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作品名:星を道標に ]U 転換点/ターニングポイント 作者:ナナセ

第1回 すれ違う心 1
    

               〜 すれ違う心 1 〜



 明かりの灯っていない吉野家。

 それを見て、暗い溜息が出る。
 気を取り直して歩を早め、玄関ではなく愛犬ランディーの元へ向かった。
 カーポートを通り抜ける前に、「ワン、ワンワン!」と威勢のいい鳴き声が聞こえ、つられるように駆け出した。

「ただいまランディー、いい子にしてたか?」
「ク〜ン」
 繋がれた鎖を目一杯引っ張って、甘える仕草が素直で可愛い。
 その首を抱えるように抱き締めて、北斗に会えない淋しさを紛らわした。
「ランディーも淋しかっただろ。ごめんな、長いこと留守にして」
 話しかけていて、足元のトレイに水が並々と入れてあるのに気付いた。
「隣のおばさん、まめに水替えに来てくれたんだ。よかったな」
「ワン!」
「ハハ、そっか、お前も嬉しいのか」
 あごの下を撫でてやると、何だか肉がふよふよとたるんでる。
「あれ、ランディー、ちょっと痩せた?」
 真ん丸い、つぶらな瞳を覗き込み、「ん?」と首を傾げたら、いきなり頭の上に被さってきた!
「イタッ、痛いよランディー、俺 怪我人なんだから加減してくれよ」
 言いながらランディーの太い前足を肩から外し、頭を撫でてやった。
「散歩は着替えてからな」
 その言葉がわかったのか、じゃれるのを止め、お座りをして俺を見つめる。
 立ち上がり、服を叩(はた)きながら「後でな」と声を掛け、玄関に回った。
 ほとんどの荷物をホテルから家に送ったんで、玉竜旗の時ほどの荷物はない。
 愛用のザックの内ポケットから鍵を取り出し、暗がりの中、鍵穴を探した。
 家に入り、手探りで廊下の電気のスイッチを押すと、真っ暗だった我が家にもようやく明かりが点る。
 ほっと息を吐いて、風呂場に直行した。

 帰りの新幹線で北斗の母さんに病院の予約を頼んでいた俺は、あの時の想像通り、受付ですでに待ち伏せされていた。
 当然、診察も半泣き状態のおばさんに付き添われ、正直参った。
 北斗で慣れているはず、と読んでいた俺の推理は、見事に外れたわけだ。
『母親』って、子供が怪我したらこんな風に心配するんだ、と、妙な感慨を覚えたけど、俺的には、それは嬉しいとか照れ臭いとかを通り越して、ただただ申し訳ないと、胃の辺りがキリキリ痛むような気分だった。
 だから診察後、「心配させた罰よ」と夕食に誘われても、断る事ができなかった。
 とはいえ、久しぶりのおばさんとの夕食は北斗抜きでも十分楽しくて、途中で仁科さんも合流して、思いがけずミニ祝勝会みたいになっていた。
 学校での慰労会後の会食をパスしたのが逆によかった。なんて思ったら、西城の皆に悪いかな?
 ただ、病院近くの普通のファミレスだったんで『オアシス』ほどは落ち着けず、七時過ぎには帰途に着いていた。


 久しぶりに自宅の風呂にゆっくり浸かりたくて、着替えの間に湯を溜めておこうと、浴槽の中を簡単に洗い、湯加減を温めに設定して流れる水に手を晒す。
 ただし時間稼ぎの為、あまり目一杯は出さない。
 水温が徐々に上がり、いい感じになったのを見計らって、「よしよし」と鼻歌混じりに脱衣室のドアを開け―――
 目の前の人影に「ギャ―ッ」とも「ワーッ!」とも言えず、声にならない悲鳴を上げた!
 ありったけの声量で「ドロボーッ!!」と叫ぶ寸前、
「なんだ、風呂入ってたんじゃなかったのか」
 とのたまう、聞き慣れた声が。
「ほ…北斗!?」
 会いたくて堪らなかった奴の名前。にもかかわらず上ずった声で口にして……へなへなとへたり込んでしまった。
「なっ! おい瑞希」
 北斗も慌てて声を掛けるけど、足元に座り込んだ俺は身じろぎもできない。
 あれだ、あまりにもひどく驚いた後の虚脱状態。

