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作品名:ハチマタの運命(KAMIKAZE続編) 作者:chihiro

第2回 脱出するために
ハチマタは施設をくまなく歩いた。どういう構造になっているのかを調べるためだ。施設はほかの建物と同じようにあまり頑丈ではなかった。逃げ出そうと思えば逃げ出せるのだが隣の病院にいくときでさえも銃を持ったものたちがあちこち点在していた。
(病院に来る一般市民はどうやって入ってくるのだろう?)ハチマタはそれを観察した。
病院の門でみなどこを怪我したか示していた。施設に入っていない妊婦はおなかの大きさをアピールしている。病院の中にはその地区の地図が掲げてあってどこが教会なのか頭に入れてあった。施設の裏側に教会はあった。ベールをかぶってモスクに行くことは可能のように思われた。
「モスクでお祈りをしたい人っているかしら?」ハチマタは周りの女性に聞いた。誰も首を縦にふるものはいなかった。
「モスクは女人禁制だよ。だから私たちはここでお祈りをする。」この施設で一番長そうな女性がそう答えた。
「なぜ入ってはいけないの?」
「この国ではまだ男尊女卑が続いているからさ。女のやれることはたった一つ。子供を生むことだけ。だから私たちは最高の施しを受けている。」
「アラビア教徒じゃない人はどうしているの?日曜日にミサなんてあるのかしら?」
「そんなものあるわけないじゃない。なんていったってここはイラクなんだから。」
「一般の女性がモスクに行かないでお祈りするときはそれそれの家でやるの?」
「そうみたいだね。あんた今までモスクの話なんてしたことなかったじゃないか。急にどうしちゃったんだい?」
「私の生まれはモロッコ。もちろんアラビア教徒よ。モスクにも言ったことがある。モスクと聞いて懐かしいなって思って聞いてみたの。」
「何でもモスクのあと、数人が行方不明になっているって言う話を聞くよ。おおかた難民としてヨーロッパに渡るんだろう。一番近い港までゆうに千キロメートルはある。道を間違えなければの話だけれどね。ひとたび道を間違えて砂漠で野垂れ死にすることになることもあるらしい。私はそんな危険を冒すよりのここでのんびりと暮らしていたい。たとえ子供と六年しか一緒にいなくてもだ。子を宿すこともアラーの神の思し召し。そして殺されるにしてもテロの予備軍になるにしてもアラーの神の思し召し。そうおもうしかないじゃないか。」
「あなたはそれでいいと思うの?もっと子供と一緒にいたいと思わないの?おなかを痛めて生んだ子供なのよ。」
「強姦されて無理やり宿した子供だ。確かに九ヶ月は私の一部となっている。だからといって愛は育たないよ。あんただって強姦されて宿した子供なんだろう?ここにいる女性はみんなそうさ。だからシビアになれる。」
「外には確かに危険がたくさんあるかもしれないわ。でも私たちは一種のとらわれの身なのよ。テロをよく思っていない政府に手を貸してもらえないかしら。」
「考えていることが甘いよ。そんなに甘い世界じゃない。どの政府も私たちを危険分子としてみなしている。いつだったか脱出に成功して政府に保護された人がいた。でもその人はいつだって行動を見張られていた。どの国の政府も私たちを信用はしていない。あわよくばどこにテロ集団があってそこを撲滅することしか考えていないのさ。」
「それでも殺したりはしないでしょう?」
「しかし始終見張られている。自分の人生を謳歌するなんてことは絶対にできないのさ。それでもあんたは脱出するつもりなのか?」
ハチマタは返答に困った。YESといえばほかに告げ口をするかもしれないと考えたのだ。こういうことは団体よりも人数が少ないほうがうまくいく。
「ただの可能性よ。」ハチマタはそういうと言葉を濁した。

