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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第12回 悪夢の再現 1
    

          〜 悪夢の再現 1 〜



 
 ―――吉野一家の交通事故。


 その現実を受け入れるには、四才の俺は幼すぎて、病室の光景の意味の半分も飲み込めないまま、変わり果てた姿でベッドに横たわる友達を前に、ただ立ち竦んでいた。

 手を引かれ、半ば強引に傍に連れて行かれても、それがあの元気一杯で明るく笑うみーちゃんとは到底思えなかった。
 それなのに、母さんの「おじいさんの田舎に行く」という言葉と、「さよならしましょう」という言葉だけは、理解可能な言葉(もの)として、異様に鮮明に頭の中に入ってきた。

 別れの予感はあまりに突然で、なのに明日からの淋しさをいとも容易く心の中に植え付けた。

「いつ帰る?」

 そう聞いたのは、元気になれば戻ってくると信じて疑わなかったから。
 答える代わりに頭を振られ、「じゃあ」と、続けた。
「僕も一緒に行く!」

 それは、すごくいい事に思えた。

 口数も少なく笑い声もない自分の家より、みーちゃんと一緒にいる方が何倍も楽しい。みーちゃんの目が覚めたら、また二人でいっぱい遊べる。
 そう思い、期待を込めて見上げた先に、これまで見せたことのない母さんの、哀しみを湛えた双眸が……今にも零れ落ちそうな涙が、あった。
 それを見ただけで、今の言葉を消したくなった。
 自分の思い付きで母を悲しませた、その事への後悔と、疑いようもないみーちゃんとの別れ。
 自分にとってかけがえのない二人の存在が、形のない刃となって襲い掛かる。
 思い通りにはいかない現実を突きつけられ、息が出来ないほど苦しくなって……
 おじいさんに声を掛けられるまで、成す術もなく泣き続けていた。

『嫌だ!』と、『連れて行かないで』と、なりふり構わず縋りつけなかった。
 本心を隠したのは自分。
 あの時、もっと素直に気持ちをぶつけていたら。
 物分りのいい子供になったりしなければ、大切なものを失わずに済んだのか?

 今更自問自答してみても、答えなど出るはずもない。

 ただ一つ、思い知らされた事がある。
 瑞希の内にある苦しみを、俺は……永遠にわかってやれない。






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 あまりの夢見の悪さにうなされ、そんな自分の呻き声でガバッと起きた。
 久しぶりに見た、幼い頃の夢。
 事故の後のみーちゃんとの対面が、もっと生々しい傷跡になり再現されていた。
 原因はわかっている。俺の隣で安らかに眠る、こいつのせいだ。

 ちらっと目を遣って、瑞希が起きてないことにほっとしつつ、寝汗でじっとりと湿っているTシャツの首元を引っ張った。
 そのまま脱いで、タオル代わりに上半身の汗を拭いていく。
 新しいシャツに着替えるついでに水を飲もうとベッドを出かけ、薄闇の中、白く浮かぶ包帯に目が行った。
 そっと指を伸ばし、酷く傷付けられた首筋の辺りに触れてみる。と、瑞希が小さく身じろいだ。
 はっとして、それでも添えた手を離せない。
 息を詰めて様子を窺えば、規則正しく聞こえる寝息に起きた気配は感じられない。
 しばらくしてゆっくりと手を離し、穏やかな寝顔を見詰めながら、それにしても……と、一人想いに沈んでいった。


 こんな深い傷を負うなど、誰が想像しただろう。
 しかも本人には、事の重大さがまるでわかってない。
 瑞希は女じゃない、こんな怪我くらいで騒ぐ方がおかしいのかもしれない。
 それでも、この容姿と、普通でない生い立ちを考えれば、瑞希をよく知る田舎の人達の悲しみは、容易に想像できる。
 その身体は瑞希のものであって、彼一人のものじゃない。
 吉野のおじいさん、おばあさんにとっては、自分達の命よりも気がかりな存在。
 両親がいない分、もっと大切にしなければならないのに……。

