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作品名:星を道標に  \ オーバーカム 作者:ナナセ

第3回 試練のスタジアム T 後編

               〜 試練のスタジアム T 後編 〜



 あっさり入った追加点に、レフトスタンドの打楽器の音が、猛暑の甲子園に響き渡る。
 ヒットの出た山崎と、ベンチに戻ってきた俺に掛けられる、頭上からの沢山の声援。
 それらに応える事なくダッグアウトの階段を駆け下りた。

 六番、レフト高木さんのバットもジャストミート、だったが、飛んだところが悪かった。
 セカンドへのライナーで山崎との併殺になり、三アウト チェンジ。

 西城が三点も先制点を入れるという意外な展開で、初日、最後の試合がスタートした。


 二回表、三点という点差にそれほど余裕があるわけじゃない。
 さっきの俺達の攻撃をお返しするように、六番バッターにヒットが出て、七番、背番号18のピッチャーが易々とバントを成功させ、1アウト二塁、得点圏にランナーを置いて、八番バッターに田島が初めての4ボールを与えた。
 1アウト一、二塁となり、九番、ラストバッターを迎える。その初球、ストライクを取りにいった田島の球が真芯に捉えられ、快音が響いた。
 ボールの行方を目で追うのと同時に、自分の役割を判断し、走る。
 前方で松谷が再度好守を見せ、一バウンドの打球を体制を崩しながらも捕球した。
 セカンドのカバーに入る俺に、高めに浮いた球が飛んでくる。
 二塁ベースとの距離を瞬時に把握し、絶好のポジションでジャンプしてその球を掴んだ。
 ベースの上に着地して2アウト。併殺を阻止する為ランナーが突っ込んでくるのを紙一重でかわし、ファーストを守る副キャプテン、柴田さんのミットめがけて思い切り投げた。
 際どいタイミングではあったが、一塁塁審のアウトコールを確認して、松谷に並んだ。

「調子いいな」、そう声を掛けようとした俺より先に、
「ナイスアシスト」
 と、松谷が満面の笑みでグラブを出す。そのグラブに自分のを当て、「当然」と答えた。
「あれくらいしないと、スタメンの意味ないだろ」
「いやいや、さっきのは俺の悪送球だ、ミスっても文句なんかないぜ。正直助けられた。スランプ、脱したんじゃないのか?」
 期待に満ちた目を向けられ、一瞬返事に詰まった。
「……いや、違う。けど連携プレーは別に……いい感じにできてると思う。だから、安心してパス出してくれ」
「了解。頼りにしてるぜ」
 一回表の終了時とは別人の表情で、肩をポンと叩き、追い越していった。
 短いやり取り。だが、信頼関係は野球をする上で、もっとも重要だと思っている。
 相手が受けると信じられないなら、怖くて投げれなくなる。そんな情けない想いを松谷にさせるくらいなら、レギュラーを外される方が数倍ましだった。

 二回裏、西城の攻撃は七番、柴田さん。打順もスターティングメンバーも、県大会決勝の時と同じ。三年にとっても思いがけず転がってきた、本当に最後の大会。
 だからなのか珍しく力みが見える。そんな心の隙を突かれ、意外にもあっさり三振を喫した。

 プレッシャーは、誰にでもある。
 好プレーを連発する松谷にも、天真爛漫な渡辺にも、当然、相手の選手にも。
 甲子園は、その最たるものだ。この地以上に重圧を感じるスタジアムなどないだろう。
 野球少年の誰もが憧れ、一度は立ちたいと強く願う、聖地。
 その本当の意味での試練を、俺達は今、体験している。

 二人目の打者、久住の実力は一年の中でも攻守共に抜きん出ている。だが一番の長所はいつでも、どんな場面でも冷静沈着なところだ。感情を露にする事は滅多にない。
 キャッチャーを目指していると中学入学の時から言っていたが、一学年上に山崎がいるからレギュラーの座はそう簡単に奪えない。 その代わり、肩の強さは守備に大きく活きてくる。
 センターに久住がいてくれるとすごく楽だし、安心できる。

 次期キャッチャー候補がバットを短く持ちジャストミートした打球は、痛烈な当たりとなってレフト線を深々と破る二塁打になった。

 ラストバッターの田島が、自分のバッティングを冷静に分析し、バントの構えを見せる。見せ掛けではなく本当にバントする気だ。

 足を使い、小技を絡め、チャンスを広げて勝ってきた。
 強打者のいない西城が決勝まで行けたのは、どんな局面でも自分で考え、判断し、その責任を負う事で、一つ一つのプレーを大切にしてきた結果だと思っている。
 一発のあるチームより、繋がりのある打線の方が怖いのは、守っていても同じだ。

