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作品名:夢で会いましょう 作者:chihiro

第4回 思い残すもの
「千葉さんは驚かないんですね。」
「自分の体ですからなんとなくわかっていました。」
「医者は患者やその家族に宣告をするのが一番いやなんですよ。どうやって対処すればいいのかわからない。」
「私は大丈夫です。」
「千葉さんは強い人だ。」
「そんなこともないですよ。私にだって思い残すものはありますから。」
「そうなんですか?それは何なのか聞いてもいいですか?」
「私には好きな人がいます。たぶんもうリアルでは会えないでしょう。こうやって生きている間はその人のことを思っていられるけれど私が死んでしまったらその思いはどこにいくのだろうっていうことです。」
「リアルでは会えないってお亡くなりになったんですか?」
「わかりません。もうその人とは三十年以上も会っていません。連絡もつきません。携帯電話なんてなかったころの話ですから。」
「家は?」
「住所は知りません。厳密にいうと彼の名前も年齢も確かではないんです。もしかしたらずっと夢を見ていただけなのかもしれない。そんな現実味のない人なんです。」
「それでもその人のことが忘れられないんですね?」
「探偵に頼んでせめて生死だけでも確かめようとしました。でも住所もわからず、携帯電話もない。それでは時間もお金もかかりすぎと断念したんです。」
「お別れをいいたいですか?」
「ずいぶん昔にお別れは言いました。今実際にあっても何をどう話せばいいのかわからなくなりそうで。あのころの思い出はそのままにしておきたいんです。」
「わかりました。ではこれからの治療のことを話しましょう。何ヶ月かに一度の放射線治療と薬物療法になります。」
「放射線治療はパスですね。そんなお金ありません。そしてもし薬を飲むことをやめてしまったらどのくらい縮まるのでしょうか?」
「放射線も薬もないなんて一ヶ月も持たないかもしれない。だいぶ苦しみますよ。」
「この世に暮らしているほとんどすべての人が一日でも一秒でも長く生きようとするでしょう。でも私はそんなにこの世に執着していません。一ヶ月ならそれまでの間にくいのない人生を送りたい。家族も友人もそして恋人もいない。」
「あなたがそれを望むならしかたがありませんね。医者の立場としてはどんな命でも助けなければいけないという信念がありますが。」
「わがままいって申し訳ありません。」裕子は神妙に言った。
「それでは毎月の検診とサービス団体員に来てもらって食事療法で行きましょう。退院の日時はまたおって連絡しますね。」そういうと大宮は裕子の部屋から姿を消した。

一人になった裕子は携帯電話を取り出しユーチューブにアクセスした。チャンネル登録してあるひとつからBGMを選択して部屋にお気に入りの曲が流れ始めた。
昔の曲がそのころの思い出を運んでくる。一番大切な人になりたかったこと、自分とは別の愛し方でいつも愛してくれたことを気づかされたこと、女たらしだったのにあまり執拗にべたべたしなかったこと。
「そんなふうに俺を見ていたのか?」英三の声だ。裕子はあふれる涙をとめなかった。「何だ。何が悲しい?」
「あなたと話をするとき、会うとき、いつだってどんなときだってうぶで何も知らない女子高校生に戻るわ。電話越しにあなたからの電話がうれしくて泣いてしまったことを覚えてる?」
「そんなこともあったな。あの時君は俺の存在はアイドルスターよりもはるか上を行っているっていった。」
「本当にそんな感覚。今で言うと「神」という言葉ね。」
「君はあの時恋に恋をしていた。俺が君を一人前の人間として認めたばかりにどっぷりとはまってしまった。」
「今でもよ。」
「もしサザンが消えていたら君はどうしていた?そこまで俺を覚えていなかっただろう?」
「そうかもしれない。でも今の時代は昔の映像だって簡単に見られる。つまりあなたへの思いは果てることがない。」
「一度聞いてみたかった。君がすきなのは誰だ?俺か?桑田か?それとも自分自身か?」
「たぶん全部。」裕子は少し考えてから答えた。そして続けた。「歩んできた道のりに無駄なものはないようにあなたもサザンもそして私も必要不可欠なもの。私を語るならあなたや桑田さんは必要なの。」
「俺が君のことを思い出すのもやはりサザンの存在があったからだ。そういえばあいつはどうしているのかな?って思っていた。」
「他の女の事は忘れても?」
「ああ、君が俺を特別扱いした。君の戦略は成功してたんだよ。」
「戦略なんて考えたことなかったわ。ただ私ができる特別なことって何だろうってなんとなく考えていた。だからああいう形になってしまった。」
「君の意思は強かった。そして何十年とたった今でも君の意思は変わらないみたいだな。」
「あなたを呼び出したから?」
「ああ、そうだ。正直に言おう。俺が好きだった女も茶のみ友達として暮らした女も今では覚えていない。記憶にあるのは君だけだ。」
「それは私があなたを呼んだから?」
「それもあるかもしれない。ただ言いたいのは君は彼女らと違った形で俺を魅了している。」
「ああ、そういう言葉をもっと真剣にあのころ聞いていたら。ううん、本当は耳に届いていた。でも「神」が舞い降りてはいけないってわかっていたと思う。だからあなたの社交上のプロポーズだって断った。」
「平凡じゃいやだったってわけだ。きっとあのときに一緒になっていたらこういった状況は作れなかっただろうな。」
「でもそれだけの話だわ。あなたのこと今では触れない。」
「俺も君のことを触ることはできない。君は俺に触りたいのか?」
「やめておくわ。きっとあなたに対する欲望が今と違ったものだったらそしてそれを強く思ったら触ることができたかもしれない。でも壊れてしまいそうな気がするの。それだけ私の気持ちは不安定なのは自分でよくわかっているわ。」
「ああ、そうだな。」
「あのころだっていろいろとあったけれど肉体関係よりも精神関係でつながっていたみたいなものだったから。それは変えたくないわ。」
「そういうところが他の女と違うところなんだ。女たらしの俺がうぶな高校生においしい誘惑を毎度提供していたのに実は誘惑を提供していたのは君のほうだったということをいまさらながら感じるよ。

「きっとそれが私の思い残すものなのでしょうね。いまさら変えることは難しいわ。」


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