 怪我の事を教えてくれなかった腹立たしさはあるものの、俺自身、先日のスランプを瑞希に明かさなかった事を思えば、心情は十分理解できるし、それを責める立場でない事も承知している。
 ただ、この怪我を知った時の吉野家の人達の悲しみ、それに孝史や他の同級生の憤りを想像すれば、暗い溜息が洩れるのも仕方なかった。


「……瑞希の馬鹿」
 心で呟いたはずの声が零れる。
「……なんで――」
 溢れる想いを吐露しかけ、口の中に押し留めた。

『なんでこんなに、自分を傷付けてまで立ち向かって行くんだ』
 と。
『どうして周りの人間の気持ちを考えないんだ』
 と、言いたいことは山ほどある。
 何より、
『なんで、自分を傷付けた相手を庇うんだ』
 それが、一番堪えた。

 対戦相手の事情など、知りたくなかった。
 俺や瑞希同様、誰にだってそれなりの生い立ちやしがらみはある。なら、どこにでもいる普通の高校生がよかった。
 別にどこかで会ったりするわけじゃない。相手の事など考える必要もなく、思う存分憎めたのに。

 そう、『憎悪』だ。
 俺の、何よりも守りたい者を傷付けた。
 許せるわけがない。

 行き場のなくなってしまった憤りを、一体どこにぶつければいいのか。
 相馬の父親?
 そんなの、無理に決まってる。
 そこまで理詰めで突き詰めて落ち着ける程、単純なものじゃない。
 かと言って相馬自身を憎む事も、もうできそうにない。怪我を負った本人が封じてしまった。
 だから行き場の無くなった負の感情が、俺の中でいつまでもくすぶり続けているんだ。




 
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 初戦敗退という不甲斐ない成績で宿舎に着いた俺達は、世話になっている旅館のおじさん、おばさん、果ては従業員にまで熱烈な出迎えをされ、出発前と雲泥の差の歓迎振りに、戸惑いつつも挨拶を返した。
 駿が打球を受けた時点で、先の見えた試合だった。
 思いがけず延長までもつれ込んだのは、三年の意地と、一年のレギュラー二人が、駿の抜けた穴を埋めようと頑張った結果だ。
 おかげでチームは、これまでの試合でも経験した事ないほどまとまりを見せていた。
 最後まで士気が高かったのも、延長戦前の結城キャプテンの鼓舞があればこそ、だろう。
 まさしく『大健闘』と言っても過言ではないというのが、選手全員の素直な気持ちだと思う。

 見事に当たって砕けた西城高校野球部だったが、案外明るい雰囲気の中、ただ一人冴えない奴がいた。他でもないこの俺だ。

 帰りのバスでうとうとしたせいか、関に起こされた俺は、それから酷い頭痛に襲われた。
 ズキズキと疼く頭でどうにか会食は済ませたものの、それ以上付き合うことができず、早々に部屋に引き上げた。
 取り敢えず瑞希にだけはメールを送り、旅館の敷布団に倒れ込むと、暗い闇に引きずり込まれるように、身じろぎもできないほどの深い眠りについた。

 途中、誰かに声を掛けられた気もする。
 水分を取るよう言われ、無理矢理身体を起こされて何か飲まされた気も。
 けど、抱えたのが誰だったのか、どうしてそんな事をされたのかすら、同室の者に教えてもらうまで全然知らなかった。
 自分がかなりやばい状態になっていた事も。

 軽度の熱中症だった俺は、夕べ疲労が先に出て、満足な水分も取らず、当然薬も飲まずに寝入ってしまった。
 その為、夜半を過ぎて急激に熱が上がり、うなされていた、らしい。

 朝になって目覚めた時、心身とも幾分か楽になっていて、服も着替えさせられていて、夜中、熱を出していたと遅ればせながら知った。

 当然、帰りのバスも危ぶまれたのを、一人だけ残されては堪らないと、極力平静を装い、どうにか一緒に帰路についたわけだが、そのバスの中で、西城の市民が大勢学校に出迎えに来ていると知り、結城キャプテンと小野寺会長が急遽一計を案じた。
 それが、前夜熱を出した俺と、怪我した駿を先に病院へ行かせる、というものだった。