 役割を走者の進塁に決めた田島が、きちんとその責任を果たし、久住をサードに送った。

 二アウト三塁で、一番の松谷を迎える。
 守備でも再三いいプレーを見せた松谷が、緊張も程よくほぐれた状態で、二度目の打席に立った。
 まさか二回裏で二度目の打席が回ってくるなんて思いもしなかったが、再度 追加点のチャンスに変わりはない。
 俊足の松谷が1‐3のカウントでフルスイングした球は、セカンドの頭上を越える、面白い当たりになった。
 センターが大きくバウンドした球を思い切り前進して捕球する。耐久時間が長かったせいで、ホームも一塁も余裕でセーフ、レフトスタンドはお祭り騒ぎだ。

 二番の渡辺が、西城の打線を抑えられず動揺したピッチャーから、小細工なしのスイングでライト前への連打、初ヒットをもぎ取った。
 同時に、二アウトでリードを大きめに取っていた松谷が、足を活かして二塁ベースを蹴り、一気に三塁を陥れるべく走った。
 思いがけない無謀な走塁は相手校をも慌てさせたみたいだ。
 焦った野手が三塁に送った球が僅かに逸れ、頭から突っ込んだ松谷を助けた。
 流れは、明らかに西城に来ていた。

 久しぶりにランナーとして塁に出た渡辺が、一塁ベース上で拳を高々と突き上げる。
 その天真爛漫さが、甲子園の大舞台でも物怖じしない明るさを裏付けている。
 頼もしい後輩、山崎とは一味違ったムードメーカーだ。
 それを見ながら結城キャプテンがバッターボックスに向かう。
 入れ違いに俺も再びベンチを出て、ネクストサークルに向かった。

 2アウト一、三塁。
 相手はエースを温存している甲子園常連校。このチャンスを何としても、ものにしたい。
 白く囲われた円の中でしゃがみ打席に目を遣ると、1ストライク2ボールのカウントで迎えたキャプテンが、四球目、ストライクコースからボールになる球をしっかり見極めた。
 誘い球で引っ掛けさせようというバッテリーの思惑は外れ、立場が入れ替わる。
 1‐3で五球目を迎えるのと、2‐2で迎えるのとでは、雲泥の差がある。
 追い込まれたバッテリー。
 ここまできたら歩かせて満塁策を取るか、勝負に出るか、運命の分かれ道だ。
 と、判断を迷ったのか、タイムを取ったキャッチャーがマウンドに向かった。
 先発投手の調子は、今一よくないと見た。叩くなら今だ。

 マウンド上で二人が確認し合うのを見ていると、何故か、バッターボックスに立つキャプテンではなく、俺の方を伺った二人と、もろに視線が合った。
 構わずじっと見返すと、さっきの打席での件がまだ功を奏しているのか、相手の方がすぐに視線を外す。
 満塁策は……ない。
 俺の前の結城先輩で勝負だ、そう思うのと同じタイミングで、ピッチャーの肩を叩いたキャッチャーが、ホームへと戻った。

 試合再開を告げられ、ピッチャーが投球モーションに入る。同時に二人のランナーが再び大きくリードを取った。
 2アウト、ダブルプレーの心配はない。西城ベンチの指示は、思うがままに、だった。
 手からボールが離れる。打つ気満々に見せていたキャプテンが、バットの中ほどに右手を添えた。
 意表を突くバントは、完全にバッテリーの裏をかいた。そして俺も。
 結城キャプテンの巧みなバントで、三塁線に勢いを完全に殺された球が転がっていく。そのすぐ傍を松谷が走り抜けた。
 マウンドを降りたピッチャーと、サードの選手が突っ込む。一瞬早く球を掴んだピッチャーが、ホームに気を取られた。
「ファーストだッ!!」
 サードの選手の怒鳴り声がはっきりと聞こえ、慌ててピッチャーが一塁に投げた。
 ホームで刺せるかと思ったんだろうが、松谷は俊足だ。それに2アウト。バントされた時点で打者だけを見るべきだった。
 それでもタイミング的にはぎりぎりだったと思う。それほど結城キャプテンのバントは絶妙だった。

