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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第5回 IZUMI / ケータイの向こう

 波止場に並ぶ3棟の倉庫は、その外観が極めてシンプルなものだった。フリーの芸術家たちの活動場所という一澄の想像とまったく異なる、コンクリートの塊のような建物。
 海と倉庫に挟まれた、幅のある波止場スペースに車を停めると、秋哉とトモに従って一澄は外に出た。
「こんなとこに停めて平気なの?」
 トモの後ろから車を出て、まず目を見張る。車の正面は海。ガードレールやフェンスなどは一切ない。たやすく海に飛び込めそうだ。潮の香りをふんだんに含んだ、海から吹く風が心地よく髪をなびかせる。
「落ちんなよ?」
「落ちてたまるもんか」
 からかう秋哉に一澄は噛み付いた。



  <Five : IZUMI / ケータイの向こう>



「ここが駐車スペースなんだ。車で来るヤツはみんなここに停めてる」
 となりに立つトモの指した方へ視線を流せば、なるほど、離れた所にワゴンが2台、同じように停車している。
「我楼って倉庫なんだ?」
 5階建てほどの高さを持ったコンクリートの塊を仰ぎ見て、一澄は2人に尋ねた。
「もともとここは港だったんだけど、閉鎖されたもんだから買い取ったらしいよ」
「それが我楼の始まり」
 トモの説明を秋哉がつなげた。
「へぇ〜」
 倉庫は三つ子のように並んで、海と向かい合っている。搬入口である大きな鉄扉、外壁に等間隔で並ぶ小さな窓。芸術性の欠片もない業務的デザイン。
「じゃ、俺はA館に行ってるわ」
 首を回してひとつ骨を鳴らし、顔の横で手を振る秋哉へ、トモは頷いた。。
「おう。ヒナはC館?」
「たぶんな。邪魔しないよーに頼むわ」
「わかってる」
「よろしくー」
 言い置いて、秋哉は左端の倉庫に歩を進めた。
「A館?」
「そ。左の建物から順に、A館、B館、C館」
 一澄が聞くとトモは順番に建物を指した。
「A館は音楽主体。B館とC館には大した区別はないんだけどね」
「なんで音楽だけ?」
「我楼の創始者が音楽好きだったってだけの話。だからそこらのクラブやライヴハウスより設備はいいんだ」
「イベントとかやってんの?」
「やりたい放題。むしろイベントが主な収入源になってるくらい。――行こっか」
 トモに促され、一澄は彼のとなりについて歩いた。C館である右端の倉庫の前に立つと、鉄扉がかなりの大きさで待ち構えていた。
「一応言っておくけど」
 トモが一澄の顔を覗き込んだ。
「鉄扉からは入らないからね?」
 見れば、鉄扉の左脇にちゃんとした出入り口用のドアがある。
「うわ、ふつー」
「たかが2人入るだけじゃ開けないって」
「期待して損した」
 露骨に落胆してみせると、トモは高らかな笑い声を立てた。
「おもしろい人だね。ヒナが気に入るのもわかる」
 ?――一澄はその言葉にどこか違和感を覚えながら、だが正体は見出せないまま、トモの手がドアにかかった。
「――もう連絡してこないでって言ったでしょ」
 わずかに開いたドアの隙間から零れた、冷たい声音が二人の動きを止めた。思わず顔を見合わせる。
 何?――唇だけ動かした一澄に、トモは首を傾げるだけ。ドアノブを握ったままの彼の顔付きが強張っていた。
「ずいぶん前にも言ったよね。さようなら」
 ――バキンッ!
 何かが壊れる音。弾かれたようにドアを引き開きトモが中へ飛び込んだ。慌てて一澄も続く。
「ヒナ!」
 2階分が吹き抜けになった空間にトモの声が凛と響く。
 不思議な眺めだった。
 床一面にブルーシートが敷き詰められ、右手の壁際に。
 ペンキ缶に囲まれて、ヒナが横たわっていた。
 トモに遅れてヒナの脇に滑り込んだ一澄を、うっすら開いた彼女の無気力な目が見上げる。
「何があった?」