 しかし――なんて間抜けな再会なんだ!
 そりゃ、北斗を相手にドラマチックなシチュエーションなんて望んでないけど、丸々一週間ぶりに会ったんだ、もう少し……なあ。

 へたったまま肩を落とし、「はあ」と大きく出た溜息に、膝を折りかけた北斗の動きが止まった。
「失礼な奴だな、人を強盗か幽霊みたいに。勝手に怯えといてその溜息か?」
「そっちこそ! なんでそんなとこに突っ立ってるんだ、声くらい掛けろよ」
 醜態を晒したのをつぶさに見られ、段々腹が立ってくる。
 言い掛かりだとわかっていても憤りを止められず、憮然と睨み上げて――この感じ、前にも体験したと思い出した。
 そうだ、この家の玄関で北斗にいきなりキスされた、あの時と。

 和彦の一件で、北斗―成瀬をすごく心配させた。
 その仕返しにされた口付けは、感情なんか伴わない、言い換えればペナルティーか罰みたいなものだった。
 北斗が自分でそう言った。
 なのに、忘れたくても一生忘れられない。
 情けないことに、あれが俺のファーストキスだったから。
 他人はどうか知らないけど、身体の事もあって、そういうものに憧れに近い感情を抱いている俺は、キスや性行為をすごく大切なものだと思っている。
 そう、例え相手が男だろうと。

 当然、その時の記憶も鮮明なわけで、思い出した途端、頬が熱くなり一人狼狽する。
 それなのに屈辱の記憶を植え付けた当人は、きれいさっぱり忘れたのか、動じる気配も見せず浴室を顎でしゃくった。
「ノックしようか迷ってたんだよ、水音がしてたから」
 言いながら、「ほら」と目の前に手を差し伸べる。掴まれって事だ。
 しっかり握り返したら、「よっ」と引っ張って楽々立ち上がらせてくれた。
 だけど肝心の俺は足に力が戻らず、情けないことに北斗のシャツにしがみついた。
「ちょっ…と待って〜、まだ足に力入らないよぉ」
「ったく、世話の焼ける奴。ほら、しっかりしろ」
 ポンポンと背中を叩いて、俺の頼りない足元を助けてくれる。
 少しの間手を貸して復活を待っていた北斗が、独り立ちできたのを察したのか、支えていた腕を下ろす。その離れ方になんとなく違和感を感じた。
 日頃スキンシップ過多の奴が、久しぶりに会ったのに抱擁の一つもなく離れるなんて。
 いや、それはそれでいいんだけど、わざと距離を置かれた気がして、その端整な横顔を思わず覗き込んだ。
「北斗? どうかした?」
「……瑞希、山崎に聞いたんだけど、この怪我、…後遺症とか、ないんだろうな?」
 包帯に目を遣る北斗の声音が、心配…というより機嫌の悪さを如実に表していて――
 さっきの慰労会や広島での先輩達の態度、おまけに北斗の母さんのうろたえようを思い出し、一気に暗い気分になった。
 玉竜旗大会前日の稽古で打ち身を負っただけで、自分の事以上に心配した奴だ。
 急所に近いところを、しかもかなり深く傷付けたなんて知ったら、一体どんな反応するだろう。
 だけど、遠く離れた会場で互いに全力を尽くし、ようやく帰ってきた我が家だ。
 こんな事で二人して落ち込んでたら折角の時間がもったいない。そう気を取り直し、
「大丈夫大丈夫」
 明るく答えて心配ないと手を振った。「掠り傷だし、身体への影響は全然ないから」
 すると、胡散臭そうに目を眇めた北斗が、首の包帯に指を伸ばしてきた。
 ゴクッと生唾を飲み込んで、極力刺激しないよう大人しくしていたら、傷跡に触れる寸前、何かを堪えるように手の平をぎゅっと握り締めた。