ハチマタのおなかは妊娠八ヶ月でどこから見ても妊婦そのものだった。自分の体がこんなにも重く厄介だと思ったことはなかった。あれからハチマタは脱出やモスクに関することを言わなくなったので誰もその話を持ちかけてこなかった。ナディアは時々厳しい目でハチマタを見ていたが大きなおなかを見てはそんなことをするはずがないと思っている様子だった。
ハチマタ自身もいつ生まれるかわからない状態でこれから過酷な道を歩くことは正直迷っていた。しかし子供と一緒に朽ちてもかまわない。仲間が次々と死んでいく中一人生き延びて違う任務を全うした男の子供は正直言って愛情がわかなかった。
そんなある日、イラクでもプラントン騒動が起こった。北マグレブでは珍しいものではないがイラクでもあることが驚きだった。ハチマタはこれを逃したら脱走ができないと確信した。
市の中心地には一般市民や警察がひと悶着を起こしている。テロリストのメンバーはまだ妊娠していない女性を捕まえては強姦を繰り返す。誰も大きなおなかを抱えた女性が施設から逃げ出すことなど念頭になかったのだ。
モスクの祈りは終わっていた。そしてそこにいるものたちは今日こそヨーロッパで自分だけの道を歩もうと期待に胸を膨らませているものばかりだった。その中には女性もいた。ハチマタはこころなしか安心した。
「あんたもヨーロッパに行きたいのか?」イラクなまりの英語である男性は言った。ハチマタはうなずいた。「そんなおなかで大丈夫なのか?」親切さにハチマタは涙が出そうになった。しかしここは泣くところではない。
「ヨーロッパ各国の政府に言いたいことがあるんだ。私は任務を背負っている。」ハチマタは力強く言った。
「2000ナディールはあるんだろうな?」
ハチマタはうなずいた。
そこにいたものすべてに薄い汚いブランケットが配られ列をなして歩き始めた。後ろには数ヶ月いた施設が煌々とそびえている。遠くから喧騒が聞こえてくる。ハチマタは後ろを振り返らなかった。
前だけを見て、自分のやらなければならないことだけを考えた。

道のりは厳しかった。太陽が昇ると日陰でも五十度を越す温度が容赦ない。そして夜になると薄いブランケットだけでは足りないくらいに寒くなる。食料もたいしたものがなくて小麦粉をふかしたものだけを与えられた。普段ではやらないようなことをしているので体のあちこちに痛みが走った。とくにおなかが重い。前のほうにいた列がだんだんと休憩をしているうちに後方に回っていく。それでもハチマタは皆についていった。ここで迷子になったらどちらにいっていいのかわからないほど回りは平坦で何もないところだった。誰も後何キロで港に着くなどわからなかった。
歩いている最中にハチマタは自分の両足に異変を感じた。羊水が流れているのだ。それでもかまわず皆についていった。血も流れ始め、足をくっつけることができなくなった。分娩が始まっている。
「ごめんなさい。ちょっと待ってくれない?何か分娩が始まってしまったらしいの。」
ハチマタの一言に皆は驚いた。
「こんなところで分娩なんて水も何もないぞ。どうするつもりだ。」
「どうしたらいいの?「
「一番いいのはどこか日陰の場所を探して誰かが通ることを祈るだけだ。子供を殺すつもりだったらこのまま俺たちに追行する。」
「それにしてもへそのおをきらないと。ナイフはある?」
「子供はほしくないのか?」
「強姦された子供だから。」
「よし、わかった。みんな少し休憩だ。これからある赤子を葬ることになる。」
一同はハチマタの周りに集まった。生まれた瞬間元気な泣き声が聞こえた。男の子だった。アリそっくりでまるで生き返ったかのような顔だちだった。
「本当に悔いはないんだな?」
その言葉にハチマタはうなずいた。
ブランケットにくるまれたアリそっくりの男の子はほかのものが彫っていた砂の穴に入れた。そして砂をかけて姿を見えなくした。
「ここらへんははげたかもいる。食いつかれるのは時間の問題だ。」
「それまでに息をしていなければ苦しみを味わうこともないでしょう。」
「あんたは強い女なんだな。」
「そんなことないわ。ただ過去のことを忘れたかったの。それだけよ。」
「出産したばかりだがあんたのために休んでいられない。出発するぞ。」
「わかったわ。」ハチマタはよろめきながら立ち上がると力強く一歩を踏み出した。


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