 脱力しきったヒナの首筋に指の背をあてながらトモが聞いた。
「……一澄? やっと来てくれたんだ?」
 彼の声が聞こえていないのかヒナは力なく一澄に微笑んだ。実に弱々しい彼女の声と表情に戸惑いを隠せなくなる。
「ヒナっ!」
 となりの一澄すら驚くほどのトモの一喝でヒナは顔をしかめた。
「大きな声出さないでよ。鼓膜が破ける」
「何があったんだよ?」
 声のトーンは落としたものの、変わらず必死の表情でトモが問い質す。
「心配なんていらんよ? ちょっと力使い過ぎただけ」
「ちょっとって言ったって…」
「休ませて。すぐ平気になるから」
 両手で顔を覆い、ヒナはトモの憂いを遮った。
 自分以上に戸惑っているトモの腕をつついた一澄は、
「休ませてあげよ?」
 と声をかけ、視界の端に転がっているものに気付いた。ヒナの足元に散乱した、それは大破したケータイだった。
 折りたたみ式のそれはディスプレイ部分とキーの付いたボディとが別離し、液晶画面は無惨にも割れていた。アンテナは折れる寸前にまで曲がって、プラスチックの破片がいくつも散っている。
 さっき聞こえた何かの壊れる音は、これを床に叩き付けた時のものだったのだろう。
「…何か冷たいもの買ってくる」
 残骸と化したケータイを見ているのがつらくて、一澄は腰を上げようとしたが、
「俺が行くよ」
 その肩に手を置いてトモが立ち上がった。
「けど」
「そばにいてあげて。すぐ戻ってくるから」
 口調はやわらかいが反論なんて許してくれそうにない。大人しく従い腰を下ろす。
「ん、わかった」
 小走りで去る彼の後ろ姿を見送って、一澄は一息ついた。ヒナをそっとしておくことにして、周りを見渡してみる。
四面の壁はすべてコンクリートの打ちっぱなし。元が倉庫だっただけに空間が広く、中央には鉄製の螺旋階段が2巻き半で上階につながる。2階の高さの位置に窓が並んでいた。どこかで開閉を操作できるようになっているらしい、足場もなく手も届かないすべての窓が今は開いていた。
 ヒナの周り以外にもあちこちにペンキ缶と、そのふたが転がっている。どれも空っぽのようで、単に捨てていないだけのようだ。
 中身の入ったペンキ缶はヒナの周りにあるものだけ。乾いて固まったら困るかと思いついて、ふたをしておこうと腰を上げる。
「せっかく来てくれたのに、いきなりこんなんで、なんだかごめん」
 手近にあったふたに触れると、ヒナが呟くように言った。
「気にしないでよ。もう平気なの?」
「だいぶ楽になった。やな電話とっちゃってさ、それで感情高ぶっちゃって」
 静かな口調に耳を傾けながら缶にふたをする。
「電話、壊しちゃったよ」
「うん」
 疲弊したヒナのため息を頷いて受け止めた。
「どうしようもないよね。物を壊したところで何か解決するわけでもないし。残るのは痛々しい残骸だけ。怒りなんて感情、何かを壊すだけなんだからさ、いっそなくなっちゃえばいいのに」
 何も応えられない。ヒナは答えなんて求めていないかもしれないが、それを見つけられない自分がもどかしい。
 どうしようもないのは、一澄も同じだ。
「解決できそう?」
 こんなことしか聞けない。
「いつか解決しなくちゃいけない――それはわかってる。当分先のことになるかもしれないけど」
「私でも力になれるようだったらいつでも言ってね」
 足下の、また別のふたを取ってもてあそびながら、一澄は自分でも月並みだとわかっていながら声をかけた。
「今、何があったのかは聞かないでおく。教えてくれるまで私からは聞かない。けど、ヒナ独りだけで背負い込もうってことだけは絶対にしないで」
「ありがと」
 ヒナの顔を覆っていた手が離れ、その微笑は脆そうだった。
 ケータイの向こうに何があったのだろう?
「約束だよ?」
「約束する」
「破ったら許さないからね」
 手にしていた缶のふたを閉じると、乾いた音が短く響いた。



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