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作品名:星を道標に  \ オーバーカム 作者:ナナセ

第4回 試練のスタジアム U 前編
  

               〜 試練のスタジアム U 前編 〜



 中途半端なざわめきの中、規定の投球練習を経て、試合が再開される。
 1アウトでランナー二塁、点差は三点。状況を頭に入れ直し、打者に集中する。
 バッターボックスには五番。第一打席、センターフライに打ち取ったものの、当たれば飛距離の出そうなパワーバッター。
 その第一球、駿の手から放たれた球に、球場全体が大きくどよめいた。
 大会初日の今日、電光掲示板の球速表示が、いきなり145q/hを示した。

 甲子園のマウンドも、県大会決勝戦のマウンドも、駿には同じらしい。
 それも当然、か。野球をやれる環境を誰よりも強く望んでいたのは、あいつ自身だ。
 恐らく母校のグラウンドでも、野球さえできれば駿は全力で投げるだろう。

 相当の覚悟を持って守っていた俺達は、五、六番をあっさり三振に取り、後続を断ち切った駿が、何事もなかったようにマウンドを降りるのを、半ば呆然と見送った。
 我に返り、ベンチに戻る駿に追いついて肩先にグラブを当てると、振り向いた駿が硬さの取れた顔で俺を見返して、
「ありがとうございました」
 と、馬鹿丁寧に頭を下げる。が、何もしてない俺は、何の礼やらわけがわからない。 
 間の悪い事にベンチの前、ちょうど引き上げてきた内、外野手に、下げた頭をポコポコ叩かれはじめた。
 仲間からの手荒い感謝の表現だが、たまらず逃げ出した駿を目で追いつつ、その礼の意味を考えてみた。

 ……もしかして、心音を聴かせたから、だったんだろうか? それしか思いつかない。
 だとしたら生真面目な奴だ。

 それにしても、県大会からたった一週間という短い期間にも拘わらず、日頃の練習通りの投球をやってのけた駿に、少なからず驚いた。
 何より雰囲気…というか安定感が、予選の時とは全然違う。
 こいつ、将来間違いなく大物になる。確信を持ってそう思った。
 その想いは、俺以外のメンバーも同じだったようだ。だが、口には出さない。
 出したら、せっかくのびのびしている駿を控えめな彼に戻してしまいそうで、あえて知らん振りを装い、水分補給する山崎の隣に座った。

 最近ようやく、同級生には自然な笑顔を見せるようになってきた。
 盛り上げるのは、同じ一年の渡辺だけで十分だろう。


 五―二で迎えた三回裏。
 西城の六、七番を落差のある変化球で三振に取り、早々と2アウトにしたピッチャーだが、久住のタメのあるスイングに捉まり、ショート頭上を超えるヒットになった。
 ランナー一塁で九番、田島に替わった駿が打席に立つ。
 その初球、全く無警戒だった、素振りも見せなかった駿が、様子見の際どい球にタイミングを合わせ、バントした。
 上手く勢いを殺した球が、サードとピッチャーの中間に転がる。
 三塁手がダッシュして掴み、即一塁に投げた。
 セカンドは問題ない。ファーストは!?
 目を遣った先で、駿が頭から突っ込むのと同時に、一塁手が捕球した。
 際どいクロスプレー。判定は……アウト、だ。
 真上からブーイングが起こる。レフトスタンドは西城の応援席で、こっちの応援をするのは当然だが、それだけじゃない。
 県大会での力投とさっきの投球とが、観客の心に強く刻み込まれているせいだ。
 観客を魅了してやまない駿が、一塁ベースを抱えていた腕を突っ張り、すっくと…というより、ピョンとその上に立った。
 あどけない姿。今、確かに見覚えのある奴がダブった。
 一瞬にして真っ黒になったユニフォームの胸の泥を、パンパンと叩き落としながら、足取りも軽くレフトのダッグアウトに戻ってくる駿の、仕草の一つ一つを唖然と見ていた。

 ……あいつ、紛れもなく瑞希の後輩だ。見た目と行動とが全然釣り合ってない!
 ぷっと噴き出したのは俺だけじゃなかった。ベンチ内に笑いが広がる。どうやら、みんな駿の動きを見ていたらしい。
 クスクス広がる笑い声、駿が帰ってくるまでには収拾しておくべきだろう。