 相手バッテリーは、ビハインドの試合自体そう経験がないのかもしれない。ホームに走るランナーが目に入り、焦りが出たんだろう。
 迷いが生じ、一塁への送球をも遅らせた。
 結果、西城は五点目を、キャプテンの機転と松谷の足で奪い取った。

 コンマ数秒の駆け引き。一瞬の隙が失点に繋がる。
 西城をなめてかかっていたツケを今、明峰高校は払っている。前の打席の結果を気にしすぎて、満塁策で俺と勝負するのを避けた結果だ。
 明峰には思いがけないピンチだろう。だが西城には願ってもないビッグチャンス。
 ――ここで打てれば……そう思い、バッターボックスに向かう俺の目の前で、相手ベンチの監督が、早々と投手の交代を告げた。

 再びマウンドに行くキャッチャーの元へ、ブルペンから二番手のピッチャーが走って行く。が、ありがたいことに門倉さんじゃない。
 二人目は、サイドスローの変化球投手だった。
 大事な局面で1、2イニングだけ投げる、中継ぎ専門の投手だと記憶している。
 内野手が集まり、ベンチからも伝令が出る。だが、こんなに早い回で投げる事は今までなかった。
 門倉さんの出番が早くなるか、彼の投げるイニングが長くなるか、どちらにしても先発ピッチャーを打ち崩すチャンスは潰されてしまった。

 変化球は手こずるかもしれない。
 その予感が的中し、5球ファールで粘り、カウント2‐3に持ち込んだ俺だが、相手の得意とする、切れのいいシンカーを真芯に捉えられず、辛うじて当たり損ないのシングルヒットで、それぞれ一塁ずつの進塁にしかならなかった。

 アウトにならなかっただけましとは思うが、後のない状態で山崎を迎えた。
 けど、あいつは変化球が苦手だ。かなり克服してきたが、満塁のせいか、ここから見ても力みすぎて大振りになっているのがわかる。あれではバッテリーに読まれてしまう。

 やっぱり……あっさりボール球を振らされて三振、ランナーは残塁、二点の追加点止まりだった。


 西城に傾いていた絶好の好機が潰され、引き戻される。しかも、門倉さんはまだ温存されたままだ。
 守備に散る俺達の間にも、微妙に重い空気が広がる。
 三回表、打順は一番から。二度目の対戦ともなれば、田島の球に喰らいつくくらいしてくる。

 思った通り、少しずつこの甲子園の雰囲気を思い出してきたのか、バッターが冷静に球筋を見極めはじめた。
 2ストライクまで追い込んだはずが、際どい球をカットされ、知らず投球数が増える。
 2‐1のカウントが、いつの間にか2‐3になり、田島の方が苦しくなる。
 うちのピッチャーの層が薄いのを知っているのか、敵の採った作戦は見事に西城の弱点を突いていた。

 これがあるから、五点の差にも安心なんかできない。
 ゲーム開始直後は、西城の意外な攻撃力に押されていたかもしれないが、もう相手が油断する事も隙を見せる事も、そうはないだろう。
 実際にはこれからが敵の本領発揮だ。

 粘られ投げさせられた八球目、ジャストミートされた球が、ライトとセカンドの守備範囲中間に落ちる。
 ファーストを大きく回ったランナーが、セカンドのベースカバーに入った俺へのライト渡辺の好返球を見て、ファーストに戻った。

 二番の打者がバントの構えをする。
 西城と同じ、アウトカウントがない時には、必ず送ってランナーを得点圏に進める。堅実な野球をするチームだ。
 一塁ランナーの足を警戒して、再三牽制球を放った田島が、バッターに投げた。
 タイミングを狂わされつつも、当てたボールはやはり上手く転がされ、三塁線へ。キャプテンが拾い、フォースアウトは諦めファーストに投げて1アウト。
 二塁は余裕でセーフになった。
 きっちり仕事を果たした二番打者が、ベンチで手荒く出迎えられる。

 一つのプレーも軽んじない姿勢、それがチームの強さだ。
 ランナー二塁、1アウトで、クリーンナップを迎える。この回、やばいかもしれない。田島と山崎のバッテリーもそう感じている。 ランナーを溜めるのも、かといって迂闊に勝負するのも危険だ。
 だが、この回と、できれば四回までは田島になんとか頑張ってほしい。うちにはもう、駿しかいないんだ。


