小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第8回 IZUMI / トモの笑顔

 以前に秋哉の零した言葉を、一澄は十分に実感した。
 絵を描いている時のヒナは、はっと息を呑むほど凛々しく、綺麗だった。長い赤毛を後ろ一本に結び、ペンキで壁に世界を広げてゆく。
 一澄が彼女の手伝いを始めて5日。手伝いと言っても、それは手伝いと呼んでいいものか。
 空になったペンキ缶を片付けたり、必要なペンキの色を買いに行ったり、ペンキブラシを探しにちょっと遠出してみたり。
 それらほぼすべての行動にもれなくヒナが付いてくる。一澄といるヒナはとても楽しそうで、手伝いと言うよりも、純粋に一緒にいたいだけのように感じる。
 彼女が集中して壁と向かい合っている時は、秋哉かトモが必ずいたりして、一澄のひまと退屈を潰してくれた。



  <Eight : IZUMI / トモの笑顔>



「バイトは決まった?」
 ペンキの空き缶をイス代わりにヒナの後ろ姿を眺めていると、となりで同じように座るトモが尋ねてきた。
「今日、午前中に面接したけど――どうだろ」
「手応えなし?」
「面接してくれた人がやる気なさそうだったことしか憶えてない」
 と一澄が首を傾げるとトモは笑った。彼のほのぼのとした笑顔が、一澄は好きだったりする。
「どんなとこ?」
「古着屋。CDとか雑貨もあって、雰囲気がすごく気に入ったんだ」
「ハニームーン?」
 間髪入れず店名を当てられ、一澄は過剰なまでに驚いた。
「なんで知ってんの?」
「よく行くとこだよ。やる気ない面接してくれた人、小林さんって人じゃなかった?」
「ん〜? 名前までは、ちょっと」
「いい人だよ。我楼の作品とか置いてくれたりするし。我楼のストリートアーティストの雑貨やCDを置いてもらってたりする」
「トモさんも?」
「天井の写真が俺の」
「あれそうなの?」
 驚き第2弾。
 ハニームーンの天井には空の写真が貼ってある。形それぞれの雲を写した写真たちが、離れてあったり重なり合ったり、乱雑に貼られているのに、天井という1枚のキャンパスで見るとそれは紛れもない空。いわば空の切り貼り。初めて見た時は思わずため息をついたものだ。
「いいセンスしてるよ〜」
「小林さんにも同じこと言われた」
 言うトモの照れ笑いは、やはりほのぼの。
「話変わるけど」
 何故か一澄まで照れそうになって、慌てて話を移す。
「A館で工事してるけど、あれって何?」
 今日、昼過ぎにトモの車で我楼に来たわけだが、A館の正面の壁一面に大きなネットと工事用の足場が組まれてあったのを見て疑問を覚えていた。
 今こうして話をしている間にも、壁を削る大きな音がひっきりなしに耳に付く。
「来月のイベント用に、ちょっと手を付けてるんだ。詳しくは秘密。イベントまでのお楽しみ」
「工事してるの、入り口の壁だよね?」
 秘密と言われたら探りたくなるのが性分。
「そうだよ。イベントで必要なのが、あの壁なんだ」
「壁全体?」
「壁全体」
 オウム返しに頷くトモ。
 壁全体の工事を必要とするもの?――――――――予想が付かない。
「……何?」
「だから秘密だってば」
 頑としてトモは口を開こうとしてくれない。
「今びっくりしてもらうより当日、イベントでびっくりしてもらう方がこちら側としてはうれしいんだよ」
「こちら側って?」
「演出の人間。俺もその1人なんだけど、工事の目的は演出係以外じゃ1人しか知らないはずだよ。どうせなら客だけじゃなく我楼のみんなも驚かせてやれって魂胆」
「楽しそ〜〜〜〜」
 心の底から羨むと、ほのぼのとしたものではない、初めて見る笑顔をトモは浮かべた。
 にひっ。
 ――あれ?
 それはヒナの笑顔だった。自由気ままでうそのない、無邪気な笑顔。
「どうかした?」
「…トモさんもそういう風に笑うんだ?」
呆気にとられていたら目が乾いた。一澄は何度か瞬きを繰り返してから答えると、
「え?」
 次はトモが呆けた。
「いつものとはちょっと違う笑顔だったから」
「そう? 自覚ないけどなぁ」