 二塁から戻って来た久住が、ベンチの前で合流した駿に声を掛ける。
 あれだけ早く二塁を落とした、という事は、駿の初球バントを久住は察していたか。二人の間で意思の疎通はあったようだ。
 アウトにはなったが、野球慣れしていない駿にあの変化球はそう容易く打てないだろうから、狙いは悪くない。セーフになる可能性の一番高い手段だったと、今なら思える。
 それを思いついたのが誰でも、実践する勇気と素直さは、駿のかけがえのない長所だ。
 大事に育ててやりたい、心からそう思う。

 いつの間にか、駿もしっかりチームの一員になっていると改めて実感しつつ、一回には苦い思いで外したグラブを、少しだけ誇らしい気分でしっかりと掴んだ。


 試合は中盤、四回表、この回 七番から始まる下位打線を、三振ではなく、上手く打たせて抑えた駿は、加納のタイミングをずらした投球―痛めた肩を庇う為、全力投球を避けた六回からの投球術―を、もう自分の投球に活かしていた。

 それまでも、相手の動きを読んで打たせるのが得意だったと、瑞希に聞いて知ってはいたが、この大舞台でそれができる図太さは、日頃の性格とはかけ離れていて、どうにも理解できない。それとも、今マウンドにいる駿こそが、本来の彼なのか?
 多分、三回での剛速球を相手が警戒していると読み、その裏をかいているのは山崎だろうが、投手に幅があれば選択肢も増える。力のある投手ならなおさら。
 駿が来てくれてよかった、本当に――。

 ホームで生き生きとリードする山崎の姿を見て、やっと肩の荷を下ろせたと、心から安堵の溜息を吐いた。

 抜群の安定感を得た守備陣に、試合直後の硬さはない。
 早々に投手の交代を言い渡された時の、駿の頼りなげな台詞が、野手の心を一つにし、守りたいと思わせたのは紛れもない事実だった。

 気風(きっぷ)のいい男前な奴が多い西城高で、これは非常に有効だ。その辺の雰囲気も、本当に瑞希と似ている。
 打算と経験値で駆け引きを楽しむ、大人な男女の関係よりも、ガキっぽくていい、もっと単純な感情や行為を好むのは、元男子校の名残なのかどうなのか。
 それとも、あの田舎の素朴さがいいんだろうか?
 計算なんかこれっぽっちもしないから、その一生懸命なひたむきさに、男女問わず、すぐに心を奪われてしまう、非常に厄介な奴らだ。

 それはともかく、四回裏の攻撃は一番、今日一番調子のいい松谷から。
 ムラの激しい彼だが、当たり出したら止まらない。カーブを上手く当て、一塁に走る。
 技巧派で癖ありの渡辺がバッターボックスに立つと、野手の動きが活発になった。
 第一打席はバント、第二打席はヒッティング。それらを覚えているバッテリーだから、投げてくる球が際どいところを突いてくる。
 集中力を見せた渡辺が、粘って怪しいコースはカットして、とうとう4ボールを奪い取った。
 当てる事に関して、渡辺の技術は三年にも引けを取らない。
 それを見込まれてのレギュラーだが、中学の時以上に磨きがかかっている。何しろ、あの落差の激しい球筋を見極めているんだ。

 小柄で、スラッガーになれない事を一番よく知っている渡辺が、スタメンになる為に選んだのが、このポジションだった。
 中学に入学して間のない頃には、よく泣き言を言いに来ていた。
 俺がキャプテンに就くや否や、それは倍増し、部員の悩み事は全部押し付けられ、チーム内での愚痴や苦情も散々聞かされた。
 そう言えば去年の山崎も、俺が野球から遠ざかっていた時でさえ、やたらとチーム事情を暴露していたが、あれも中学の時の名残と言えなくもない。
 部内での揉め事は、一応俺に報告しないと気が済まないと断言するような奴だ。
 そのおかげで中途入部にも関わらずスムーズに他の部員に馴染めたんだが、一年近く野球から離れ、技術的な面をすっかり錆付かせてしまった俺とは対照的に、渡辺は俺達が卒業してからも、手を抜かず真面目に練習に励んできたんだろう。
 久住が友人では、怠けたりする暇もなかったに違いないが。

