小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第42回 AKIYA / 祭りの後 missin' you

 カキンッ。シボッ。
 ジッポが付けた火で、秋哉は煙を吐いた。タバコをくわえたまま、フタを閉じたジッポを眺める。『HAPPY Birthday!!』の筆記体が躍る、シルバーのジッポ。
「――祭りが過ぎると、静かなもんだ」
 ドアを押し開いて、トモが飄々と入ってくる。
「片付けもすっかり済んでる」
「昨日のうちに全部終わらせちまったよ」
 がらんどうになったA館フロアを、秋哉は眺め回した。南側の壁――昨夜、花火を映し出していた一面の窓は、燦々と照る陽光を満遍なくフロアに注ぎ込んだ。眩しさに目を細める。DJブースすら片されたステージは妙に広くて、そこであぐらを掻いていた彼は妙な落ち着きを感じていた。
「突然電話してくるもんだから驚いたよ」
 いつもの涼しげな顔でフロアを縦断したトモはステージの前で立ち止まった。
「そんなジッポ、持ってたっけ?」
「ヒナからのプレゼント。誕生日の」
「半年も持ってた? まったく見なかったけど」
「使うのがもったいなかったんだ」
 しれっと言う。やっぱりね。口にこそ出さなかったが、トモの笑顔はそう言っていた。
「あー」
 切り出し方に悩んで秋哉は頭を掻いた。
「……悪かった」
 結果、ぶっきらぼうになってしまう。



