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作品名:KAMIKAZE 作者:chihiro

第10回 幸せを味わうとき
十一月十三日金曜日、パリ地方は朝から曇っていた。いつもと変わらない。だんだんと日ののぼりが遅くなり日の落ちるのが早くなる。それでも気温は平年よりも少し高めだった。
朝からサッカーの親善試合があるということでスポーツファンは浮き足立っている。十三日の金曜日には必ず大額の宝くじが即日発表され一獲千金を狙うものたちは揃ってたばこ屋にいって二ユーロで夢を買う。大半のものたちはやっと週末がやってくると言うことで片付けなければならない仕事を優先してこなし、後はこの週末に何をするかとひそかに思いをめぐらせている。週末になると大小問わずいたるところでコンサートなどイベントが開催される。暖かい日だったらレストランのテラスで道行く人を眺めながら遅い夕食をとってもいい。いろいろなことにコントロールされているこの国では各自自分のできる範囲で楽しんでいるのだ。

モハメッドはヴジェ空港でヘリコプターを出発するべく待機していた。飛行機の周りでは火気は厳禁だ。当然のことながら禁煙区域である。しかしモハメッドはそんなちっぽけな規則を無視して普通の煙草を吸い始めた。練習に付き合ってくれたクリストフはどこに行っているのか姿が見えなかった。そんなときに携帯電話のメッセージに着信サインがなった。アリからだった。「二十一時になったら飛んでくれ。」
モハメッドは返信をしなかった。二十一時から親善試合が始まる。試合が盛り上がる前のデモストレーションをしろということなのだ。
モハメッドは時計を見た。出発まで後九時間もある。飛行場近くの近くのレストランでクスクスを頼んだ。いつもだったら昼食にそんな贅沢はしない。しかし明日の昼食はもうないのだ。夜も食べるつもりはなかった。だから今回が最後の食事となる。
クスクスを食べながら自分はモロッコ人なのにどのくらいクスクスを食べただろうというどうでもいいことだった。両親や姉妹がいたころはまだ五、六歳のころだった。そのころには食べていたのだろうがもう二十年近く歳月が経っている。いくらフランスにいても気軽にクスクスを食べれても金銭的な関係で自分で食べることはしなかった。
今回自分のために食事を取ったことでモハメッドは小さな幸せを味わった。普通のことがどんなに幸せなことなのか感じた瞬間だった。
(遅すぎたな。)
最後の一口になるためのスプーンを口に運ぶとモハメッドはそう思った。食事が終わると飛行機倉庫の脇のベンチで横たわった。時間までに一眠りしてもいい。マリファナも吸いたい放題だ。そんなときにハチマタのことを思った。
(今彼女はどこにいるんだろう?)アリからの文面でハチマタはもうフランスにいないことを直感的に感じ取った。ハチマタに金曜日に会えるといった言葉は嘘だったというわけだ。それに腹を立てたりしなかった。よくよく考えてみれば事件が起こってから行動しては遅いのだ。無関係の人も殺されたりするのはよくないことは理解できた。戦争とまったく関係のない土地で幸せになってくれればいい。モハメッドは心からそう思った。今までそんな暖かな気持ちになったことはなかった。
(死を直前にして僕も弱気になったのか、それとも人生というものを悟ったのか?)モハメッドは大声を出して笑いたくなった。しかし笑ったあとに虚しさがやってくるのはわかりきっていたので笑わなかった。涙が溢れてきた。どうやら感情のオンパレードらしい。
慈悲という感情がわいてきた。
「僕は数時間後に死ぬ。しかしそれは自分に課せられたミッションであるからだ。カミカゼはそういうものだ。しかし何の罪もない人が自分のために殺されていいのだろうか?それはまるで悪を殺傷でコントロールする一般に善といわれるものたちと変わらないじゃないか?僕だけ死ねばいい。誰も傷はつけない。ヘリコプターで突っ込むのだからけが人ぐらいは出るだろう。願わくばそういう人は軽症ですむようにうまくやらなくてはいけない。
最後の最後でアリにはむかうことになるかもしれないけれど、操縦するのは僕だ。そしてそれで命を落とす。後にどやされることもなく。」
モハメッドは自分の携帯電話を取り出してスタッドフランスの周辺を確認した。スタッドフランスの周辺にはレストランやカフェ、ホテルが立っている。週末だということでどこにでも人はいるだろう。しかしこの中で少ない人数というのはカフェぐらいしかない。二十一時だったらすぐ横にある工具店に突っ込んでも悪くない。僕にとっては自殺みたいなものだ。」
モハメッドは工具店に突っ込むことに決めた。工具店の閉店時間は二十一時。閉店と同時にシャッターを閉めるフランスでは誰もいないからだ。
モハメッドはある程度の工程が決まると今までの緊張が嘘のように取れて眠りに入った。

そのころユーネスは行員仲間である数名と工場で入念に銃の手入れをしていた。数名の行員は銃を使ったことがあるものだけだった。ユーネスは未経験だ。だからこそ自分が作った時限爆弾を腰に巻いていざとなったらそれを爆発させるだけだった。
「俺たちの行動はサンプルだ。君たちが当たりかまわず銃を発射する。そのうち警察がやってくるだろう。そうなったら自爆する。そのときにまで生きているものは俺のそばに来い。まあ、警察によって殺されるのも自爆するのも結果的には同じなんだが。質問はあるか?」
行員数名は首を横に振った。彼らは死に対する恐怖を覚えていたが殺傷は今も昔も変わらずこれが最後ではない。人は時には自らを犠牲にして本来の原因がなんであるかをわからせなければいけないのだという言葉についていったのだった。
「これから数時間は自由だ。思い思いのことをすればいい。家族に会う、恋人と語り合う。現世での謳歌を楽しんでくれ。その後最後のミッションを行う。待ち合わせの時間は二十一時にこの工場だ。」
それだけ聞くと行員は思い思いに外に出て行った。一人残ったユーネスは家族に会いに行くべきかどうか迷ったが母親は勘の鋭い人なのでどんな小さなことでも見逃さないだろう。このまま会わずしてまじめに働いていると思わせておけばいいと思った。ニュースではテロが発覚した後に家族にまでも事情徴収を取る。何も知らないほうがいいのだ。そしてハチマタのことを思った。
(戦争から逃げられるなら逃げ延びてくれ。死に急ぐな。告げられないこの思いは来世に取っておこう。)

ギムは深夜勤務を終えて家に帰った。誰もいない。マリーとハチマタはそれぞれの目的地に向かったことを確認した。小腹がすいたので冷蔵庫の残り物をうまく調理してそれを食べた。煙草を吸いながら我が家の中を見渡す。今まであったはずなのに忙しさに気を取られて見つからなかった幼少のころのアルバムを手に取った。
(このときはまだ世界というのがどんなものなのかわからなかった。親に守られて差別という言葉さえも知らずにいた。自分の生は価値のあるものだとその写真は訴えている。それも長くは続かなかった。学校に入ったら差別は始まった。そのために自分が強くならなければならなかった。そして本当の敵は誰かではなくこの状態を作った社会であることに気がついた。差別、格差、本来ならあってはならない言葉なのにますますひどくなっていくばかりだ。だから食い止める。)
ギムはアルバムをしまうと確認のために自分と共にする行員すべてにメッセージを送った。簡単なメッセージだった。二十一時半にレポブリック広場にあるマクドの前で車で待っていると。


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