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作品名:老人と私 作者:chihiro

第2回 孤独を気取るうちに寂しくなったよ
「こんにちは、岡本結っていいます。よろしくお願いします。」結は一人の女性にそういって声をかけた。
「こんにちは。岡本っていいます。」その女性は優しそうな顔つきの白髪一色で瞳の奥に寂しさを結は感じ取った。
「同じ苗字ですね。」同じ苗字だからこそ結はその女性に声をかけた。しかしそのことは黙っておいた。
「私ね、今日がここに来るの初めてなんですよ。今まで家族と一緒だったけれど自由がほしくて主人や娘に自分の人生を歩みたいって言ったんです。何を言っているのって言われてましたけれど娘は私の希望をかなえてくれて。」そういうと岡本清子は悲しそうに笑った。結は車椅子の後方についてある名札を見て名前とどの居室なのか確認した。
「それはよかったですね。そっけない人ほど人のことを考えていると思います。優しい顔の人はいけない。おなかの中で何を考えているのかわからないから。人間同士のなれあいって大事なことは大事だけれどそれ以外は近すぎず遠からずのほうがいいと思うのです。子供は親の分身ではないし子供だって親の真似をしなくていい。名前や顔が違うように歩む人生も違うと思うから。ただ親は子供にこういうことをするとこういう結果になるよ。経験上知っているよ。でも自分で考えてそうしたいと思ったらそうすればいい。アドバイスしたところで問題が生じて悩むことがあっても自分で何とかしたいからその道を選んだのだと思うし時々アドバイスはするけれど考えるのは自分、決定を下すのも自分、失敗を少なくするためにすることはそのことをやるまえに、行動に起こす前に考えること。そして自分でいけるって判断したらそれを最後まであきらめないこと。そうすれば誰かが見ていて助けてくれるかもしれない。でも初めから誰かを頼ってはだめ。人間なんて冷たい動物なんだから。一人である程度やってみる。失敗したとしても自分が反省すれば良いだけだから。」結は自分の思っている考えを夢中で話した。心に秘めていたことを吐き出すって気持ちいいと感じた。
「あなたの考え方って私と似ているわ。」清子は静かに言った。
「初対面でいきなりこんなことを言ってごめんなさい。同じ名前だしなんとなく親しみがわいてしまったので・・」結は悪戯を見つかった子供のように苦笑いをしながら言った。
「私のほうがラッキーだなって思っているわ。あなた、若いのにちゃんとした考え方を持っている。今の若い人は老人の気持ちなんてぜんぜん感じ取ってくれないと思っていたのに。確かにこういうところの人は老人と話をする機会に恵まれているかもしれないけれどそれでも・・」
「若いとか歳を取っているとか関係ないと思います。病気になって痛みを体験しないと絶対にわからないものがあります。たとえば医者なんて治す立場から自分が学んできたものからそういう痛みをわかるでしょう。でも実際にその痛みを持たないと何もいえないと思います。私はいわゆる生活習慣病を持っています。でもそれにたいして不満を言ったことはありません。まだ幸いなことにそれによる痛みというのがないから。でも膝が痛い、腰が痛い、そんな訴えを医者は放置している。世間では健康ブームだ、一日でも長生きしよう。といってますがだったら鈍痛を何とかしてよって思います。痛みを持っているか持っていないかで一日のモチベーションが違ってくると思うんです。」
「確かに年中痛みを持っていたらがんばろうって思わないわよね。ここにいる人だって痛みを持っている人とそうじゃない人の発言って大きく違うと思うわ。たとえば怖いお姉さんなんて絶対に痛みをわからない。そして若い人には老人の気持ちなんて理解できない。」
怖いお姉さんというのがどの人のことをいっているのか結にはわからなかった。それでもその人物は今は重要な問題ではないので軽く流すことにした。
「それはありますね。加齢を重ねると若い人の気持ちはわかります。通ってきた道だから。でも若い人はまだ老人には到達していないわけだから昨日まで動いていたからだが動かなくなって自分自身に情けなくなっている気持ちはわからない。たとえば怪我をして入院クラスにならないと自分がどんなに不自由なのかってわからないでしょう。それと同じような例なんていくらでもあります。」
「たとえば?」清子は小悪魔な顔つきで結に聞いた。
「夢とか希望などは若い人の専売特許じゃないけれど加齢を重ねた人はあまり夢や希望なんて見ないじゃないですか。若い人だけではなく他人に自分の不自由さをわかってもらおうと思うことが間違ったことなのかもしれませんね。いかに不自由な今の自分を受け入れるか。それと共に歩んでいくかだと思うんです。口でいうのは簡単ですけれどなかなか受け入れるまでには時間がかかります。特にプライドのある人なんかは難しいでしょうね。その人とそういう話をしたことはありませんが、排泄介助をしているときに無駄な抵抗をする人がいます。こういうホームにいて自分のために動いてくれているということは頭ではわかっていても完全に理解していないのでしょう。自分はこんなではない。まな板の鯉の心境なんですよ。」
結も清子もそれぞれの思いを心の中で描いた。
「さあ、仕事しないと。」結はそういって清子の元を離れた。

結はその日の帰宅する電車の中で考えた。自分が介護の仕事をしているのは体を酷使して身体を壊してやりたいという気持ちと病院介護では得られなかった老人たちとのコミュニケーションだった。そんな意味では今の老後ホームは自分の意にかなっている。年齢、性格、持病が違うために一概にどれが正しくてどれが間違っているなどと思ったことはない。しかし結はどうしてもわからなかったのだ。自分の年齢よりも遥に年上であるのにいつも笑顔で人に感謝して限られた空間の中で一生懸命に生きている人。その人にあったのは病院介護をしているときだったがこの「やすらぎ」でも数名いた。いったいどう考えたら自分に納得させたらそういう考えになるのか知りたかった。
(知ったら私のネガティブな考え方も変わってくるかしら?)その質問が頭から離れられなかった。
ただ少し変わったことは自分でも自覚していた。
今まで孤独を気取るうちに寂しくなったことは少しは改善できたことだ。それでもホームにいる老人は知り合いでも友人でもない。施設にとっては利用者で自分にとっては仕事をする対象の者たちだ。介護を通してその人の人生のほんの一握りの部分を話してもらっているだけだ。時に自分の意見を言うことはいいことだが、相手が話をしたくないときにはそれに従わなければならない。
(やはり私の胸にぽっかりと開いたブラックホールみたいな心を埋めることは出来ないんだ。私の心はいつになったら晴れるのかな?夢も希望も無くしてそれでもどこかに小さな光を探している。私は死にたいの?それとも生きたいの?)
答えはでなかった。そしてその答えが出たときにこの世を去るのではないかと予想はつけていた。今わかっていることは今日明日ではないことだった。
人の話を聞いて自分なりの答えを出してから・・それがいつになるのかわからない。


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