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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第6回 HINA / 必要な人

 ものの10分ほどで戻ってきたトモを迎えると、3人はビニールシートの上で思い思いに腰を落ち着かせた。トモが買ってきてくれたお茶は、冷たく爽やかに喉を過ぎた。



  <Six : HINA / 必要な人>



「ごめんねー? いらん心配かけちったわ」
 あははー。
 とヒナが笑ってみせても、トモの顔にこびりついた緊張は取れてくれない。
「ほんと、大丈夫だからさ。すっかり元気になったよ?」
「ん」
「トモがテンション落としてどうすんの」
 うつむいて清涼飲料水を飲む彼の腕を叩いた。
「せっかく一澄が来てくれたんだし、テンション上げなきゃ困るじゃない。ほら」
 ヒナが投げた視線の先で、ひとり離れて座りスポーツ飲料を飲む一澄が顔を上げる。
「居心地悪くなってる」
「あ、いや、私はそんなこと」
「トモって心配性なのよ。ちょっとしたことでも大きくとらえちゃうんだよねー?」
 顔を振った一澄の前でトモの頭を撫でると、無言で手を払われた。
 もう一度撫でる――払われた。
 めげずに撫でる――払われた。
「ああっもぉ! いつまでうじうじしてんの男でしょっ?」
「すみませんねぇ」
 口を尖らせるトモ。
「すねてる〜」
 ごろん。ヒナは大の字に寝転んだ。一緒に視界も高い天井に転がった。シートがごわついた音を立てる。
「あたしじゃ無理だわ。一澄、慰めてやって」
「……へ?」
 いきなり話を振ると、あさってを見ていた一澄が狼狽した。
「何見てたの?」
「あれ」
 一澄が指し示したのは、先程までヒナが作業していた壁だった。横に広い打ちっぱなしの壁の真ん中だけ、カラフルになっている部分がある。
「まだ途中だから、何描いてんのかわからんしょ?」
「女の人と、羽根?」
「あたり」
 空をイメージする蒼い背景で端正な女の横顔と、羽根が数枚舞っている。まだ全体のごく一部ではあるが、今のところ満足の行く出来。
「最終的に、この空間全体をアートで埋めつくすつもりなんよ」
「……ヒナ独りで?」
 室内を見渡した一澄が恐る恐る尋ねる。そんな質問が来るだろうなと予想していたヒナは、トモと一緒につい笑ってしまった。
「聞かれると思ったけどね。我楼(ここ)の人間はそこまで少なくないよ。さすがにあたし独りで空間は創りきれない。いろんなジャンルと組み合わせた立体的なものを創りたいっていうのもあるしね」
「なんか、かっこいいなぁ」
 羨望に近い一澄の眼差しに、さすがに照れる。
「そだ」
 照れを紛らわすためにも、手の平を打って話題を移した。
「ものは相談なんだけど、あたしの手伝いしない?」
「はい?」
 ハトが豆鉄砲を食らった、まさにそんな顔で一澄の目が広がった。
「大きな目してるね」
「そうじゃないでしょ」
 まじまじ見つめると一澄は冷静に返してきた。
「いいと思うけどなぁ」
 頭を掻きながら視線を流すと、トモも同じ顔をしている。
「あんたまで」
「いや…ずいぶんと思い切るなと思って」
「だっていいキャラしてるし」
 と反論を試みたところで、
「私、芸術とか触れたことないよ」
 それ以上の正論が一澄から返る。彼女に向き直ったヒナは諭すように、
「素人とかは関係なくて、楽しく作業できればいいんだけど」
「にしても、よりによって私?」
「そ」
「我楼(ここ)の人にすればいいじゃない。私みたいな外部の人間なんかより手伝いには向いてるんじゃないの?」
「あー……」
 言葉に詰まる。天井を見上げ、一澄を見て、トモに首を回す。
「トモ。教えてあげて」
「なんで俺」
「あたしの口からは言えない」
「俺が言っても同じだろ」
「いいから」
 ヒナとトモの押し問答を交互に見比べる一澄の目が、トモで止まった。
 はあっ!――観念したらしく、トモがとびっきりのため息をつく。
「早い話が、我楼には手伝いに向いてるヤツなんていないんだ。一人一人がアーティストとしての自我ができちゃってるせいで、パートナーとしてコラボするなら何も問題ないんだけど、手伝いとなると話は別。互いの主張がぶつかってしまうのは目に見えてる」
「そゆこと」
「だからって私?」
 トモに続いて重々しく頷いてみせたヒナに、なおも渋る一澄。
「あたしは何より楽しく描きたいんだ。我楼(ここ)の人間とやったらきっと自分の世界は出しきれないだろうし、かといって一人でやるには絵を完成させる自信がない」
「一番の問題は時間だね」
 独り言ほどの小さな音吐を零して、トモが一気に缶をあおった。
「来月に我楼の一大イベントを企画してるの。それまでにここの壁画を完成させたいんだけど」
 ぐるりと壁を見回したヒナの言動の前で、一澄が素っ頓狂な声を張る。
「壁全部!?」
「そだよ?」
「空間創るのはヒナだけじゃないって……」
「もちろん。あたしが創るのは空間の外枠だけ――つまりは壁ってことね」
「まだこれしか仕上がってないのに」
 女と羽根の舞う壁を見やった一澄は、まるで自分のことのように不安を口にした。
「だからこそ、手伝いがほしいのよ。どう?」
 上体を起こしてヒナは彼女の顔を覗き込んだ。
「おもしろそうなんだけど……私、絵心ないよ?」
「なくたっていいよ。あたしは一澄と一緒に作業したいだけだし」
 どうにか迷いを振り払おうと言い切る。
「秋哉から聞いたけど、今バイトしてないんでしょ? 時間できたんだしさ、お試しって意味でもやってみない?」
「よっぽど気に入ったんだね」
 脇で和やかに、トモが微笑んだ。
「ヒナがここまで食らいつくなんて初めてじゃない?」
「かなり気に入ったもの。単なる友達にしておくなんてもったいない」
「――だってさ。俺からもお願いするよ。ヒナの手伝い、してくれない?」
「トモさんまでっ」
 彼が顔を向けると一澄の眉がハの字に垂れる。
「お願い!」
 両手を合わせたヒナは頭も下げた。
 自分でも驚く。ここまでして1人の人間に固執するなんて。
 一澄といたい。
 本能的な衝動。
 理屈抜きの感情。
 だからこそ。
「じゃあ……お試しってことで」
 迷いながらも一澄が折れてくれたことに、心の底から喜べた。
「お試しだからね! お試しでやるんだからね!」
 慌てて念を押す一澄に、ヒナお得意の笑顔を浮かべる。
「わかってるって」
 にひ。



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