  <Forty-Two : AKIYA / 祭りの後 missin' you >



「いや、ほんとに悪かったと思ってんだ。その、殴っちまったし」
 決まりの悪さが早口にする。
「まさかサトだったなんて知んなかった。勝手にトモだと思い込んで突っ走っちまったんだ。おまえの話をろくに聞きもしねぇで」
「ほんとにな」
 トモのため息は、思ったほど秋哉を責めてはいなかった。
「けど、そんだけヒナのことが好きだったんだろ?」
「好きなんだよ」
「知ってる」
 にひっ。めったに見ない、ヒナと同じ笑い方。
 すっくと立ち上がった秋哉は、足元の空き缶にまだ長いタバコを突っ込むと、ステージから飛び下りた。
「殴れ」
「は?」
 向かい合ったトモは、やはり間の抜けた顔を浮かべた。
「誤解でトモを殴っちまった。悪いのは俺だし、謝るだけじゃ気ぃ済まねぇんだ」
「だからって、もう済んだことだろ?」
 目に見えてトモは困惑した。
「俺の中じゃ、まだ済んでねぇんだよ」
 ほれ、と強張った自分の左頬を叩いて示す。
「いやもういいって」
「よかねぇよ。フェアじゃねぇ」
 狼狽するトモににじり寄る。
「いいから1発殴れ。殴ってください」
「やめろ気色悪い」
「気が済まねぇんだって」
 押し問答覚悟で懇願した秋哉だったが、意外と早くトモは折れた。
「……1発だけな?」
 不本意そうに確認してくるトモ。深く頷いた秋哉は奥歯を噛んだ。
「ほれ」
 こつんっ。
 トモの拳が頬を小突く。
「トモ!」
 声を荒げた秋哉を前にトモは平然と、
「殴る気なんてないのに殴れっか」
 などとのたまう始末。これにはカチンときた。
「っざけんな! こんなヘタレなもん食らって気が済むと思ってんのか!」
 衝動のままに激昂する。
「って言われてもなぁ」
 怒髪天を衝いた彼を一瞥し、トモは妥協のため息を衝いた。
「……じゃ、1発だけな?」
「手加減したらマジ殺す」
「わかってるよ」
 苦笑から一変――トモの目付きが鋭利になる。
 刹那。
 ごっ――――
 一瞬にして視覚が吹き飛んだ。
「――――――――痛(つ)ー」
 顔をしかめて右手を振る彼を、秋哉は大の字になって見下ろしていた。見えている天井がチカチカしている。左頬が熱い。腫れた感触もある。強く噛み締めていなかったら、頬の内側に歯型の傷ができていたところだ。
 学園祭のアクトをドタキャンした時みたいに。
「……秋哉? おいっ秋哉っ?」
 なかなか起き上がらない彼を心配して、トモが駆け寄った。顔を覗き込むトモの目にはあの頃の鋭利さはない。東季とやらと出会ってから、すっかり丸くなった。
 ――変わったよ、おまえは。
 胸中で、トモの8年間に言ってやる。
「あき…っ」
「失神とかしてしてねぇから騒ぐなよ。おまえらしくねぇ」
 トモの表情が安堵に緩むのを確認してから、秋哉は上体を起こした。今さら頬に激痛が走り顔をしかめる。
「ってー」
「冷やした方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だっての、こんぐらい」
 また不安の色を帯びたトモの言葉を振り払う。
「それに、トモには殴られ慣れてる」
 したり顔でそう言うとトモは、はにかんだような困ったような、なんとも半端な笑みを浮かべた。
 頬の痛みは、口を開くにはまだ強かったが、努めて平静にタバコをくわえた。
「――今度はどこ行くんだ?」
 気ままに揺れる紫煙を目で追いながら尋ねる。一瞬だけきょとんとしたトモは、それでもすぐに意味を理解したらしく、
「さあ? とりあえず、西に行ってみようかと」
 返答までにさほど時間は要さなかった。
「西? 何かあったか?」
「なんとなく」
「おまえらしいわ」
 はっ。秋哉は鼻で笑った。
「御杉は連れてかないんだってな?」
「ん。一澄は連れてかない」
「どうして」
「どうして?」
 こっちが聞いたというのに、トモはオウム返しで聞いてきた。
「単に旅行だったら連れてくけどね。それとはちょっと違うから」
「納得してくれたんか?」
「してくれたよ」
「嫌われなかったか」
 ちっ。舌打ちする秋哉。トモは唇の端を吊り上げ、
「残念ながら」
「余裕っぽくてむかつく」
 憶えのあるやり取り。おかしさが込み上げたのはトモも同じだったようで、2人して笑い合った。だだっ広い空間に響く笑い声は、妙に秋哉を感傷的に追いやる。
 淋しさの混じった、それでいて爽快な気分。
 笑い声が止んでも、余韻がフロアを飛び交った。
「あの花火、すごかったな」
 一昨日のアクトを思い出して、秋哉は南側のバースペースに目を細めた。シャッターが下りればただの壁。上がれば、こんなにもワイドな一面の窓。
「気に入ってもらえた?」
「かなり興奮したっての。とんでもねぇこと考えたもんだ」
「花火は評判良かったみたいだよ。盛大に打ち上げたもんだから、我楼のイベント基金がほぼ底を衝いちゃったけど」
「マジで!?」
 驚いて声を張り上げた秋哉の声で、空気が震えるのがわかった。しかめっ面でトモが顎を引く。
「花火ってそんなに高ぇの?」
「コンビニで売ってるようなもんとは違うからね」
「だからって、基金がなくなるまで……」
 開いた口がふさがらない。
「また集めないとね」
「あっさり言いやがるのな」
「秋哉がアクトをかましまくれば」
「平日にやっても大して客集まんねぇよ」
 ははっ。笑ったトモの目に淋しさを垣間見た。
「……いつ頃、帰ってくるつもりだ?」
「んー。1年か5年か。もしかしたら、ひょっこり帰ってくるかもね」
「発つのは?」
「あさって。まだ片付けが残ってるんだ」
 静かに流れる2人の会話が、秋哉にとって大事なものに思える。会話なんてとても素朴なものなのに不思議なものだ。こんなやり取りをしばらくできないと考えると、淋しさが色濃く浮かぶ。
「――――さて」
 トモが背伸びした。
「そろそろ帰るよ」
「なあ、トモ?」
「ん?」
「今晩、おまえんち行っていいか?」
「どうしたんだよ、急に」
「久し振りに飲むかって」
 と言ってから、慌てて付け足す。
「御杉といたいんだったら、もちろんそっち優先しやがれ」
 秋哉の物言いがおかしかったらしく、トモは弾けたように笑ってから、
「いいよ。来やがれ」
「御杉といなくていいのかよ?」
「少し遅れるって伝えとく」
 トモの笑顔は涼しい。出会った頃は、こんな笑い方なんてしていなかった。トモをこういう風に変えた東季と会ってみたかった。
 叶うことのない願いだけど。



 ――――秋哉の携帯電話が、鳴った。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10498