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作品名:夢で会いましょう 作者:chihiro

第6回 あなただけでいい
裕子は眠れなかった。今まで耐えられていた全身の痛みが耐えられなくなったのだ。しかし裕子は看護婦にも大宮にもそれを言うことはなかった。しかし眠れない裕子の顔は誰にでもわかった。
「千葉さん、眠れないんですか?もしかして痛いとか?我慢していないで昼夜かまわず誰かを呼んでくださいね。それに何か少しでも口に入れないと。体力がつきませんよ。」
看護士は食事を運んだりしないが誰がどのくらい食事を取っているのかは常にコントロールされている。
「確かに食事はあまりおいしいといえるものじゃありませんけれどね。」看護婦はそういうとウインクをした。「特別にメニューを作ることはできないけれど選択ができるようにすることはできますよ。後でリストを持ってきますね。」
「ありがとうございます。がんばって食べられるようにします。」
その言葉を聴いた看護士はうなずいて裕子の部屋を出た。
一人になった裕子は静かに目をつぶった。ユーチューブにアクセスすることも難しくなっていたからだ。
「眠れないのか?」英三は心配げに聞いた。
「がん細胞が体を蝕んでいるのですもの。痛くて眠れないことは予想はついていたわ。それに何も夢の中でしかあなたに会えないとは限らないことを気がついたから。」
「そうだな。覚えているか?何度目のホテルで俺たちは長年連れ添った夫婦みたいだなって言ったことを。」
「ええ、覚えているわ。あなたに魅力を感じなくなってただ話をするだけのカップルになってしまうのかとあなたは隠しもせずに心配してた。」
「俺は隠したつもりだったけれど君には俺の気持ちをわかっていたのか。そういうところがきっと老夫婦って思ったのかもな。」
「君には一生肌を触れ合うことはできないのではないかと心配してた。自慢するわけではないけれど俺は営業職という仕事柄、女を落とすことには自信を持っていたはずだった。しかしそんな自信を君は意図も簡単に壊してくれた。だから俺は自分に自信を持てる機会を多く持った。俺が誰と寝ようと誰も関心がなかった。」
「私はとても関心があった。無関心なんて保てなかった。あなたに大事な人がいるとわかったときに私は口を開けばあなたのことばかり話し、涙が出ない日はなかった。」
「ああ、知ってる。すべて君の高校時代の友達が話をしてくれた。そして君が妊娠したこともやけっぱちになったってことも。」
「心配してくれてあなたのやきもちを垣間見ることができて私は愛されていたんだなって思った。だから大きな代償だったけれど後悔はしていない。あなたなりの優しさ、あなたなりの裏切り身体ごと受け止めた。バージンを捨てればあなたともっと違った関係が保てるのではないかと思った。」
「でも君は最初の考えを捨てなかった。体のつながりよりも魂のつながり、それを求め続けた。それは今でも続いている。君は本当は俺にとっては悪魔なのかもしれない。」
「忘れたかった。何とかして悲しみから抜け出したかった。あなたのほうこそ私にとっては悪魔だと思ったことは何度でもあるわ。」
「二人してお互いのことをそんなふうに見ていたんだね。駅のホームで君はいい女だったよって言ったことを覚えている?」
「あなたのせりふは、私たち二人の会話は何年何十年経っても忘れない。」
「実際に君はいい女だ。この俺を落とした唯一の女なんだから。だからもっと自信を持ってもらいたかった。」
「そういってくれるのはあなただけ。今でもアイドルみたいにしびれてる。」
「それも知ってる。」
「あなたが私を大人扱いしてくれたおかげで私にとってあなたはなくてはならないものとなった。自分勝手にあなたとつながりを持ったと思い込んでいた時代もあった。人が人を愛する理由はさまざまだけれど私の考え方は間違っているとは思わない。」
「人それぞれ愛し方は違う。君の愛し方と他のやつの愛し方が違ったとしてもそれはそれで当たり前のことなんだ。相手の愛し方を気がつきそれを受け入れるか否かにかかっている。そして受け入れられないからといってそれがその人にとって不幸であるか幸せであるかはその人の気持ちしだい。君は俺を愛して不幸だったか?」
「ううん、不幸だと感じたことはなかったわ。確かにさびしい時期もあった。悲しくてさびしくてでも不幸だと思ったことはなかった。だってあなたをなくしてしまったら自分の心から追い出してしまったら本当に生きる意味を失ってしまいそうだった。」
「今は?未来は?」
「根本的なことは何も変わっていない。未来は考えていない。願いはあなたの魂と一緒になることだけ。そのために今はあなたを強く思うことにしている。第三者の目から見てとてもさびしい人間だと思う。私よりも長生きしている人にあって話を聞いたこともある。でも私は私。夢や希望をなくしてしまった私には長生きしている人と話をしても理解できない。」
「君にとって興味のあることじゃないから理解できないのではなくしようとしない。」
「正しく言えばそういうことになるわ。でも誰の人生でもない。私の人生だもの。誰も決定権はないわ。私はこういう道を取った。」
「それでもさびしいんだろう?この世に生まれてきて誰とも打ち解けずに生きてきた甲斐が見つからない。」
「あなただけで十分だわ。私はきっと執念深い女なんでしょうよ。新しい希望を開発しない。昔にこだわっている。私の人生なんだからそれでもいいじゃない。」
「俺には君の意見にどうこういうつもりはない。君と出会ったことで俺は生きてきた意味がもてたと思っている。」
裕子は英三を見た。声は必要なかった。正確には小康状態を保っていた痛みがまた現れたために会話を続けることができなくなったのだ。
全身汗びっしょりになりながら裕子は耐えた。
病院の夕食は早い。それは病院の職員の関係上だということも入院して初めて知った。痛みにさいなまれながらも病院の廊下を台車が響き渡る音を聞いた。
「千葉さん、夕食の時間ですよ。今夕は少しは食べてもらわないと・・大丈夫ですか?いつから痛みが?なぜナースコールをしないんです。我慢していたって痛みが消えるわけではないことを知っているのに。」
その看護婦はすぐにそばにあったナースコールボタンを押した。「十一号室千葉さんの様態がよくないです。至急処置お願いします。」
数秒後、病室には二人の看護婦と宿直の医師が裕子の周りを取り囲んだ。
「我慢大会はもう終わりですよ。何かあったらいつでもこのボタンを押してください。わかりましたね?」
裕子は弱弱しくうなずいた。
左腕には点滴につながられている。食事がのどに通らず体力が低下してしまっているからだ。

「ぼろぼろだな。」英三がささやいた。
「あなたは何歳まで生きていられたの?」
「五十六までだ。」
「あなたが私に教えてくれた年齢からいったら今年ってことになるわ。本当にそうなの?」
「ああ、君の頭の中で俺たちは会話をしているけれど、俺はまだこの世でさまよっている。君が俺を呼んでくれたからまだあの世には行ってない。俺は君と一緒にこの世を去ろうと思っている。」
「私にとってその言葉は身に余る幸せだわ。」
「結局のところ俺もそのほうが幸せだと気がついた。今俺がやりたいことは君を抱きしめることだ。しかしそれができない。だから守護霊のように君に張り付いている。」
「あなたにいてもらえたらうれしいわ。最後の最後に幸せを見つけた。これで私は満足よ。」
「俺もだ。」


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