小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:杜鵑草ー春まだ遠くー 作者:chihiro

第2回 魔の誕生日
俺の誕生日は五月二十六日だ。誰か有名人と一緒の誕生日でもなくただ家族の間で誕生日おめでとうといわれることだけしかなかった。学校を卒業して仕事に就いてからだってそれは変わりなかった。今まで何度か女性と食事をしたことがあったとしても、そしてその人の誕生日だったとしても少し洒落た食事をするだけでプレゼントを渡したことなどなかったし、自分の誕生日には何もプレゼントされなかった。
もしプレゼントを受け取ったとしても自分がプレゼントをすることになったとしても何をどうしていいのかわからなかったのだ。そういうことを聞ける友人がいなかった。だから何もしない。それはみんなに対して同等だった。それでいいと思っていた。しかしあの人は違った。自分の誕生日がクリスマスでみんなが祝ってくれるから自分の誕生日は言わなくていい。でも人の誕生日はこうやって出会うことが出来たのだから祝うべきだと主張していた。
あの人の最初の誕生日プレゼントはストラスブールで買った青のコーヒーカップだった。
彼女の言うには自分のコーヒーカップと色違いのお揃いだという。
俺は恥ずかしかった。この歳で誰かと色違いのお揃いのものを持つことになるとは思ってもいなかったのだ。彼女はずいぶんまえから用意をしていたみたいだった。きっとバレンタインデーのチョコレートを作って俺に送ってからすぐに購入したのかもしれない。自分の気持ちをすぐに口に出してしまう人だった。
俺は迷った。なんていっていいのかわからなかった。「ありがとう。」というのが恥ずかしかったのだ。彼女はまるで一緒に住んでいるみたいにスカイプで挨拶を繰り返した。「おはよう。」「おやすみ。」「元気?」などなど。その挨拶がうるさく感じられた。何故挨拶をしてくるのか自分なりに考えた。そして出した結論はきっと話をするきっかけをつかもうとしているのだろうという結論に達した。
俺はそれを一切無視した。無視をすれば自然といなくなると思っていたのだ。挨拶も出来ない男だと思われても仕方がないことだった。とにかく静かにしてくれという気持ちだったから。彼女は俺が無視をしていると何も言わなくなった。心が痛んだがこれでいいと自分に言い聞かせた。彼女を恋人に出来ない理由は俺にはいくらでもあった。
まずは自分よりも年上であること。国外に住んでいること。考え方が大人で何もわかっていない子供の自分とはつりあいそうにないと判断したからだ。もちろんその話はした。しかしあの人はわかってくれなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。あの人が俺に恋をしていることは誰の目にも明らかだったからだ。
彼女からメッセージが来たのは「誕生日おめでとう。」という俺の誕生日の当日のことだった。
「ありがとう。」俺はおめでとうといってくれた人みんなに同じせりふを返した。だが彼女はそれでは終わらなかった。
「どうして挨拶したのに無視をしたの?嫌いだったらそういえばいいじゃないの。嫌いだったらどうしてまだ友達なの?」
今になって思えば彼女は少しヒステリーになっていたかもしれない。
「なんていえばいいのかわからなかった。」俺はまるで彼女と話しをしている気持ちになってメッセージにそういうふうにかいた。
「私のほうが好きであなたは何も特別な感情が沸いていないことぐらいわかっているよ。でもね、大人として挨拶は大事でしょう?挨拶も出来ない大人になってほしくない。」
「こんな俺なんかやめればいいじゃん。もっと他を見ればいい男なんているだろう。」
「あなたがいいの。あなたに決めたの。それは私の勝手でしょう?もういいよ。口も利いてくれない、メッセージも書いてくれない人とは友達でいたくないから。だから私をあなたのリストから消して。」
「それでいいの?」
「一度決めたことだからそうしてよ。」
俺は彼女の言うとおりにするしかなかった。「そちらのほうもリストから消さないと両方で消されたことにならないよ。」俺はやけっぱちになった。
「わかった。」
さよならもなかった。挨拶もしない人ととは話が出来ない。それはあの人も同じことじゃないか。俺は彼女に対して怒っていた。それが一度目の魔の誕生日の出来事だった。

あの人からまた連絡があったのは七ヵ月後のことだった。世間は年の瀬やクリスマスで沸き立っている。
俺は相変わらず独り者で姪に馬鹿にされながらも何とか生きていた。実はあの人からもう口を聞かないといわれて落ち込んでいたが以前からの友人で自分のことを好きだといってくれる人がいた。その人は近所だったしなかなか感じのいい人だった。あの人とは性格が正反対で男性に文句をいうことはまったくなかった。俺はその人とあの人を比較した。比較しなくてもいいところまで比較した。何故比較の対象があの人なのかまったくわからなかった。それでも挨拶はちゃんとしたし数少ない日でもデートと呼べるものも経験した。デートは新鮮だった。二人きりの会話も新鮮だった。こんなにも自分の趣味と合う人がこの世に自分以外にいるとは思わなかったほどだ。この話は他の章で詳しく話そうと思う。
あの人から連絡があったのは十二月の中旬。「あるテレビドラマの再放送を観てやっぱりあなたが好きであることを認識した。」そういってきたのだ。
自分の気持ちをダイレクトに言える彼女をうらやましくも思った。しかし自分の気持ちは言わなかった。もちろんいま付き合っている人のことは言えなかった。言えば彼女のためになることだと思っていたがどうしてもいえなかったのだ。
しかしあの人は挨拶もしなくなった。俺の行動をいつも監視していて危なくなったら手を差し伸べるまるで母親のような感覚だった。
「俺は自由だ。」と勘違いした。だからこそ今付き合っている人のことをあの人に話をしても笑って「そうなんだ。よかったね。」って言ってくれそうな気がしたのだ。
俺はいつだって彼女をどうやって付き合えばいいのかわからなかった。それが彼女にとって我慢できないことだとは気がつかなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 48