 ノーアウト一、二塁で、キャプテンが打席に向かう、その意気込みを断つかのように、相手ベンチが再び選手の交代を告げた。
 投手だけじゃない、バッテリーの交代だ。
 出てくるのは、間違いなく門倉さんだ。

 場内アナウンスが流れた途端、地鳴りのような歓声を聞いた。

 ―――これは……。

 すさまじいまでの応援。
 三年の貫禄を見せ付けるように、門倉さんがマウンドに向かう。

 レフトスタンド以外の全てが、西城の敵になった。

 山崎や松谷辺りなら、『おもしれえ』とか言って喜びそうだが、その強がりがどこまで持つか。
 恐らく、俺達はじわじわ追い詰められる、この大観衆の前で。
 そして観客は、逆境を跳ね返す『門倉 湊(かどくら みなと)』という次代のヒーローに、理想や幻想を重ね、酔いしれるんだ。


 その堂に入った投球練習を見ながら、西城中での事がまざまざと蘇る。

 中三の夏、俺は、間違いなく今の門倉さんの立場にいた。
 ただし、世間を知らず、ただ野球と仲間が全てだった。
 応援してくれる人は等しく野球が好きで、正義感に溢れていると信じて疑わなかった、馬鹿みたいに単純で愚かな子供。

 あの時の二の舞を繰り返す可能性が僅かでもあるなら、俺は自分を殺し続ける。
 思い上がりかもしれない。けれど、もう二度と、大切な仲間を傷付けるような原因を作りたくない。
 たとえスランプでも全力でプレーする。その想いはいつでも変わらない。だが、それ以外の事に、心の内は晒さない。キャプテンを引き継いでも同じ。
 それが、一握りの心無い人間に対するささやかな抵抗だとしても、運よく野球を再開する事ができた俺の出した結論、けじめだった。


 一際大きな歓声が起こり、現実に引き戻された。
 顔を上げると、キャプテンが舌打ちしたげな顔付きで、こちらに向かってくる。

 ……嫌な事を思い出した。
 その記憶を振り払うように大きく息を吐き出して、立ち上がった。

 手にしたバットのグリップを握り、手首をほぐす為、いつもと同じにそれを軽く回しながらバッターボックスに向かう。手前で二、三度素振りをして、打席に立った。

 その初球、ストレートど真ん中、威力のある球がビシッと決まる。スピード、球威共に、前の二人とは桁違いだ。まずは初対面の挨拶、といったところか。
 次いで切れのある変化球 スライダーが、外角ぎりぎりに決まった。
 敢えて比べるなら、ストレートは加納の方が上かもしれない。だが、この変化球と組み合わされると数倍厄介になる。そう懸念するくらい、二球ともほぼ完璧にコントロールされていた。

 さすがは去年の優勝投手だけある。だが、どちらを得意とする投手か、決め球は何か、等、その辺のデータは、ありがたい事に沢山ある。
 カーブを主体に置き、速いストレートと切れのあるスライダーを要所に取り入れ、相手を惑わせる、くせ者。
 だが、真っ向から挑み、回を重ねるごと進化する加納のようなタイプの方が、どちらかというと手ごわい。
 県大会がそうだったように、チームメートをも巻き込んで、実力以上の力を発揮させてしまうからだ。

 とにかく、得意の変化球を見極める為、一球でも多く投げさせたい。その球筋を実際にこの目で捉えたら、バッティングの糸口も見えてきそうな気がする。
 次の三球目、恐らくもう一度カーブ、今度は似たようなコースで、ボールになる球……だろうか。
 打つ気満々に見せかけて、それを確かめる。
 予想通り、打ち気を利用した構えの裏をかくカーブでタイミングを崩し、探りを入れてきた。
 2―1、それでもまだまだ相手の方が有利だ。
 次は……二球目に投げた変化球、ストライクコースに入ってくるカーブ、今度はおそらく内角に来る。
 手を離れたボールが大きく曲がる、球威はない。かろうじてバットに当て、レフト方向へのファールに――。

