小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第43回 AKIYA /新しい季節、その予感

 ヒナが我楼を離れて、トモがいつもの放浪癖の風に消えて――もう半年が過ぎていた。半年前のイベント、Ga-Row――あの時のプレイ以来、秋哉はイベントに参加していない。
 花火とのコラボレーション――その経験は衝撃的で、音楽活動を続けて来た中でも貴重かつ希少なものとなった。
 しかし今、秋哉は一切の音楽活動を休止している。
 ――ゴウン、ゴウン、ゴウン……
 腹に詰めた衣類をぐるぐると回す乾燥機を、ぼんやりと眺めていた。
いつものコインランドリー。
正午を過ぎた、昼下がり。
空は今日も晴天なり。
いつも通り無人の空間に独り、秋哉はイスの上で足を組んでいた。めくっていただけのファッション雑誌を膝から持ち上げたところで、声をかけられた。
「――よう」
 背にしていたスライド式のドアから、里央の頭が覗いていた。



  <Forty-Three : AKIYA /新しい季節、その予感>



「……よう」
 秋哉は声だけで挨拶する。この女が苦手ではなかったが、得意というわけでもない。とりあえず持ち上げた雑誌を脇に置いた。
「こんなとこで何してんだ?」
 滅多に見ないどころか、このランドリーに通い続けて、初めて見る。尋ねると、里央は地面に落ちた自分の影と秋哉を見比べながら、
「カメラ持って散歩してたら、偶然にもあんたを見つけた次第」
「それで声をかけたってか」
「久しぶりに見かけるからさ。ここ最近、ずっと来てないじゃない」
 それが我楼の事だと、もちろんすぐにわかる。しかし秋哉は、話題を強引に変えた。
「聞いた話だと、里央。DJ活動にずいぶん力入れてるって?」
「力入れてるってわけじゃないけど」
 はにかんでみせた里央は一瞬迷ったようではあったが、室内に身を滑り込ませると彼の脇に立った。
「せっかくDJやってるんだもの、とことんやってみたいじゃない」
 毅然とした物言いだった。
「どうして活動休止なんてしたの?」
 唐突に核心を衝く。戸惑いこそしなかったが、答えに窮した。
 ゴウン、ゴウン――乾燥機はマイペースにうなり続ける。
「あー」
 返答を探して発した声。頭の片隅で、関係ない思考のスイッチが入った――この口癖は秋哉が先だったか、ヒナが先だったか。
「あんたのプレイがまた見たいって人、多いよ? 僭越ながら、私もその1人」
「別に、辞めたってわけじゃねぇよ」
「ならいいんだけど」
 意外とあっさりと引き下がる。
「辞めようって言うんなら心配するけど、そういうわけじゃないのね」
「何だよ、心配って」
「我楼イベントからまったく活動してないんでしょ? サトくんからは辞めたなんて聞いてないし、自然消滅でも狙ってんのかなって思ったのよ」
「それで心配?」
「言ったでしょ? あんたのプレイを見たい1人だって」
 正面から言われると照れるものだ。秋哉は乾燥機に視線を逃がした。タバコを取り出して火を付ける。
「サトにライティングやってもらってんだっけな」
「うん」
「あいつの照明、いいだろ」
「あれだけ気持ち良くライティングしてもらえると、DJ冥利に尽きるわね。レコード回してて気持ちいいもの」
「トモもすげーぞ。あの2人にやってもらうと、本気で気持ち良くなるんだ」
 話しながら零れた笑みを、里央は見逃さなかった。
「やってもらえばいいじゃない? トモとは連絡取り合ってるんでしょ?」
「取ってねぇよ」
 当然のように答える。事実、秋哉にとっては当然の事だった。しかし里央にとっては思いも寄らない返答だったらしく、
「どうして!?」
 身を仰け反らせ露骨なまでの驚きよう。
「普通、離れたからって連絡はするもんでしょう!?」
 まるで責め口調。
