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作品名:星を道標に  \ オーバーカム 作者:ナナセ

第14回 試練のスタジアム Z

               〜 試練のスタジアム Z 〜



 笑い出しそうな膝をどうにか宥め、セカンドベースからホーム中央に向かっていると、無理難題を押し付けた罪滅ぼしなのか、俺の元に駆けて来た関がヘルメットを奪い、代わりに帽子を被せていった。
 無言でヘルメットを持ち去った関の後姿をぼんやりと目で追い、ゲーム中にもこれと同じ事があったと、懐かしい気分で思い出した。

 思えば、この帽子を飛ばしてライナーをキャッチしたあのプレーから、何かが変わり始めていた気がする。

 頭上で照り付けていた太陽は完全に沈み、ただ立っているだけだと、夕暮れの浜風が疲れた身体をなぶっていく。
 その風に誘われるように試合の余韻を味わった。

 途中、中断はあったものの、二時間半に及ぶ、まさしく熱戦だった。

 先に整列した西城の前に、明峰の選手達が興奮冷めやらぬ顔で並び始める。
 嬉しくて仕方ないと、全身で喜びを表す相手の表情に、奇妙な感慨を覚えた。
 しんどい思いをしたのは自分達だけだと思っていた。だが、どうやら相手もそれなりに苦労していたらしい。
 たとえ僅かでも、前年度優勝校にそんな思いをさせた事は、これからの俺達のささやかな自信に繋がるはずだ。

 主審の合図で帽子を取り、頭を下げる。
 同時に試合終了のサイレンが場内に響き、ほっとする半面、微かな哀愁を感じた。

 本当に……思いがけず大変な目に遭ったゲームだった。なのに終わってみれば、やはり寂しさを拭い切れない。

 振り切るように帽子を被り直し、きびすを返しかけ、右腕をぐっと掴まれた。
 振り向くと、その手は俺の前に立っていた門倉さんのものだった。
 俺だけじゃない、明峰の選手達がみんな、正面の相手に歩み寄っている。
 戸惑いを隠せない俺達に構わず、握手の手を差し出してきた。

「手強かったよ、お前ら」
 低音だが、歯切れのいい口調で話しかけられ、思わず相手の顔を見返した。


 ――この気持ちを、どう表現すればいいんだろう。


 勝ちに慣れた態度に相手の強さを再認識させられたわけだが、そんな人達に認められた事がただ嬉しくて、掛けられた言葉にも胸が熱くなる。

 目の前に差し伸べられた大きな手の平を、明らかに握力の落ちた右手で、精一杯握り返した。

「二連覇、して下さい」
 意志の強そうな瞳を真っ直ぐ見返して告げると、グラブを持っていた門倉さんの左腕が俺の肩にまわされ、ぎゅっと強く抱き締められた。

 一瞬の抱擁。

「!? ……」
 声を失くした俺をすぐに解放した門倉さんが、楽しげな瞳を向け、力強く請け負った。

「当然」
 と。



 ―――完敗、だった。










『野球の神様』は、確かにいた。俺達の、心の中に。

 チャンスは自信とプレッシャーに、ピンチはそれを乗り越える強さに変わる。

 勝っている者にも、負けている者にも、平等に与えられる試練。


 結果を恐れるな。

 先の事なんか心配しなくていい。

 失敗したって、エラーしたって構わない。

 それを補い助ける為に、十八人の仲間がいる。

 彼らの信頼を得たなら、それは未来を切り開く、大きな力になる。

 それが経験になり、俺達はまた一歩、成長できるはずだ。










 苦笑しつつベンチ前まで戻り、相手高の校歌を聞く。
 西城の選手の間から、すすり泣きの声が広がった。

 三年の先輩を差し置いてレギュラー入りした責任は、果たせただろうか?
 それもわからない。だが、スランプでも精一杯やった。だから、悔いはない。
 涙も、俺には必要ない。
 来年、俺達は新しいメンバーで、もっと強くなって、再びこの地を目指す。
 今度こそ自分達の力で、自分の守るべきポジションで。

 そう決意を新たにし、ふと、目の前に立ち塞がる強敵を思い出した。
『加納一聖』と、『梛 義純』。
 あいつらを倒さない限り、甲子園に戻るのは不可能だ。
 俺達以上に、ここを目指す想いは強い。
 九回は図らずも梛に力を借りてしまったが、もう俺に投手としての助言は必要ない。西城のエース、駿がいるから。
 実力通りの活躍ができたなら、彼も間違いなくマスコミに取り沙汰されるだろう。
 その時、俺は今度こそチームメートを守る。

 二年前の悔しさは、一生忘れない。
 この中の誰一人、辞めさせたりしない。そう思い、自分の心をひたすら隠し、仲間を庇っていたつもりだった。
 けど、それは俺の思い上がりだったのかもしれない。

 いくら俺が無愛想にしていようが、勝ち上がって行けば注目されるのは当然だし、もっと存在感のある奴が出てきた事を思えば、そんな中で自分一人無視を決め込んでも、効果なんかない。
 それ以上に、俺達を心から応援し続けてくれた奴らまで無視するような方法を、取るべきじゃなかった。


 県大会で個人優勝した時の瑞希の、観客への凛とした姿が、今も目に焼きついている。
 あの時の瑞希を誇らしいと思い、試合の結果以上に凄いと感じた。
 同時に、あれからずっと、胸の中に苦い何かがたゆたっていた。

 その後の自分の県大会で、同じ状況に立った俺は、瑞希がそこにいたにも関わらず観客に対してわざと顔を上げなかった。
 そんな自身の行動に、初めて苛立ちを覚えた。

 その理由が、この試合を終えた今、ようやくわかった。


 校歌斉唱が終わり、決して軽くはない足取りだったが、レフトスタンドの下に走って行くと、
「お前らァ、みんなよーく頑張った!」
「いい試合だったぜーっ!」

 先輩や同級生、よく見知った奴らが、スタンドから思い思いに声を掛けてくる。
 最後の試合となった、三年を労う声。
 駿の怪我を気遣う声。
 そして何故か俺へも、感謝の言葉が―――

「北斗ォ、お疲れー! ありがとなーっ!」

 掠れた声を振り絞る友人の姿に、胸が堪らなく苦しくなる。
 同じ台詞を、県大会の時にも聞いた。
 試合に負けた俺達にも、惜しみない賞賛をくれる。

 苛立ちの正体は、そんな気のいい彼らへの、後ろめたさだった。

 どんなに試合で結果を出しても、…チームメートを守るために出した結論でも、最後の最後にそんな気持ちを抱えて会場を去るなど、本末転倒もはなはだしい。

「整列ッ、礼ッ!」

 結城キャプテンの号令で、一斉に頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
 けど……もう、このまま顔も上げず黙って立ち去る事など、俺にはできない。してはいけない。

 右手に掴んだ野球帽を薄暮の空に高く掲げ、スタンドに振って見せた。

「みんな、ありがとなーっ!」

 俺の声も、完全に掠れてる。
 それでも、彼らの心にはしっかり届いたらしい。

 一際大きな拍手と、痛いくらいメガホンを叩き合う音が客席で混じり合い、再び騒然となった。

 笑顔を残し、振っていた帽子を被り直して、ベンチに向かう選手の後を追う。


 俺の心は、甲子園を包む夕暮れのように、ほんの少しの寂寥感と、全力を尽くした満足感に、ようやく満たされていた。




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