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作品名:老人と私 作者:chihiro

第1回 遠い旅の道連れ
岡本結は特別養護老人ホーム「やすらぎ」で介護の仕事をしている。介護の仕事は天職だと思ったことはない。むしろその逆でいつまで経ってもこつを覚えずにだめ子のレッテルを押されている。そんなきつい仕事をしているのは生活のためだ。二十歳のころの結はデーター入力で生活の基盤を立ててきた。しかしデーター入力は今では誰に出来ても当たり前の職業で求人募集を掲げている企業は少ない。生活のために結は何でもやった。軽作業、保育、今の日本ではきつい仕事なのに賃金が少ないと呼ばれる職業だ。四十歳代を越えるとそして何の資格や免許がないと職探しに苦労する。企業は未経験者可と募集をしていても即戦力を望むもの。同じポストに経験者と未経験者ではどう転んでも経験者のほうに分がある。結は資格や免許を持とうとはしなかった。若いころからこれが天職だと感じられる仕事に出会わなかったのだ。免許や資格を取ってしまうとその職業だけしか出来なくなるという不安があったのだ。
たくわえがあったときには「病気だから、長時間のたち仕事は出来ないから。」と何かしらの理由をつけて断っていたが、経済面で雲行きが怪しくなってくるとそうも言っていられない。擦り切れそうな体をさらに酷使してその日の食事代を稼がなければならないのだ。
結は五十五歳。まだ老人というには若い年齢だったが自分のあった職業を探すには限りなく不可能に近いものだった。
(何故人間はこうも燃費が悪いのだろう。一日に三度もガソリンを入れないと動けなくなる代物なんて・・ロボット開発が進んでいる昨今、コミュニケーションが取れて何でも正確にそして迅速に作業が進めば人間なんて過去の産物は用無しになるはずだ。それまではなんとしても第一線で研究を続けている人たちにがんばってもらって少子であっても別にかまわないようにしてもらいたい。)
結はそう考えていた。仕事をしたくない反面、きつい仕事についているのは自分の命を削ろうという考えがあるからだった。
女性は更年期障害を体験する五十歳あたりから自分の体に起こっていることを受け入れなければいけない。昨日まで腕が上がっていた、階段を駆け上った、眠らない夜を過ごした。突然昨日まで出来ていたことが出来なくなるジレンマ。おまけに内臓部分にもがたが来てそのまま放っておくと命を落とすようなものがやってくる。
メディアはこぞって一日でも長寿をと薬、サプリメント、健康と文字を入力して「もっと生きたい」との視聴者の心をくすぐる。そんな風潮に結は吐き気がしていた。
(何故生きたいと思うのだろう?人間を含むこの地球で生まれたものは必ず死がやってくる。地球の温暖化だって自分たちが張本人なのに自分の行いを反省することなくそのテーマがまるで大事なことのように振舞っている。偽善者!)結は人間が嫌いだった。人間はすぐにうそをつく。そしてその嘘は誰もが嘘であることを知っている。それでも政治家レベルの人たちを先頭に何年も何十年も議論している。
結は命を落としてもかまわないと思っていた。口をすっぱくして体の異常を訴えても医者は自分が診察したい部分だけ診察しようとする。患者の言うことなどまるで聞こえなかったかのように振舞うのだ。そんな医者には行きたくなかった。
(だったら医療が発展していなかった時代のように静かに自分の終わりを待てばいいじゃない。)そういう考えに到達するのには時間はかからなかった。
結の毎日の楽しみはネットサーフィンだった。自分の病名からどんな病気なのかそしてそれがどのようにしてできるのか、治し方はどうなのか、どうするとその病気が進行するのか調べるのが好きだった。そう、結は自分の切ない人生を終わりにしたかったのだ。
それが結が介護職を選んだ理由だった。
結が面接時に施設の担当者から言われた「こういう仕事、好き?」に答えることは出来なかった。心の中では「嫌いです。でも死にたいからやるんです。」といえたらいいと思っていた。
仕事の内容は入浴介助がほとんどだった。入浴する利用者たちの脱衣や着衣、体を洗ってストレッチャーやリフトで入浴させる。自分よりも背の高い人、体重の重たい人、暴力をふるって仕事の妨害をする人いろいろだ。こつがつかめなくて腰が悲鳴を上げていても投げ出すわけには行かない。締め切った風呂場でまるでサウナにいるような感覚を覚えながら水分補給も出来ずにただひたすら同じ動作を繰り返すだけだ。その施設の正社員たちはけっこう楽しそうに笑いながらふざけあいながら作業を進めている。
間違ってシャワーを患者にかけたとしても悪気を見せることなく誰も怒ることなく利用者からの本気で怒っているのだか怒っていないのだかわからない言動を聞いても反省するわけではない。
時間がないからを理由にそのほかの仕事でさえも適当にやっているフリをして過ごしている。そのくせそういう人たちに限って入ってきた新人にはちゃんと正確に迅速にやるようにと無理難題を押し付けてくる。
(派遣社員はいくらでも代わりがいる。だから雑につかってもいいのだ。)人気作家がある本に書いてその作品をドラマ化したことで派遣に対する偏見であるという考えがわきあがったが言うだけ言ってどうすれば改善するかなどいうことはもちろんしない。昔の結だったら言い返していただろう。でも今の結は言い返すことはしなかった。その日その日で指導してくれる担当者は変わったが指導したと言い切れる正社員はわずか数人しかいなかった。こういうときに結は「もし、この時点で倒れて救急車で運ばれたらどんな顔をするのだろうか。」ということだった。熱中症と診断されたら「進めたのに水分を補給しないものが悪い。」心臓発作に見舞われたら「健康な体だと思って雇ったのにそれを隠していたものが悪い。」と自分の非を絶対に認めないだろう。言わなくても展開がわかるので言うだけムダだと結は思っていた。
唯一結が好きな時間だと思ったのは利用者たちの声かけだ。
利用者は自分が利用者であることを存分に利用して無理難題なことも注文してくる。だが大体は寂しくてぽっかりと開いた胸を一時の会話で埋めたいと思っている可哀相な人たちだ。
そしてそれをひそかに望んでいた自分がいることを出勤初日から結は知っていた。
五十歳代の結が思っていることを八十歳代、九十歳代の人はどう思っているのだろう?とても興味があったのだ。
「岡本さん、少し時間があるからいろいろな人と話をして名前や特徴をつかんで。」
そういわれて結はうれしくなった。自分の思っていることをその日すべて尋ねられないにしてもきっかけはつかめる。マニュアルだらけのトークは苦手だがフリートークだったら得意中の得意だ。ストレートに尋ねてもいいしオブラートに包んでもいい。言いたいことを言わせてそれに関連付けて自分の意見を言うのはとても興奮した。
名前を覚えるためにわずかな時間で話をした。
初めは自己紹介のようなものだった。どんな年代の人も男女かまわず自分を受け入れてくれた。
恥ずかしいから、人と話をするのが面倒だからと違う場面だったらそんなことが頭をよぎっただろう。利用者とのコミュニケーションは仕事のうちだ。ある一定の線を越えなければ話をしてはいけないのではなく話をしなければいけない部類に入る。会話の内容は何でもいいのだ。世間で騒がせていること、天気のこと、病気のこと、利用者の過去の話。
自分も興味がある死についてだっていい。
自分が考えていることがどれだけ受け入れられるのか興味があった。
自分が考えていることが自分にとって正しいことなのだと誰かに立証してほしかったのだ。
自分が歩んでいる道は間違っていないと誰かに言ってほしかった。


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