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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第44回 IZUMI / Are you HAPPY?

 ――――――――あれから。
 あれから、半年以上が経つ。
 ヒナと別れた後の私は、何もする気が起こらなかった。トモの部屋の片づけを手伝っている途中に泣き出したりして、彼を困らせたりもした。困らせたくなんてないのに、私をなだめる彼が困った顔をするものだから、ますます泣いてしまう。悪循環だ――私はぐっと涙をこらえて、そのせいで仏頂面になりながら、片付けを手伝った。
 写真、楽しみにしてるね――笑顔で頷いて見送ったトモの後、私の相手をしてくれたのが夏見里央さん。ハニームーンの天井で切り貼りされた空を眺めていた時に、里央さんはひょっこり遊びに来た。それをきっかけとして、私は里央さんと写真を撮るようになって、彼女の写真を見せてもらう度に感嘆して、自分の写真に悲嘆した。
「一澄ちゃんだって、私ぐらいの写真だったらすぐに撮れるようになるよ」
 里央さんの撮り方を見たりアドバイスをもらったりして、こんな私でもやっとこさ、24枚撮りフィルムの1枚くらいは人様に見せられるものを撮れるようになった。
 トモからは、時々手紙が来る。封筒に入れた数枚の写真の裏に、彼の文字が並ぶ手紙。
 きったない字――そうは思いながら、トモの撮る写真はやっぱりあったかくて、買って来たコルクボードに貼れば、トモと風景を共有しているように感じられる。
 離れてはいるけど、電話もすればメールもする。いつ帰ってくるのか知れない恋人は、今もどこかで写真を撮っている。
「大変なカレシ持っちゃったね」
 とは、ハニームーン店長、顕さんの弁。でも、カメラを持って街を歩いていると、となりにトモがいてくれている気がする――なんて、恥ずかしくて顕さんには言えなかったけど。
 もちろん、ただの錯覚だし勘違いなんだけど。
 でもその勘違いは心地が良いものだから、まだ当分は、このまま勘違いしていようと思っている。



