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作品名:杜鵑草ー春まだ遠くー 作者:chihiro

第5回 夏休み
あの人と別れてからも心がどこかに置き忘れたようになっていた。彼女はそれをなんとなく女の勘という奴でわかっているみたいだったが、俺が何も言わないので何も質問してこなかった。
ある日、夏休みの話をした。
「夏休みって本当に一週間しかないの?」
「そうだよ。ずっと前からそうだったから今はもっと長く休みたいとも思わなくなった。」
「そうか。じゃあ、その休みに一緒にどこかに行かない?」
「どこかってどこ?」
「うーん、行きたいところはある?」
「わからないよ。ここ何年も神奈川県から出たことないから。」
「じゃあ、伊豆に行こう!」
「何故伊豆?」
「なんとなくひらめいたの。夏なんだから海の近くに行きたいなって思って。」
「いいよ。でも俺はそういう計画ってまるっきりわからないから全部君に任せるよ。」
「うん、わかった。まずは海の近くのホテルを探さないとね。遊ぶ場所も近くのほうがいいわね。」
「公共機関に乗ったことないから家の自家用車で行くことになるよ。親に何日間かつかうって言わないとな。」
「それって大丈夫?」
「無理だったらレンタルカーを借りてもいい。」俺はレンタルカーであの人と毎日のように会った数年前の年末のことを思い出していた。
「お金かかってしまうけれどレンタルカーにしましょう。いろいろと質問されているあなたの姿を想像するととても可哀相な姿を想像してしまうの。」
「わかった。でも俺がレンタルカーを借りることにするよ。ただ君はいつから伊豆に行くのか教えてくれればいい。」
「プランは私が考えるけれどあなたにも楽しんでもらいたいからちゃんと詳しいことを教えるわよ。」
(ああ、あの人もそういう人だった。)
「ねえ、私と話をしているときに何か他の事を考えている?」
「いや、そんなことないよ。どうして?」
「なんとなくそんな感じがしたの。ごめんなさいね。独占欲が強くて。私、あなたに対して自信がないのかもしれないわ。」
「自信がないのは俺のほうさ。」

伊豆に二人で行く日がやってきた。俺はほとんど彼女のプランを聞いてはいなかった。スカイプをつかって一緒に話をしながら遊び場所やホテルのサイトを開いて話をしたので一応どんなところにいくのか把握はしていた。
「私ね、男の人とどこかに行くって初めてなの。その歳でって笑わないでね。」彼女は車の中で恥ずかしそうに言った。
「いや、言い方を変えればそれだけ誰とでも付き合う軽い女じゃないってことだから。」
「そういってくれるとうれしいわ。あなたに付き合ってくださいっていって本当によかった。もしいつものように何も言わなかったらと思うと・・でもどうしていいよっていってくれたの?」
「だって君とは趣味も合うし、いい人だなって思ったから。そしてあってみてそれがだんだんと強くなっていった。」
「うれしいわ。私、あなたを離したくない。」
俺はなんていっていいのかわからなかった。
そんな気まずさを救ってくれたのはホテルだった。高台にあるホテルに着いたのだ。そのホテルはどこからでも海を見ることが出来た。
「きれいなところだな。でも伊豆だから地震に気をつけないとね。」
「そうね。旅行中に何事もないことを祈りましょう。」
部屋は海沿いでベランダが広かった。彼女はここで朝食をとったりしたら最高だわと騒いでいる。俺は部屋の中にあるソファに座ってあの時と同じ感覚だと思い出していた。
(ああ、何故彼女と一緒にいるのに別れたあの人のことを思い出さなければいけないのだ。俺はあの人にはっきりといったはずだ。あなたのことは好きじゃない。付き合っている人がいる。と)その彼女と一緒にいるのにあの人のことばかり考えている。
「ねえ、これからホテルのプールの端でカクテルでも飲まない?」
「こんな時間から酒を飲むの?」
「あら、だってもう運転は今日はしないわよ。みんなが出かけている間にゆったりとしたいの。」
彼女は俺が人ごみ嫌いだということをちゃんと覚えていた。何もすることがなく部屋にいてもソファのせいであの人のことを思い出してしまうので彼女に同意した。

彼女はプール脇のテーブルでカクテルを飲んでいた。俺は酒は飲めないのでメロンソーダーをストローでちょびちょびと口に運んでいる。言葉は必要なかった。それが彼女にはどう映ったのかわからない。

夕食はホテルに併設しているレストランにした。フランスレストランだった。オントレに冷たいラタトゥユ、何の魚だったか説明されたがわからない魚のホイル焼きにほくほくのジャガイモ。彼女はうれしそうにいろいろな種類のチーズを食べて最後のデザートはクレームブリュレ。このまま席でおなかが破裂しそうになるまで食べさせられた。食事中話の中心になったのは二人に共通の趣味であるアニメのことだった。彼女はテレビアニメしかみていないものも、俺はコミックを持っているということで盛り上がった。
「今度あなたの家にいって一巻から全部読んでみたいわ。」
「うーん、家に来ることは不味いけれどどうせ二人とも近くに住んでいるんだから少しずつ貸してあげるよ。たまに姪や甥が来て返してくれないものもあるから。」
「平日にも会えるのね。それっていいアイデアだわ。」
「そろそろ部屋に戻らない?俺このままここで寝てしまいそうだわ。」
「お酒飲んでいないのに?」
「たくさん食べ過ぎた。最近は無理が出来なくなったよ。俺もふけたものだ。」
「そんないいかたいやだな。私たちの歳ってそんなに違わないと思うのに。私までおばあさんになった気分。」そういうと彼女はふてくされた。
「そんなことないよ。自分の体調が力仕事をしていると毎日感じるんだ。以前のようには無理は出来ないなって。」
「そうね、自分のことは自分でしかわからないことがあるものね。じゃ、部屋に帰りましょう。」
俺は彼女が俺に向かってウインクするのを見逃さなかった。


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