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作品名:夢で会いましょう 作者:chihiro

第7回 旅立ちの準備
英三は裕子に自分が漂流霊であることを打ち明けてから裕子の病室にとどまるようになった。もちろん裕子以外には誰も見えない。ただ霊感が強い人には何かいそうだと思っている人がいた。しかし病院で一キロも離れていないところに墓地があるような場所ではそれもありえるとたいして気を止める人もいない。
「何を考えている?」英三は裕子にたずねた。
「昔の友達でがんでなくなった人がいるの。仕事で自分のマンションの一室を買ってこれからだってときに。」
「何のがんだったの?」
「乳がん。ちゃんと手術したけれど他のところに転移してしまっていて発病から五年ぐらいでなくなったわ。抗がん薬で髪もすべてなくなって。なくなった後に彼女の母親と電話で話をしたけれど自分よりも先に逝ってしまったことにすべての感情のやり場がなくなって私もなんて声をかけていいのかわからなかったわ。治療をして五年しか生きられない。私にとっては五年も待たないといけないから治療は断った。」
「心の準備はできているのか?」
「ええ、もうすっかりよ。あなたがいるから何も怖くない。」
「俺たち体と魂が離れたらどこに行くんだろうな。」
「あなたと知り合って間もないころに何かで歌舞伎を見たわ。曽根崎心中って物語。今まですっかりと忘れていたのに頭に浮かんできたのは彼らが心中したあとに魂が二つ寄り添ってさまよっている場面。淡い色の魂がとっても悲しくて私のあなたに対する思いはあんな色をしているんだろうなって思った。でも思い事態は夕焼け?朝焼け?その日によって違っているの。落ち着いた色ではなくてとっても激しい色。」
「今は?」
「今はそんな真っ赤な色は持ってないわ。だんだんと淡い色に変わってきている。でもそれはあなたへの思いが減ったわけではなくてぱっと燃えてぱっと散るようなそんな激しさよりも火は弱くてもずっと消えない炎。」
「君と関係が持ちたいのにもてないときに他の女を代用して君だったらこんな表情をするんだろうかとか君だったらどんな反応をするんだろうかって考えながらやってた。」
「なぜ今頃になってそんな話をするの?」
「何でだろうな。何十年も思い出さなかったことなのに。」
「私もあなたとできなかったことを他の男性に代用してやってた。本当にその人のことを好きだったわけではなく私の自己満足を癒すためでしかなかった。」
「君も俺も素直じゃない。」
「回り道したっていいじゃない。正しい道にたどり着いたんだから。」
「そうだな。」
裕子はしばらく天井を眺めた。そしてゆっくりと話を始めた。「最近の私の想像というのはあなたに触れること。できないことはわかっているわ。私の心の中ではそれが正しいことなのかどうかもわからない。」
「君に触れることはできる。しかしそれをすると君の寿命はそこで終わりになる。試してみるか?」
「昔のあなたはそういうこと絶対に話さなかったわ。変わったのね。」
「試すか否か。答えはどっちだ?」
「試すわ。」
二人の視線は絡み合った。そして英三が口を開いた。
「今日はなしだ。今から直下型地震が来る。君はまだ死ねない。」
地震は英三の言葉が終わったとたんに起きた。病院は一瞬闇に包まれたが非常用の電気が開始された。廊下が騒がしくなった。電気を使って命をつないでいる人や高齢者たちの不安な空気が漂ってくる。一人の看護士が裕子の病室に来て安全の確認をした。裕子は短く「大丈夫です。」というと窓際に体を向けて看護士を追い払った。
「昔、まだ友達がいたころ気がつかなかったことがあるの。」
「それはなんだい?」英三はひそひそ声でささやいた。
「同じ事を何度も話をするのはとても話が折れるということ。いつも繰り返しで先に進まないのではないかって恐れること。」
「今は先に進まないって恐れているのか?」
「いいえ、だって友達を持たなくなったもの。本当は友達を持ったほうがいいのかもしれないけれど、繰り返し同じ事を言うくらいなら一人で過ごしたほうが気楽でいいって思うようになった。」
「俺もだいたい同じようなものだよ。誰かと一緒にいても自分をさらけ出さない。人は一人では生きていけないけれど自分は自分であって他人じゃない。話はしても当たり障りのないことを相互が許すほんのわずかな時間をすごすだけ。」
「以前は私と一緒にいたいなんて思っていた?」
「本音をいうと思っていなかった。ただ何度も言っているように気になってはいた。」
「一緒にいたくないけれど気になる人。あなたのこだわりはあくまで自由なのね。そういう私もだけれど。私は経験からこうなってしまったけれどあなたは経験?それともはじめから?」
「俺も経験からかな。仕事がら一人のほうがおおかったから。今となっては誰かとつるんで何かをやっていたという記憶はもう忘れてしまっている。」
「私でさえも何十年もさかのぼるわ。何か気持ちがそがれてしまったわ。」
「人生の終わりは誰にでも避けられない。今日は君の命日じゃないってことさ。」
「あなたのお墓ってあるの?」
「場所がないとかで川越の何とか会館というところの集合墓地に骨はあるよ。」
「私は墓地ではなく海に流してもらいたいわ。死んでからも自由にあちこちにさまようの。」
「書面でそのことを記したほうがいいよ。」
「そうね。元気なうちにやっておくわ。」
そんな時間がないことは二人とも理解していた。完璧にあった言葉を捜すために人は言葉を発する。おしゃべりをするのは言葉が見つからないからするのであって正確な言葉を知っている人は寡黙になるか次のわからない言葉を見つけに前に進んでいるかどちらかだ。
英三は裕子のそばから消えたりしなかった。それは裕子にとって死期が迫っているという意味だと裕子は理解した。正確な時間は問題ではなかった。英三とあえなくなったとしても今が幸せだ。人は幸せの意味がそれぞれ違うこと、裕子にとっての幸せは英三のそばにいることだと何十年の年月を経て気がついた。
(私は幸せをつかんだ。たとえつかの間であっても一人の人間の歴史などつかの間だ。その中でも幸せを気がつかずにその人生を終わらせてしまうものもいる。何のために生まれたのか、そして人生を歩んできたのか気がついたものは幸せの部類なのだ。私は生まれてきて幸せだった。)


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