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作品名:夢で会いましょう 作者:chihiro

第1回 再会
千葉裕子は大手旅行会社の窓口で働いている四十三歳の女性だ。恋人はいない。夢もこれといって何もない。二十歳代のときに一年かけて世界一周をしたことがあるだけのある意味ではさびしい女性だ。裕子はそんな自分の生き様を悲しんではいなかった。その世界一周をした経験から旅行代理店に勤めている。以前在籍していた企画部門よりも顧客に現地のよさを伝えられる窓口が好きだった。顧客は「メディアでは知られていない情報&小話」という本窓口に持ってきているものも少なくなかった。その顧客らは窓口で担当しているものこそ「津島眞子」の名前で書いているとは知らない。裕子はその本には一切触れずに顧客に対応する。心の中でうれしい気持ちになりながら。それが裕子の幸せだった。
仕事が終わり近くのスーパーマーケットで複数の惣菜を買って静かな部屋で黙って食べる。裕子の部屋にはテレビがない。今ではテレビがなくてもSNSで日本にことに限らず世界のニュースが覗けるのだ。眠る前にユーチューブをチェックする。最近は裕子のお気に入りの歌手が久々にメディアを騒がせている。その歌手が作り出す世界はいつでも裕子のそのときの心境を表していた。そしてその歌手はある人に似ていたのだ。
「ねえ、誰かに似ているって言われたことある?」
「うん、いろいろといるよ。俳優の長門だろ、それから岸部シロー、後は最近出てきたなんていう名前だっけ?」
「サザンオールスターズの桑田。」
「そうそう歌詞がまるでわからないグループのリーダー。俺より年下なんだけれどまあ、似ているものは七人いるらしいから。もっと名前の知られていないやつにも似ているかもな。」
裕子は二十年前のある日の会話を今でもはっきりと覚えている。
裕子にとって桑田よりもその人のほうが高値の花だった。
その人の名前は大宮雄三と名乗った。だが確かめたわけではない。年齢もはっきりとは教えてくれなかった。今でこそ個人情報は内密になっているがその当時は気軽に名前や住所、年齢までも聞くことができた。しかし年齢を教えてくれなかったことで名前、そして存在までもが架空の人物だったのかもしれないと思うようになったのだ。
(桑田さんの昔の顔は彼を思い出させるのに十分すぎる。時を逆流できるならばあのころに戻りたい。今までいろいろな恋をしたけれどやはり彼を越える人は現れなかった。どんな理由なのかとっくに気がついている。私はいまだにページをめくれないのだ。あのころの自分が時を越えてもまだ自分の中に宿っている。
裕子は停止になった動画を見つめた。そしてひとつ深くため息をついてからユーチューブを消しパソコンを消して眠りについた。

「よう、しばらくだな。元気にしてたか?」
「これは夢?」
「夢じゃないよ。触ってみろよ。」裕子は言葉に従い触ってみた。
「本当だ。でもあなたはまったく年をとっていない。何故?」
「後になればわかるよ。今日は君にいつでも俺たちは会えるってことを知らせに来た。じゃあ。」
「待って・・」
裕子は飛び起きた。あたりは自分の知っている部屋に戻っていた。
(きっと桑田さんのユーチューブを見て寝たからこんな夢を見るようになったんだ。)
裕子は時計を見た。午前四時十六分だった。まだおきるには早すぎる。ミネラルウォーターを取りに台所に行きラッパ飲みしてからベッドに横になった。

大宮雄三の夢は見なかった。しかし裕子はとてつもない下腹部の痛みで再び起こされた。
痛みの中で自分の携帯電話を探し救急車を呼ぶ。呼んだ後は救急隊員が入ってこれるように鍵を開けておかなければならない。玄関のドアを開けるとインターフォンもあけなければいけないことに気がついた。(隊員が来るまでどのくらいなのだろう?それまで私は耐えられるだろうか?)
耐えなければいけなかった。一分が一時間のように感じられた。インターフォンがなり玄関のドアはあいていることを告げると裕子はその場に倒れた。

次に目を覚ましたのは病室だった。いろいろな機械が回りに置かれている。体を動かそうとするのだが思うように動かない。とにかくのどが渇いた。一口の水をもらおうと呼び出しボタンを探すが体が動かなくてはそしてどこにボタンがあるのだかわからなければどうにもできない。裕子はあきらめて他のことを考えるようにした。一人暮らしなので会社への連絡も着替えも入院するのならば入院のことも自分でやらなければならない。
そんなときに見回りの看護婦がやってきた。どうやらまだ夜は明けていないらしい。
「千葉さん、目が覚めた?」
「水が飲みたいのですが・・」
看護婦はすばやく水を飲ませた。
「朝になったら先生が来ますから。」
「入院するんですか?私は一人暮らしなので会社へも電話が必要だし着替えも持ってこなければならない。」
「そういうことは先生と話をしてください。私にはわかりかねますから。」そういうと看護婦は去っていってしまった。
担当医が来るまで何度か仮眠をしたり覚醒したりした。救急車を呼んだときほどの痛みは消えていたがどんよりとした痛みが残っている。裕子は痛みに対する不安はなかった。確かに仕事は生きがいだがそれ以上のものではない。腹を割って話し合える友人はいたことはいたが家庭の事情で関西に引っ越して連絡は取れていない。知り合いは数人しかいなく仕事やプライベートのことで愚痴を言い合うものもいない。一秒でも生きたいという気持ちが起こらない。
(もし夢の中であの人に会えるなら・・)
裕子はしばらく考えてから携帯電話を取った。
まず仕事場に電話をかけた。長くかかりそうなので残っている有給を全部消化したいと申し出た。すでに上司は裕子の病気を知っており簡単に了承を得ることができた。次に電話をしたのは保険会社だった。すべてのことを終えると目をつぶった。ほんの数十分のことなのに二日かかったような気がする。眠気を覚えた裕子はそのまま眠りに落ちた。

そこは何もない白い空間だった。まるで教会で新婦を待っている男性のようにあの人は白い洋服を着て待っていた。
裕子は微笑を浮かべた。
「ねえ、なぜあなたは私を待っているの?どうして私なの?」
「君が俺を待っているから。」
「あなたにとって私は大事な人?」
「ああ、いろいろな女と出会ったけれどあの時いった言葉はうそじゃない。泣くなよ。泣き虫は昔と変わってないな。」
「私は誰にとっても不必要だと思っていた。話を聞いてくれない。存在しているけれど存在していない存在。」裕子は嗚咽をこらえながらつぶやいた。
「知っているよ。そして俺が始めて君にとって話を聞いた人間だった。」
「あなたは精神科医よりも私を知っているわ。」
「長い間一人にしていてごめん。」
「長い年月を超えて会いに来てくれたというのは私は死期が近いってこと?」
「もうすぐそれは知らされることになる。」
「私は死期が近くてもかまわないと思っているわ。魂があなたの元に寄り添っていられるならばそれでいい。」
「大丈夫だ。それは約束する。」そういうと雄三はだんだんと見えなくなった。


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