 何も言えず、気まずい沈黙が俺達の間に漂う。
 居心地の悪さを消し去りたくて別の話題を探していると、
「なら、いい」
 異様に長い間を置いて、すげなく返された。
 短い返事。何が「いい」のか、思わず訊きそうになる。
「あの」と言いかけた俺を、「で?」と、疑問符で遮った北斗が、おもむろに切り出した。
「何で携帯、繋がらなかったんだ?」
「え、携帯? …あっ!」
 言われて初めてその存在を思い出した。文明の利器が、ザックの外ポケットの中で、役に立たない物体と化していた事実。
 真横にある脱衣室のカゴの中のザックにちらっと目を遣って、どう言い逃れしようか必死に考える。
 あからさまなうろたえぶりを見て大方の事情を察したんだろう、北斗がやれやれと言いたげな冷たい一瞥をくれた。
「電源、切ったままだったんだな?」
「そ、そうそう。病院で――」
「それで? 診察終わってからも、俺に連絡入れようとか、一度も思わなかったのか?」
 表情を全く変えずに言われ、冷や汗をかきつつも、そこははっきり主張した。
「うん。だって北斗達、会食には参加するって丸山先生に聞いてたから――」
「ならメールでも構わないだろ」
 説明半ばで割り込んだのは、その先を聞く必要はないという意思表示だ。
 これは、相当怒ってる。
「六時過ぎても携帯は繋がらない、家の電話にも出ない。疲れて寝てるのかと思って急いで家に戻っても、帰ってきた形跡もない。そんな状況に置かれてみろ、誰だって心配になるだろう」
 案の定、次々並べ立てられて、何も言い返せず口ごもった。
「診察の結果が悪かったんじゃないか、俺に言えなくてわざと電源切ったんだろうか。そんな不安ばっか頭に浮かんで、顔を見るまで気が気じゃなかった」
「それは、…ごめん」
 神妙に謝って頭を下げても、北斗の怒りは収まらない。
「なのにお前ときたら、呑気に鼻歌交じりで風呂から出てくるし、おまけに人の顔見るなり勝手に腰抜かすほど驚いて……ったく、口にするだけで腹が立つ」
『なら言うなよ!』 
 ささやかな仕返しは、心の中だけで喚く。
 確かに北斗の言う事は全部もっともで、俺は深く反省するしかない。
 けど、そこまで怒るような事なのか? という疑問も心の隅に湧き起こる。
 妙に苛ついて、普段の落ち着いた態度とはあまりにもかけ離れていて、どうにも納得がいかない。
 そんな俺の戸惑いを他所に、北斗が素っ気なく訊いてきた。
「それで、何か言う事は?」
「え、『何か』って……あ、ただいま?」
 当てずっぽうで答えたら、
「じゃなくて、他にあるだろ」
 即、否定された。けど北斗が何を望んでいるのか、さっぱりわからない。
「え…と、準優勝、したよ?」
 すると、今度はあからさまな溜息を零された。
「ああ。――その傷と引き換えにな」
 結果を少しも喜んでいない、冷めた声。
 耳にしただけで、再会の喜びも消え去ってしまいそうな、冷ややかな反応。
 そんな態度を取られるなんて思いもしなかった俺は、ただ不安だけが蓄積されていった。

「久しぶりに会ったのに、何をそんなに怒ってるんだ? そりゃ電源入れ忘れたのも連絡しなかったのも、確かに俺が悪かった。軽率だったし反省してる。けどすごく忙しかったんだ。それくらい――」
「わかってるそんな事! それでも腹が立つんだ、仕方ないだろ」
 乱暴に言い捨てられて、開いた口が塞がらない。
「なに、その支離滅裂な言い分」
「人事みたいに言うな! 俺だって…心から祝ってやりたかった。お前が……一生消えない傷を負わされたりしなければ」
 苦しげに吐き出された本音に、怪我の程度がバレバレだった事を知り、咄嗟に俯いた。
 そして「あっ」と、気付かされる。
 もしかして、北斗も監督と一緒なのか?
 準決勝で突きを食らって負けたとしても、怪我するよりましだと、そう思ってるんだろうか?
「北斗も?」
 尋ねる声が、微かに上ずる。「試合に勝つより、無傷な方が…よかった?」
「――誰がそう言った?」
「監督」
 答えたら、少しだけ首を振り、「いいや」と言う。
 横顔にはっきりと憤りが見て取れた。
「嘘だ。絶対そう思ってる」
「思ってない」
「だって、声が恐い」
 ぼそっと告げたら今度は本気で怒り出した。
「うるさい! それくらい我慢しろッ」
「うるさいのはそっちだろ、一々喚くな!」
 精一杯の反論は、北斗の意外な一言で空中分解した。
「八つ当たりくらいさせろ! 抑え込んでたらジレンマでどうにかなりそうだ」
「ジレンマ……」
 って、何で?
「お前が…ほんのちょっとでも怪我した事を気に病んでたら、こんな気分にはならなかったんだ」
「それ、どういう意味?」
 言わんとする事がまるでわからない。それでもどうにか理解したくて聞き返しても、
「お前のその平然とした態度がッ、俺の神経を逆撫でするんだよ!」
 ただ、北斗の逆鱗に触れただけ。
 どうしていいか見当も付かず、途方に暮れてしまう。
「何で? わからないよ俺には。北斗は準優勝でも純粋に喜んでくれると信じてたのに、さっきから怒ってばっかりだ」
「当たり前だ!『おめでとう』なんて、言える訳ないだろッ」

 その一言が、これまでにない衝撃を伴って俺の胸に突き刺さった。



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