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作品名:老人と私 作者:chihiro

第5回 遠くで誰かが私を呼んでいる
坂本瑠璃子は清子、志津子、奈美子と違って毎日ホールに食事を取りに行く。車椅子に乗ってはいるがトイレに行くのも自分で排泄をするのも出来る。薬を飲んでいるわけではなくいたって元気そうに見える。白髪で短髪で目がくりっとしていてかわいい女性だ。結はその瑠璃子と出勤二日目で話をした。簡単な自己紹介の後自分の意見を言ってそれがどう思っているのか昼食前のほんの数分のことだった。それからラウンジで会うと何度か声を掛け合う。
そんな瑠璃子にある日呼び止められた。
「私、どうすればいいのでしょう?」
「テレビ見たり、他の利用者さんと話をしたらどうですか?」
「なかなか輪の中に入れなくて。時々どうしていいのかわからなくなる。このままどこかにいって静かに消えたい。私が死んでも誰も何も思わないでしょう。」
「何を言っているんですか!誰にも話し相手が見つからないんだったら、私が勤務しているときには私に話しかけてください。どんなくだらないことでもいいです。だから死んでも誰も何も思わないなんていわないでくださいよ。」そういうと結は瑠璃子を抱きしめた。
「あったかい。お母さんみたいだ。」そういって瑠璃子は泣いた。
「大丈夫です。瑠璃子さんは一人じゃありませんから。いずれお迎えが来るとしてもどーんと構えていればいいんです。あまり良い例じゃありませんけれど、お風呂で足を滑らせて浴槽で溺れたとしてもそのときはそのとき。ここまでの人生だったんだなって思うように生きているうちに言いたいこと、やりたいことを行うべきです。」
「言いたいことは言えるかもしれないけれどやりたいことはこういう施設に入っていると無理ね。」
「制限されることはわかっています。でもいろいろなクラブがあるみたいじゃないですか。自分がやりたいなって思ったクラブに参加してみるんですよ。合わなかったら合わなかったで仕方がありません。向き不向きがありますから。でも参加してみる。オリンピックの最初の目的ってなんだか知ってますか?」
瑠璃子は首を横に振った。
「参加することに意義がある。楽しかったら続ければいいしつまらなかったらそれでおしまい。次の発見を探す。」
「あなたと話をしているとまるで人生の先輩と話をしているような気がするわ。」
「私なんてまだまだです。病気の経験、ちょっとした出来事の経験はありますけれど。」
「だからあなたは痛みがわかるのね。身体的なことだけではなく精神的な痛みも理解している。あなたは人気があるでしょう。」
「そんなことありませんよ。介護としての技術はまだまだです。人の視点はそれぞれですから技術的なことを見て判断を下すのか、話をしてまだまだ子供だなと思うのかですね。」
「あなたいくつでしたっけ?」
「五十五歳です。」
「私があなたの年齢ぐらいの時にはまだそんなことは考えなかったわ。その日の生活だけで精一杯って感じで。」
「普通は生活が最優先されるでしょうね。私、死ぬことばっかり考えているんですよ。でも最近になって自問しているんです。何故死にたいのか?どうして生きたくないのか。夢や希望がないから?何故ないの?どうして自分で探さない?人に夢や希望、生きがいを探せって言っておきながらひどいでしょう?」結は小さく笑った。「私が治したいと思っている病気は医者が治してくれないんです。何件も医者を変えました。でも結局医者の意見と私の意見の食い違いなんです。たぶん医者は私が一番治したいと思っている根本を直したいと思っているのでしょう。でも私はとにかく痛みをとりたい。痛みって四六時中ですから。実際に味わったことがない人にはどんなに理解しようと思ってもわからないでしょうね。医者はそれは症状とかどんな痛みなのか医学的に知っていることでしょう。でもそれを患者にわからせることが大事だと思うんです。患者が理解しないのに病気なんてどんな名医でも治せませんから。」
「そうね。あなたの意見のほうが正しいわ。」
「放置されて私は生きていく資格がないんだなって思うのも自然の成り行きだと思うんです。悔しいですよ。自分の意思で生まれてきたわけじゃないのにそれでもこの世でがんばろうと思っているのに全部否定されて。だったら死ぬしかない。でも自分で終わりに出来ない。ここも歯がゆいところですよね。病体に鞭打って早く終わりに出来るように毎日努力しているんですよ。時々死亡の統計ってあるじゃないですか。死亡第一位はがんってなってますけれど元をたどっていけば自分の生活習慣がもとでしょう?言葉をがんという名称に置き換えているけれど少数派だけれどわざと病気になった人っているかもしれないじゃないですか。」
「あなたの発想は面白いわ。たいていの人はそんな考え方は絶対にしない。」
「私はきっとどこか思考回路がおかしいのでしょうね。生きる努力をしないで死ぬ努力をしているのですから。」

結は帰途へつく電車の中、すっかりと見慣れてしまった窓の外の景色を見ながら涙ぐんだ。
(どこかで誰かが私を呼んでいる。私利私欲が笑って手招きしている。それは激流だ。どんなに抗っていても流されてしまう。ここで強くなりたいと思う人だけ、どうすれば激流から回避できるか考えられる人だけ人生を渡っていける。弱い何の力も持たないものは押し流されて餌食にされるだけ。本当に生きていたくない。何故あの人は、この人はそんなに笑って過ごすことが出来るのだろう?誰に聞けばいいの?どうやったらまともな考え方が出来るようになるの?誰か助けてよ。ちょっとしたきっかけでいいんだ。それを私に与えてよ!)
向かいの席の女性が不思議そうな顔で結を見ている。スマートフォンに夢中で顔をまったく上げないものたち、友達との談笑で一生懸命な人たち、イベントに出かけて疲れて眠る家族連れ、湿気の多い外気から離れて電車ワゴンの中で涼むサラリーマン、それぞれが今を生きている。誰も今の状況を分析したりしない。そのときが楽しければそれで万事うまくいっていると信じて疑わない。持病を持った老人でさえ待合室で同じ病を持った人たちと話しを咲かせる。不老不死を信じて止まない人が多すぎる。形あるものはいずれ亡くなるものなのに。
(私は本当にどこか思考回路がおかしいのだろうか?どうして他の人たちは死に対してもっと真剣に取り組まないのだろう。死んだ後のことはわからないから取り上げる項目ではないのだろうか?でも大事で大切な人が死んでしまった残されたものたちはどうやって納得すればいいの?)
結は記憶を頼りにまずは尊厳死についてネットで検索した。そして自分の状況にぴったりの言葉を見つけた。
「意識があって体が動いても病気で際限無く苦しむような状態になってなってしまった時、本人が「これ以上生かされたくない」と望むような時に治療を止めることで死を迎える。」
結の場合限りなく苦しむような状態とはあちこちの痛みだ。しかし直接にはその治療は受けていない。いや、受けようと思っても医者が見向きもしないことだ。そして治療を止めることで死を迎える病気は死が確率的に少し高くなるだけで治療をやめたからといって直接には死を迎えることが出来ない。
(堂々巡りだ。)
結は静かに目を閉じた。車内アナウンスがそろそろ次の停車駅が近づいていることを告げている。
(泣きたい。心に詰まってしまったどろどろとした鉛色の思いを吐き出せたら。。)


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