「トモと俺の間では普通じゃねぇってこと」
「どうして!?」
 ――うるせー。
 再び叫ぶ里央に説明することがとても億劫に感じた。唇で挟んだタバコから紫煙を吸い込む。
「別に、連絡取らないからって付き合いがなくなるわけじゃねぇだろ」
「そりゃそうだけど……関係が薄くなるじゃない」
「そう簡単に薄くなるほど浅い仲じゃねぇの」
 躊躇なく言い放った自分に、誰より秋哉自身が驚いた。
「へ〜」
 里央の頬が緩む。
「それだけ信じてるなんて、なんだかいいね」
「なんだそりゃ」
 気恥ずかしさを紛らわそうと一笑に付す。未だ乾燥機は止まる気配を見せない。ジリッ…と、タバコの火種が鳴った。
「トモが旅に出る時は、いつも連絡なんて取らねぇんだ。新しい土地で新しい生活してるヤツに連絡するってのは、何つーか……」
 うまい表現が出て来ない。言葉を探して視線を漂わせる。
「野暮だって?」
 里央の挙げた言葉は、しかししっくり来ない。
「違ぇな。邪魔するってわけでもねぇんだけど――とにかく、連絡はしねぇんだ」
 足元に置いてあった空き缶を拾い上げ、伸びた灰を中に落とす。
「トモには連絡してんのか?」
 見上げた里央は小首を傾げると、
「時々ね。一澄は頻繁に取り合ってるみたいだけど」
「恋人なんだから当然だろ。御杉と仲いいのか?」
「結構一緒に行動してる」
 2人の仲が良いことなど、初耳だった。
「ヒナとは連絡してないの?」
 予想しなかった話を振られ、不覚にも戸惑ってしまった。
「なっ……」
 言葉に詰まった秋哉は言をつなごうと慌てたが、ため息を含んだ里央の笑みが遮った。
「ヒナと別れたって話は聞いてるよ。ヒナが我楼を離れたって話も聞いてる。何があったかなんて、それこそ野暮だとは思うけど、どうしてそうなっちゃうのよ」
 秋哉は、何も応えなかった。
「物事はそうもうまく進まないもんだろうけど、拒むことが許されていないわけじゃないんだから」
 ゆっくりと紫煙を吸う。
「今さら、何も言えないんだけどさ」
 里央は肩をすくめて笑った。
「――そろそろ」
 天井に紫煙を吐いて、秋哉はおもむろに口を開いた。里央を見れば、彼女は眉を上げ次に続く言葉を待っていた。
「活動を始めようかって考えてんだ」
「ほう」
 里央の瞳が輝く。先ほどのセリフはお世辞ではなく本音だったようだ。
「そこでだ。おまえにも協力してほしいって話なんだけどな」
「私?」
 驚いて自分の胸元を指した彼女に首肯で返す。
「今まで俺単体で活動してただろ? じゃなくて、ユニットで活動してみてぇって話だ。将来的には、その場で音を組み上げるようなライヴを目指して」
「もちろん協力する!」
 里央は勢い良く食らい付いた。あまりの賛同っぷりに身が引けてしまったほどだった。
「まあ、今すぐできるもんでもねぇから、しばらく準備期間が必要になるけど……」
「そんなの構わないでしょ。新しいこと始めるのに準備は必要不可欠!」
 目に見えてテンションが上がる里央。よもや二つ返事で快諾してくれるとは思っていなかっただけに、秋哉は拍子抜けすら覚えた。
「いや〜、テンション上がってきた! もうすぐ春だしね。新しいこと始めるには最適じゃない!」
 興奮の鼻息が聞こえて来そうだ。
 そうだ、もうすぐ春――新しい季節がやってくる。
 ふと。
 秋哉の頭に考えがよぎった。
「――別の話になるんだけどよ」
「何?」
 満面の笑みで、里央。
「もう1つ、協力頼んでいいか?」
 すでに乾燥機は止まっていたのだが、秋哉はまったく気付いていなかった。
 目の前の楽しみで視界はいっぱい。
 里央とユニットを組むことで。
 好きなことを再開することで。


 

 ――もうすぐ、春がやってくる。





← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10498