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作品名:星を道標に  \ オーバーカム 作者:ナナセ

第13回 試練のスタジアム Y 後編
               〜 試練のスタジアム Y 後編 〜



 門倉さんのホームランの一点だけで、どうにか後続を断ち切った西城は一番松谷の好打順。
 今日最高に当たりまくっている奴に望みを託す。

 松谷が出れば、再び俺にもチャンスが来るかもしれない。
 もしも打席に立てたなら、それで決着をつける。

 十一回以降は、もう考えたくない。なら、自分のバットで終止符を打ちたい。

 この回での逆転勝利、西城の選手全員が、それに賭けている。
 

 その松谷が、信じられない事に、渡辺に続いて今日二度目の4ボールを選び、出塁した。

 門倉さんほどの人でも制球に苦しむ事があるんだろうか? ノーアウトでファーストランナーを出すなんて。
 それはともかく、明峰のピンチは西城のチャンスだ。
 降って沸いたような幸運に、レフトスタンドの応援が一層大きくなる。

 二番打者、渡辺へのサインは、もちろんバントだ。
 八回に失敗した渡辺が、今度は上手く転がして絶妙の犠打を決めた。
 意気揚々と引き上げてくる表情からは、大仕事をやり遂げた後の達成感が確かに滲んでいた。


 1アウトで二塁に松谷を置き、続くキャプテンが力強くフルスイングする。
 掠った打球がライトスタンドへ入り、仕切り直した二球目。
 高めに浮いたボール球を、今度は完璧に捕らえた!
 前回の久住の当たりを彷彿とさせるような打球が、レフトとセンターの中間に飛んで行く。
 ネクストサークルで見ていた俺も、思わず立ち上がっていた。

 行ったか!?

 固唾を呑んで見守る視線の先で、球場に掲げられた大会旗が、一時は凪いでいた風にまた大きく煽られていた。
 これまでの浜風ではない、明らかに逆風。
「あ、……」
 知らず、声が出た。
 押し戻された打球が見る見る失速し、レフト側に寄ったセンター外野手のグラブの中に、ストンと落ちてきた。
 二塁に戻りタッチアップを狙っていた松谷も、捕球された位置が悪く、走るのを自重した。
 
 レフトスタンドに、また溜め息が広がる。同時に足の力がすっと抜け、その場に片膝を付いてしまった。

 次のバッターは俺、だ。

 すでに2アウト。
 ラストバッターにはなりたくないが、一瞬でもゲームセットを夢見た分、立ち直るのに時間がかかる。


 気を取り直し、重い腰を上げた。まさにその刹那―――

 会場を囲む全ての客席から、何故か大きな拍手が起きた。

 スタンドをぐるっと見渡して、一瞬呆然と立ち尽くす。
 その拍手に後押しされるように、深く息を吸い込んで、ようやく一歩を踏み出した。


 ――ああ、そうだ。この歓声だ。


 俺が求めていたのは、これだった。
 ピッチャーとしてマウンドに上がる時じゃない。
 今、この瞬間の声援が、素直に嬉しい。

 試合が始まった時には、こんな気分になるなんて思いもしなかった。

 数日前の県大会にも聞いていた。だが、今はその比じゃない。
『スタンドが揺れる』、そんな誇大な表現が、ぴたりと当てはまる。

 この打席が、試合の成り行きを見守ってきた観客の関心を引いたらしい。

 門倉さんとの対決――特にレフトスタンド側が二本目のホームランを期待しているのは明らかで、それに対して強く反発していた。

 なのに、どうしてだろう。今は心が凪いでいる。

 西城のみんなの、日に焼けた顔を見たせいだろうか。
 それとも、強敵を相手に延長までもつれ込んで、自分自身満足したからだろうか?
 よくわからない。
 わかっているのは、俺の体力がこの打席で尽きるという事。

 大勢の声援を受けてホームに向かう俺は、実はバットを回す力も惜しい。
 ボックスへ歩く足が……言いようもなく重くてだるい。バットも、杖代わりにしたいほどの疲労感。
 正直、これほど疲れた試合は今まで経験した事がないし、満足にスイングできるかどうかも怪しい。

 それでも、こんな俺にこれほど沢山の拍手をくれるのは、何故だろう?
 嬉しいけど、困るし、それに……何だか辛い。
 そんなに期待されても、きっと応えられない。

 本当に、今までよくもったと思う。
『頑張った自分を褒めてやりたい』、とは、結果を出したアスリート達が、試合を終えて口にする感想だが、今の俺はまさしくそんな気分。
 見ている側には決して満足のいく結果ではないかもしれないが、試合前の自分への不安は、このスタジアムの中で完全に昇華されていた。


 何度目の打席になるのか、…それすらよくわからない。酸欠で、思考回路まで鈍くなっているようだ。
 それでも、全ての気力を振り絞ってボックスに立ち、門倉さんに目を向けると、延長になってその存在は色あせるどころか、一層強く輝いて見える。

