小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:星を道標に  \ オーバーカム 作者:ナナセ

第1回 予期せぬ展開
 
  
                 〜 序章 〜




 果てしなく広がるグラウンド

 青々とした外野の芝

 整備の行き届いたダイヤモンド

 そして、その中心に 緩やかな傾斜のついたピッチャーズマウンド



 全国に無数にあるスタジアムと何ら変わらないのに、どうしてここだけが、これほど人を惹き付けるのか?
 

 全国高校球児 憧れの地、


 ―――『甲子園球場』。
 

 この場所で、これから行われる試合の数々は、おそらく一握りの人の記憶にしか残らないだろう。

 だが、出場する選手にとっては、生涯忘れる事のできない経験となる。
 

 どんな結果になろうと構わない。

 ただ一つ、後悔のない試合をしたい。

 その為にも、自分の持てる力を全て出し尽くしたい。
 


 それさえ叶えば、他に何も望みはしないのに―――


























              〜 予期せぬ展開 〜




 ―――一体どうして、こんな事になったのか?


 この期に及んでも理解できない。




 山崎からの返球を機械的に受け取って、解せない気分で投手用のグラブを睨み付けた。
 自分の左手にはめられた、駿のグラブ。
 そう、まさしく俺は嵌(は)められた。それも、仲間だと信じていた奴らに!!

 思い返すと段々腹が立ってきて、投げる球がやけくそになる。
「あっ!」
 しまった! 大暴投だ。投げた瞬間声が出た。と同時に、レフトスタンドの客席からも悲鳴に近い声が……。
 そんな周囲の動揺に慌てる事もなく、山崎が大きく逸れたボールを、身体を目一杯伸ばしてしっかりキャッチした。

 ……本当に捕球の上手い奴。後逸なんか最近見た事ない。小学生の頃はしょっちゅう後ろに逸らしてたのに。
 おかげで、何事にもこだわり出すと極めたくなる俺は、ボールコントロールを極限まで磨き上げた。
 俺の制球がそれなりにいいのは、間違いなくあの頃の山崎の下手くそな捕球のおかげだ。
 それが、こんなところで引っ張り出される要因になるなんて……どう考えても理不尽に思えて仕方ない。

「北斗! 滑り止め使うか?」
 落ち着かせようとしているのか、山崎がマスクを外し一言添えて投げ返す。
 正確に返された球を受け、「余計なお世話だ」と言い放つ代わりに、小さく舌を出した。

 遥か遠くの電光掲示板に目を遣り、深々とため息を零してみても、事態が変わるわけじゃない。
 こうなった原因の駿は、もうベンチに戻ってきただろうか。
 マウンドを見たらさぞ驚くだろう。こうして投球練習している俺が、未だに信じられないのだから。

 駿の心情を…驚愕する様を勝手に想像し、慌てて頭を振った。
 今は他人の事より自分……いや、試合の事だ。
 そう心に言い聞かせ、規定の投球 最後の一球を山崎のミットめがけて投げ込んだ。

 ここまで来て試合放棄などできない。
 このゲームの全権を委ねられ、大観衆の中マウンドに立つ自分が、別の人間に思える。それか、夢の中の出来事、そんな錯覚を起こすには十分な非‐現実。

 逃げ出したくなるような気持ちを落ち着かせる為、浜風の強い甲子園の空を、ゆっくりと仰ぎ見て、胸に一杯の空気を吸い込んた。

 この空だけは、広島にも続いている。

 俺以上に孤独な戦いをしているだろう、瑞希の元に―――。



      
            ・            ・            ・




「おい、剣道部からの吉報だ! 吉野が決勝進出 決めたぞ」

 午後三時半開始予定の第三試合に向けて、軽めの昼食を取り休憩していた野球部は、剣道部の相模(さがみ)主将から結城(ゆうき)キャプテンの携帯に入った、瑞希のインターハイの途中報告を聞き、騒然となった。

「マジで!?」
「ああ。あいつら広島に行ってるらしい。現地からの生中継だ」
「えっ!? あの出不精の相模がか?」
「ありえねえっ」
 ゲラゲラ笑い、同級生をからかう三年だが、相模主将を動かしたのは間違いなく瑞希だ。
 その事が――甲子園でなく、瑞希の傍にいてくれるのが、素直に嬉しい。
「吉野先輩スッゲェ」
「うわっ、僕 興奮しすぎてトリハダ立ってる〜!」
 等々、大騒ぎする一年に混じり、悔しげな声が上がった。
「チキショー、やっぱやりやがったか! こっちがなかったら広島行ってたのに〜っ! なあ 北斗」
 一年以上に興奮した山崎が、俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「孔太、痛い」
 嬉しいのはわかるが、馬鹿力の山崎に手加減なしで叩かれると非常に堪える。
 思い切り非難を込めて睨み付けた俺の横では、瑞希を崇拝する渡辺が、鳥肌の立った両腕を擦りながら、山崎以上に無念そうな表情で唇を尖らせた。
「え〜っ! 先輩達が行くなら僕らもついて行きたかったよォ」

 有り得ない、夢物語に終わってしまった、瑞希の全国大会観戦。
 だが、あいつならそう易々と負けないだろう事は、ある程度予測がついていた。

 案の定、各県の強豪を次々と破り、準々決勝から上の試合が行われる、今日の最終日にあっさり残った。

『自分の力でベスト8に入りたい』
 そう話したのは、三日前の事だ。
 相容れない現実に苦悩し、ためらいながらも口にした願望を、あいつはしっかり叶えた。


『直接話したい事がある』

 大会前日、機械音痴の瑞希から珍しく寄越してきたメールは、簡潔だが妙に意味深な文章だった。ましてお互い大事な試合前に直に連絡を取り合うなど、今まで一度もない事で、内心動揺しつつ、瑞希の携帯に折り返し電話を掛けた。
 その内容が、あまりにもあいつらしい、とんでもない勘違いから出た決死の行動だったとわかり、笑いとばして収まったが、思いがけず話ができて嬉しかった俺とは対照的に、途中で涙声になったりするから、ずっと気になっていた。

 それなのに、翌日からの試合結果は好調そのもので、俺としては肩透かしを食ったような複雑な心境だった。
 珍しく泣き言を言って、吹っ切れたんだろうか? 
 それならそれでいいとも思える。だが、

 ―――『俺、北斗が好きだ』。

 あいつの残した声が、心の奥に深く浸み込んで……切なくて堪らない。

 傍にいてやりたいよ、瑞希。
 たった一人で戦いに臨むお前に、弱音なんか吐けなくて、偉そうな事を言って励ましたりもしたけど、本当は甲子園なんかどうでもいい。
 実力で勝ち取った出場権じゃないなら、やっぱり俺には何の意味も、価値もないんだ。
 仲間の手前、口にはできないけど。
 



          ・          ・          ・




 そんな事を思っていたから、野球の神様″の罰が当たったんだろうか? 

 瑞希なら、
「不謹慎な事、考えてるからだ」
 とでも言いそうなこの成り行きに、再び大きく溜息を吐いて、山崎のミットから出される初球のサインを待った。

 四年ぶりにマウンドに上がった俺の、甲子園での初投球を、おそらく西城の応援席の皆が、固唾を飲んで見守っている。
 藁(わら)にも縋る想いで。


 だけど、誰かに縋りたいのは、紛れもなく俺自身だった。





次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 2695