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作品名:杜鵑草ー春まだ遠くー 作者:chihiro

第8回 ちぎれて行く絆
大晦日、俺の車は彼女を助手席に乗せて新横浜へと向かっていた。彼女がラーメン博物館に行きたいと言い出したからだ。俺は運命をのろった。数年前の再現を何故しなければならないのか理解できなかった。
「ラーメンだったら家の近所だって食べられるだろう?」
「あら、ラー博はいろいろなところからの有名なラーメンが入るのよ。近所のラーメンとは大きく違うわ。」彼女は得意そうに言う。俺はそのことは知っていた。あの人と何をするのかプランを決めたときに自分自らサイトにアクセスして読んだからだ。
「何が食べたいの?」
「うーん、いろいろとあるわ。ラーメンってカロリーが高そうに思えるけれど今はいろいろと改良されて低カロリーのものも、糖尿病を防ぐために糖質が低いものもあるらしいの。
ラーメンってもうすでに日本の文化そのものでしょう?今はラーメンに関するイベントが各地で広げられているけれど、私はそういうところに行くまでのラーメン好きってわけではないけれど大晦日何だもの。年越しそばならぬ年越しラーメンって所かしら。で、あなたの質問の答えだけれど食べてみたい候補はいくつかあるのよ。ただどのくらいの待ち時間がかかるのか。」
「腹が減っているんだからそんなに長い時間待てないぞ。」
「わかっているわよ。」
「駐車場を検索してみたんだ。けっこうたくさんあるんだね。近くにアリーナーがあって大晦日って何かのイベントがあると思うんだけれどみんな車で行かないのかな?」
「何のイベントがあるのか知らないけれどコンサートに行く人は開演の始まる何時間も前からいって始まる前に会場前で盛り上がるものよ。そうなると車で行くと駐車代金がかさむわ。だから交通機関を利用するのよ。」
「へー、そんなものなのか。ちなみに過去にそういう経験があるの?」
「ないわよ。私は車の免許を持っていないしいつだって助手席だもの。でもコンサートには行ったことあるけれど車で来ている人はいないなっていつも感じてた。」
「俺みたいに煙草を買いに行くのに五分でも車乗る人には所詮わからない話か。」
「近くだったら歩いたほうがいいわよ。年齢が高齢になってくると結局健康って歩いて確保するものだとどこかで読んだ気がするわ。」
「まあ、俺の場合は施設で車椅子かな。思ったほど駐車場が空いていて良かったよ。ただどこにおいたのか忘れないようにしないと。」
「たまに忘れるの?」
「ああ、俺も認知の始まりかな?」
「冗談やめてよ。」二人は見詰め合って笑った。俺はこれだったら大丈夫。あのときの電話のことは彼女はもう忘れてしまったのだろうと確信した。

ラー博の中は昼時間をはずしたのにもかかわらず盛況だった。それでも彼女は自分の食べたい候補の一位のラーメン店が待ち時間が少なくて結局それを食べることになったことで上機嫌だった。
「昭和三十年代の設定って懐かしいって感じがするわ。もっとも私が生まれたのは四十年代だから知らないけれど。」
「昭和三十年代に生まれた人は今は五十歳代か。東京オリンピック前の記憶がある人は懐かしいって思うだろうね。」
「今ではこんな風景はどこにいってもお目にかかれない。」
「横浜では無理でしょうね。でも地方だったらあるかもよ。大田舎って所だろうけれど。」
「そんなところにいったことあるの?」
「母の実家が新潟の田舎なんだ。だからなんとなく。あなたは?」
「横浜から出たことないって何度も言ってるよ。親戚も東京、横浜にしか住んでいない。だから学生時代の夏休みに祖父母の家で原始的な遊びをしたことがないんだ。」
「それも可哀相ね。やっと店に入れるわ。さて、何を食べようかな。あなたは何を食べたい?」
「君と同じものでいいよ。」
「おなかが減っているのではなかったの?」
「おなかが減りすぎた。人ごみに酔ったのかな?で、何を食べるの?」
「横浜ラーメンっていうのを食べようかな。サンマーメンって知ってる?それなんだって。」
俺は何も言わなかった。どのくらいあの人との再現をすれば気が済むのだろうと思っていたからだった。彼女とデートをしているのにあの人に逢いたくて、恋しくて心を乱す自分が嫌だった。

「横須賀と湘南どっちがいい?」新横浜周辺を離れるとすぐに俺は彼女に尋ねた。
「うーん、湘南。エリアが広ければ広いほど二人きりになれる場所が見つかると思う。」
「横須賀だとだめなのか?」
「だって何もなかったらそれでアウトでしょ?海岸線を走っていれば初日の出のスポットも見つかるわよ。ただし人が多く集まっていそうだけれど。」
俺はなぜか羽田空港に行きたくなった。口先から言葉が出そうになったがその言葉を丸めて押し返した。
「ところで気になっていたんだけれどその大きなカバンは何なの?」
「あ、これ?車で暖房をかけたとしても寒いと思ったからバンケットを持ってきたの。かさばるだけで案外と軽いのよ。」
「なんならホテルをとってもいいよ。湘南沿いだったらホテルのひとつや二つぐらいは予約をしなくても取れるだろう?」
「そうでもないわよ。私たちが考え付いたということは他の人も考え付くってこと。ねえ、ここら辺で車を止めて海を見たいわ。」
彼女は由比ガ浜海水浴場を過ぎるとそういった。あきらかにネットで地図を検索している口調だった。
彼女の言ったことは本当で車が砂浜近くまで行くと他の車も何台か近くに停めていた。知らない者同士が同じ目的のために集まり談笑している。俺はそんな輪の中には入っていけないなと感じていた。幸いにも彼女も社交性なところはあまりなかったので俺たちは彼らから少し離れたところで自動販売機のホットコーヒーをすすりながらゆったりとした時間を過ごしていた。彼女は車の中にある彼女のバッグからバンケットを出すと自分の肩からかけた。
「寒いの?」
「うん。」
それだけでは足りなかったということを感じたのは後の祭りだった。しかし抱き寄せるなんてことは出来なかったのだ。どんなタイミングでどんなふうにしていいのかまったくの未経験では彼女を喜ばすことが出来なかった。
「寒くなってきたから車で散歩しよう。日の出時刻少し前にここに戻ってくればいいじゃないか。トイレにも行きたくなってきた。」
「そうね。トイレのことは計算に入れてなかったわ。」彼女は肩をすくめるとさっさと助手席に座りシートベルトを締めて俺を待っていた。
俺は千切れ始めた絆をどうすることもなく見つめるしかなかった。


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