 やれやれ、だ。読んだコースが当たっても、バットに当てるだけで精一杯。もう少しスピードがあればそれすら難しい。
 一か八かの賭けに出るしかない……かも。
 それほど、相手バッテリーの裏をかく事は至難に思えた。
 1アウト一、二塁でカウント2‐1のまま。ランナーのリードはさほど大きくない。
 俺の打撃を信頼しているのか、門倉さんのけん制の上手さをミーティングで叩き込まれたからか。
 視線だけでランナーをけん制しておいて、門倉さんがバッターに集中する。
 五球目、恐らくストレート、それはこの試合最初の打席、俺が手を出さなかった、膝下一杯の際どいコース。今日のストライクゾーンだ。
 一度は目にしていながら、それでも門倉さんの生きた速球に、バットを出すタイミングが遅れた。
 当たった球はファールにはならず、セーフティーゾーンをサード方向に勢いよく転がる、最悪のコースに。
 引っ掛けてしまった俺は一塁に走るが、三塁手に捕られ、そのままベースを踏まれ2アウト。そしてすぐにファーストへ。
 目の前でファーストミットにボールが収まり3アウト。ダブルプレーでチェンジ、本当に最悪のパターンで門倉さんとの初打席対決を終えた。

 レフトスタンドから、盛大なため息が漏れる。
「そんな簡単に打てるわけないだろ!」、と言いたい気分で、ベンチに置いてあるグラブを取るべく、段を駆け下りた。
 期待するのは勝手だが、結果が出せなかったからといってこうもあからさまな反応をされると、嫌味の一つも言いたくなる。
 最近、この観客にも素直になれない俺だった。

「成瀬君、ご苦労様」
 あまりにも不似合いな監督の声に、嫌がらせか? と疑いつつ目を遣った。
 すると、外の暑さとは無縁の涼しい笑顔で、ヘルメットを脱いだ俺にグラブを差し出してきた。
「成瀬君のバッティングは、相手に危機感を与えるのに十分効果があったようです。こんなに早く門倉君を引っ張り出せたのは、間違いなく君のおかげです」
 にこやかに笑い、問題が解けた生徒を褒めるように肩を叩かれた。
 だが、確か監督は、相手が門倉さんを温存してくれたら勝機はある、というような言い方をしてなかったか?
「…けど、よけい厄介になった気が……」
「相手のリードで七回くらいに出てこられたら、正直お手上げ、とは思ってましたがね」
 言葉通り、本当に両手を上げて見せる。疑惑の眼差しに答えた、というわけではないのだろうが、正直な胸の内を明かされた。
「まだ四回。あと一回は確実に打席が回るでしょう? 追加点のチャンスはありますよ」
「はあ、そうですか」
 
 ……のん気、というか何というか。
 ここに立ちたい監督も日本中にいるというのに、一番不似合いな人が来てしまってる気がする。
 それに関しては俺達も一緒だが、この超マイペースな監督の言葉で、何となく気が楽になったのも確かだった。


 四回裏、絶好のチャンスに追加点を得る事ができなかった西城。
 言い代えれば、それはピンチを凌いだ明峰にとって願ってもない好機だ。おまけに四回表の西城と同じ、一番からの好打順。しかも四番、明峰の主将でもある室生(むろう)さんは、今大会五指に入る大型スラッガーだ。それに五番以降は二度目の打席になる。
 駿の投球がどこまで通用するか――。

 五回表、その心配は全くの杞憂に終わった。
 何と一、二、三番で、駿があっさり3アウトを取ってしまったからだ。
 一番打者はボール球の変化球に手を出し、中途半端に打ち上げてショートへのフライに。
 二番は見送りの三振。駿と山崎に教えた、膝下一杯のコースを突いた結果だった。
 そして三番は粘って2―2としたものの、最後は駿のコントロールされた速球に、手を出す事ができなかった。

 これで一年だなんて、バックを守る俺達も苦笑いだ。
 さすがに一順目で駿の球を真芯に捉える事は、そう容易い事ではないらしい。
 俺達にとっては頼もしい限りだが、二点差を詰める事ができず、相手が苛立って打ち損じているのも事実。百戦錬磨の甲子園常連校を相手に、気を抜く余裕などない。

