み込めはしたが、頷くなんて有り得ない。
 そう思いつつ素気無く拒否すれば、いつもの如く家訓を持ち出される始末。
 挙句の果てに「早く貸せ」と、実力行使で奪い取ろうとするから、イスごと非難する羽目になった。
 頑として譲りそうにない瑞希を前に、俺の方が折れるしかなくなる。

 こっちの忍耐力をわざと試しているんじゃないだろうか、と疑いたくなるような申し出に、一緒に風呂に入る事を承諾した己の甘さを悔いながらも、本音では、邪な事など微塵も思っていない、瑞希の純粋な好意が嬉しく――

 それと同じ分だけ、苦しかった。



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