小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第11回 夢現
     

          〜 夢現(ゆめうつつ)〜


 
 ―――泣き声が……

 誰かの、すすり泣く声が聞こえる。

 切なくて、哀しくて、俺まで辛くなってくる。

 そんな風に泣く人を、俺は知らない。



「大丈夫だ」と、何がそんなに哀しいのかと、問いたいのに、声を発する事ができない。




 ――ああ、俺、夢を見てるんだ。

 なら、この押し寄せる悲しみも、泣き声と同化する胸の痛みも、全部夢、なのか。



 目を閉じたまま、そんな事を考えてみた。



 この意識は、覚醒している。

 それでも目が開かないのは、痛み止めに入っている睡眠導入剤のせい?


 夢と現(うつつ)をたゆたいながら、今の状況をぼんやり考えていて――

 再び意識を失くしそうになった俺は、首の傷に触れられ、ピクッと、小さく身じろいだ。


『―――誰?』

 とは、聞く必要もない。

 この部屋にいるのは、俺と、もう一人だけ。

 傷跡を覆う包帯の上に、じんわりと人肌の温もりを感じる。

 先に寝付いたはずなのに、俺の隣で上半身を起こしているのは、この部屋の主。


 気配を感じて呼びかけようとしたものの、やっぱり声は出ない。

 傷の上に添わされていた手が、ゆっくりと離れていく。

 何をしていたのか、わからない。

 だけど俺も、動く事ができないでいた。



 しばらくの間 無言でいた彼が、細く息を吐いた。

「……瑞希の馬鹿」

 何? 

 今、聞き捨てならない言葉を聴いた。

「……なんで――」



 言いかけて、黙ってしまったその続きを、ひたすら待った。

『なんで』

 何を、言おうとした?


 続きが聞きたいのに、眠気がそれを凌駕する。



 遠退きそうな意識の中、完全に口を閉ざしてしまった彼の、上から見つめる視線だけ、妙にはっきり感じていた。



 朝になれば、多分これも夢の中の出来事として……

 いいや、全部忘れ去っているだろう。

 だから、今訊かないと。



 焦る気持ちとは裏腹に、瞼は開く気配も見せず、ひたすら睡魔と格闘していた。





 あの泣き声を、聞いたことがある。

 遠い昔――

 最近ではもうほとんど見なくなっていた、事故の後の記憶。

 眠る俺の傍らでしゃくりあげていた、幼い泣き声は、聞いている者まで胸が苦しくなるような、どこまでも純粋な悲しみだった。



 泣いていたのは……北斗?

 お前だったのか?



 どうして?

 何がそんなに辛いんだ?

 教えてくれたら何でもする。

 俺にできる事があれば、何だって。

 だから、もっと頼って欲しい。

 それとも……こんな俺じゃ、頼る気なんて起きないのか?



 そう思っただけで、眠りながら涙が滲んできた。


 果てしなく深い、哀しみの感情。

 これは『共鳴』だ。

 北斗の哀しみに、俺も共鳴している。

 でなければ、こんな事で涙なんか―――





「―――瑞…希? 起きてるのか?」

 不意に呼ばれ、

『うん』

 と、夢の中で頷いた。

「………」

 自分では答えたつもりでも、相手には聞こえるはずもない。


「……俺の代わりに泣いてるのか」

 囁くように言われ、切なさと、息苦しいほどの哀しみがまた、俺を襲う。

 そう、かもしれない。

 あの、哀しみに押し潰されそうな泣き声が、その心を映しているのなら――


 そんな事を考えて、新たな涙が溢れてくる。

 心地良いとは言い難い、かさついた指先が、まなじりを伝う涙をそっと拭っていった。



「――ごめんな瑞希、……ありがと」

 涙を拭った指先が、髪に触れる。

 何を謝っているんだ?


 これは『夢』? それとも『現実』?

 俺には、もうわからない。

 確かなのは、北斗が起きてるはずないって事。

 だって、薬のせいで俺より先に眠ってしまった。

 きっと朝まで目覚める事はない。


 わかっているのに、北斗の微かな息遣いを傍らに感じていた。



 前髪を梳くように掻き上げられて、額の傷跡が露わになる。

 そこに、感触の違う温かさを感じる。

 ――柔らかく、そっと触れるだけの、北斗からのキス。

 寝ている時にしかしないそれは、やっぱり肉親に対するものでしかなくて……

 それでも数ヶ月前の俺なら、じろっと睨み付けて、
                                        
「俺は女じゃない!」

 と、怒っていた。

 だけど、どうしてだろう、今夜は何だか物足りない。

 こんな、羽毛の触れるような中途半端なものじゃなく、

 もっと近くに、もっと熱くて情熱的な口付けが……欲しい。


 思うのと同時に、腕が動いた。



 抱き締めたのは、北斗の首?

「瑞……」

 呼びかけた言葉が、途中で消えた。

 北斗の頭を、強く引き寄せたからだ。

 夢の中の彼は、どんな反応を見せる?

 やっぱり現実と同じに、すごく驚くかな?

 だって、俺から仕掛けるなんて、思いもしないだろう。

 それともまた、「こんな事したら駄目だ」って、怒るのか?
 
 それなら、夢の方がいい。



 唇が重なり、心の中に明りが灯る。



 夢でなら、今の俺の本心(のぞみ)を解放しても、朝になれば忘れてる。

 万が一覚えていても、とぼけて誤魔化すことも。

 こんな、非―常識は、夢のノリでないといけないんだ。




 輝きに満ちた北斗の未来に、俺の居場所はない。

 一番の友人で、幼馴染。

 それ以上の関係なんか、俺達の間にも、この世の中にも在りはしないのに。


 俺は北斗に、一体何を望んでいるんだろう。




 寝ぼけた俺の拙いキス。

 突き放すこともせず、少しだけ戸惑いを見せた北斗が、暫しの間を置いて応えてくれた。


 夢でも、やっぱり北斗は北斗だった。


 重ねられた唇の熱を確かめるように、優しく触れる口付けから、次第に深い交わりへと、それは確実に変化していった。
 

 熱く、身体の芯まで痺れるような口付け。

 経験値のほとんどない俺には、それだけで十分だった。

 深く、浅く、幾度となく角度を変えられ、熱を帯びた激しさに煽られ、

 慣れない交合に翻弄される俺は、自分の意思でそれを受け入れていた。



 北斗の頭に回していた腕を、背中へと滑らせる。

 そこに、何物にも隔たれる事のない素肌を感じ、奇妙な興奮が沸き起こる。

 ……北斗の身体、しっとりしていて気持ちいい。

 そして、同時に気付いた。


 ――ああ、やっぱり……これは夢だった。


 でも、それでいいのか。

 そんな風に割り切って考える冷静な自分と、

 胸一杯に切ない気持ちが広がり、新たに溢れ出す涙に戸惑う自分。



 こんな夢を見るのは、やっぱり心のどこかで、北斗を自分に繋ぎ止めておきたいと思っているから?

 俺からキスを望むのは、その願望の象徴なのかもしれない。



 明日、目が覚めて万が一この夢を覚えていたら、どんな顔して向き合えばいい?


 ――大丈夫、全部忘れてしまえる。


 だから……今だけ、もう少しだけ、夢を見させて。

 この幸せな夢の続きを見る資格は、俺にはないとわかっているから。





 少しの罪悪感と、満たされた想いを胸に抱いて、今度こそ何の未練もなく、意識を手放した。



 北斗の腕に抱かれ、安心しきって眠りに付いた俺は、頬に落ちた、温かな雫にも気付かない。



 深く、安寧とした安らかな眠りへ、誘われていた。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 3757