 結局、五回裏の西城の打線も、門倉さんの巧みな攻めに沈黙したまま、山崎、高木さん、柴田さんと、三者連続で三振を喫し、無得点に終わった。


 他のイニングなら重い雰囲気で守りに就く所だが、この回の終わりだけは、グラウンド整備の為 休憩が入る。
 息をつく俺達のところにも、甲子園に馴染みのある訊き慣れた曲が届いた。
 この大会のテーマ曲だ。
 この時だけはそれぞれの応援席も鳴り物を控え、その曲に耳を傾ける。
 ぎりぎりまで張り詰めた試合中のタイムとは違う、ほんのひと時の穏やかな時間。
 おかげで、三者三振のダメージをそれほど引かずに済んだ。

 ダッグアウトの中から、ダイヤモンドに撒かれる水を見ていて、ふいに加納の事が頭に浮かんだ。
 梛(なぎ)とじゃれあい、古びた水道の水を掛け合っていた姿を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。
 何をするのも全力投球な、気持ちのいい奴らだった。

 ここから先は、互いに譲らない投手戦になる。
 加納対門倉さんの投手対決を彷彿とさせるような、白熱した投げ合い。
 マウンドに立ち、好投を続ける駿の姿を思い返し、確かな手応えを感じていた。


 六回表、ようやく少し日差しの和らいだグラウンドに出て行く。
 浜風が、また少し強くなった気がした。

 マリンパークの球場も同じ浜風に晒されているが、幾分かましだろうか。
 周りを囲む地形や環境も影響を与えているんだろう。
 その強風が、西城の守備の乱れを誘った。

 一番バッターとなった四番打者、室生さんの打ち上げたボールが、空高く舞い上がり、レフト後方に。そこから風に押し流されて、レフトを守る高木さんの目測を僅かに狂わせた。
 押し戻されるような格好になったボールが、予想以上に流される。慌てて修正するが一歩及ばず、目の前に落球してしまった。エラーはつかない、ヒットだ。
 一塁を大きく回った室生さんが二塁ベースに足から滑り込む。立ち上がったその口元に笑みが浮かんだ。
 打てて嬉しい、とかいう単純なものじゃない。どちらかと言うと自信に満ちた確信犯のものだ。
 大げさに喜びを表されるほうが、いっそさっぱりする。
 それとも……浜風を計算してわざと打ち上げたのか? 
 西城の甲子園未経験を利用した? だとしたら、やはり喰えない奴らだ。

 ノーアウト二塁で、駿に対して二度目の打席になる五番バッターを迎える。
 嫌な展開だ。
 案の上、一度目のストレートを意識してか、バットを短く持ち、当てる事に専念する。
 球威を抑えたコントロール可能な駿の球が、ことごとくカットされる。
 それだけでも並みのバッターには難しいと思うが、さすがに今大会優勝候補の四番、五番打者だけの事はある。
 相当の球数を投げ、カウントはいつの間にか2‐3になっていた。

 右に、左に切れていくボールを目で追い、肩で息を吐いた駿が、ロージンバッグを拾う。
 絶妙のタイミングで、山崎が駿のところに駆けて行った。

 何か耳打ちした山崎に駿が言葉を返す。と、ポンと肩を叩き、人懐こい笑顔を見せて、早々とホームに戻った。

 試合が再開され、山崎の指示を見守ったその初球。
 バックを守る俺達も、心臓を鷲掴みされそうなほどの力強い音が、山崎のミットに響いた。
 どうやら全力で投げるよう告げたようだ。

 手を出さなかったのか、出せなかったのか。
 ピクリともしないバッターに、残念ながら4ボールが告げられる。
 球速149q/h。
 今大会初めて叩き出した数字に、客席全体が大きく揺らぐ。この時ばかりは敵も味方もなくなるらしい。
 フォアボールで出塁する打者に向けた拍手以上に、マウンド上で振り向いて帽子を取り、俺達にぺこっと頭を下げた駿に、この試合一番の、大きな拍手が贈られた。

 ―――とんだ怪物だ。しかも発展途上の……。

 松谷と視線を交え、苦笑いが浮かぶ。
 どうやら瑞希は、とんでもない人物を俺達に預けていったようだ。

 課せられた責任の重大さを改めて感じつつ、三人目、六番打者を迎えるべく、気を引き締めた。


 


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