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作品名:杜鵑草ー春まだ遠くー 作者:chihiro

第1回  桜の咲くころ
俺はニュースを見ない。朝はテレビを見ている時間がないのだ。しかし必ずスポーツ新聞で社会欄を覗く。どの地方が桜が咲いた、どの地方が雪が降った。そういうことぐらいだったら読んだときだけ頭の中に残る。自分が季節を感じるときはやはり毎日の運転で気がつくことが多い。街行く人たちの衣装が変わった。道端の道の花がつぼみや花をつけ始めた。そして春になると必ずといっていいほど自分は花粉症になる。
朝夕は冷たくても日中の気温が暖かくなり、生風が吹いて鼻をくすぐらせ、どこからともなく鼻腔をくすぐるにおいが漂ってくる。そして道に植えている木を見るとソメイヨシノがつぼみをつけている。俺はそれを見ると昔を思い出した。
あれは何年前だったか。俺は世間一般のように花見はしない。している時間がないからだ。
おまけにそういうことは無駄なことだと自分で思っている。
飲みたい奴らが花見を魚にして騒いでいるだけの話なのだ。だから花見などしたいと思ったことはない。あの時もそうだった。花見をするためにあの人とドライブをしたわけではない。だいたいドライブといえただろうか?煙草を吸えるファミリーレストランを探すために待ち合わせた場所から横浜にかけて探していただけだ。そして偶然にも満開のソメイヨシノを霧雨の中であの人と見ただけだ。
あの人にとっては久しぶりに見るソメイヨシノだっただろう。何せ久しぶりの日本帰国だったのだから。あの人は日本に帰国するとすぐに俺を呼び出した。好きだといわれたこともあるが俺は好きとも嫌いともいえなかった。そう、怖かったのだ。恋人になって相手のことだけを考えてその後はどうなるのだ?俺はわがままだということはわかっている。あの人は相当気が強い人だということもわかっている。うまく行くはずがない。そう思っていた。だからあの人が自分に気持ちがあると聞かれて何故?が消えなかった。どうせからかわれているのだ。人の心をもてあそんでいるのだ。そう思っていたのだ。だからそのときは自分でつけたラジオをつけながらラジオの情報に耳を傾けていた。あの人は一生懸命に見ていたことだろう。そして俺と一緒に見られるソメイヨシノがこれからもずっと続くように思っていたに違いない。
こういう場面は何も初めてではない。春に一緒にいると必ず決まって恋が壊れてしまうのだ。相手が悪いわけではない。自分のせいであるわけではない。もしかしたら自分のせいかもしれないし、相手のせいかもしれない。そんなことは自分にとって重要なことではないと信じたい。人は何故戯れに叶わぬ恋に身をもだえて切なさと虚しさに心を乱さなければいけないのだ。ナンセンスだ。俺はいつだってそう思う。
あの人は俺にいっていた逢いたくて恋しくてあなたと共に添い遂げたいといったのも言葉はわかっていても意味はわからない。きっと俺はわかりたくないのかもしれない。自分は自分じゃないか。相手は相手。何故それがわかっている人に限ってそうおもうのだろう?
しかし、ともう一人の自分がささやく。だったら何故ソメイヨシノを見るとあの人を思い出すのだ。
ファミリーレストランであの人と話をしたことを本当に思い出せない。ただその場面が早く過ぎ去ってくれることを願っていたに違いない。いつもだったら冗談のひとつや二つ口に出していたことだったがそのときは口を一文字に結んであの人の質問にも生返事で答えていたはずだ。あの人はきっと自分の気持ちをわかっていただろう。見せ掛けは立派な大人としてちゃんとしていたと思うが心の中では迫り来る嵐の中でどうやって災害から身を守るのか考えていたのだと思う。
あの人はいつものように手作りのお菓子をくれた。いつも食べていたが食べることは彼女の愛を受け取ることだと食べた後に気がついた。俺は彼女の愛を受け入れたかったのか?わからない。ただ少し抗いながらもなせるがままに身を任せていた。
話すことがなくなった。時間を見るとすでにファミリーレストランについてから一時間が経過していた。
「そろそろでようか?」俺の提案であの人はうなずいた。
あの人も話が弾まない俺に嫌気がさしていたのだろう。
俺は近くの駅に送るつもりだった。だが結局やったことはもう少しあの人とソメイヨシノを見たかった。それが最後の彼女とのデートだとなんとなくわかっていたからだった。本当は自分もあの人もこの先に来ることは何であるのかわかっていた。わかっていながらも何も言わなかった。いえなかった。言いたくなかった。
あの人をホテルにまで送るときには昔のことを思い出した。彼女の女に一度負けてしまって関係を持ってしまった。彼女はそれを一種の自信に変えている。俺にとっては触れたくない出来事なのに。
「じゃあ、ネットでね。」俺はさりげなく言った。
「うん。」あの人はそれだけしか返さなかった。
しかし二人のなかには何かがあることを二人とも感じていた。
たとえば彼女は現地から俺に直接電話をかけてくる。
盗難にあって警察署の前で自分の言葉が警察にわからなくてどうしていいのかわからないという電話だった。彼女が求めているのは励ましの言葉だった。俺の声を聞くことで自分の勇気を奮い立たせているのだ。現地にはあの人の家族もいるのに、相談する人もたくさんいると思うのに一番に俺のことを考えてくれたことにテレを感じた。そして同時にその愛が自分にとって重たいなとも思った。
もし彼女が他の女性と同じように自分をからかうだけの女性だったら、俺が何も言わないことに嫌気をさして自分にあった彼女に優しい男を捜し当てられるのに。
何故俺が選ばれたのかわからなかった。そしてその理由を彼女に聞くことは一度もなかった。


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