小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:杜鵑草ー春まだ遠くー 作者:chihiro

最終回 時は過ぎ人は行き
その後俺は彼女と何をしたのか、何を話したのか覚えていなかった。ただ外の空気に負けないくらいの冷気が漂っていたのは確かだった。
(自分のせいだ。)俺は自分の行いを悔いた。好きな女と一緒のときに過去の話をして雰囲気を冷たくしてまったく女性経験がないといわれてもし方がないことだ。
「何年前かにラジオで羽田空港の駐車場は富士山からの初日の出を見るために満杯になるそうだ。」
「羽田に行きたいの?ここでも見られるじゃない。」
「わかっているさ。でも日の出は六時半ぐらいになっている。今からその時間まで何をするんだ?」
「私はもう少し海の風に吹かれていたいわ。」
「俺は車の中で仮眠しているよ。」
「いいわよ。」
彼女の言葉は発した言葉とは逆に「勝手にすれば。」と冷たくあしらわれたような印象を受けた。
俺は時計のデジタル時計を見た。すでに午前0時を過ぎている。俺たちには「おめでとう」も何もないんだなと哀しく思いながら座席を横に倒した。
俺は目をつぶりながらあの人のことを考えた。もし夢が叶うなら生まれ変わってもあの人に逢いたかった。こんな気持ちになるなんて初めてだった。だいたい友達以外しか思わなかったじゃないか。いや、そんなことはない。あの人が同じ街にいたらきっと今の状況は違っていたのかもしれない。
「人は時が過ぎて人が行ってはじめて気がつくことがある。」俺は独り言をつぶやいた。
彼女は聞いているはずだった。
「あなたは過去にしがみついていたいの?」
俺は彼女のほうに振り向いた。彼女の目には涙がたまっていたような気がした。
「もう一度聞くわ。あなたは過去にしがみついていたいの?」
「いや、過去は過去。俺は現在に生きている。そして未来は自分で変えていかなければいけない。」
「きれいごとね。」彼女はぼそっとつぶやいた。「現実は人は過去から離れられない。育った環境、教え込まれた習慣、今があるのは過去が存在したからでしょう?そして未来は過去の反面教師、または過去を追うためにあるものよ。」
「君にそういう経験があるのか?」
「あなたにはそういう経験があるの?」
彼女は俺の質問を避けた。だから俺も彼女の質問を避けて続けた。
「いつまでも若く無邪気に生きようよ。」
「どういう意味?自分の責任はちゃらにしてくれっていいたいの?」
「そういう意味でいったんじゃない。いくつになっても心を若く持って世知辛い世の中だからこそ明るく深く考えずに生きていこうよといった意味だ。もちろん自分の責任は持つさ。君に変なふうに取られてしまったことは申し訳ない。確かに俺は自分は言葉を知らない。不幸なことにどんな行動を起こしていいのかわからない。それは君と付き合いを始めたときに言ったはずだ。」
「今のあなたの気持ちを聞かせて。」
「好きだよ。」
「心から?」
俺は返答を避けた。自分に対しても彼女に対しても嘘をいうのは嫌だった。彼女はそれが答えだと理解した。
「わかったわ。私たち別れたほうがいいかもしれないわね。」
「そんなことはないよ。」
「あなたは即答しなかった。それが答えでしょう?あなたの考えていることぐらいわかるわよ。自分に、私に嘘は就けない。まだ彼女のことを思っているんでしょう?」
「もう別れたって過去の話だって言ったはずだ。もちろんもう逢わない。彼女のほうからそういってきたから。それになんとも思っていない。」
「そっか。やはり海だと寒いわね。これから羽田に行きましょう。羽田だったら少しは寒さもしのげると思うわ。」彼女は少し間をあけてそうつぶやいた。
俺は頷くしかなかった。シートベルトを締めてエンジンをかけて車を動かした。運転中に彼女を盗み見したが何の表情も表れなかった。それとも俺が見落としていたのか。彼女は暖房のせいでうとうとしている。俺はこうして時や人が過ぎていくのだなとなぜか思った。