 瑞希との再会は遅くなるが、余計な混乱を防ぐ為にも、その策は非常に有効に思えた。
 元々駿の病院行きは決まっていたし、西城に不慣れな彼を初めての病院にたった一人で向かわせるわけにも行かない。何といっても西城の市民にとって、駿は今や『時の人』だ。
 そんなわけで護衛を兼ねて俺も一緒に、という事で、話はあっさり落ち着いた。
 慰労会を欠席した言い訳も、駿の付き添いをしていたと言えば、瑞希は十分納得してくれるだろう。そんな安易な気持ちで引き受けた。

 まさかその瑞希が、一生消えないほど深く、酷い傷を負っていたとは。
 その上、全国大会個人戦準優勝という、西城高校始まって以来の好成績を収めた立場上、病院よりも帰校を、つまりは慰労会を優先せざるを得ない状況だった事も、これっぽっちも考え及ばなかった。

 瑞希が怪我の痛みをおして、祝勝会の主役としての責任を果たしている間、俺は病院の個室のベッドに寝転んで、点滴の管に繋がれていた。 
 呑気にも、規則正しく落ちていく雫を眺めている内、また睡魔に襲われ、いつの間にか眠りこけていたんだ。

 帰校してすぐ、慰労会での一部始終を聞き、俺達と入れ違いに病院に向かった事を知らされて、『冷水を浴びた気分』というのをまざまざと体感した。
 それまでの自分が許せなくて、久々に顔を合わせた瑞希にまで酷く当たってしまった。

 ただ会いたくて……それ以上に心配でたまらなくて、隙を見つけては携帯に電話しても一向に繋がらず、その都度、即 連絡するようメールを送った。
 なのに、待てど暮らせど電話はおろか返信すらなく、待ち焦がれた分、不安だけが蓄積されていった結果、だった。


 部室での反省会もそこそこ、急いで帰宅してみても帰ってきた形跡はなく、気を紛らわせようとランディーを散歩に連れて出れば、自分が貧血を起こす始末。
 激しい眩暈に襲われて、土手まで行けず早々に引き返す羽目になった。
 さすがに体調不良を自覚し、部屋に戻ってベッドに座ると、一気に疲労感が押し寄せてきた。
 瑞希の事が気になるのに、思い通りに動けなくて――携帯をベッドサイドに置いた後、記憶はぷっつりと途切れてしまった。


 深く混沌とした眠りの中、ランディーの鳴き声が聞こえた気がして、どうにか意識を現実へと向けた。
 静かな部屋は蒸し暑く、エアコンも付けずに寝ていたと知った。
 着ているシャツが、しっとりと湿り気を帯びていて気持ち悪い。そのせいか一層倦怠感の残る身体を動かせずにいると、階下で物音がした。
 瑞希が帰ってきていると察したもののどうすることもできず、徐々に意識が覚醒するのを待ち、やっとの事で起き上がった。
 いつの間にか暗くなった室内を手探りで歩き、覚束ない足取りでドアを開けると、浴室から水音が聞こえた。
 瑞希が点けたんだろう、一階の廊下の明りが二階への階段の壁を照らし、それを頼りに階下へ下りて、浴室の前で足を止めた。

 その後の、久しぶりの再会が、あんなに気まずいものになるとは思いもせずに。





          ・          ・          ・
   




 ふっと息を吐き出して、瑞希の額にかかった前髪を静かに払ってやった。

 エアコンの程よく効いた部屋は相変わらず快適で、六月初旬の頃の寝苦しさは全く感じない。
 それは瑞希の、俺を気遣う気持ちの顕れ。
 そして――
 俺達が西宮に発った数日後、後を追うように広島に行った瑞希から、その提案を撤回するという内容の電話。

『もう一緒に寝ようなんて言わない――』

 あいつしかやらかさないだろう誤解に受け、盛大に笑い飛ばしたが、あれも確かに瑞希の優しさだった。


 あの日以来、直接話す機会すらなかったというのに、ようやく果たした再会が、あれか。

 思い出した途端、居たたまれなくなり、逃げ出したい衝動に駆られる。
 身体中の血液が顔に集中したんじゃないかと思うほど激しい羞恥に襲われ、出かけたベッドに再び倒れ込んだ。



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