 彼自身ホームランを打った事で高揚感を得たのか、完全に波に乗せてしまった。
 八回の挑発的な態度は消え、揺るぎない自信と、闘志がみなぎっている。
 
 勝利へのこだわり。

 彼の本当の強さを…その真価を、ここにきてようやく見る事ができた。

 この気迫に挑みたかった。

 試合前、今の門倉さんを引っ張り出す事を、自分自身に課していた。その彼に打ち勝つ事で、自分も強くなれる気がしていた。

 それにしても、本当の本気を出すのが遅すぎるだろ、と言いたい。こっちはもう気力体力共とうに限界を超え、フラフラなのに。
 それをも狙っていたとしたら、よくよく喰えない人だ。 


 二塁にランナーを背負い、門倉さんがセットポジションで牽制する。
 恐らく松谷は走らない。迂闊にチャンスは潰せない。それよりも俺の一打に賭けて、ヒットを願っている。

 初球、今まで以上に力強い音が、ミットに響いた。
 投げ損じなど有り得ない。完璧なコントロールで、インコース膝下一杯に決まった。
 二球目、ストライクなら圧倒的に不利になる。
 足が上がり、手からボールが離れる。門倉さんに迷いはない。俺を三振させる事だけに専念している。
 なら俺も、それに応えてやる。

 だが、心の中でそう思っても、現実は厳しい。
 門倉さんの重く威力のある球は、球種を読んでも当てるだけで精一杯だった。

 三球目、四球目、五球目。

 鈍い音が球場に響くたび、歓声とどよめき、そして西城高校のみんなの呼びかけが……俺の名前をコールする声が、どんどん大きくなっていく。

 今までも、どんなに小さな球場でも、応援に来てくれた奴らは、ここと少しも変わることなく、声を張り上げ、俺達に惜しみない声援を送っていた。
 俺は、それを知っていて、わざと聞こえない振りをした。

 ……馬鹿だ、俺。

 中学の時の騒動に惑わされ、こんなに熱く応援してくれる奴らにまで、心を隠し、背を向けていたんだ。
 バットで応えればそれで十分だと、本気で思っていた。
 俺が何よりも大切にすべきは、マスコミに対する警戒じゃなかった。
 ミスを笑い飛ばし、ピンチに励まし、チャンスに声を張り上げて後押ししてくれる、西城高校のみんなだった。

 応えたい、彼らに。

 決着も着いてないのに、半泣きでメガホンを口に当てる女子にも、最後まで高らかに演奏を続けてくれたブラスバンドや吹奏楽の部員にも。
「ありがとう」と、無性に伝えたい。


 ―――瑞希、今 どこでどうしてる?

 もしかしたら、お前もどこかでこの試合、見てくれているか?

 俺の気持ちが、お前に伝わっていればいい。

 俺、最高に幸せだ。
 本当に、ここに戻れて……よかった。
 こんな嬉しい事ないよ。


 だけど……ごめんな。
 お前を甲子園に呼んでやりたかったけど、…無理みたいだ。
 門倉さんの球をスタンドまで持って行く力が、俺には残ってない。
 それくらい門倉さんは、凄いピッチャーだった。


 意識が朦朧としてくる。

 もう一球、
 あと一球だけ、俺に力を……。
 せめて、フェアグラウンドにボールを飛ばす力を―――

 それで、全てが終わる。


 霞がかかったように頭がぼんやりする。
 薄暗くなった視界の中、真っ白なそれだけがはっきりと見え、反射的にバットを叩きつけた。
 何球目だったのか、どんな球種だったのか、そんなのどうでもいい。
 久々に響いた快音。
 痛烈な当たりとなった打球が、ファーストとセカンドの中間を抜けて行き、夢中でファーストに走った。
 強引だとわかっていても、松谷はホームを突くだろう。俺の疲労を知っているから、少しでも早く自分で同点のベースを踏むはずだ。
 そう信じて、俺も一塁ベースを蹴り、一気に二塁に走る。
 得点圏に行き、相手を少しでも追い詰める為に。
 次に繋げば……俺がホームに還れば、それで終わる。

 行け、松谷! この試合、お前に任せた。



 頭から本塁に突っ込んだ松谷と、返球を受けたキャッチャーが、ホームベース上で激しくぶつかった。




 ミットに収まったボールは――こぼれなかった。


 ホームを死守したキャッチャーが、左手のミットを高く掲げる。

 主審の判定は―――

 固唾を呑んで見守る中、息詰まる一瞬。


「ランナーアウト!」


 大きく繰り返されたそのジェスチャーを、遠く二塁ベースの上で見た。








 ジャッジが下されたコンマ数秒、時間(とき)さえ止まったような錯覚に陥った。

 すぐに爆発的な歓声がライトスタンドで起こり、明峰選手達からは勝ち鬨の雄叫びが、夕暮れのスタジアムに高々と響いた。










 ―――負けを知った時、正直ほっとした。

 これで、本当にマウンドに上がらなくていい、と。





 ……ごめん、みんな。
 こんな気持ち、裏切りだよな。

 けど、俺は必ず、フィールダーとしてここに帰って来る。
 自分達自身の手で、その権利を勝ち取って。

 そしてあの歓声を、瑞希と共に分かち合いたい。
 


 世代を超えて人々を魅了し続ける、この甲子園の舞台で―――





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