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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第9回 TOMO / 口下手に明かす予感

 いつも智が行く塔屋に、先客がいた。
 屋上に出て、塔屋の裏に回り込むとハシゴがある。
  コンクリートの壁に据え付けられた冷たい鉄の感触を握りながらよじ登ると、すでにそこには人影があった。胸をよぎった気まずさに、きびすを返して引き返そうかとも思ったが、
「おはよ」
 淡々と向けられる声で、誰だかすぐにわかった。
「秋哉の次は慧か」
 ハシゴから這い上がった先で大の字に寝転がった弟に失笑を零す。



  <Nine : TOMO / 口下手に明かす予感>



「気分いいな、ここ」
「なんてったって、俺のお気に入りだから」
 彼のとなりにあぐらを掻いて、智は彼に倣って空を見上げた。薄い雲がちらほらと浮かんで、白みを帯びる蒼い空。昼前の時間を過ぎるそよ風は優しく顔を撫でる。
「慧も考えごと?」
「も?」
「秋哉がここに来る時、いつも何かしら悩んでるから」
「智がここに来る時は?」
 切り出したはずが切り返された。
「人間、何も考えなくなったら終わり」
 空は無邪気か淡白か。
 智と慧の存在とは何なのか。
「だな」
 小さく、慧が笑った。
「智」
 次いで名を呼ばれ、視線を落とす。慧の目は空に向けられていた。
「俺のこと、どう思ってっか教えてくれ」
 唐突な問いだっただけに、少しだけ智は戸惑った。
「異母兄弟である俺は、智から見るとどう映ってる?」
「どうもこうも」
 慧の言を一笑に付す。
「半分しか血がつながってなくても、俺と慧はこうしてひとつの世界で共存してる。兄弟ってしがらみに縛られる気なんてさらさらないんだ。『兄貴』なんて呼ばせてないのもそういうこと。異母兄弟なんてフィルターがなくたって、慧っていう人間は確実にいるんだから」
「そういうことを臆面もなく言える智がうらやましい」
「自分を伝えるのに言葉は必要不可欠だよ。言葉っていうのは、誰もが持ってる自己表現のツールだから。恥ずかしがってちゃ、何も伝えられやしない」
 智は視線を空に戻した。輪郭はぼやけ、ふわふわと風に乗る雲。思考を超越しているであろう存在に思いを馳せる。
「口下手な俺に言うな」
 真面目か冗談か判別しづらいことを慧がぼやく。
「慧だって物事考えるだろ? それを口に出せばいいことだよ」
 空一面に泳がせた目を慧に返す。
「ヒナに電話したろ?」
 変わらぬ口調で問うた。
 眠るように目をつぶり、深く深く深呼吸した慧を横目に、
「俺が介入すべきことじゃないんだろうけどね。あまりにも2人の姿が痛々しいから」
「矛盾してる」
 端的な指摘に、智は肩をすくめた。
「理性と本能の二面性を抱えてる限り、人間はずっと矛盾し続けるよ」
「そりゃ面倒だ」
 零す慧に苦笑する智。
「ヒナはきっと」
 目をつぶったまま、それ以上を口にしようとしない弟に代わって口を開く。
「きっと、誰にも言わないまま抱え込む。回りに迷惑かけたくないから、心配させたくないから――独りで抱え込む」
「…………」
 慧は黙ったまま静かだ。耳元で風が鳴く。
「周りをもっと信頼すればいいのに、それができないでいる。つらいだろうに、独りで必死に抑え込もうとしてる。今はまだ大丈夫だろうけど、ヒナの中で何かが生まれて、その何かが引き金になったら」
 智はそこで語を区切った。無意識に力が入っていた頬をもみほぐす。
「あいつ、きっと歪むよ」
 口に出した智自身がぞっとするほど、その語感は重かった。
「……何言ってんのかわかんねぇけど」
 ゆっくりとまぶたを開いた慧は、スウェットパンツのポケットから出したタバコをくわえた。
「智が言うんなら、それは確かなんだろな」
「半分だけ血がつながってるからね」
 彼の胸中を智は難なく掬い取った。
「吸う? タバコ」
「いや、いい」
 智は自分に向けられたタバコの箱をきっぱり拒否した。
「そう言えば、俺がタバコ吸い始めたきっかけって智なんだ」
「そうだったっけ?」
 少しだけ驚く。
「俺よりだいぶ前から智はタバコ吸ってたのに、いつのまにか止めやがって」
「タバコに飽きたから」
「そんな理由で?」
「そんな理由で」
 智を見上げる目にオウム返しに頷く。
「……なぁ?」
 タバコに火を点け、その目がまた空を見上げた。
「ん」
「腹違いの弟と種違いの妹――どんな心境?」
「さっきも言ったろ。そんな枠組みなんて意味はない」
「できた兄貴だよ、ほんと」
「兄貴ってゆーな」
 ぴしゃりと制すと、わずかに慧は笑んだ。
「慧からすればヒナは他人だ。恋愛感情だって持つだろうし、独占欲だって生まれる。それは否定しないけど、縛ったり縛られたりするのは良くない」
「恋愛には付きもんだろ」
「慧の恋愛観だよ。『ヒナを縛りたい』慧と、『ヒナを縛りたい慧に縛られてる』慧がいる。慧自身、わかってるんじゃないか?」
「……かなわねぇな」
 諦観じみたため息になる紫煙。
「もっと自分を自由にしてやれよ。あまりにもかわいそうだ」
「そこまで自分以外の人間のこと考えて、疲れたりしねぇ?」
「今の自分には満足してるから」
 ほしかった返答ではなかったが、智はしっかり答えてやった。
「やりたいことやってるし」
「恋もしてるし?」
「ばれてるし」
 淡々とした慧の声音に、自然と顔がほころぶ。
「わかりやすいんだよ」
「よくわかったね?」
「あの人に対する表情が違うんだ。気付かない方がどうかしてる」
「辛辣でらっしゃる」
 すぱっと言い切る慧に苦笑い。
「ヒナすら気付いてねぇの?」
「ヒナは今、楽しい盛りを過ごしてるから。目の前のことが楽しいと、他のものにはまったく目を向けないヤツだから」
「ああ、たしかに」
 目を細めて慧はタバコを吸う。
「――これから言うことは俺の予感だから」
 おもむろに口に出すと、弟は閉じた唇の口角の隙間から煙を吐き出す。
「藪から棒だな」
 開いた唇からは呆れがにじみ出た。
 智は首肯だけで応えて、
「だから、他言はしないでほしい」
「俺の口下手を承知で言ってんのか?」
「だから、慧には言うんだよ」
 にこやかに言うと慧の呆れが眉間のしわになった。
「なんだそりゃ」
 智は彼の眉間に人差し指を当てると、小さな円を描くようにしわを伸ばしながら言った。
「きっと、ヒナは恋をする」
 慧の指先――タバコの先で伸びた灰が、地面に落ちてたやすく砕けた。
 慧の呆れ顔。
 こんな顔、めったに見れないだろな――――なんとなく、勝った気分。
 あくまで、それは予感。





 ヒナは、きっと恋をする――――――――








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