  <Forty-Four : IZUMI / Are you HAPPY? >



 ――――――――その日。
 バイトもなく、掃除も済ませた部屋で、スウェット姿の私は仰向けに寝転がっていた。ネットから拾って作ったHECTION!のCDをかけるコンポが、ゆったりとしたメロディーを部屋中に流し込む。何もしないこういう時間が、私にとっては必要不可欠。ぼんやり考えたり考えなかったり。壁にかけた時計を見つめれば、本当は秒針なんて遅いものなんだと気付く。今はまだ、昼下がり。
 ――ブゥゥゥ……ン…
 近くを通り過ぎたらしい車のエンジン音。そういえば、私はまだ免許を持っていない。そろそろ取りに行こうかな。車があれば行動範囲がぐんっと広まる。おもしろい街並に出会う機会も増える。
 …………トモにも、会いに行けるかもしれない。
 ――ティン、コーンッ♪
 ドアベルに私は過剰なまでの反応を示した。トモが帰ってきた?――体が勝手に動いて、気付けばドアを開けていた。
「やっほ」
 廊下に立っていたのは里央さんだった。
「そんなに残念な顔しなくたって」
 我知らずに表情が曇っていた。
 ごめん。いーよ。トモじゃなくて、こっちこそゴメン(笑)。家に来るなんて珍しいね。髪切ってきたの。あ、さっぱりしてる。一澄ちゃんも伸びてきたんじゃない? そろそろ切りたいんだけどね。じゃ、今度紹介したげるよ。ほんと? 店員が気さくで、私的にリコメンドっ。
「外、寒い?」
 部屋に上がった里央さんがコートを脱ぐと、外の匂いがした。彼女が腰を下ろしたテーブルにコーヒーを持っていく。テラス窓から見える空は青くて、暖かそうだ。
「暖かいよ。春の予感がするくらい」
 壁にかかった月めくりカレンダーはもう3月。ヒナは大学に受かったかな。
「それから、一澄ちゃんに郵便物あったよ」
 と、テーブルの上に出されたのは、私の住所つき茶封筒。
「人のポスト開けますか」
「だって郵便物が見えちゃったから」
 座った私の手元にそれを押しやる。ポストは開けても、封を切るほど突っ走りはしないらしい。
「何、これ?」
 長方形で立体的に膨らんだ茶封筒は、持ち上げてみると見た目よりずっと軽かった。振ると、カラカラ音がする。
「爆弾?」
 里央さんの予感は突飛。
「まさか。そんなに重くないよ」
「持ったことあんのっ!?」
「ないけど」
 封筒を裏返して、息が止まった。左下にひょっこり書かれた3文字――高野智。
「トモだ」
 覗き込んだ里央さんの呟きを聞き終える前に、私は封を切っていた。ガサガサと不器用に、はやる気持ちを抑え込みながら。早鐘を打つ心臓が邪魔だった。できるならば今すぐにでも取り出してベランダから放り出したいくらいに。
「ビデオカセット」
 里央さんに言われなくても一目瞭然。中から出てきたのはビデオカセット。弾かれたように立ち上がった私はデッキにビデオをセット――――する前に、デッキに入っていたカセットを取り出して、半ば突っ込むようにカセットをセットした。再生ボタンを押そうとしたら勝手に再生が始まる。あれ?――首をねじって振り返れば、リモコンを手にした里央さんが、してやったり笑顔。
「こっちで落ち着いて見ようよ」
 平手でテーブルを叩く彼女に従って、座っていた位置に戻る。里央さんがテレビも付けてくれて、真っ暗な画面の右上に『再生』の文字。どんな姿勢で見るべきか困っていると、
「落ち着けってば」
 呆れ果てた顔で怒られた。
 さざん……
 潮騒と同時に画面が明るくなった。左に海、右に我楼の倉庫。画面は我楼の波止場。バタバタとマイクを打つ風の音が寒そう。
『――ぬんっ』
 画面右から、やおらしゃくれた顎が突き出た。突然の事に私は呆然、となりの里央さんは大爆笑。
『はははっ!』
 彼女の笑い声を縫って聞こえる、聞き慣れたトモと秋哉さんの笑い声。顎はすぐに引っ込んで、タタタッと足音が聞こえる。もしかして――私は自然と、あの笑顔を連想した。にひっと笑う、あの無邪気な。
『一澄ー!』
 画面中央に飛び込んだのは、やはりヒナだった。クリーム色のロングコートにマフラーを巻いた彼女は、長かった髪がショートになっていた。
『秋哉も、早く入ってきなよー』
 おいでおいでと手を振るヒナに、送れて秋哉さんもイン。ダウンジャケットとカーゴパンツで防寒仕様。これはいつ撮ったものだろう?――2人の出で立ちに疑問が浮かんだけど、私はビデオに集中することにした。
 ブラウン管のヒナは空咳をひとつ、
『いやー、なんだか照れるねー』
 言葉通りに照れ笑いを浮かべて、となりで居心地悪そうに立つ秋哉さんの脇腹を小突く。
『あんたも何かしゃべりなよ』
『苦手なんだよ、こういうの』
 ぶすっとした彼に呆れ、ヒナは救いを求めた。
『トモ〜〜〜〜』
 トモの笑い声と一緒に、画面が揺れる。
『じゃ、ヒナ。一澄に報告することは?』
 声だけの助け舟。ぽんっ。ヒナが手を叩く。
『なるほどっ』
『何のためにこれ撮ってんだよ?』
 今度は秋哉さんが呆れて、私を――カメラを指した。
『あはっ』
 笑ってごまかしたヒナは再び空咳ひとつ、
『えーっと、一澄に報告〜〜』
 選手宣誓でもするつもりか、右手を高々と掲げる。
『あたし日生香耶は、また我楼に戻ってきましたー。拍手っ』
 ――――へ?
 何? どういうこと?
 瞬きが増えて頭が混乱する。画面ではヒナと秋哉さん(ふてくされ中)が拍手していた。
『とゆーのもですね』
 拍手を止めた手を、カメラに向ける。
『一澄の愛するトモが、父親を説得してくれていたのですー。拍手っ』
「トモが!?」
 思わず声を上げた。そんな話、まったく聞いてない。
 ヒナと秋哉さん(まだふてくされ中)が拍手する前で、私は茫然。
『はいっ、止めっ』
 拍手を制したヒナが人差し指を立てると自慢げに、
『だもんだから、あたし、女子大生しながら我楼でも活動するとゆー、なんとも多忙な生活をすることになったのですっ。それからそれから――』
 タタタッ。小走りでカメラに駆け寄ったヒナが、にひっと笑う。画面いっぱいに寄せた顔は嬉しそうに、
『これはトモにも初めて言うことだけど』
 声を殺して囁く。そして含み笑い。
『秋哉とキスしちゃったっ』
『ほんとに!?』
 私の思いをトモが代弁してくれた。大きく頷いたヒナが後ろを振り返る。ヒナの頬越しに覗いた秋哉さんはそっぽを向いてた。何を言ったのか雰囲気で察したのだろう、明らかに照れていて、そんな秋哉さんがかわいかった。
『話したいこといっぱいあるからさ』
 ヒナの顔が戻って、また画面を占める。満面笑顔の彼女は、やっぱり私の笑みを誘う。
『早くこっち来なよ』
 その言葉の意味を、私はつかめなかった。腕時計を見たらしく、ヒナの視線が落ちる。
『えっと……今12時47分。15時くらいまでなら待っててあげる』
 にひっ。
 反射的に時計を見上げる。いつだって眠そうな時計の針は13時半を回ったところ。次に私は茶封筒を引き寄せた。
 ――――そういうことか。
 頬が緩む。やられた〜〜〜〜〜〜!
 テレビに視線を戻すと、ドアップの顔はすでに引っ込んでいて、ヒナと秋哉さんが肩を並べていた。せーのっ。拍子を取るヒナの声が聞こえて、
『誕生日、おめでとう!!』
 トモとヒナと秋哉さんが一斉に叫んだ。あれだけふてくされていた秋哉さんの顔が、いたずら大成功!といった笑顔。ヒナが会心のスマイルでピースして、ビデオは終わった。
「――だってさ」
 ずずっ。となりでコーヒーをすする里央さん。もう、私はすべてを理解していた。
「知ってたね?」
 通り過ぎた車。里央さんの訪問。切手も消印もない郵便物。
そして何より、今日で私は19歳。
 私の質問に答えないで、里央さんはコーヒーを飲み干した。
「今日は私、バイクで来てるんだ。スウェットで行くわけにもいかないでしょ?」
 すっとぼけた笑顔は肯定を示唆。
「早く準備しなよ」
 言われなくてもわかってる。私は猛烈な勢いで準備した。その間に里央さんはのんびりとカップを片してくれて、ビデオも消してくれて、私の準備が終わった時には玄関に立っていた。
「行こ?」
 ドアを開け外に出た彼女に続き、
「行こ」
 私はドアを閉めた――――――――

 




































「――おかえり」
「ただいまーっ」


















  < 了 >

















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