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作品名:いつかきっと 作者:chihiro

第2回 私をずっと覚えていて
布施高宏は声にならないため息をついた。一ヶ月ほど前から頭の中で声がするのだ。
優しくそして哀しそうな声で「私をずっと覚えていて」
その声に心当たりの女性はいなかった。はじめは気にもならなかった小さなことだが連日のようにひっきりなしにささやかれては嫌でも意識をしてしまう。
(まったく、誰だかわからないのに覚えていられるはずがないじゃないか。)高宏は頭の中の謎の女性に向かってそうつぶやいた。
高宏は四十歳代の引きこもりの独身男性だ。引きこもりといっても何の理由もなく外に出たりしないだけでまじめに仕事には出勤するし、友人から誘いがくれば誘いにも応じる。ただ自分からは言わないだけだ。仕事も友人からの誘いもやらなければならない事項として頭にインプットされ機械的にこなしているだけの毎日だった。休日はどこにもいかずに一日中ベッドに貼り付けの状態で過ごす。そんなときには「おじさんをからかう女子高生から二十歳代くらいのインターネットで知り合った女性たちの餌食」にされている。
彼女らとはどうでもいいようなくだらない話が中心でとても自分が今悩んでいることなどいえない。インターネット上のチャットは顔を見て話をするわけではないのでどんな顔でどんな話をしているのか相手に伝わらない。それゆえに高宏は自分の気持ちを知られることなく話をすることが出来たのだ。
「でさ、今度の新しいアニメ・LOOKの中で心の中を読んだり、相手の頭の中のことを映像に移し変えるのって実際あったら怖いよね。」
「ああ、そうだね。なんで現実であったらなんて考えたの?」
「日本人ってさ、自分の思っていることを言わないでしょう。平気で嘘はつくし。余計な話はしないでいいから画像化できればこちらも本音で話をしようって気持ちになるじゃない?」
「じゃあ、この会話は本音じゃないのか?」
「え、だってそっちだって本音で話ししてないじゃない。」
「うーん、そんなことないよ。」
「うーん、っていうところが嘘だって言っているようなものだよ。」
「そんなことない!」
「慌ててるってことは違うこと考えているでしょう?どんなこと?」
高宏はあせった。そしてとっさに出た言葉を口にした。
「最近さ、自分の恥をさらけ出すようだけれど経理計算が出来なくなってね。まだ四十なのに。」
「まだじゃなくてもうじゃないの?それが悩み?」
「そうだよ。ほかに何があるの?そして俺の楽しみはアニメを見ることさ。」
「ふーん、今日のところはそういうことにしておくわ。」
「ごめん、ちょっと煙草を買いに出かけるから。」そういうとそそくさと高宏はチャットを切った。
一人になった高宏は謎の女性のことを考えた。か弱い声でしかも病弱じゃないその声で「私を覚えていて」
髪が長くて色白で頼りなさそうだけれどどこかにちゃんと芯のある人でいつでも何かに夢中になれる人。
高宏は現実に戻り煙草を買うために財布を持って一瞬動きを止めた。頭のその女性と同時期に一瞬だが頭の中に画像が見えるのだ。
今回高宏が観たのはどこかの駅のホームで誰かに見られている画像だった。そのワンシーンから大きな駅だということがわかった。
(横浜駅だ。俺が京浜急行線で相手が根岸線。何故自分からみたシーンで映らないのだろう。そうすれば相手の顔がわかるのに。何故相手からみたシーンばかりなんだ?)
ジャンバーをひっかけて母親に声をかけると高宏はバス停に向かって歩き始めた。
(何故この俺が車を使わずに電車で行かないと行けないんだ。車がつかわれていてないならともかく、仕事用もプライベート用の車もあるというのに。どうして俺はその画像をはっきりとさせようと思ったんだ?自分には関係ないことだから無視して車でさっさといつものタバコ屋に行けばいいのに。)
しかし高宏は自分が自分の不可解な行動を理解していた。どっちみち真相をはっきりとさせるためには自分の頭の中の画像を確認しなければならない。
杉田駅近くの煙草屋でいつものセブンスターメンソールを一箱を購入して上り線に乗った。
まるですべての運行時間が高宏を待っていたみたいにバスも電車もスムーズに乗ることができた。何年ぶりかの電車の中で高宏はどう時間を過ごせばいいのかわからなかった。上大岡で特急待ち合わせも乗りたくなかったが体が勝手に動いて帰宅ラッシュを味わった。とはいっても上り線はたいして混んではいなかったが。
車内アナウンスがもうすぐ横浜駅に着くことを告げている。頭の中では何事もなかったかのように声はなく画像もない。
(駅についてどういった行動を取ればいいんだろう?)
電車がホームに入り減速して静かに止まり扉が開いた。高宏は誰かに指図されているかのようにホームに降りて電車が過ぎるのをじっと待っていた。自分が乗ってきた特急が走り出し隣のホーム、向かいのホームを見つめた。何も変化がなかった。
(何のためにここまで来たんだ。俺、馬鹿みたいだ。)
四番線の東京方面に電車が着き人々が降りてきた。そして高宏はほんの数秒前に見た光景と何かが違っていることを発見したのだ。蛍光灯のせいではない。誰かがこんなところで鏡を使って何かをしているわけでもない。舞台でいうならばその瞬間どこからともなくスポットライトが当たったとしか表現できなかった。
そこにその女性はいた。高宏と同じようにびっくりしている。高宏はジェスチャーで「そこにいて今から行くから」と合図を送り急いで階段を下りて隣のホームに行った。運営している会社が違うので京浜急行の改札口で精算してジェーアールの改札を通らないと四番線にはいけない。電車に慣れていない高宏はあせりながらいったん改札口を出てジェーアールで改めて切符を買ってその女性の元に行った。
女性はその場にいてくれた。高宏は安堵のため息を漏らした。
「ごめんなさい。改札で戸惑ってしまいました。」そういって高宏は頭を軽く下げた。「俺は怪しいものじゃありません。なんて説明したらいいのかわからないけれどこれだけは信じてください。とにかくどこかでお茶をしませんか?もしあなたに時間があればの話しですけれど。」
「あなたが怪しいものじゃないことわかります。きっとお互いに説明する時間を要しているのでしょうね。東西通路にドトールがあります。そこでもいいですか?」
高宏は頷いた。その瞬間思ったことは母親に出かけると声をかけたが遅くなりそうだとは言わなかったことだった。頭の中に何も現れなかったが五分、十分で終わりそうな話じゃないことぐらいは簡単に想像がついた。
「家に電話をするので少し待っていてもらっていいですか?」改札を出ると高宏は言った。
「もちろんです。」
母親に電話をかけながら高宏は横目でその女性を観察した。自分が以前見た色白で長髪でおとなしい感じの女性とはまったくかけ離れていたがそれでもおとなしい感じの女性であることには間違いなかった。
「さて、電話連絡が済みました。夕食まだでしょう?一緒に食べますか?」


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