 と彼が眉間を掻いたところで、唐突に入り口のドアが開いた。一澄の視線がトモの肩越しにそちらへ飛ぶ。
「――おっとー! 珍しい! トモがいる!」
 甲高い女声が早口でまくし立てた。
「ちょっと久しぶりじゃない! 元気してた? ここ最近見てないからどうしてんのか気にしてたんだよ?」
 口調と同じく早足で、その女は一直線にトモへ飛びついた。
「や〜〜ほんと久しぶり! 元気そうじゃない」
 ぺしぺし。
 親しげにトモの頭を叩くその手がふいに止まり、女の視線が一澄に向く。
「誰? 彼女? いつのまにできたの? そういうの早く教えてよ〜」
「この人はヒナの手伝い。彼女じゃないの」
 女の手を払い言明するトモの表情は、どこかうんざりしている。
 一澄はと言えば、女の勢いに飲まれ気圧されていた。
「あ、そうなんだ」
 意外そうに女が眉を上げた。
「トモ好みじゃない?」
「好みだからって彼女とは限らないでしょ」
「ふぅ〜ん」
「……言う相手を間違えた」
 思いっきりため息をつくトモ。
「好みだったらひたすら押せばいいじゃない。後のことは後で考えればいいだけのことよ」
 たやすく断言する女に、もはや一澄は圧倒されっぱなし。
 この女は何者なのだろう?
 青のブラウスにブラックデニムのローライズパンツ――一澄より少し背が高いからだろうか、暗い色が妙にしっくりきている。艶のある黒髪のショートが、鼻の通った顔立ちに妙に似合っていた。
 我楼にいるという時点でこの女もまた、ストリートアーティストなのだろうが。
「まいいや。私、上でやってるからひまだったら遊びにおいでよ」
 じゃね――トモの頭を軽く叩くと、女は一澄に手を振って螺旋階段を上って行った。
「……嵐みたいな人」
 返ってきた静けさに呆然と一澄が呟くと、トモが吹き出して笑った。
「言い得て妙。たしかに、あいつは嵐だよ」
 妙に納得する彼にその理由を聞こうとしたところで、階段に当人が戻ってきた。
「誰が嵐だって?」
 手すりにもたれながらわざとらしい笑顔で。
「別に」
「陰口は陰で叩くものよ」
「以後気をつけます」
 右手を上げうやうやしく言ったトモに満足したらしく、女は言葉の矢先を一澄に向けた。
「自己紹介、まだだったよね。八幡(やわた)南季(みなき)、23歳。みんなからはミナって呼ばれてるからそう呼んで」
 ひと息で紹介を済ませたミナに、あらぬ方向から声が飛んだ。
「あれ? いつのまに来てたの?」
 ヒナだった。ペンキブラシを両手に握って、おまけに左頬に青のペンキを付けて、驚いた顔をして。
「描いてる時のあんたに声かけたって無意味じゃない」
 ミナは呆れ顔で言う。ひと度描き始めるとそれに没頭し続け、周囲のことが目に入らなくなるヒナの集中力を、彼女はよく知っているらしい。
「で? あなたの名前は?」
「御杉一澄です」
 一澄に向き直ったミナの早口につられて一澄もまた、早口で答える。
「一澄ね。よろしく、仲良くしましょ」
 挨拶もそこそこに、ミナは身を翻して階段を駆け上がっていった。
「せわしないよねぇ」
 んーっ。背伸びしながらヒナが言う。
 壁画は、もう完成に近いようだ。周りが見えなくなるだけあって、その作業スピードに感嘆する。どうして今まで遅々として進まなかったのか、首を傾げるくらいだった。
 青く塗られた壁一面に舞う、無数の羽根。白い布を身にまとい、風に長い髪をなびかせた女の表情はとても気持ち良さそうだ。
 羽根と一緒になって空を舞う女。
 とてもペンキで描いたとは思えないほど、その絵は繊細で美しかった。
「ひと休みしよー」
 ヒナがペンキブラシをペンキ缶に放り込む。
「トモ。あたし、喉渇いたー」
「はいよ。御杉も?」
 彼女の『飲み物買ってきて』コールで腰を上げたトモに一澄も頷いた。
「お願い」
「じゃ、ちょっと待っててね」
 笑顔で買い出しに出るトモを見送ると、
「なんだか、上機嫌?」
 不思議そうにヒナに言われた。
「そうでもないよ」



 トモ好みということを否定されていないことが、ちょっぴりうれしかった。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10498