 しかし……現実はそう希望通りいってくれなかった。
 三番、四番と、立て続けにヒット、しかも長打が出て、相手に一気に二点が入った。
 一番、三番打者が楽々とホームに還り、四番打者の明峰高校キャプテン室生さんが、セカンドベース上で涼しい顔をしてタイムを掛け、肘と膝の保護カバーを外す。
 外野に持っていかれると、手の打ちようもない。しかもまだアウト一つ。

 一回目の守備のタイムを取り、マウンドに集まる俺達の元へ、監督からの指示が来た。
 ピッチャー交代、だ。

 県大会の時と違い、監督も駿の投げる球に安心感を見出したらしい。
 早々にブルペンで投球練習をしていた駿が、甲子園のマウンドに走ってくる。
 それを見た松谷が、緊張感の欠ける口笛を吹いた。
「なあ…なんか、やたらカッコよくね?」
「似合わなくて悪かったな」
 田島が気分を害する風もなく、あっさり言い返す。顔を見合わせ苦笑を漏らした他の内野手だが、みんな想いは同じと見た。
 この場所が誰よりも似合う、大切な後輩。
 紛れもなく俺達が待ち望み、焦がれていた、西城のエースピッチャーだ。

 それにしても、と思う。任される状況は県大会の時より幾分かましだが、この大舞台、大観衆の前で、実力が出せるだろうか、という不安はある。
 マウンドで受けたプレッシャーに負け、後々まで尾を引いた俺だから、このマウンドが駿にとってそんな場になりはしないか、それだけが気掛かりだった。
 駿はまだ発展途上の、これから大きく成長する投手だ。場慣れした門倉さんや、小学生からピッチャー一筋の加納とは違う。
 100%、いや、80%ほどでいい、硬くならずに投げられれば、それほど悲惨な事にはならないと思うが……。
 駿の投球が、この試合の行方を左右する。
 わかりきった事実だからこそ、その精神状態が一番不安だった。
 あまり自己主張するタイプじゃないし、どちらかと言うと……いや、完璧に控え目な奴だ。

「相原、大丈夫か?」
 同じ思いでいたのか、俺達の元に来た駿に結城キャプテンが心配そうな顔で尋ねた。
 そんな事を訊かれても困るだろうが、彼の返事はこの場に居合わせた誰も、思いもしない、大胆なもの……だった。
「あの、…成(なる)先輩」
 遠慮気味に呼ばれ、面食らいつつも駿を見返した。

 渡辺にうるさく言われ、俺の呼び名を『成瀬先輩』から『成先輩』に変えさせられたのは、つい先日の事だ。まして実際に駿からそう呼ばれたのは今日、今が初めてだった。

「心音、聴かせて下さい。そしたら落ち着けそうな気がします」
 わずかに強張った表情で、それでも精一杯平静さを装って、そんな願い事を口にした。
 途端に、俺以外の内野手が一斉に笑い出す。
「相原ヤバイ! 北斗の術中にしっかりはまってる」
 一番分別のある柴田先輩にからかわれ、駿の頬に朱が走った。
「けど、確かに効果はありそうだな」
 結城キャプテンまでそんな事を言って、俺の肩をバシッと叩いた。
 心細げな駿の頼み事が、守備陣の心をあっさり一つにまとめてしまったようだ。
 元々、術をかけた覚えもないが、そんな怪しげなものより、駿のカリスマに乗せられたんじゃないかと思いつつ、言い出した本人にもう一度目を遣ると、胸に当てた左手のグラブの上、重ねた右手が微かに震えていて―――
 それに気付いた途端、堪らなくなった。

 どう表現すればいいのか……。
 とにかく、駿の望む事なら何でもしてやりたい、そんな気分。
 この感情を何と呼ぶのか、そんなこと知らない。
 それでも、愛おしさで胸が一杯になる。

 ためらいもせず、県大会決勝戦の時と同じに、その右手を取った。
「それくらい、いつでも聴かせてやる」
 手首を掴み、自身の胸に強く押し当てて願いを込める。
「毎回悪い、駿。けど、俺達もお前と一緒だ。伝わるだろ?」
「――ええ、しっかり」
 数万人の観衆が見つめるこの場所で、俺を見返した駿の瞳に、怯えや迷いはない。それどころか、確かな煌きを見つけた。
「よし、大丈夫だな。行くぞ、相原」
 キャプテンの掛けた声に応え、内野陣が守備に散っていく。
 ただ一人、田島だけは他のポジションに就く事なく、ダッグアウトに引き上げていった。

 県大会の時と同じ、後の全てを駿に託して。




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