羽田空港は混んでいた。地下の駐車場はいろいろなところのナンバープレートがありいかにも羽田で富士山の初日の出を拝もうと思っている人が多いことを思い知らされた。
やっと空いているところに車を停めると彼女と一緒に二階へと上がった。最初に目がついた自動販売機で暖かい飲み物を俺と彼女用に買った。彼女は小さな声で「ありがとう」というと両手を暖めるように缶コーヒーを持った。俺はコーヒーをちびちび飲みながら数年前のことを考えていた。現場に来るとなぜか昨日のように鮮明に思い出される。駐車場から二階へ上がるところの道はあの人が俺の恥ずかしさを考慮して車の中で抱きしめられたところだ。今いるところも搭乗時間まで一人で待っていたところなのだろう。俺はあのときに何故あの人に付き合ってここまで来なかったのかといまさら後悔した。
数年というときが過ぎた。あの人は去っていった。そして今彼女も俺から去ろうとしている。
「ねえ、初日の出を見たら私の家に送ってくれる?」
「もちろんだよ。疲れた?」
「そうね。ほとんど寝ていない状態だから帰ったら自分の布団でゆっくりと寝たいの。」
「ああ、わかった。俺もそうしたい気分だよ。」
「それで私たちの仲も終わりにしましょう。」
「何故?」
「答えはわかっているはずよ。私は二股をかけられたくない。」
「何度も言っているように・・」
「あなたは過去だって言うわ。でもあなたを見ているととても過去だなんて思えない。今もその人のことを考えているでしょう?それが嫌なの。どうして私だけ見てくれないの?私ってそんなに魅力がない?確かに私は自分に対して自信がないわ。でも今付き合っているのよ。何故過去のことばかり考えるの?そんなにその人がいいならばどんな手を使ってでもまた話をしたい。逢いたいって言えばいいじゃない。あなたのそういう優柔不断さが嫌い。」
「自分の優柔不断さは誰に言われなくても自分でもわかっているよ。」
「じゃあ、認めるのね?まだその人のことが好きなの?」
「ある意味ではすきかもしれない。」
「何よ。そのかもしれないって。」
「自分の気持ちなんてわからないよ。」
「私はあなたの気持ちがわかるわよ。あなたはまだその人のことを思っている。たぶん、きっと一生忘れられないでしょうね。何故?セックステクニックを教えてくれたの?」
「そんなことない。」
「年上で自分が守られている小さな男の子を演じていたいわけ?」
「それもない。」
「うそつき!もうあなたがわからなくなってきた。どうして人は戯れに叶わぬ恋に身悶えて切なさと虚しさに心を乱すの?」彼女の目から涙がこぼれていた。「逢いたくて恋しくて好きな人と共に添い遂げたくて夢が叶うなら生まれ変われますようにっていつも思っているのに。あなたは他の女のことでそう思っているのね。」
「正直なところ、時々思い出すよ。でもそれは過去の思い出を思い出すのであって会いたいとか恋しいとかそういう感情はない。それは信じてくれ。」
「あなたも結局他の男と同じなのね。帰るわ。」
「まだ初日の出前だよ。」
「どうでもよくなったわ。あなたと一緒にいたくない。」
「送る。」
「それもいい。電車で帰るから。」そういうと彼女は歩き出した。俺はそこで固まっていた。本来なら捕まえて抱きしめて安心させてあげないといけないのに。頭ではわかっているのだが体が動かない。何も出来なかった。彼女の姿が見えなくなるまで俺は彼女の後ろ姿を追い続けているしかなかった。
空港・人が出会い別れの場所。
俺は一人駐車場にいって車を動かし車の中で初日の出を見た。
あの人を苦しめた彼女はもういない。そしてあの人もおれから去っていった。
新年の一日目に俺は地獄を見たような気がした。

終わり。


← 前の回  ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 455