小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:KAMIKAZE 作者:chihiro

第3回 ハチマタ
ギムの家は一気ににぎやかになった。といっても人数だけの話だ。モハメッドもハチマタもあまり口を利いたり笑ったりしなかったからだ。ギムの母・マリーは初日こそは無駄だと思われるおしゃべりをしていたが、ギムに言われたのであろう。モハメッドとハチマタに最低限の言葉しかかけなくなった。
モハメッドはある日、急にハチマタに話しかけたくなった。しかし同居人となってから数日が経っている。自己紹介をするきっかけも他のことを話すきっかけも失ってしまったと思っていたからだ。モハメッドはハチマタが自分と同じモロッコ人であることを直感的にわかっていた。
その日、話をするきっかけがやってきたように思えたモハメッドはアラビア語で「本当に(クルアーンを)信じるもの、ユダヤ教徒、キリスト教徒とサービア教徒で、アッラーと最後の(審判の)日とを信じて、善行に勤しむものは、彼らの主の御許で、報奨を授かるであろう。かれらには、恐れもなく憂いもないだろう。」
モハメッドは新約聖書からの一説を言った。
ハチマタは話しかけられたことに初めはびっくりして、そして、少し考えてからフランス語で言葉を返した。「新約聖書?ごめんなさい。私、そういう難しいことはわからないわ。でも最後の恐れもなく憂いもないだろうっていうのは経験上知っている。」
「今、わかったこと。君はアラビア語でもフランス語でもわかるんだね。」
「そしてあなたもね。」そういうとハチマタは少しはにかんだように笑った。
「僕は国籍がモロッコなんだ。君はどこの国籍?」
「私もよ。でもそれは人に言われたからモロッコ国籍であって本当はどうなのかわからない。記憶がないの。」
「そうなの?」モハメッドは驚いてすっとんきょな声を出した。「今までのことを話して。あ、話をしたくないことは別に話をしなくていいから。」
「私の記憶があるのはギムにここにつれてこられたときから。その前のことは何も覚えていないわ。」
「名前も?」
「そう、名前も。たぶんハチマタって言う名前はモロッコでは多いんでしょうね。だからこの名前をもらった。」
「家族もわからないの?何故モロッコ人がフランスに来ていたかも?」
「まったく。たぶん難民か何かでしょう。」
「僕も難民なんだ。僕は両親と姉妹がいたけれどみんな海で亡くなった。施設にしばらくいたんだ。そこで友達とであった。それからひと時も離れずに一緒にいた。でも彼は今、シリアにいる。」
「そう。昼はどこかに行っているみたいだけれど、どこに行っているの?今日はそこに行かないの?」
「今日は休みなんだ。そして朝から晩まで働いている。」
「どんなことをしているの?」
「細かい作業だよ。何なのかはわからない。」モハメッドはとっさに話を濁した。工場内で行われていることは外部の人には話をしてはいけないような気がしたのだ。「ねえ、マリーってどんな人?」モハメッドは話題を変えた。
「どうして?話をしたことがないの?」
「話らしい話はしてないな。君と同じ日に僕もここに来た。そして工場で働いている。だから話をしていないんだ。」
「一緒の部屋で寝かせてもらっているけれど、あまり話しはしないわ。今日の食事はおいしかった?とか明日は晴れるといいね。とかそういう類の会話。」
「そうか。」モハメッドは言葉を捜したが見つからなかった。
「フランスでの生活に楽しんでる?」
「いや、今まではその日暮らしだった。アリがシリアに行くって言い出してギムにあって工場で働いているけれどそれでもやっぱり楽しいとはいえない。君は?」
「私も楽しいのかつまらないのかわからない。家にいてマリーの手伝いしているだけだから。」
「外には出ないの?」
「一人ではどこにも行けない。行ってはいけないんですって。」
「大事にされているんだね。あ、自分が思っていることはいってはいけなかったね。」
「大丈夫、私、感情がないみたいなの。きっと記憶がなくなる前に嫌なことがあって感情のコントロールを断ち切ったのかも知れないわ。」
「かえってそのほうがいいのかもしれないな。ロボットみたいになればある程度の悩みから解放される。」
「あら、悩みってあるの?」
「悩みらしい悩みはないかな。何かをしたいわけでもなく何かをほしいわけでもない。これも感情のコントロールを断ち切ったのかな?きっとどこかで生涯孤独だからってこともあるかも。気楽だから誰かに死ねって言われてそれが賛同できるものだったら死ねるかもしれないな。」
「ニューヨークのテロみたいに?」
「ニューヨークのテロ?君はその記憶ってあるの?」モハメッドは驚きを隠せなかった。数日前以前の記憶はないといっていたものが同時テロの話をするなんて思っても見なかった。
「マリーがテレビを見ているときに一緒に見ていた番組で映っていたからだわ。」
「ああ、そうなのか。君の記憶が戻ってきたのかと思った。そうだったら昔話でも聞きたいなって思って。」
「期待に沿えることが出来なくてごめんなさい。」
「テロのことってどう思う?」
「いけないことなんでしょう?多くの人が死んだのだから。殺したわけだから。」
「でもそれは一般論であって君の本心からの言葉じゃないね。」
「KAMIKAZEの役をした人はどんな気持ちだったのかしら?」
「え?」
「だってメディアはテロリストは悪い。排除するべきだって考えが一致した意見なのでしょうけれどテロをした人が発案して自爆したわけじゃないわよね?自爆した人の気持ちってどうだったんだろうって考えてた。」
「そうだね。上から言われて反抗することも出来ずに役目を果たした人だったのかもしれない。はたまた死にたいから自らその役を買って出たのかもしれない。」
「あなただったらどうする?」
「僕?そうだな。やるかもしれないな。あれも一種のメッセージだと思うから。お前らが作った政治は所詮貧富の差を見せ付けるためだけじゃないか。自分ひとりでは世界を相手になんて出来ないけれど、デモ行進みたいにすることで少しはわかってくれるようにしたいね。」
「それで命を落とすことになってもいいの?」
「僕の命は両親、姉妹が死んだあの日にすでになくなっているさ。だから今は何でも出来そうな気がする。」

モハメッドはマリーがドアの外で聞いていることなど知らなかった。そしてマリーはなれた手つきで誰かにメッセージを送ったことも。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 42